時事随想

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自民党憲法草案を読み解く(3):改正私案

 自民党憲法草案について、これまでの記事で解説しました。この草案を読んでいて、考えた条文について、本稿でまとめました。言うなれば、自民党草案に対する対案です。
 対象とする条文は、前文と現行憲法97条、プライバシー権、知る権利、環境権、教育に国の支援、拷問及び残虐な刑罰の禁止、憲法改正です。

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前文と現行憲法第97条

 現行憲法の前文と第97条を統合しました。また、新しい第97条として「基本的人権の享有と福利の享受」を基本理念とする条項を追加しました。

現行憲法 (前文)
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
(第97条)
 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
自民党草案 (前文) 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基いて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。
(現行憲法第97条) (削除)
私案 (前文)
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。また、基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として国民に信託されたものである。これらは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法の解釈、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。  われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
(現行憲法第97条) (要旨を前文に移動)
(第97条)
(憲法の基本理念)
 基本的人権の享有及び福利の享受は、この憲法が日本国民に保障し尊重すべき基本理念である。この憲法のいかなる条文及びその解釈においても、この理念は尊重されなければならない。
解説 ● 現行憲法第97条は、条文としては不適切であるので、前文に統合。
● 現行憲法第97条に変わって、「基本的人権の享有と福利の享受」を基本理念とする条文を私案第97条として新設。
● 「一切の憲法」を「一切の憲法の解釈」に変更。現行の表現は、複数の憲法が存在しない限り、排除すべき対象がなく、違和感のある表現となる。一方、憲法解釈は多数存在するので、排除する対象として、憲法解釈とした記述に変更した。
● 第1段落を2つの段落に分割。

【追記】「一切の憲法~を排除する」とは、「明治憲法などの憲法を一切排除する」ということで、他の憲法を想定しているようです。「一切の憲法」のままでよいかも。

草案第19条2 (プライバシー権)

 自民党草案では、禁止条項として記述されているが、これを保護条項として記述し、禁止条項は但し書きとする。

 本来、禁止条項は、保護する対象があってなされるものであって、その保護する対象をまず明確化し、その保護を保障するために、禁止条項を置くという立場で、自民党草案を書き換えたのが以下に示す私案1です。

 一方、私案2は、自民党草案は、プライバシー権を保障に資することを目的としたものを意図しているということなので、その意図に沿った記述に変更しました。

現行憲法 【なし】
自民党草案 (個人情報の不当取得の禁止等)
第十九条のニ 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。
私案1 (個人情報の保護)
第十九条のニ 全て国民の個人に関する情報は、保護される。
2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。
私案2 (私事情報の保護)
第十九条のニ 全て国民の私事に関する情報は、保護される。ただし、公人については、公益及び公の秩序に資する場合において、この限りではない。
2 何人も、私事に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。
解説 ●保護規定として第1項を追加。禁止条項は、保護規定を実現するための手段として位置づける。
●プライバシー権ということであれば、「個人に関する情報」では広すぎるので、私案2では「私事に関する情報」に変更。「私事に関する情報」は、本人の意に反して知られたくない情報という意味で使っています。プライバシー権全般を保護するのであれば、別の表現をする必要がある。
 また、公人に関する除外規定は、国会議員の資産公開などが制約を受けないようにすることを明示するために設けた。

草案第21条2 (行政及び立法等に関する知る権利)

行政・立法に関する知る権利と責務を規定しました。

現行憲法 【なし】
自民党草案 (国政上の行為に関する説明の責務)
第二十一条の二 国は、国政上の行為につき国民に説明する責務を負う。
私案 (行政及び立法等に関する知る権利)
第二十一条の二 国民は、行政上の行為及び立法又は条例の制定その他の重要事項の議決について知る権利を有する。
2 国又は地方自治体その他の公共団体は、その行政上の行為につき国民に関連する資料を開示し説明する責務を負う。
3 国会又は地方自治体の議会は、その立法又は条例の制定その他の重要事項の議決につき国民に関連する資料を開示し説明する責務を負う。
解説 ●国民の知る権利と行政・立法の説明責務を明確化。
●関連する資料の開示を追加。

草案第25条2 (環境を享受する権利)

 環境権を明記し、環境の保全を国の責務としました。また、国民の責務については機が熟していないため、削除しました。

現行憲法 【なし】
自民党草案 (環境保全の責務)
第二十五条の二 国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。
私案 (環境を享受する権利)
第二十五条の二 全て国民は、良好な環境を享受する権利を有する。
2 国は、国民が良好な環境を享受することができるように、その保全に努めなければならない。
解説 ●環境権を明記。
●環境保全の責務は、国のみが負うように変更。

第26条 (教育に関する権利及び義務)

 自民党草案の追加条項が、箱物行政を行うことを想定しています。一方、対案では、経済的状況に左右されずに、教育を受ける権利の享受・義務の履行を保障することを目的に、経済的支援を行う条項を設けました。

現行憲法 第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
自民党草案 (教育に関する権利及び義務等)
第二十六条 全て国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、等しく教育を受ける権利を有する。
2 全て国民は、法律の定めるところにより、その保護する子に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、無償とする。
3 国は、教育が国の未来を切り拓ひらく上で欠くことのできないものであることに鑑み、教育環境の整備に努めなければならない。
私案 (教育に関する権利及び義務等)
第二十六条 全て国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、等しく教育を受ける権利を有する。
2 全て国民は、法律の定めるところにより、その保護する子に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、無償とする。
3 国は、前二項を保障するため、国民を経済的に支援することに努めなければならない
解説 ●自民党草案Q&Aによれば、「教育関係の施設整備」などの箱物行政を行うことを想定している。
●片親の貧困家庭における経済力の問題や大学卒業時点で数百万円を背負う奨学金制度など大きな課題があり、経済力により受けられる教育が制限される。このため、「能力に応じて、等しく教育を受ける権利」や第2項の義務の履行を保障するために、草案第3項の代わり、私案第3項を追加した。

第36条 (拷問及び残虐な刑罰の禁止)

 「絶対にこれを禁ずる」の表現を変更し、「公務員による」との限定を削除しました。

現行憲法 第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる
自民党草案 (拷問及び残虐な刑罰の禁止)
第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、禁止する
私案 (拷問及び残虐な刑罰の禁止)
第三十六条 拷問及び残虐な刑罰は、いかなる場合であっても禁止する
解説 ●現行憲法の「絶対に」は、感情的な表現で条文には相応しくない。一方、草案は、「絶対に」の記述を削除したため、「条件によっては禁止されない」と危惧する意見がある。このため、私案では、「いかなる場合であっても」とした。
●「非公務員による」刑罰を行ってよいわけではないので、不要な限定である「公務員による」を削除。

第96条 (改正)

 最低投票率の制限を加えました。これは、最低投票率を設定するためには、憲法違反となる可能性があるからです*1

現行憲法 第九十六条  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
自民党草案 (改正)
第百条 この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない。この承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数の賛成を必要とする。
2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、直ちに憲法改正を公布する。
私案 (改正)
第九十六条 この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の三分の二以上の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない。
2 前項の承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数の賛成を必要とする。ただし、投票をする権利を有する国民総数の半数に満たない投票は、これを無効とし、憲法の改正を承認しない
3 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちに憲法改正を公布する。
解説 ●3分の2以上の規定は現行のまま。
●最低投票率の規定を追加。

まとめ

 現行憲法や自民党草案を参考に、一部の条文についての私案を提示しました。今後も、更新してきたいと思います。

(2016/10/4)

*1:ウィキペディア, 「日本国憲法の改正手続に関する法律」, https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法の改正手続に関する法律.

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