時事随想

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ニュースや新聞を見て、想ったことを綴った随想・論説集

働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (2) 配偶者の壁

 第1章では、政府与党の配偶者控除の見直し案の新聞報道についてまとめました。今回は、女性の社会進出を妨げると言われている配偶者の「壁」について詳しく説明します。

2. 配偶者の「壁」

2.1 現状制度における主要な「壁」

 これまで、税制度・社会保険制度や会社の福利厚生制度では、配偶者への各種優遇制度を整えてきました。例えば、配偶者控除、配偶者特別控除、厚生年金の被扶養者適用(国民健康保険第3号被保険者)、健康保険の被扶養者適用、会社からの配偶者手当などがあります。しかし、これらの制度があるがために、配偶者収入が増えると、優遇策が適用されなくなり、逆に減収するということが発生します。優遇策が段々と適用されなくなるため、「103万円の壁」「106万円の壁」「130万円の壁」と呼ばれる様々な減収段階が発生します*1

 これらの配偶者の収入の増加に伴う減収のイメージ図を図2.1に示します。この図は、政府税調の検討資料から引用していますが、優先すべき課題としては、以下のものがあると筆者は考えています。

  • 年金・健保による130万円の壁
  • 年金・健保による106万円の壁(2016年10月からパート・アルバイトに適用)
  • 配偶者手当による10?万円の壁
     事業主の配偶者手当の支給基準により、「103万円の壁」,「130万円の壁」,「140万円の壁」など。

 税制に関しては、小さな壁があるだけで実質的にはほとんど「壁」は存在しません。このため、優先順位としては低くても構わないとは思いますが、税制は税制で配偶者控除・配偶者特別控除があるために発生する手取り効率の劣化を抑えることが課題となっています。

 これまでに、政府税調などでは、「配偶者控除・配偶者特別控除の廃止」「夫婦控除の導入」「税額控除の導入」「移転的基礎控除の導入」などが「働き方に中立的な税制」として議論されてきました。
 しかし、今回の与党案による税制改革は、これまでの議論とは無関係に、配偶者控除・配偶者特別控除の適用範囲を拡大し、手取り効率が悪くなる収入範囲を47万円シフトさせるというものでした。これにより、就労調整を行っていた範囲が緩和され、(税制上は)今よりも50万円程度収入を増やし易くなりますが、当初目指していた「働き方に中立な税制」とは程遠いものとなってしまいました。また、この与党案によって、第6章で説明する「二重控除」の適用範囲を拡大することになり、「二重控除問題」の解決はより難しくなります。

 以下では、配偶者控除制度による壁と社会保険料による壁について、詳しく説明します。

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図2.1. 配偶者の「壁」。

出典:税制調査会(2014年11月7日) 資料[総12-2] 「働き方の選択に対して中立な税制を中心とした所得税のあり方」(色付き部分は筆者の加筆)。

2.2 配偶者控除制度と103万円の壁

2.2.1 配偶者控除制度

 配偶者を優遇する制度としては、配偶者控除と配偶者特別控除があります。図1.1に示したように配偶者控除は、合計所得収入が38万円以下(給与収入で103万円以下)の場合に世帯主の給与から控除されるものです。また、配偶者特別控除は、合計所得収入が1000万円以下(給与収入で約1230万円以下)の場合に配偶者の収入に応じて段階的に控除額を減額する制度です。

 同様な制度に扶養者控除があり、その要件を比較すると、以下となります。

控除対象配偶者となる人の範囲
控除対象配偶者とは、その年の12月31日の現況で、次の四つの要件の全てに当てはまる人です。

(1) 民法の規定による配偶者であること(内縁関係の人は該当しません。)。
(2) 納税者と生計を一にしていること。
(3) 年間の合計所得金額が38万円以下であること。
 (給与のみの場合は給与収入が103万円以下)
(4) 青色申告者の事業専従者としてその年を通じて一度も給与の支払を受けていないこと又は白色申告者の事業専従者でないこと。
出典:国税庁, 「配偶者控除」, 2016/4/1現在法令等.
扶養親族の対象となる人の範囲
扶養親族とは、その年の12月31日(納税者が年の中途で死亡し又は出国する場合は、その死亡又は出国の時)の現況で、次の四つの要件の全てに当てはまる人です。
(注)出国とは、納税管理人の届出をしないで国内に住所及び居所を有しないこととなることをいいます。

(1) 配偶者以外の親族(6親等内の血族及び3親等内の姻族をいいます。)又は都道府県知事から養育を委託された児童(いわゆる里子)や市町村長から養護を委託された老人であること。
( (2)~(4)は配偶者控除と同一のため、省略)
出典:国税庁, 「扶養控除」, 2016/4/1現在法令等.

 配偶者控除と扶養控除の対象者の条件や、「一般の控除対象配偶者」(配偶者控除)、「一般の控除対象扶養親族」(扶養控除)で共に38万円で同一なので、配偶者控除は、実質的に扶養者控除と同じ制度といってよいでしょう。制度として別の名称がついているのは、過去の経緯によるものです。

 また、配偶者特別控除は、世帯主が1千万円以下であることを条件に配偶者所得が38万円~76万円(給与収入103万円~141万円)の場合に38万円から3万円まで段階的に減らした控除額を設定する制度です。

 配偶者控除と扶養者控除が同じ制度であるにも関わらず、別の名称となっているのには、過去の経緯があります。昭和36年までは配偶者は扶養控除の対象者として取り扱われて、配偶者控除の制度はありませんでした。昭和36年改正で配偶者を他の扶養者よりも優遇するために配偶者控除が設けられ、さらに昭和62年改正で、配偶者控除の適用がなくなったときの急激な収入低下を緩和するため配偶者特別控除の創設されました。その後、平成15年改正で合計所得金額が38万円以下の部分の優遇がなくなり、現在は、内容的には扶養者控除と同一の配偶者控除と、配偶者特別控除の優遇のみが残りました*2

2.2.2 103万円の壁

 配偶者控除の対象は「38万円以下」なのに、一般には「103万円以下」と言われるのは、所得(正確には、合計所得金額)と給与収入の違いによるものです。

 給与収入の場合、給与収入から必要経費(給与所得控除額)が差し引かれた残りが所得と考えます。給与所得控除額は、給与収入が大きくなると増額されますが、収入が低い場合(具体的には161.9万円以下の場合)には、一律に65万円が給与所得控除額となります。また、所得が負となっても、赤字になっているとは考えず、所得が0円であると見なします。

(2) 給与所得控除
 給与所得は、事業所得などのように必要経費を差し引くことができない代わりに所得税法で定めた給与所得控除額を給与等の収入金額から差し引きます。
出典:国税庁, 「給与所得」.

 例えば、給与収入が65万円以下であれば、所得は0円と考えます。また、給与収入が103万円であると、所得は38万円(=103万円-65万円)となります。このため、給与収入が103万円を超えると、所得が38万円を超えるために、配偶者控除の対象から外れます。これが、103万円の壁と言われる所以です。

 但し、103万円の壁は配偶者所得が給与収入のみの場合であって、そうでない場合、例えば、ブログや外国為替証拠金取引(FX)などで収入を得ている人の場合、実際に掛かった必要経費を除いた後の収入が所得となるため、38万円を超えると、配偶者控除の適用はなくなります。必要経費が0円であれば、「38万円の壁」となります。

 配偶者特別控除が適用できない場合、給与収入が103万円を超えると、世帯の総収入としては急減してしまいます。この問題を解決すべく、昭和62年に配偶者特別控除制度が設けられ、段階的に控除額を減じることになりました。配偶者特別控除が適用できる場合には、世帯総収入の急減な減少はなくなり、所謂103万円の壁はほぼ無くなっています。

 但し、世帯主所得が1000万円超の場合には、配偶者控除は利用できますが、配偶者特別控除が利用できません。このため、配偶者収入が103万円を超えると世帯収入は急減しますので、現在でも103万円の壁は残っています。

なお、給与所得103万円の場合、残った38万円に配偶者本人の基礎控除を適用すると、所得税の対象金額が0円となり、課税対象から外れます。また、夫婦全体でみると、二人分の基礎控除38万円×2と、配偶者控除の38万円で最大114万円の控除が受けられることになります。この問題が「二重控除問題」と言われ、公平性に問題があると言われています*2 。例えば、単身ブロガ(必要経費0円とする)と比べると、二重控除(38万円)と給与所得控除(65万円)があるため、103万円収入の場合で、103万円×5%=5.1万円の税制上の優遇があると言えます(但し、ブロガでも青色申告すれば、青色申告特別控除の65万円を減じることができるので、給与所得控除と同じ額の控除は可能です)。
 給与所得控除問題については第5章、二重控除問題については第6章で詳しく説明します。

2.3 社会保険料の「壁」

2.3.1 年金の「130万円の壁」

 厚生年金・共済組合に加入している世帯主の場合、その配偶者は国民年金の第3号被保険者として保険料の負担なく国民年金に加入できます。このときの年収制限が130万円のため、「130万円の壁」ができてしまいます。

第3号被保険者
国民年金の加入者のうち、厚生年金、共済組合に加入している第2号被保険者に扶養されている20歳以上60歳未満の配偶者(年収が130万円未満の人)を第3号被保険者といいます。保険料は、配偶者が加入している厚生年金や共済組合が一括して負担しますので、個別に納める必要はありません。第3号被保険者に該当する場合は、事業主に届け出る必要があります。
出典:日本年金機構, 「第3号被保険者」

2.3.2 健康保険の「130万円の壁」

 同様に、健康保険(会社の健康保険組合などの健康保険)では、被扶養者の条件は年金と同様に130万円に設定されています。このため、被扶養者であるうちは、世帯主の健康保険料で、健康保険が受けられますが、130万円以上となると、配偶者が、会社の健康保険組合や国民健康保険に加入し、保険料を負担する必要が発生します。

認定対象者の年間収入が130万円未満(中略)であって、かつ、被保険者の年間収入の2分の1未満である場合は被扶養者となります。
出典:全国健康保険協会, 「被扶養者とは?」, 2016/10/1.

2.3.3 パート・アルバイトの「106万円の壁」

 2016年10月から、パートタイム労働やアルバイトであっても、月額88,000円以上、週20時間以上等の要件を満たした場合、配偶者が勤める会社の厚生年金保険・健康保険に加入する必要があります。これらの保険料は、配偶者本人が負担する必要があります*3。月額88,000を年額に換算すると1,056,000円となることから、「106万円の壁」と言われます。

 国民年金では、無加入者が発生しやすいので、会社経由で保険に加入することで、年金加入を促進し、無保険となる人を減らすとともに、年金の給付額を増やすということか導入主旨の一つとしてあるようです。

2.4 配偶者手当による10?万円の壁

 税制や社会保障制度のような法律に基づく制度以外にも、各事業主が行う家族手当(配偶者手当や扶養手当など)の手当を行っている場合があります。この手当を実施している事業主は、約7割に及んでいます。そのうち、表2.1に示すように配偶者の収入によって支給の制限が行われています。配偶者手当の収入制限が、就労調整を行うための壁となっています。約8割が103万円や130万円となっています。このため、103万円の壁と呼ばれたり、130万円の壁と呼ばれたりもしています。なお、収入制限がない場合には、特に壁になることはありません。

表2.1 配偶者手当の収入制限。
配偶者の収入103万円130万円その他の収入制限収入制限なし
割合 58.4% 21.9% 4.6% 15.1%

厚生労働省, 「女性の活躍促進に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会 報告書」, 2016/4に基づき筆者作成。

2.5 配偶者特有の優遇制度

 これまでに挙げた制度はおおむね配偶者に留まらず、親子・兄弟姉妹などを扶養している場合には、それらの被扶養者にも適用される制度です。例外は、配偶者特別控除と国民年金第3号被保険者です。

 配偶者特別控除は、配偶者だけを他の被扶養者とは個別に扱い優遇する制度ですが、控除対象でなくなった場合の激変緩和措置として導入されているものです。逆にいえば、それ以外の被扶養者については、激変します。

 国民年金第3号被保険者の制度は、昭和61年4月から導入された制度ですが、専業主婦の場合、それまで任意加入だったので、無年金となることを避けつつ、負担増をあまり意識しないように済むために導入された制度ではないかと思います。但し、実際には、配偶者が加入している厚生年金や共済年金が保険料を負担するので、配偶者がいない被保険者が、余計に保険料を負担するという制度となっています。

2.6 まとめ

 配偶者の「壁」についてまとめました。壁には、次のものがあります。

  • 税制による103万円の壁(但し、世帯主収入1000万円超の場合のみ)
  • 社会保険料(年金・健保)による130万円の壁
  • 社会保険料(年金・健保)による106万円の壁(2016年10月からパート・アルバイトに適用)
  • 配偶者手当による10?万円の壁

 これらの壁を低くしていき、働き方に中立な制度を作っていくことが必要です。次節以降では、このための制度についてまとめます。

(2016/12/8)

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