座間市で発生した連続殺人事件について、連日報道されています。残忍な事件の犠牲となった被害者のご冥福をお祈りいたします。
さて、この事件でちょっと気になったことがあります。警察が被害者の身元の特定で携帯電話のGPS位置履歴を用いた点です。過去に遡ってGPS位置情報が警察に把握されるのは、気持ちわるいなぁと。
さて、今回は、携帯電話のGPS位置情報における規制を中心に調べたので、記事にまとめます。
(追記:GPS位置情報を用いている点、過去に遡って位置を取得したとする点の本質的なところの2点に誤りがありました。携帯電話会社の位置情報管理は適切に行われていたと思われます。詳細は、末尾に記載します)
1. 警察が携帯電話のGPS位置情報を利用
昔から、携帯電話の位置情報は犯罪捜査に利用されていたと思いますが、それは基地局を用いた測位でかなり精度が荒いものだったと思います。犯行発覚以前の過去のGPS位置情報が犯罪捜査に利用されたのは、有名事件では恐らく今回が初めてではないかと思います。
警視庁によりますと、6人のうち5人は部屋からキャッシュカードや診察券などが見つかり、2人については携帯電話のGPS機能から現場周辺で足取りが途絶えているのが確認されているということです。
警察は携帯電話のGPS位置情報をどのようにしてどこから入手したのかという疑問がありますが、ニュース報道でははっきりしません。GPS位置情報の入手先としては、以下の可能性があります。
- 携帯電話会社のGPS位置情報を含む通信履歴
- AppleやGoogleなどのスマホのOSベンダ
- 「iPhoneを探す」「端末を探す」などの機能を利用した場合
- その他のケース*1
- スマホアプリの利用でサーバ側に保存されたデータ
- SNS(twitterなどに位置情報を付き投稿、位置情報付きの写真投稿など)
- ナビゲーションアプリ
- 通信アプリ(LINE, Skypeなど)
- その他のGPS利用アプリ
- スマホアプリで端末内部に保存したデータ
- iPhoneのOS機能の一部として保存しているデータ*2
- GPS位置情報付きの写真
- ライフログなどのアプリを用いて保存したデータ
- その他、GPS利用アプリ
いろいろと入手先の可能性がありますが、過去の犯罪捜査では、携帯電話会社から提供された位置情報を用いたケースが多いようです。今回も、まずは、携帯電話会社から位置情報が提供されたと仮定して、個人情報保護の観点から検討したいと思います。
2. 携帯電話会社が位置情報を取得できる場合
携帯電話会社の位置情報の取得は、大きく分けて本人同意のもと取得する場合と本人の同意なく取得する場合があります。本人の同意のもとの取得は、例えばドコモのイマドコサーチのようなGPS位置情報を用いたサービスを利用した場合です。また、本人の同意なく携帯電話会社が利用者の位置情報を取得できるのは、裁判所の令状に基づく場合と、緊急に救助が必要な人を捜索する場合に限られます。
以下では、個人情報の観点から特に問題となる、本人同意がない場合の携帯電話会社のGPS位置情報の取得・犯罪捜査への利用について考えたいと思います。
総務省告示の「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」*3では、携帯電話会社が利用者の位置情報を取得できるケースを第35条において規定しています。 そのうち、捜査に関するものは、第35条4項の規定です。
第35条4 電気通信事業者は、捜査機関からの要請により位置情報の取得を求められた場合においては、裁判官の発付した令状に従うときに限り、当該位置情報を取得することが できる。
引用元:ガイドラインの第35条(告示297号,2017年9月14日)
つまり、携帯電話会社は、令状がない場合には、位置情報を取得することはできません。
携帯電話会社によって取得された情報は、裁判官の令状がある場合には、捜査機関(警察)が入手可能となります(第32条2項)。
第32条2 電気通信事業者は、利用者の同意がある場合、裁判官の発付した令状に従う場合、正当防衛又は緊急避難に該当する場合その他の違法性阻却事由がある場合を除いて は、通信履歴を他人に提供してはならない。
引用元:ガイドラインの第32条(告示297号,2017年9月14日)
結局のところ、裁判官からの令状がない限り、携帯電話会社はGPS位置情報を取得してはならないし、捜査機関へ提供もしてはなりません。
3. GPS位置情報の記録は過去に遡れるか?
犯罪捜査が始まってから初めて令状は発付されますので、前節で述べたガイドラインに従えば、過去のGPS位置情報は携帯電話会社では記録されておらず、捜査機関は、捜査開始以前の記録は入手できないはずです。
しかし、今回の事件では、「足取りが途絶える」という捜査開始以前の過去の位置情報が捜査に用いられています。つまり、携帯電話会社からGPS情報を入手していると仮定した場合、携帯電話会社では、ガイドラインに従わないGPS情報の取得・保存が行われているとういことになります。
総務省告示のガイドラインが法律の施行を補完するための規定で、法律の一部と考えられるのであれば、携帯電話会社の行為は違法行為、ガイドラインは単なる目安として発行されているのであれば、守らなくても違法行為にはならないと理解しています。筆者は、違法か否かは判断できませんが、いずれにせよ、携帯電話会社はガイドラインに従わない不適切なGPS位置情報の管理を行っていると言えます。
但し、これは、本人同意がないケースの話であり、本人同意のもとに携帯電話会社がGPS位置情報を取得・保存している場合や、そもそも携帯電話会社以外のルートで位置情報を入手している場合であれば、携帯電話会社に不適切な管理があるとは言えません。
4. 本人通知なしにGPS情報を取得できるスマホ
2015年以前のガイドラインでは、本人への通知なしにGPS位置情報を取得することは許されていませんでした。これでは、犯罪捜査していることを容疑者に知らせることになってしまうため、犯罪捜査には利用しにくいという問題点がありました。
このため、2015年のガイドライン改正時に本人通知なしにGPS位置情報を取得することができるように変更しています*4。
しかし、ガイドラインの改正はあっても、対応したAndroid端末やソフト修正が必要となるようです*5。また、iPhoneでは、携帯電話会社の位置取得はできないようになっているとのことです。
今回の事件の被害者がこのような対応端末を利用していたという仮説は、少々、疑った方が良さそうです。技術的に別の方法で携帯電話会社が端末のGPS情報を取得しているか、そもそも、警察は携帯電話会社以外のルートではなく、端末内部の解析やアプリ提供元の通信履歴などから、GPS情報を得ているのかもしれません。
5. まとめ
座間の事件では、警察は捜査開始以前の携帯電話のGPS位置情報を用いていることが分かりました。
GPS情報の入手ルートが明らかにされておらず、現状では、断定できませんが、仮に携帯電話会社が捜査開始以前の位置情報を収集・記録しいたと仮定すると、「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」を逸脱する不適切な情報管理をしていたということが言えます。
(2017/11/6)
追記 (2017/11/9)
11月9日の毎日新聞に今回の携帯電話の位置情報の捜査に関する報道がありました*6。
要点は以下の通り。
- 「9人は8月22日~10月23日にかけて行方不明になった。家族らは翌日から1週間以内に神奈川、群馬、埼玉、福島の各県警と警視庁に行方不明者届を出していた。」
- 事件発覚後から捜査が始まるのではなく、行方不明届後に捜査は開始されていた。
- 「イチタンは、警察が裁判所の令状を示して通信事業者から位置情報を取得する捜査手法で、各地に点在するアンテナの半径500メートル~1キロの範囲で位置を把握できる。」
- 行方不明届に基づき裁判所令状をとり、携帯電話会社から位置情報を入手した。
- GPS機能に基づく測位ではなく、基地局に基づいて測位した位置情報である。
- NHK報道の「携帯電話のGPS機能から...」という報道は、誤報と思われる。
このことから、携帯電話会社は、総務省告示のガイドラインに違反することなく、適切に位置情報の取得・管理を行っていたと思われます。
*1:Greg Kumparak, 「これは不気味―iPhoneには過去の位置情報が逐一記録されていることが判明」,TechCrunch, 2011/4/21.
*2:iPhone Mania,「あなたの行動、実は記録されています!iPhoneの「行動履歴」の見方と削除方法」, 2016/2/25.
*3:総務省, 「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」, 平成29年9月14日総務省告示第297号.
*4:
毎日新聞, 「<通信事業者指針>改正へ 携帯位置情報を通知なく捜査利用」, 2015/5/25.
ガイドラインの具体的な変更点は、以下の下線部分の削除です。
平成25年9月9日総務省告示第340号
第26条3 電気通信事業者は、第4条の規定にかかわらず、捜査機関からの要請により位置情報の取得を求められた場合において、当該位置情報が取得されていることを利用者が知ることができるときであって、裁判官の発付した令状に従うときに限り、当該位置情報を取得するものとする。
平成27年6月24日総務省告示第216号
第26条3 電気通信事業者は、第4条の規定にかかわらず、捜査機関からの要請により位置情報の取得を求められた場合において、裁判官の発付した令状に従うときに限り、当該 位置情報を取得するものとする。