コロナ禍の中、業績好調の病院グループがあります。それは国立病院機構です。
なぜ好業績なのか?理由は簡単です。多額の補助金がでているからです。
本稿では国立病院機構のコロナ対策補助金について述べますが、要旨を簡単にいうと以下となります。
- 国立病院機構にはコロナ補助金が1118億円支出された。
- コロナ禍の減収を補填をしてもなお、576億円の経常利益があった。
- 400億円以上の特別損失を計上して、96億円の純利益となった。
- 96億円の純利益は機構の純資産に算入した。
以下、詳しく説明します。

(写真は国立病院機構のホームページより引用)
1. 経常利益576億円、純利益96億円
まずは、国立病院機構の財務諸表*1から業績推移を見てみましょう。
2020年度は576億円の経常利益、96億円の純利益と好業績です。
はて?コロナ禍でなんで?
- なぜコロナ禍で経常利益576億円にもなった?
- なぜ経常利益576億円が純利益に96億円になった?
2014 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
経常利益(億円) | 149 | 7 | -68 | -22 | 84 | 23 | 576 |
当期純利益(億円) | 117 | 13 | -161 | -80 | 18 | -42 | 96 |

図1. 国立病院機構の利益推移。
2. コロナ補助金は1118億円
国立病院機構には、コロナ対策のための1000億円を超える多額の補助金が交付されています。補助金リストは、国立病院機構の財務諸表に記載されています。



2020年度の財務諸表からコロナの名前が付いた補助金を抜き出すと、以下となります。 コロナの名前の付いた補助金は1118億円になります。総額は1210億円です。
2019年度の補助金総額は118億円。2020年度の補助金総額1210億円とコロナ補助金1118億円の差は92億円で、前年度の補助金と同程度になっていす。2020年度のコロナの冠が付かない補助金の名称を見てもコロナ関連の補助金にはコロナの名称を付けているようです。

3. 補助金で減収補填400億円
詳細をみていきましょう。ここでは、国立病院機構の事業の98%を占める「診療業務」事業について、2019年度と2020年度の損益計算書を比較します。
![]() 2019年度収入(9969億円) |
![]() 2020年度収入(1兆551億円) |
![]() 2019年度支出(9833億円) |
![]() 2020年度支出(9860億円) |
主な項目をまとめると、
2019年度 | 2020年度 | 差分 | |
① 総収入 | 9969 | 10551 | 582 |
---|---|---|---|
② 補助金収入 | 54 | 1045 | 991 |
③ 補助金以外の収入(=①-②) | 9915 | 9506 | -409 |
④ 総支出 | 9833 | 9860 | 27 |
⑤ 損益(=①-④) | 136 | 691 | 555 |
⑥ 補助金なしの場合の損益(=③-④) | 82 | -354 | -436 |
補助金なしでは、-354億円の赤字の診療業務ですが、補助金を入れることで691億円の黒字事業に転換しています。また、2019年度比で436億円の損益の悪化は、1000億円の補助金により、555億円に改善したことになります。
損益計算書では分離されていませんが、2020年度の損益は、コロナ事業の損益と非コロナ事業の損益で構成されるはずです。コロナ患者受入に対する診療報酬で利益が上げられるならば*2、非コロナ事業の利益は、補助金なしの場合-354億円よりも赤字幅が大きくなり、2019年度比では、非コロナ事業の損益の悪化は、-436億円以上と考えれます。
簡単に言えば、1000億円の補助金により、非コロナ事業の400億円以上の損失補填をしてもなお、500億円以上の利益が出ていることです。
4. 特別損失の補填は400億円
機構全体での経常利益576億円が当期純利益96億円となるのは、当期純利益は経常利益に対して特別損益を加えたものだからです。
2020年度の経常利益、特別損益、当期利益を図3に示します。

図3. 2020年度の経常利益と特別損益、当期利益。
経常利益は576億円、特別利益(臨時利益)は6億円、特別損失(臨時損失)は486億円となり、当期利益が96億円となっています。
特別損失486億円の大部分を占めるのは、「その他臨時損失」の440億円です。「その他臨時損失」の内訳は以下の通りです。

図4. 「その他臨時損失」の内訳。
突出しているのは、「①運営費交付金皆減に伴う退職給付引当金見返取崩額」の424億円の特別損失です。
これは、2019年の独立行政法人の会計基準改訂に伴い発生した退職給付引当金に関連する特別損失ですが(付録A参照)、コロナ補助金で補填する類のものではありません。
5. 96億円の利益は機構の純資産になる
国立病院機構は非課税団体なので、純利益がそのまま純資産に算入されます。
2020年度会計では純資産である繰越欠損金の136億円を96億円で相殺し、40億円に減額しています。
6. なぜ目的外使用ができるのか?
補助金は、その使用目的により、2つに大別できます。
- 使用目的が限定される補助金
- 組織の運営費として交付される補助金(使用目的が限定されない)
コロナ名目の補助金が減収や特別損失の補填に使われているということは、名目はコロナであるが、運営費として使用してよい部分があるということです。おそらく、図2で「収益計上」されている部分が運営費に組み込まれ、機構が自由に使えるお金にマネーロンダリングされていると思われます。
ここで疑問なのは、次の2点です。
- 交付されたコロナ補助金は使用目的が限定された補助金なのか?
- 使用目的が限定されないとしても、減収や特別損失の補填に使うことは適切か?
6.1 コロナ補助金の使用目的は限定されているのか?
使用目的が限定されている補助金であれば、使用目的外に用いることは違法で、補助金適正化法11条違反になると思われます*3。また、未使用のお金は国庫へ返納すべきです。
財務諸表の記載ですので「正しい」会計処理がされているはずですが、このような会計処理が本当に適正な会計処理なのでしょうか?
コロナ補助金の大部分を減収補填、損失補填に使い、残ったお金を利益として機構の純資産に組み込むことは許されることなのでしょうか?
6.2 減収補填や損失補填に流用してよいのか?
補助金が収益としてプールされてしまえば、そのプールからの支出の原資が何かは分かりません。このため、コロナ補助金が、直ちに減収補填や損失補填に使われたということはできません。しかし、1118億円の多額の補助金の全てを本当にコロナ目的に使用したのでしょうか?
仮に非コロナ事業の減収への補填は機構の経営維持のためには必要な補助金としましょう。民間病院では、減収に対して賃金カットなどで対応している場合もあるし*4、場合によっては倒産しています*5。民間病院には減収補填のための補助金が支払われているのでしょうか?民間病院へも国立病院機構と同様に減収補填をする必要があるのではないでしょうか?
民間病院への減収補填は他の業界にも波及しますので、国としてはできないことかもしれません。そうであるならば、独立行政法人である国立病院機構への減収補填もすべきではありません。仮に経営的に問題が生じる場合には、その存在意義に鑑みて、経営健全化のために国費を投入することも必要かもしれませんが、国立病院機構はそのような経営状況にはありません。国立病院機構は純資産も多く、現預金・有価証券で1700億円あり、経営的には問題ないはずです。
また、退職給付引当金に伴う損失をコロナ名目の補助金で補填することは適切なことでしょうか?もし必要なら、国費から損失補填の名目で正々堂々と補助金を交付すべきです。
6.3 補助金は公衆衛生危機への対応のため
国立病院機構に多額のコロナ補助金が交付されるのは、その補助金によって「公衆衛生上重大な危害が生じ、若しくは生じるおそれがある緊急の事態に対処するため」(国立病院機構法21条*6 )ではありませんか?国立病院機構のコロナ病床は5%と言われています*7。十分な受入れ数なのでしょうか?補助金に見合った活動をしていると言えるのでしょうか?
7. 国立病院機構は火事場泥棒
コロナ名目の補助金が、減収補填や損失補填に使われていることは明らかでしょう。前者はまだしも、後者はどう理屈をつけてもコロナ対策ではありません。機構が持つ純資産から処分すべき性格のものではないでしょうか?
たとえ特別損失の補填のために国が補助金を交付する必要があったとしても、正々堂々と損失補填のための補助金として交付すべきです。
コロナ名目の補助金を損失補填に注ぎ込むことは、私には、国立病院機構が火事場泥棒をしているようにしか見えません。
(2021/9/11)
(追記)
多額の経常利益を当期利益に反映させると世間の批判を浴びるから、利益を打ち消すように特別損失を出した、そして、(退職給付のための)運営交付金の受取は止める、ということなのかもしれません。本来は受け取れるはずだった運営交付金であるならば、一種の国庫返納になりますが、やはり適正な処理とは思えません。
(追記)
JCHOについてもまとめました(付録B)。
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付録A:退職給付引当金に伴う特別損失
独立行政法人の会計は詳しくないので間違っているかもしれませんが、財務諸表を辿っていくと次のような会計処理がなされたものと思われます。
A.1 2019年度の会計基準改訂に伴う会計処理の変更
独立行政法人の会計基準改訂に伴い、国立病院機構においても退職金引当金の会計処理が変更されました。
(会計方針の変更)
退職一時金のうち、運営交付金により財源措置される部分については、前事業年度まで引当金を計上しておりませんでしたが、独立行政法人会計基準等の改訂により、当事業年度より、当事業年度末における退職給付債務を退職給付引当金として計上するとともに、退職給付引当金と同額を退職給付引当金見返として計上しております。
これからが経常利益、当期純利益及び当期総利益に与える影響はありません。
(2020年度国立病院機構財務諸表)
つまり、貸借対照表の資産に「退職給付引当金見返」、負債に「退職給付引当金」を同時に計上します。「退職給付引当金見返」は、運営交付金で将来収入となるはずのお金で債権のような扱いということなのでしょう。
実際、2019年度の貸借対照表では、2018年度にはなかった「退職給付引当金見返」の項目が資産側に作られ525億円が計上されています。負債側の退職給付引当金は、2018年度の2618億円から2019年度の3132億円と514億円増で計上されています。525億円が引当金に計上され、11億円の差分は変動分と思われます。
また、損益計算書には、臨時利益として「退職給付引当金見返に係る収益」、臨時損失として「会計基準改訂に伴う退職給付費用」に同額の594億円が計上されています。
損益計算書の594億円と貸借対照表の退職給付金引当見返525億円の間の69億円の差額の理由は理解できていません。
A.2 2020年度会計における退職給付引当金見返の減損処理
「運営費交付金皆減に伴う退職給付引当金見返取崩額」の424億円が特別損失として計上されています。退職給付のための運営費交付金がゼロになったために、貸借対照表の「退職給付引当金見返」の資産価値がなくなったことによる減損処理と思われます。2020年度の退職給付引当金見返は36億円になっています。
2019年度の525億円から424億円を引くと101億円ですが、36億円との差分の理由は理解できていません。
付録B:地域医療機能推進機構(JCHO)の場合
地域医療機能推進機構(JCHO)は、国立病院機構と同様にその設置法により、公衆衛生危機への対応が義務付けられています*8。JCHOに対しても多額のコロナ補助金が交付されています。財務諸表*9からを検証したいと思います。
B.1 JCHOへの補助金は350億円
JCHOでは、コロナの名称のついた補助金は232億円ですが、「〔北海道外1都2府14県〕病床確保推進事業に係る補助金」の104億円のように明らかにコロナ対応目的の補助金も多いので、あくまで参考の数字です。
JCHOの補助金は、2019年度が19億円、2020年度が368億円です。その差349億円前後がコロナ対応のための補助金と考えられます。

JCHOのコロナの名称の付いた補助金。
B.2 経常利益213億円、当期利益201億円
JCHOは黒字経営で経常利益は50億円弱で推移しており、純利益も初年度を除けばプラス、2017年度~2019年度は20~30億円での推移です。
2014年の当期利益の60億円の赤字は、設立初年度の賞与関連の特殊事由による特別損失100億円が原因で経営的に問題があって発生しているものではありません。

JCHOの利益推移。
B.3 減収は160億円以上
非コロナ事業の減収は、③の差分を考えると、167億円以上となります。一方、コロナ事業の増収ではカバーしきれていません。補助金がない場合には、2019年度と比べて、178億円の収益の悪化となっています。コロナ事業は黒字であるはずなので、非コロナ事業の減収・減益が全体としての減益要因です。非コロナ事業の減収を約350億円の補助金によって補填して、200億円の利益となっていると言えます。
2019年度 | 2020年度 | 差分 | |
① 総収入 | 3755 | 3937 | 182 |
---|---|---|---|
② 補助金収入 | 19 | 368 | 349 |
③ 補助金以外の収入(=①-②) | 3736 | 3569 | -167 |
④ 総支出 | 3713 | 3724 | 11 |
⑤ 収益(=①-④) | 42 | 213 | 171 |
⑥ 補助金なしの場合の収益(=③-④) | 23 | -155 | -178 |
B.4 201億円の利益は利益剰余金
201億円の利益は、利益剰余金として純資産に算入されています。利益剰余金は前期の32億円から233億円に増えます。
なお、JCHOは純資産は4754億円、総資産5805億円で、自己資本比率82%、無借金で貸借対照表で見る分には経営状態は非常に良好です。
B.5 JCHOもボッタクリ
JCHOは経営状態も良く、国立病院機構ほどえげつないことはしていませんが、補助金の1/3は利益剰余金として蓄財しています。
先頭になって公衆衛生危機への対応をしていればまだしも、受け入れるコロナ患者がわずかでは、ボッタクリと言わざるを得ません。
*2:コロナ患者受入に対する診療報酬が低くて、患者を受け入れれば受け入れるほど損益が悪化するということはないと思いますが、もしそうであれば、制度設計がどこか間違っています。
*3:e-gov法令検索「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」.
第十一条 補助事業者等は、法令の定並びに補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件その他法令に基く各省各庁の長の処分に従い、善良な管理者の注意をもつて補助事業等を行わなければならず、いやしくも補助金等の他の用途への使用をしてはならない。
*4:朝日新聞DIGITAL「4割が冬の賞与カット コロナ受け入れ病院、待遇は悪化」(2021.2.16).
*5:毎日新聞「コロナ患者受け入れ病院倒産 全国初 「外来」減少で経営悪化」(2021.8.27).
(緊急の必要がある場合の厚生労働大臣の要求)
第二十一条 厚生労働大臣は、災害が発生し、若しくはまさに発生しようとしている事態又は公衆衛生上重大な危害が生じ、若しくは生じるおそれがある緊急の事態に対処するため必要があると認めるときは、機構に対し、第十五条第一項第一号又は第二号の業務のうち必要な業務の実施を求めることができる。
2 機構は、厚生労働大臣から前項の規定による求めがあったときは、正当な理由がない限り、その求めに応じなければならない。
*7:松浦新「「コロナ病床5%」旧国立・社保庁197病院への疑問 法律あっても病床確保は厚労相のお願いベース」東洋経済ONLINE (2021.8.23).