時事随想

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ニュースや新聞を見て、想ったことを綴った随想・論説集

【コロナ】医療保険が適用できる研究用試薬という謎

 研究用試薬は本来医療に用いてはなりません。しかし、新型コロナに関しては、公的医療保険が適用できる研究用試薬なるものが存在しています。謎です。

 研究用試薬でも公的医療保険が適用できる根拠について調べてみました。

1. 社会的検査は医療行為ではない

 ソフトバンク*1や楽天*2、木下グループ*3などの民間PCRは、無症状者を対象とした検査で、社会的検査のために用いられるものです。決して、病気の診断のために用いる検査ではなく、ましてや医療行為などでもありません!

 患者の検査を行えば医療診断を行っていると疑われますし、医薬品を使うと薬機法の規制を受ける恐れがあります。下手をすれば、摘発されます*4, *5, *6

 このため、医療行為を疑われて各種の医事法の規制を受けないように、各社、気を付けてビジネスをしていることがうかがわれます。

 現在、民間PCRが行っている検査は、医療行為と指摘される懸念はあり、いまでもグレーゾーンと思います。しかし、既に社会的検査として普及し、少なくとも大手の事業者については、政府や自治体も利用するサービスです。いまから違法性を問われることはまず考えられません。逆に、臨床検査技師も必要なく誰が検査をやってもよく、低品質な検査試薬を使用する、精度管理ができていないなどが原因で、検査精度が悪くても、法律で規制することができない状態でしょう。大手PCR事業者は、登録衛生検査所を作ったり(ソフトバンク、木下)、衛生検査所や医療機関に委託し(楽天)、検査精度を担保できるようにしていますが、実態が分からない事業者がいることも事実です。

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(a) ソフトバンクはスクリーニングのための検査を提供。

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(b) 楽天は、安心のための検査を提供。

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(c) 木下の店舗型PCRは、感染症予防の一環として医療行為が不要な方への検査を提供。

図1. 民間PCRは、社会的検査が目的。


2. 民間PCRは研究用試薬を使用する

 研究用試薬は医薬品ではなく、薬機法*7の適用を受けません。こんなところから、民間PCRでは、研究用試薬を用いているものと思われます。

 そして、研究用試薬のうちで主に使われているのが「公的医療保険が適用できる」研究用試薬です。例えば、ソフトバンクや楽天のPCRではタカラバイオ社製の研究用試薬*8, *9、木下のPCRでは東洋紡製やロシュ社製の研究用試薬*10が用いられています。

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(a) ソフトバンクのPCRが使用する研究用試薬。

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(b) 楽天のPCRが使用する研究用試薬。

図2. ソフトバンク、楽天のPCRが使用するタカラバイオ社製の検査試薬。


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  タカラバイオ:https://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?unitid=U100009449
  東洋紡:https://lifescience.toyobo.co.jp/detail/detail.php?product_detail_id=267
  ロシュ:https://diagnostics.roche.com/jp/ja/products/params/cobas-sars-cov-2-test.html
  島津製作所:https://www.an.shimadzu.co.jp/bio/reagents/covid-19/index.htm

図4. 民間PCRが利用している検査薬の例。


 なお、検査試薬だけでなく、検体採取キットも場合によっては一般医療機器になるので、ウイルス不活化唾液採取キットについても規制対象外のものを使っているようです。

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図3. ソフトバンクが使用していると思われる唾液採取キットMD-ZSV-001。(文献*11より)

 唾液用は一般医療機器ではないが、鼻腔咽頭用は一般医療機器となっている。
価格は1個1,860円(74,400円/40個)。検査薬よりも高いというか、税込でPCR検査サービスとほぼ同じ価格になります。この値付けはなんなんでしょう?1個100円もしないよね?

3. 健康保険適用検査に研究用試薬を使える根拠

3.1 診療報酬に関する厚労省通知

 研究用試薬の公的医療保険適用の根拠となるのが、2020年3月15日の厚労省通知*12です。この通知によって、一部の研究試薬については保険適用が可能となっています。

D023 微生物核酸同定・定量検査
(17) SARS―CoV―2核酸検出は、国立感染症研究所が作成した「病原体検出マニュアル 2019―nCoV」に記載されたもの若しくはそれに準じたもの又は体外診断用医薬品のうち、使用目的又は効果として、SARS―CoV―2の検出(COVID―19の診断又は診断の補助)を目的として薬事承認又は認証を得ているものにより、COVID―19の患者であることが疑われる者に対しCOVID―19の診断を目的として行った場合又はCOVID―19の治療を目的として入院している者に対し退院可能かどうかの判断を目的として実施した場合に限り算定できる。ただし、感染症の発生の状況、動向及び原因を明らかにするための積極的疫学調査を目的として実施した場合は算定できない。(太字は筆者)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc4894&dataType=1

3.2 感染研「病原体検出マニュアル」

 しかし、「病原体検出マニュアル 2019―nCoV」*13を見ても、現在、保険適用されている研究用試薬の記載はありません。

3.3 感染研法と一致が確認された試薬品リスト

 2020年3月18日の厚労省事務連絡*14には、次のような記載があります。

今般、行政検査等に用いる遺伝子検査方法について、精度や汎用性のある検査方法を普及する観点から、国立感染症研究所の病原体検出マニュアルに基づく方法(以下、「感 染研法」という。)とメーカー等が提案する遺伝子検査方法の比較結果が、「臨床検体を用いた評価結果が取得された 2019-nCoV 遺 伝子検査方法について(https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/2019-nCoV-17-20200318.pdf)」(厚生労働省健康局結核感染症課・国立感染症研究所)(以下、「検査方法比較結果」という。) として国立感染症研究所のホームページに掲載されました。(中略)感染研法との陽性一致率及び陰性一致率について確認されていることから、行政検査に使用できることを、貴管下の保健所、地方衛生研究所及び行政検査を実施する医療機関等に周知いただきますようお願いいたします。
https://www.mhlw.go.jp/content/000609903.pdf

 「臨床検体を用いた~遺伝子検査方法について」(以下、感染研リストと呼ぶ)に掲載された試薬品は、厚労省通知の「国立感染症研究所が~それに準じたもの」となるようです。ここでの陽性一致率、陰性一致率は「臨床検体(陽性 10 検体、陰性 15 検体)を用い、感染研法との陽性一致率及び陰性一致率を求めた結果」のうち「陽性一致率及び陰性一致率ともに 90%以上」のものです。10検体、15検体の一致率ですので、何を高いとするかにもよりますが、一般的には高い一致率、高い精度を保証する評価試験にはなっていません。

 この感染研リストに掲載されると、行政検査に利用できることは分かりますが、保険適用してよいかは判然としません。

3.4 疑義解釈の厚労省事務連絡

 この問題に対しては、感染研リストに試薬品が掲載されるたびに疑義解釈の事務連絡が発行されるようです。

 例えば、東洋紡の「新型コロナウイルス検査キット SARS-CoV-2 Detection Kit -Multi-」の場合には、2020年8月18日の厚労省事務連絡*15に次のように記載されて、保険適用が可能な検査薬であることが分かります。

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https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/000660370.pdf

4. 未承認品の保険適用は特例措置

 なぜ、このようなことを行っているか?

 コロナのPCR検査の保険適用は、2020年3月6日から開始されました。しかし、この時点では体外診断用医薬品として承認されていた検査薬*16はありませんでした(初めての承認薬は2020年3月27日のシスメックス社の検査キット)。つまり、保険適用を開始しても、検査に使えるメーカー製の検査薬がないという状態です。このため、「緊急性に鑑み」(感染研リスト)、研究試薬を医療保険に適用する特例措置をとったということでしょう。

 現在は承認薬も豊富になっており、感染研リストも2020年10月23日を最後に更新されていません。既に意義を失ったこの特例措置は将来的には廃止されると予想されます。

5. 各メーカーは承認品と未承認を商品化

 各メーカーのホームページを見ても、医薬品として承認された製品と承認されていない研究用試薬を商品化しています。何が違うのでしょうか?

 少なくとも、各メーカーは承認品を製造する能力があるので、承認品と同じ精度の研究用試薬を製造する能力があると思って間違えないです。

 承認品の商品型番を変更すれば、未承認品を作れます(笑)。研究用試薬は、承認遅れがない分、最先端の機能・性能があるのかもしれませんが、どうなんでしょうね?この業界のことは良く知りませんが。

 現在、医療・行政系の検査では承認薬を使っていると推測しますが、保険適用の特例措置を廃止しても、特に問題は起こらないように思います。

 唯一困るのは、「公的医療保険適用の検査薬」という商品のブランド価値がなくなることでしょうか?

(2021/10/1)

関連記事

*1:SB新型コロナウイルス検査センター株式会社ホームページ.

*2:楽天グループ「新型コロナウイルス唾液PCR検査」(個人向け).
楽天グループ「新型コロナウイルス唾液PCR検査キット 企業・団体専用お問い合わせページ」.

*3:木下グループ「新型コロナPCR検査センター」.

*4:読売新聞オンライン「抗原検査キット「承認受けた」と宣伝、初の行政指導…販売業者2社に消費者庁」(2021/3/26).

*5:読売新聞オンライン「診察せずに陰性証明書、医師法違反の可能性…改善求める行政指導」(2021.4.21).

*6:読売新聞オンライン「【独自】「15分で結果分かる」と宣伝、未承認の中国製・抗原検査キットを「診断用」と販売」(2021.9.28).

*7:e-GOV法令検索「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」.

*8:SB新型コロナウイルス検査センター株式会社「当社のPCR検査について」.

*9:楽天市場「新型コロナウイルス唾液PCR検査用キット(通常方式)」.

*10:木下グループ「「木下グループ 新型コロナPCR検査センター」が 検査精度の高い自宅用「PCR検査キット」を販売開始。 厚労省から認可を受けた2種類の検査機器で検査を実施」(2021.4.1).

*11:アズワン株式会社「感染症対策用品パンフレット」.

*12:厚生労働省「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」保医発0305第1号 (2020.3.5).

*13:国立感染症研究所「病原体検出マニュアル 2019―nCoV Ver.2.9.1」(2020.3.19).

*14:厚生労働省事務連絡「新型コロナウイルスに関する行政検査の遺伝子検査方法について」(2020.3.18).

*15:厚生労働省事務連絡「疑義解釈資料の送付について(その 28)」(2020.8.18).

*16:厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の体外診断用医薬品(検査キット)の承認情報」(2021.9.14).

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