時事随想

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ニュースや新聞を見て、想ったことを綴った随想・論説集

【コロナ】コロナパス運用のために必要な検査数

 政府分科会は、ワクチン・検査パッケージという名前で、ワクチン接種履歴や検査の活用を提唱しています*1

 ワクチン接種履歴や検査陰性を証明するコロナパスは、既に多くの国で運用されていますが、本稿では、コロナパスの運用のために必要な検査数を外食産業の来客者数からざっくりと見積もります。あわせて、コロナパスを運用している各国の検査数をみてみたいと思います。

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1. 外食産業の来客者数

 まずは、度々営業規制される外食産業の検査のために必要な検査数を試算してみます。

 外食産業における1日の来客者数の統計が見つからなかったのですが、外食産業の市場規模の資料と客単価に関する資料が見つかったので、それらに基づいて1日の来客者数を推計します。

  • 市場規模:日本フードサービス協会「平成30年外食産業市場規模推計について」*2
  • 客単価:厚生労働省「飲食店営業(一般食堂)の実態と経営改善の方策 」*3
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図1. 外食産業の市場規模(2018年)。

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図2. 飲食店における顧客単価(2016年)。


 2つの資料での分類は必ずしも一致してないので、対応していそうな「食堂・レストラン」と「居酒屋等」について、来客数を推計しました。

  • 食堂・レストランの来客数 = 10.1兆円/1392円/365日 = 1988万人/日

  • 居酒屋等の来客者数 = 1.0兆円/3,886円/365日 = 70万人/日

 食堂・レストランは、お昼御飯、晩御飯の日常的な外食が数を引き上げていそうです。居酒屋等は、年間換算で2.6億人。全人口平均で年2回、対象者が全人口の半分としても年4回。随分と少ないような気もしますが、こんなものなんですかね。ちゃんとした統計が欲しいところです。

 食堂・レストランの来客数が圧倒的に多いので、その他の(コロナパスを運用しそうな)外食業態を含めても、2~3割増ぐらいの範囲に収まると思われます。

2. 航空、新幹線、その他の客数

2.1 航空旅客数

 航空旅客数には、統計があります。国土交通省の「航空輸送統計速報 」*4によれば、国内線は2019年が過去最高で年間1億人強、1日平均では約30万人です。国際線は年間2300万人で約6万人/日です。

 飲食業界に必要な検査数からすれば僅かな数量です。

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(a) 国内線
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(b) 国際線
図3. 航空旅客数。


2.2 新幹線の旅客数

 国土交通省の「鉄道輸送統計年報(2020年度分)」*5によると、新幹線の旅客数は、2019年度で年間3.7億人です。一日平均にすると100万人/日です。

 これも飲食業界に比べれば、僅かな数量です。

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図4. 新幹線の旅客数。


 ちなみに、全鉄道旅客数は、2019年度で年間252億人、一日平均にすると、6900万人/日です。往復や乗り換えがあるので、実人数はこれよりも小さくなりますが、いずれにせよ、非常に多くの人が利用しています。鉄道利用者数の実人数は、飲食店利用者数の実人数よりも多くなるでしょう。

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図5. 鉄道旅客の総数。

2.3 その他

 コンサート、スポーツ、イベントなどその他の業界、利用シナリオで必要な数を積み上げはしませんが、飲食に比べれて、多くなることはないと思います。

 飲食の検査を超えるのは、電車・バスなどの公共交通機関の利用者の検査、学校・職場などでの検査、さらには全住民検査をする場合ぐらいでしょうか。

 飲食以外については、次節以降での検討を省きますが、基本的には飲食と同じ考え方で必要検査数を見積もれると思います。

3. 陰性証明のための検査

 陰性証明の仕方には、大きく分けて2つに分類されます。

  • ワンタイム陰性証明:サービス利用の直前に陰性を証明する (主に抗原検査を使う)

  • 陰性パスポート:予め陰性パスポートを取得し、サービス利用時に陰性パスポートを提示する (主にPCR検査を使う)

 また、検査がすぐに終わるのであれば、 サービス利用の直前に陰性パスポートを取得するなどもあるとは思いますが、ここでは上記の2つについて考えます。

3.1 ワンタイム陰性証明

 高速オンサイトPCR検査を行う場合などを除けば、基本的に抗原検査キットを使うことになります。お店側が検査キットを来客者に渡して、その場で検査するという仕方なので、公的な検査証明は発行されません。

 仮に来客者すべてにワンタイム陰性証明を行ったときに、必要な検査数は、来客者数に等しくなります。

  • 居酒屋に必要な検査数:70万検査/日
  • 食堂・レストランに必要な検査数:1988万検査/日

3.2 陰性パスポート

 コロナパスなどの陰性証明は、公的な陰性証明として発行され、スマホQRコードを提示することで利用します。

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図6. CommonPassのコロナパス(文献*6より引用)


 来客者すべてに陰性パスポートの提示を求めるとします。陰性パスポートは有効期限内で繰り返し使用できますので、来客者数は延べ人数ではなく、実人数を知る必要があります。

 有効期限はとりあえず7日間としましょう。

居酒屋

 居酒屋の場合には、1週間に複数回行く人もいるかもしれませんが、ここでは来客者数=実人数とみなします。

  • 居酒屋に必要な検査数 = 70万検査/日

食堂・レストラン

 食堂・レストランは、1週間に何回も行く人も多いと思います。全員が週に1回だけ店舗利用する場合(延べ人数=実人数の場合)が最大の必要検査数になります。何回も利用する人が多いほど実人数は少ないので、必要検査数も少なくなります。最小の必要検査数は、ここでは、全員が週に7回利用する場合と仮定します。

  • 週1利用の場合に必要な検査数 = 13,900万検査/週 = 1,988万検査/日
  • 週7利用の場合に必要な検査数 = 1,988万検査/週 = 284万検査/日

 つまり、

  • 食堂・レストランに必要な検査数 = 284万~1988検査/日

 陰性証明の有効期限を3日にすれば、7/3(=2.33)倍の検査数が必要です。

 いずれにせよ、少なくとも数百万検査/日の規模の検査が必要になります。

4. ワクチン接種者は検査免除

 多くの国のコロナパスではワクチン接種者への検査は免除していて、日本政府のコロナパス(ワクチン・検査パッケージ)でも検査免除を考えています。その場合には、必要な検査数は数分の1になります (例えば、利用者の接種率が80%なら、検査数は1/5)。

 ワクチンによる感染予防効果は、時間経過と共に減弱します。ワクチン接種者は、ワクチン非接種者に比較すると、無症状・軽微な症状になって、サイレントスプレッダーになること、行動も活発になり感染しやすくなることが予想されます。このため、感染拡大を抑制するためには、ワクチン非接種者よりも、ワクチン接種者の方がより検査が必要かもしれません。日本のコロナパスでは、ワクチン接種の有効期間を短くするか、検査免除しない方が良いと思います。

5. コロナパスの運用国での検査数実績

 ワクチン接種証明・検査陰性証明・回復証明などの証明制度であるコロナパスを運用している国はいくつもあります*7。そして、検査頻度は、例えば、デンマークでは週に2回の検査*8、オーストリアでは週4回のPCR検査*9を推奨しています。オーストリアは、陰性証明の有効期限がPCRで48時間 (抗原検査で24時間) *10と短いので、週4回というか2日に1回の検査を推奨ということなのでしょう。イスラエルは検査証明の有効期限は72時間で*11、いつも利用するなら、週2~3回程度の検査頻度になります。

 さて、陰性証明パスポートを運用している国では、実際にどの程度検査を実施しているのでしょうか?Our World in Dataのデータを見ると、デンマーク、オーストリア、イスラエルの3カ国の検査数を見てみると、検査数が多い時期には、1000人当たり10~40検査/日以上の検査をしています。検査数が多い時期とコロナパスを運用している時期は概ね重なると思います。

 これらの国の検査数を日本の人口に換算すると、125万~500万検査/日の検査が必要となります。日本でのこれまでの検査実績はピーク時で12万検査(7日平均)ですので、10倍から40倍の検査が必要となります。

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図7. オーストリア、デンマーク、イスラエル、日本の人口1000人当たりの検査数。
(Our World in Data*12より引用)

6. 最後に

 日本でコロナパスを他国と同様に運用するためには、現在の検査数の十倍、数十倍の検査が必要と見込めます。抗原検査キットでワンタイム検査証明にするのか、PCR検査でコロナパスにするのか、方法はいろいろと考えられると思いますが、いずれの場合でも、日本の検査の現状は、抗原検査キットであろうが、PCR検査であろうが、全く足りません。 本当にワクチン・検査パッケージを実施したいのであれば、検査体制の大幅な強化が早急に必要です。

 また、検査費用も無料(もしくは低価格)にする必要がありますが、価格の点でも全く不十分です。居酒屋に飲みに行くのに数千円も検査料を取られるとか、800円のランチを食べるのに数千円の検査料とかありえませんから。

 検査体制の拡充ができないなら、今後も延々と営業規制をすることになるのでしょう。1年中、営業規制を掛けられていては、事業者も大変ですし、国民の方もやってられません。

(2021.10.5)

*1:新型コロナウイルス感染症対策分科会「ワクチン接種が進む中で日常生活はどのように変わり得るのか?」(2021.9.3).

*2:日本フードサービス協会「平成30年外食産業市場規模推計について」(2019.7)

*3:厚生労働省「飲食店営業(一般食堂)の実態と経営改善の方策 」(2016.11).

*4:国土交通省「航空輸送統計速報 (令和2年(2020年)分」(2021.3.31).

*5:国土交通省「鉄道輸送統計調査(2020年度分)」(2021.9.21). (PDF)

*6:CommonPass ホームページ。

*7:Forbes Japan「接種証明の「グリーンパス」、イスラエルやイタリアでも」(2021.7.29).

*8:井上陽子「北欧の明暗を分けたコロナ対策 切り札となったデンマークの「コロナパス」と日本との違いは?」BuzzFeed Japan (2021.5.2).

*9:@Musikmusik7さんのツイート

PCR検査キットはチェーン店のドラックストアに取りに行くんだよ。400mおきにあるお店だから欲しいと思えばすぐもらいに行けるし、回収ボックスが各スーパーに設置されてる。週に4回の検査をしてくれってウィーン市からお願いされてるけど、4回はなかなか大変で、私は週1、2くらいでやってる

— れいわ勝手に応援団 World!ウィーン組の1人(海外在住のメンバー募集中!) (@Musikmusik7) August 27, 2021

*10: Stadt Wien, "Questions and answers regarding coronavirus and the COVID-19 disease".

*11:ロイター「イスラエル、コロナ免疫証明制度導入へ レジャー施設利用可能に」(2021.2.11).

*12:Our World in Data "Daily new COVID-19 tests per 1,000 people".

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