時事随想

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ニュースや新聞を見て、想ったことを綴った随想・論説集

【コロナ】無料匿名のPCR検査の電子証明書

 政府分科会は、ワクチン・検査パッケージの活用を提案しています*1。ワクチンの接種証明については、スマホQRやネット利用のAPIなども検討されていますが*2, *3、検査証明の方は、どこまで検討されているのでしょうか?

 ウィーンでは大量無料PCRとコロナパス(グリーンパス)を運用しており*4、参考になると思います。日本でも、基本的にはウィーンの方式を改善して実施すればよいと思いますが、個人的に匿名検査の実現にも興味があったので、本稿では匿名の検査の電子証明書のフレームワークについて考えてみました。

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1. ウィーンの大量PCR検査

 大量検査を行うために医療従事者の負担を増やすような方法をとることは、現実的ではありません。抗原検査キットは一つの方法ですが、即時性は高いものの、精度が低く、見逃しや偽陽性が高い点が問題です。このため、本稿では、検査方法としては、PCR検査による大量検査について検討します。

 大規模な無料PCR検査については、例えば、ウィーンの無料大量PCR検査が参考になります。医療従事者は介在せず、小売り流通網や物流サービス(検体回収)とPCR検査機関をIT技術を使って統合しているサービスです。

 検査のフローの概要は、(a) アカウントを作成し、検体採取キットを貰うためのバーコードを入手、(b) ドラッグストアでバーコードを見せて無料の検体採取キットを貰い、(c) うがい検体(≒唾液検体)を家で採取して、(d) 検体をスーパーなどに設置してある回収ボックスに入れると、(e) 電子メールで結果通知され、Webサイトで検査証明がPDFで入手できます。(f) このPDFをスマホアプリに取り込むことで、スマホ版のグリーンパス(コロナパス)が得られます。


図1. ウィーンの大量PCR検査の流れ(文献*4より引用)

2. 無料匿名のPCR検査

2.1 無料匿名の検査

 日本で実施している無料匿名の検査としては、HIV検査があります*5, *6。感染症法上の届け出義務がある疾患であっても、匿名検査にすることで、受診率は多少は下がっても、受検率を上げることを重視した施策でしょう。

 また、現在の日本では、民間PCRにおける検査結果は、医療診断ではありませんので、検査結果が陽性であっても、保健所への届け出の義務はなく、病院での受診は感染者の任意です。公衆衛生当局からすれば、行政が把握できない検査で、一種の匿名検査になっています。市販の抗原検査キットを使った検査の場合は、検査そのものの実施が把握できず、匿名検査と言えます。

 コロナで匿名検査にするか、否かは、議論の必要はありますが、一つの考えとしてはあると思います。個人的には、匿名でない方が良いとは思いますが、プライバシーを重視する国民性もあるので、匿名検査の方が公的検査としては受け入れられやすいかもしれません。特に社会的検査として検査証明を公的に義務付ける場合には、検査に対する反発も予想されますので。

2.2 前提条件

 次の仮定をおくことで、頻回の無料匿名のPCR検査の実施とアプリ版の検査証明の発行ができると思います。

 ① スマホアプリは信頼できる
  アプリはプライバシー保護を含めて信頼できることを仮定する。

 ② ICチップ搭載の公的身分証明書を使用
  マイナンバーカード、運転免許証、パスポート、在留カードが入っている。これらは、偽造されないと仮定する。以下ではマイナンバーカードを前提として説明する。

 但し、アプリで表示される検査証明書には、基本的には、匿名性はなく、身分証明書と検査証明書は一体化します。

 国のワクチン接種証明アプリについては、氏名等の身分情報の非表示も利用者が選べるようです*7, *8。しかし、身分情報の非表示は、ワクチン接種証明の匿名化です。ワクチン接種者からマイナンバーカードを借りれば、接種証明が得られます (苦笑)。入国管理などでは身分情報表示は必須でしょうが、接種証明の匿名化という発想は私にはなかったです。

 また、アプリ版の検査証明情報からPDFを作成・印刷すれば、紙の検査証明書もできるでしょう(そこまでする必要があるか良く分かりませんが)。

2.3 匿名検査の流れ

 ウィーンのAlles Gurgelt と同じ流れに沿って説明します。基本的には、Alles Gurgelt と同じで一部だけを匿名化します。

(a) アカウントの作成

  • アプリでは、マイナンバーカードのマイナンバーや顔写真を含む身分情報をICチップから読み込む。この情報はサーバに送信しない。

  • アプリ経由で、マイナンバーをハッシュ化したハッシュ値を個人ID(匿名ID)として、サーバに登録する。

     マイナンバーカード以外に運転免許証、パスポートなど複数の身分証明書を許容した場合、同一人物でも、複数の身分証明書を登録することで複数のアカウントを作ることができます。このため、割り当てた検査数よりも多く検査するなどの不正利用が可能になります。また、ハッシュ値の衝突*9は、実質的に起こらないようにすることはできると思いますが、衝突が起こらないことを完全に保証できるようにできるかは、私はよく知らないです。

  • 検体採取キット引き換え用のQRコードを生成できるようにする。
    個人に対して配布するキット数の管理方法はいろいろあると思いますが、ここでは電子クーポン方式とします。

(b) 検体採取キットの入手

  • 店舗に行って、QRクーポンを提示して、検体採取キットを入手する。
    店舗側は、QRクーポンを読み込んで、サーバに送信し、発行されたクーポンを無効化します。

    店舗側システムを一切変更しない前提なら、スマホでQRクーポンを1回表示したら、クーポンを無効化します。例えば、(誤表示によるクーポン失効を防ぐために) 店舗QRコードを店舗に置いて、それを読み込むと、クーポンを表示できるようにする。利用店舗とクーポン使用をスマホからサーバに送信すれば、店舗側のキット配布数が把握できます。但し、匿名IDと利用店舗との紐付けが可能になるので、この点は要検討(紐付けしてもよいか、紐付けはしないというお約束にするか、システム的に紐付けできないようにするか)。

(c) 検体の採取

 検体採取から検体容器の梱包までを撮影し、検体採取時のすり替えを防止します。匿名性を確保するためには、サーバにデータを送信せずに、端末ローカルで処理を実施する必要があります。

  • 被験者の顔の確認(マイナンバーカードの登録写真と照合する)
  • 梱包袋に入れた検体容器のバーコードの確認

 Alles Gurgelt!と同等の検体採取の確認処理を自動でできるかは不明ですが、少なくとも顔認証と検体容器のバーコード確認は必要と思います。

  • スマホから、検体容器のバーコードをサーバに送信する。
    サーバでは匿名IDと検体容器番号を紐付けます。

    検体採取キットを個別に追跡できるようにすると、どこの店舗で渡された検体採取キットか判明します(これを認めるか、認めないかは運用ポリシー依存)。

(d) 検体の回収

 日本なら、コンビニに回収ボックスを設置して、投函できると便利でしょう。

(e) 結果通知

  • 検査機関は、匿名ID宛に検査結果を通知する。

あるいは、

  • 検査機関では、検査結果をサーバに登録する。
  • スマホ側で、検体容器番号の検査結果をサーバに問合せ、結果を得る。
    この場合、サーバ側では匿名IDと検体容器番号を紐付ける必要はありません。

  • 陽性であっても、公衆衛生当局には個人IDを通知しない。
    個人ID(匿名ID)を通知しても個人を特定できないので、そもそも通知する意味がありません。また、検査件数や陽性件数などの統計情報は、必要に応じて、当局に報告してもよいでしょう。

  • 次回検査のための電子クーポンを匿名ID宛に発行する。

(f), (g) スマホで検査証明

  • 通知結果に基づいて、スマホアプリで検査結果を表示する。
    必要に応じてQRコードなども表示。氏名や生年月日、顔写真などの身分証明情報は、マイナンバーカードの情報を使用する。

  • 陰性なら陰性証明として店舗等で利用、陽性なら陽性証明として病院へいく(再検査の要否は運用ポリシーに依存)。

2.4 匿名性

 アカウント作成や電子クーポンの管理、結果通知における通信で、スマホが特定される可能性があります。匿名性の確保としては不十分かもしれません。運用ポリシーとして匿名性を確保するようにシステム構築をすれば、法執行機関や通信ベンダ以外は容易には個人を特定できないとは思いますが、国は信用できないという前提であるならば、不十分です。

 付録に、紙クーポンを使い、結果通知も特定されないような方法を述べましたが、エレガントとは言えない方法です。もっと上手い方法はないですかね。

3. 最後に

 無料匿名の大規模PCR検査のための方法を考えました。匿名化に関するIT技術は詳しくはないので、もっと良い方法があるかもしれませんが、何かの参考になれば幸いです。

(2021/10/28)

関連記事

 

付録:紙クーポンを使う場合

 匿名IDのアカウントは、 クーポンの発行管理と結果通知のために用いていますが、クーポンを電子クーポンではなく、紙クーポンにすれば(あるいは、もっとうまい方法で電子クーポンを管理できれば)、匿名IDを使わず、匿名性を高めることができます。

 そのときのフローは次のようになります。

(a) アカウント作成

  • アカウントは作成しない。
  • サーバに一切の情報を送信しない(通信しない)。
  • スマホ検査証明で表示する身分情報を公的身分証明書のICチップから読み込む。

(b) 検体キットの入手

  • 紙のクーポン券と交換で、検体キットを入手する。

(c) 検体の採取

  • 検体容器番号をサーバに送信しない。
  • それ以外は、変更なし
  • サーバとは通信しない。

(d) 検体の回収

  • 変更なし

(e) 結果通知

  • 検査機関は、検体容器番号の検査結果をサーバに登録する。
  • スマホは、サーバに登録されている全ての検査結果をダウンロードし、スマホローカルで検体容器番号を照合し、検査結果を得る。
    (検体容器番号で問い合わせして検査結果を得ると、問い合わせした端末が特定されて、匿名性が損なわれる)

     接触追跡アプリの通知方法*10, *11を参考にしましたが、ダウンロードするデータ量が大きくなるので、困ります。別の方法があれば、その方が良いです。

(f), (g) スマホで検査証明

  • 変更なし

 上記の方法では、通信が必要なのは、検査結果を取得するときのみです。それ以外は、通信は不要です。また、検体すり替えは、本文提案でも全自動なので、なりすまし耐性は同等と思います。

 紙クーポンの場合、使用状況に応じた検体採取キットの配布管理ができないので、未使用の検体採取キットが発生することが予想されます(キット配布数と検体回収数が大幅にずれる)。

 なお、無駄に検体採取キットを個人で保管する問題は、検体採取キットを有料化することで抑制できます。この場合は、紙クーポンもなしでいいでしょう。

【コロナ】Alles Gurgelt! ウィーンの無料PCRについて

 ウィーンではワクチン接種・検査・感染回復の証明を行うグリーンパス*1を導入しています。日本のワクチン・検査パッケージ*2を普及させようとすると、大量検査が必要になりますが、ウィーンで行っている検査、特にPCR検査プロジェクトAlles Gurgelt! (みんなでうがい!)が参考になると思います。調べてみました。

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(Alles gurgeltのホームページより引用)

1. 3Gルールとグリーンパス

 オーストリアには、3Gルール(geimpft(回復)、getestet(検査)、genesen(ワクチン接種)) があります。グリーンパスは、この3Gルールに準拠していることを証明するものです。

 3G証明の有効期間は、次の通りです。

  • ワクチン接種:2回目の接種から12か月
  • 回復:回復から6か月
  • 検査:
    • PCR検査:検体採取時から48時間
    • 抗原検査:検体採取時から24時間 (認定機関による実施のみ)

 ワクチン接種済、回復済、検査済によって、店舗や場所による規制、マスク着用などの規制がいろいろと変わるようです*3

2. うがいPCR検査

 Alles Gurgelt! (みんなでうがい!)のPCR検査の特徴は、うがいをしたすすぎ液を検体として採取する点です。唾液が出にくい人などもいるので、使い勝手は唾液よりも良いかもしれません。また、うがいPCRの開発ベンダLEAD Horizon社*4が紹介している論文*5によれば、うがいPCRの方が唾液PCRより精度が良いようです(唾液PCRの感度78.8%に対して、うがいPCRは感度97.5%)。

 実際には、うがいというよりも、2.5mlの生理的食塩水を口にマウスウォッシュのようにクチュクチュして検体を採取するので、喉でガラガラするというわけではありません*6, *7

 LEAD Horizon社のプレスリリースによると、オーストリアでは、このうがいPCRによる検査を1日15万人実施し、2月から9月までの間で累計800万人に検査し*8、ウィーン市では1月からAlles Gurgeltを開始し、3月末から無料にして、1日最大7万人の検査をしたそうです*9。ウィーン市人口が187万人、ウィーン都市圏人口が260万とすると*10、Alles Gurgeltプロジェクトだけで、1日に人口の2.7%~3.7%程度を検査したことになります。

 なお、オーストリア全体では、同時期の2021年2月1日から2021年6月30日に4562万件をしており、1日30万件、人口比で1日3.4%の検査を実施しています*11

3. ウィーン市のAlles Gurgelt!

3.1 概要

 ウィーン市のAlles Gurgeltのフローの概要をホームページ*12から引用します(ウィーン市のページにも解説があります*13 )

高速で信頼性の高い
 登録してバーコードを取得します。これにより、ウィーンのBIPAブランチから最大8つのテストセットを取得できます。

簡単で安全
 テストセットに含まれている指示に従ってください。サンプル番号を入力して、Webアプリlead-horizo​​n.org/publicに登録します。登録後、テストセットを何度も受け取ることができるパーソナライズされたバーコードを受け取ります。WebAppの指示に従って、テストを実行します。ウィーンのREWE支店(BILLA、BILLA PLUS、BIPA、PENNY、およびガソリンスタンドショップBP MERKUR inside 、JET BILLA STOP&SHOP、SHELL BILLA Unterwegs)でPCRうがいテストを提出してください。結果を24時間以内に(午前9時より前に送信した場合)メールで受け取ります。あなたはあなたの都市地図であなたの最も近いドロップオフポイントを見つけることができます。

簡単な概要
 1. 登録してバーコードを取得する
 2. ウィーンのすべてのBIPA支店で無料のテストセット(最大8個)を受け取ります
 3. サンプル番号を入力して、lead-horizo​​n.org / publicに登録します。指示に従って、テストを受けてください。
 4. 定期的に自分自身をテストしてください-うがいをしたり、すすいだりすることができます。
 5. ウィーンのREWE支店(BILLA、BILLA PLUS、BIPA、PENNY、および内部のガソリンスタンドショップBP MERKUR 、JET BILLA STOP&SHOP、SHELL BILLA Unterwegs)でPCRうがいテストを提出してください。
 6. 結果を24時間以内に(午前9時より前に送信した場合)メールで受け取ります。サンプルは1日2回収集されます(午前9時から午後12時と午後2時から午後5時)。

https://allesgurgelt.at/wien(Google翻訳)

3.2 紹介ビデオなど

① ウィーン市のプロモーションビデオ


Alles gurgelt! Let's fight Covid together (Stadt Wien, 5:11, 2021/7/2)


 ウィーン市が作成したプロモーションビデオですが、ドラッグストアでの頒布や検体回収車のシーンもあります(付録A)。

② LEAD Horizon社の説明ビデオ

#allesgurgelt: So geht's (Stadt Wien, 2:09, 2021/4/6)


 Alles Gurgelt のユーザー登録から始まって、キット入手、検体採取、検査結果までの流れを説明しています(付録B)。

③ ウィーン在住の方のブログ

 実例とともに詳しく解説されています。特にWebAppの説明はステップバイステップで詳細です。

3.3 スマホ版グリーンパス

 Alles Gurgelt で発行されるのは、二つのPDFファイル(検査報告書とEU準拠のグリーンパス*14, *15 )までです。このPDFファイルをスマホに入れたり、紙にプリントアウトして使用します。紙やPDFのグリーンパスはスマホアプリ Grüner Pass *16 に取り込んでデジタル証明書として使用することもできます(付録C)。

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3.4 Alles Gurgelt のまとめ

 Alles Gurgelt の主な流れをまとめると、以下のようになります。

 (a) Alles Gurgeltのアカウントを作成する。
  ・PCR検体採取キットを貰うためのバーコードも得られる。
  ・身分証明書を登録する(任意、グリーンパスには必須)。
 (b) ドラッグストアにいって、PCR検体採取キットを貰う。
 (c) 検体を採取する(採取時の画像も撮影する)。
 (d) 検体容器をドラッグストア・スーパーなどにある回収ボックスに投函。
 (e) 電子メールで結果通知。Alles Gurgelt のサイトからPDF証明書をダウンロード
  ・PDFや印刷した紙でも、証明書として有効。
  ・陽性の場合、保健当局に通知される
 (f) スマホアプリ Grüner Pass にPDFを取り込むと、スマホQR証明が可能(任意)
 (g) 店舗などに行って、身分証明書と一緒に陰性証明書を提示する。

f:id:toranosuke_blog:20211021180724p:plain (Alles Gurgeltのサイトより引用)

4. セキュリティの観点からの考察

4.1 不正検査の動機

 不正検査の動機としては、例えば、次のようなものが考えられます。

 ① 被験者本人は陽性、または、陽性の恐れがあるが、陰性証明書を得たい場合
 ② 被験者本人は陰性であるが、陽性の結果を得たい場合(隔離されたい場合)。
 ③ 被験者本人の同意なく、第三者が検査結果を知りたい場合
 ④ 被験者本人の同意なく、第三者が被験者を陽性にしたい場合(隔離させたい場合)

 他の動機も考えられるかもしれません。また、どのくらいの人が不正検査をしようとするのか、不明ですが...。

4.2 アカウント作成

 最初に allesgurgelt.at のアカウント作成しますが、この時点で登録した個人情報を検証しているかは不明です。

 検体採取の際に身分証明書を提示するので、この段階では登録内容の検証はしていないと推測されますが、仮にそうであれば、匿名登録(偽名登録、借名登録)ができる可能性が高いです。但し、携帯電話番号や電子メールアドレスを登録し、SMSや電子メールで送信されたパスコードを用いて登録確認するはずですので、架空の携帯電話番号や電子メールアドレスは登録できません。日本であれば、携帯電話・SMSを使えば、支払先や身分証明書と紐づけられているので(不正入手した携帯電話を使う場合を除いて)法執行機関に対する匿名性はありません。このため、不正登録は可能ですが、不正を抑止することはできます。

4.3 身分証明書の登録

 公的な身分証明書(パスポート、IDカード、Eカード)を登録しなくても利用できるようですが、その場合には、EU準拠のグリーンパスは得られません。

 ビデオを見ると、券面の写真を撮っているように見えます。この場合、券面偽造が容易です。

 但し、オーストリアのパスポート・IDカード・EカードはICチップ搭載の身分証明書のはずですので、電子的に入力している可能性があります(日本のマイナンバーカード、運転免許証、パスポート、在留カードでは電子的に読取ることが可能)。

 なお、Alles Gurgelt のFAQによれば、身分証明書の登録はユーザープロファイルを設定するときに1回だけ実行すればよく、それ以降は不要です。

 ビデオでは、検体採取時に身分証明書を撮影していますので、アカウント作成後、どのタイミングでもユーザープロファイルを設定できるのかもしれません。

4.4 検体すりかえ

 検体採取の開始時から保護バッグに入れるまでを動画撮影します。チェックポイントは、少なくとも次の4箇所がありそうです(付録D)。

 ①唾液注入前の検体容器のバーコードをチェック
 ②唾液をストローから検体容器に吐き出す
 ③検体容器を透明の梱包袋に入れる
 ④梱包袋に入れた後、再度、バーコードをチェック
  梱包袋に封印シールをすれば、その後は、検体容器のすり替えは困難(?)。

 この一連の映像を確認すれば、検体のすり替えは難しくなります。

 日本でも、リモートで陰性証明書を発行する場合、検体すり替えをさせないために、オンライン診療時に医師が目視確認しながら検体採取をする場合があります*17

 このリモートでの目視確認と同等なことを、非リアルタイムで、自動、もしくは、半自動で行おうとしていると考えられます。

 しかしながら、保存する画像は、4枚だけ(alles gurgeltのFAQより)。被験者側での画像確認の作業も入るようですが、4枚のキーとなるショットのうち、バーコードをかざす①と④は、恐らく自動でキャプチャできますが、それ以外は、現在のAIで適切なショットを切り出せるのか、良く分かりません。ネットの公開情報だけでは判断が難しいです。なお、画像は、結果通知から14日後にLEAD Horizon社のサーバから削除されます。

4.5 検体すり替え対策を破る

 一応、検体採取時の録画により検体すり替え対策はされていますが、破ることは恐らく可能です。

 例えば、バーコードを複製して、検体容器を入れ替える方法です。

 ① 複数の検体採取キットを複数入手する。
 ② 検体容器に張り付けてある(被験者が貼り付ける?)バーコードを複製して、ビデオ撮影用(偽造)と提出用(本物)の検体容器を作る。
 ③ ビデオ撮影用の検体容器を使って、検体を採取する(この検体は提出しない)。
 ④ 提出用の検体容器(本物)に、すり替えしたい人の検体を入れて、提出する。

 この検体すり替えに対する対策を施しているかは、公開情報からは不明です。

5. 意外とよくできているAlles Gurgelt!

 Alles Gurgeltの方法は、検体すり替え対策もしており、証拠画像も残るので、なりすましやいたずらは、気軽にはできそうにありません。リモート検体採取の前提であれば、そこそこ十分なセキュリティ対策をしているように思います(ソフトウェア実装等は、評価対象外)。

 但し、気になるのは、次の点。

  • 身分証明書の電子的な読取をしていない。
  • 検体撮影時にキャプチャした4枚の画像の確認(ザル確認になっていないか?)。
  • (バーコード偽装による)検体容器のすり替え対策。
  • 写真が証明書についていないため、身分証明書と併用する。

 このあたりを改善すると、さらに良くなるように思います。

 また、学校や幼稚園、旅行者用のプログラムもあります。

(2021/10/21)

関連記事

関連ツイート

付録A:ウィーン市のプロモーションビデオ


Alles gurgelt! Let's fight Covid together (Stadt Wien, 5:11, 2021/7/2)


 Alles Gurget!の様子が分かる部分を抜き出しました(順番は入れ替えています)。

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(2:33) ドラッグストアのBIPA*18でPCRキットを無料で受取れます。

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(2:16) alles gurgeltの登録サイトで与えられるバーコードを店員に見せると、無料のPCRキットが最大8個もらえます(当初は4個だった)。

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(1:27) 家で検体を採取します(1週間に数回を推奨)。

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(1:54) REWEグループ*19の店舗にある回収ボックスに検体を提出します。
 REWEグループの店舗としては、ドラッグストア(BIPA)、スーパーマーケット(BILLA、PENNYなど)、ガソリンスタンドのショップ(BP MERKUR insideなど)があります。

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(2:53) 検体を回収します。

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(3:14) ラボでPCR検査します。

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(3:57) 結果が電子メールで通知され、Webで確認できます。

付録B:LEAD Horizon社の説明ビデオ

 Alles Gurgelt!の検査手順は、以下のビデオで詳しく説明されています。


 以下はキャプションの日本語訳です (基本的にGoogle翻訳で訳しています)。

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(1:03) Alles gurgelt! So geht's ( Alles gurgelt! の仕組み)

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(0:07) Durch Vorzeigen eures persön-lichen Barcodes bekommt ihr in jeder Wiener BIPA-Filiale bis zu 4 Test-Sets pro Abholung. (個人のバーコードを表示することにより、ウィーンのすべてのBIPA支店でコレクションごとに最大4つのテストセットを受け取ります。)

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(0:22) Hallo, ich bin der Fabian und stelle euch jetzt das Corona-Testset vor. (こんにちは、私はファビアンです。コロナテストセットを紹介します。)

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(0:23) Nehmt alles aus der Verpackung heraus und legt es auf dem Tisch auf. (パッケージからすべてを取り出し、テーブルに置きます。)

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(0:27) Euer Testset enthält ein Probenröhrchen, eine Salzlösung, eine Gebrauchsanweisung, ein Vlies, ein Transferröhrchen und einen Schutzbeutel. (テストセットには、サンプルチューブ、生理食塩水、使用説明書、フリース、トランスファーチューブ、保護バッグが含まれています。)

(補足) PCR検体採取キットの内容物は、以下のものです(検査キットのマニュアルより)。

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(0:36) Führt den Test wie folgt durch: (次のようにテストを実行します。)

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(0:37) Scannt den QR-Code auf der Box oder auf der Gebrauchsanweisung in der Verpackung. (ボックスまたはパッケージでの使用説明書に記載されているQRコードをスキャンします。)

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(0:41) Ihr könnt auch direkt mit der URL auf die Homepage gehen. (URLを使用してホームページに直接アクセスすることもできます。)

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(0:45) Meldet euch dort mit eurem Profil an und folgt den Anweisungen in der WebApp. (プロファイルを使用してそこにログインし、WebAppの指示に従います。)

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(0:49) Bestätigt eure Identität mit einem amtlichen Lichtbildausweis. (公式の写真付き身分証明書で本人確認をしてください。)

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(0:51) Verfügbar sind Reisepass, Perosnalausweis und E-Card. (パスポート、IDカード、Eカードをご利用いただけます。)

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(0:57) Erlaubt den Zugriff auf eure Kamera und spült bzw. gurgelt vor laufende Kamera. (カメラへのアクセスを許可し、カメラの前ですすぎまたはうがいをします。)

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(1:01) Anschließend bekommt ihr einen medizinischen Befund (その後、医療レポートを受け取ります)

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(1:04) Wenn ihr eure Kamera nich freigebt, bekommt ihr zwar ein Ergebnis, allerdings keinen medizinischen Befund. (カメラ共有しないときは、結果は出ますが、医療報告はありません。)

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(1:09) Nehmt die Salzlösung komplett in den Mund und spult bzw. gurgelt eine Minute lang. (生理食塩水全体を口に入れ、1分間すすぐかうがいをします。)

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(1:13) Wenn die Zeit abgelaufen ist, nehmt ihr euer Transförrohrchen und lasst die Flüssigkeit in das Probenröhrchen zurückfließen. (時間がきたら、トランスファーチューブを取り、液体をサンプルチューブに戻します。)

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(1:19) In den Schutzbeutel gebt ihr euer gut verschlossenes Probenröhrchen sowie das Vlies. (しっかりと密封されたサンプルチューブとフリースを保護バッグに入れます。)

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(1:24) Den zugeklebten Schutzbeutel gebt ihr zurück in die Verpackung. (密封された保護バッグをパッケージに戻します。)

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(1:28) Achtung:Die Gebrauchsanweisung behalten! Diese braucht ihr noch für da Ergebnis. (注意:使用説明書を保管してください!あなたはまだ結果のためにこれを必要とします。)

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(1:32) Bringt euer gut verschlossenes Test-Kit nun in eine REWE-Filiale in Wien. (次に、密封されたテストキットをウィーンのREWE支店に持参してください。)

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(1:37) Wenn ihr euer Testset bis 9 Uhr in der Früh abgebt, bekommt ihr euer Ergebnis innerhalb von 24 Studen. (午前9時までにテストセットを提出すると、24時間以内に結果が得られます。)

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(1:43) Sobald euer Ergebnis verfügbar ist, bekommt ihr ein E-mail mit einen Link. (結果が利用可能になり次第、リンクが記載されたメールが届きます。)

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(1:48) und dann könnt ihr mit Hilfe euer Probennummer euer Ergebnis abrufen. (次に、サンプル番号を使用して結果を呼び出すことができます。)

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(1:50) Genau dafür braucht ihr eure Gebrauchsanweisung, die ihr behalten habt. (まさにそのために、受け取った使用説明書が必要です。)

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(1:54) Alle weiteren infos findet ihr auf allesgurgelt.at (あなたはallesgurgelt.atですべてのさらなる情報を見つけることができます)

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(1:57) Bleibt's g'sund! (健康を維持する!)

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(2:01) Hol dir deine kostenlosen PCR-Gurgeltests! Wir statt Virus. (無料のPCRうがいテストを入手してください!ウイルスではなく、私たち。)

付録C:スマホ版グリーンパス

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Green Pass用のオーストリアのアプリは、オーストリアからのEU準拠のSARS-CoV-2証明書を携帯電話に安全に保存できるようにし、3G証明書を確認するときや海外旅行でそれらを簡単に表示できるようにします。オーストリア連邦コンピューティングセンター(BRZ)は、連邦社会問題、健康、ケア、消費者保護省(BMSGPK)に代わってアプリを運営しています。

オーストリアのCovid-19証明書:
SARS-CoV-2証明書は、オーストリアで紙または電子形式(PDF)で発行され、3-G証拠(ワクチン接種、回収、テスト済み)として機能します。SARS-CoV-2証明書を取得する方法については、https://www.gruenerpass.gv.at/を参照してください。グリーンパスアプリにSARS-CoV-2証明書を追加するには、紙またはPDFドキュメントとして発行された元の証明書が必要です。

スマートフォンのグリーンパスへのほんの数ステップで:
- SARS-CoV-2証明書のQRコードをスキャンするか、
- SARS-CoV-2証明書をPDFとしてアプリに直接追加します。
- 3G検証用の証明書をデジタルで安全に保管します
- アプリを使用して、チェック時に証明書(QRコード)を表示します
- いくつかの証明書(家族など)もこのアプリに保存できます。

データ保護は私たちにとって重要です:
- すべてのデータはアプリに残り、外部サーバーにアップロードされることはありません
- 証​​明書はスマートフォンにローカルにのみ保存されます。アプリのデータは中央システムに保存されません。
- 証​​明書はデジタル署名で保護されているため、偽造防止機能があります。
- 証​​明書を確認するには、QRコードに加えて写真付きの身分証明書が必要です。

「グリーンパス」アプリの使用は任意であり、無料です。オーストリアのグリーンパスおよびさまざまなSARS-CoV-2証明書と3-G証明のオプションに関するすべての情報は、https://www.gruenerpass.gv.atにあります。

クレジット:
「GrünerPass」アプリは、スイス連邦公衆衛生局に代わって連邦情報技術通信局(FOITT)が開発した「COVID証明書」オープンソースアプリに基づいており、連邦コンピューティングセンターがさらに開発しました。オーストリアでの使用。

Grüner Passアプリの説明文(Google翻訳、太字は筆者)

付録D:検体採取時の撮影

 Alles Gurgelt!では、検体採取時の様子をセルフで撮影します。そのときの様子はこかげすみれさんのブログで詳しく説明されています。  


被験者の撮影。(こかげすみれさんのブログより引用)

*1:Bundesministreium, "Der Grüne Pass

*2:新型コロナウイルス感染症対策分科会「ワクチン接種が進む中で日常生活はどのように変わり得るのか?」(2021.9.3).

*3:ウィーン市の場合は、Stadt Wien, "Infos zum: Coronavirus Questions and answers regarding coronavirus and the COVID-19 disease. How does the coronavirus change everyday life?"

*4:LEAD Horizon社ホームページ.

*5:D.M. Goldfarb et. al., "Self-collected Saline Gargle Samples as an Alternative to Healthcare Worker Collected Nasopharyngeal Swabs for COVID-19 Diagnosis in Outpatients", Journal of Clinical Microbiology, Vol. 59, No. 4 (2021.4).

*6:LEAD Horizon, "Instructions Test Set Public" (pdf). (PCR検体採取キットマニュアル)

*7:こかげすみれドットコム「無料オンラインPCRテストの受け方」(2021.7.15).

*8:
共同通信PRWire, "LEAD Horizon: How travelers in Austria gargle against the corona virus" (2021.9.27)

共同通信PRWire「LEAD Horizon: 旅行者はオーストリアでコロナウイルス検査のうがいを」(2021.9.27).

*9:
共同PRWire, "LEAD Horizon: How Vienna gargles out of lockdown" (2021.7.12).
共同PRWire「LEAD Horizon:うがいPCR検査でロックダウンを脱したウィーン」(2021.7.12).
LEAD Horizon社ホームページ.

*10:ウィキペディア「ウィーン」.

*11:Our Wolrd in Dataの検査件数、及び、ウィキペディアによるオーストリア人口893万人より算出。

*12:Alles Gurgelt!のホームページ(ウィーン版).

*13:Stadt Wien, "Infos zum: Coronavirus Questions and answers regarding coronavirus and the COVID-19 disease. Where can I get tested for free?".

*14:BMSGPK, "Grüner Pass". BMSGPK( Bundesministerium für Soziales, Gesundheit, Pflege und Konsumentenschutz, 連邦社会問題・健康・介護・消費者保護省)のページ)

*15:BMSGPK, "Der Grüne Pass".(グリーンパスドメインの専用ページ)

*16:BMSGPK, "App Der Grüne Pass am Mobiltelefon. (AppStore) (Google Play)

*17:にしたんクリニック「新型コロナウイルスPCR検査」.

*18:Wikipedia, "Bipa". (ドイツ語)

*19:Wikipedia, "Rewe Group". (ドイツ語)

【コロナ】ワクパスを簡単にレビュー

 ワクパスという民間のワクチン接種記録アプリが発表されました*1, *2。近日、リリース予定とのこと。

 簡単にレビューしました。

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(ワクパスのホームページより引用)

1. ワクパスとは?

 ワクパスは、メディカルチェック推進機構とICheck株式会社が提供するコロナワクチン接種証明のためのアプリです。賛同企業の対象店舗やICheckのオンラインストアで特典を受けることができます。いまのところは、優待クーポンアプリとしての位置づけでしょうかね。

 自治体が緊急事態宣言などの規制下での店舗入店条件などに利用するであろうワクチン・検査パッケージとは位置付けが異なりますが、このアプリが普及すればワクパスの接種証明も公的利用に認めることや店舗側が独自にサービス利用にワクチン接種証明を求めることがあるかもしれません。

 なお、メディカルチェック推進機構は、役員名簿からするとかなり政治力がありそうな社団法人です(付録A)。この社団法人と組むと、いろいろと有利なことがあるかもしれませんね。

2. ワクパスの利用フロー

 利用のフローは、①アプリをダウンロードして、②ワクチン接種記録や本人確認証明書・本人プロフィールを登録して、③接種証明・優待を利用するということです。

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ワクパスの利用フロー。


 これで利用方法・利用シーンは分かりますが、レビューするにはさすがに情報不足です。

 利用方法のビデオもあるので、こちらからも抜粋します。

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①必要なもの:予防接種済証
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②必要なもの:身分証明書 (運転免許証・旅券・マイナンバーカード・在留カード)
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③ワクチン接種日とワクチンメーカーを入力、接種済証を撮影
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④本人確認書類を撮影
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 また、ITmediaの記事には、次の記載があります。

 iCheckによると、登録時にアップロードされた個人情報、本人確認書類、接種証明書を基に目視で本人確認するという。本人確認書類は暗号化を施したクラウド上に画像として保管。スマホを機種変更した際の確認や、「CommonPass」などワクチン接種記録アプリとの連携、ブースター接種時の本人確認の他、クーポン提示時にアプリで表示される顔写真データとしても利用する。クラウドサービスはAWSを採用。本人確認書類、接種証明書ともにテキストデータ化はしないという。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2110/06/news120.html

3. ワクパスではなりすましは簡単

 基本的に紙の券面(予防接種済証と身分証明書)を目視でチェックしているだけなので、破り方は簡単です。紙の券面を偽造すればよいです。

 偽造しやすいのは、予防接種済証でしょうね。ワクチン接種した人から、接種済証を借りてきて、氏名・住所・生年月日を身分証明書と一致するように偽造すればよいでしょう。スキャンして、ちょこっと編集して、プリントアウトで十分ですかね?接種済証の偽造は、身分証明書を偽造するよりは簡単と思いますが、どうせなら、両方とも偽造して架空の人物になるという手もあります(笑)。

 もちろん、両方とも犯罪ですから、やっては駄目ですよ。

 このため、ワクパスは、政府が行うような規制のための証明書としては使い物になりませんし、使ってはなりません。この目的のためには、政府が作る予定のSMART Health CardsベースのスマホQRの接種証明*3, *4を使うべきでしょう。

4. ワクパスのセキュリティを向上させる

 優待クーポンぐらいなら、わざわざ偽造してまで、ワクパスを使う人もいないでしょうから、この程度のやっている感だけの接種証明でもよいのかもしれません。

 とはいえ、次の二つの対策をすれば、なりすましに対する耐性を大幅に向上できるでしょう。

 ① ワクチン接種記録システム(VRS)に問い合わせて、接種申請内容の検証を行う。
 ② 公的身分証明書の電子データを読み取る。

4.1 VRSデータの利用

 デジタル庁は、民間事業者のためにVRSアクセスのためのAPIを作りますので、VRSデータから接種データを入手して、データの真正性を検証をすればよいでしょう。現時点では、VRSデータを利用できないので、仕方がないですが、近いうちに民間に開放されるでしょうから、そのときには利用すべきでしょう。

 現状のVRSのAPI仕様では、接種券番号と生年月日を使って、VRSデータにアクセスします。生年月日と身分証明書の整合性をチェックすれば、生年月日が同じ人から、ワクチン接種券番号を借りてこないといけないので、なりすましのハードルが高くなります。

 但し、VRSから得られる情報は、最終接種回数と最終接種日だけです。これ以外の情報(1回目、2回目のワクチン接種日とワクチンメーカーなど)を登録したい場合には、その入力をユーザにしてもらう、その内容が正しいことを確認したいなら、接種済券の券面と入力データを(目視、半自動などで)比較して確認することが必要になります(が、そこまでやる必要ありますかね?)。

4.2 身分証明書の電子データの利用

 接種券の生年月日が偽造できないとなれば、身分証明書の生年月日を偽造すればよいということになりますが、これは、次の対策で防げます。

 ワクパスで認めている身分証明書は、運転免許証・パスポート・在留カード・マイナンバーカードです。これらの身分証明書には、既にICチップが入っていて、券面情報を電子的に読み取れます(付録B)。電子署名を使って読取データの真正性を検証することもできます。

 ICカードが偽造困難とすれば、この電子データとして登録されている氏名・生年月日・住所等の真正性が保証されます。

 これで、生年月日が同じ人のワクチン接種券を偽造したなりすましを除いて、なりすましを防止できると思います。

 それでも、ワクチン接種券番号と生年月日の組み合わせを公開や販売する裏サイトなどができたら、破れるでしょう。まあ、ワクパスのためにそこまでやる人はいないと思いますが、政府版のワクチン証明の場合は、どうなるかは良く分からないです(たぶん、ないと思いますが、あることを想定してシステムは構築しないといけないです)。

 但し、ICチップの情報を読み出しは難しくないと思いますが、ユーザーがICカード読み出しのためのパスワードを忘れているという問題はあるでしょう。

 試しに後述のIDリーダーを使ったときに、運転免許証の暗証番号*5を要求されたのですが、設定したことすら忘れていました。全く使わないですからね。

4.3 マイナンバーの法規制

 現状のワクパスでは、カードの表側だけを使えば、裏面のマイナンバーを取得しなくて済むので、マイナンバー法*6, *7に抵触しないと思います。

 しかし、マイナンバーカードのデータを電子的に読み出すと、マイナンバーも読み出せてしまいます。厳しく利用制限されているマイナンバーの規制に違反する可能性がありますので、導入検討の際には、担当官庁に相談する方が良いかもしれません。

4.4 不毛な目視チェックは不要

 身分証明書の電子データとVRSデータを用いれば、事業者側では送られた券面データを目視でチェックするという不毛な作業をする必要はありません。

 さらにいうと、事業者としては、券面データも、VRSデータも保有する必要はなく、すべてアプリ単独でスマホ用接種証明を作れるはずです(VRSへのアクセスAPIにも依存する)。事業者側は、サービスに必要な個人データだけをアプリから送信してもらえばよいことになり、もしかしたら、マイナンバーの規制も回避できるかもしれません。

5. 最後に

 ワクパスアプリは、作り直し。以上。

 (あくまでも個人的な感想です)

(2021/10/16)

(追記:2021/10/28)
 東京都が 「TOKYOワクション」というワクパスと同様なサービスを開始します*8, *9。接種済証と身分証明書の写真をアップロードして、目視確認する点も同じです*10。スマホアプリではなく、LINEを使います。

(追記:2021/10/28)
 ワクチン接種記録システム(VRS)へ民間事業者がアクセスするためのAPIは、ペンディングになりました*11。民間事業者がスマホのワクチン証明をしようとすると、接種済証と身分証明書の目視確認をする必要がありそうです。不毛です。

関連記事

付録A:社団法人メディカルチェック推進機構

 ホームページによれば、社団法人メディカルチェック推進機構の主な事業内容は、次の3つです。

 ① 国民の健康診断の受診率の向上のための活動
 ② 子宮頸がん検査の普及・啓発
 ③ 感染症対策の充実

 ホームページはスカスカで事業報告書なども公開されていないので、法人規模や事業規模、具体的な事業内容はさっぱり分かりませんが、役員名簿を見ると、なんか凄そうな社団法人であることは分かります。

  • 最高顧問:石原 信雄  (元内閣官房副長官、元自治事務次官)
  • 最高顧問:小長 啓一  (元通商産業事務次官、元総理大臣秘書官)
  • 最高顧問:古川 貞二郎 (元内閣官房副長官、元厚生事務次官)
  • 最高顧問:國松 孝次  (NPO 法人 救急ヘリ病院ネットワーク会長、元スイス大使、元警察庁長官)
  • 会長  :横倉 義武  (日本医師会名誉会長、前日本医師会会長、元世界医師会会長)
  • 副会長 :鳥井 信吾  (サントリーホールディングス株式会社代表取締役副会長)
  • 理事長 :香山 充弘  (一般財団法人 地方債協会会長、前自治医科大学理事長、元総務事務次官)
  • 専務理事:鶴谷 明憲  (プルデンシャル・ホールディング・オブ・ジャパン株式会社 顧問、元警察庁近畿管区警察局長)
  • 理事  :羽毛田 信吾 (社会福祉法人 恩賜財団 母子愛育会 会長、元宮内庁長官、元厚生事務次官)
  • 理事  :安藤 隆春  (三井住友海上火災保険株式会社 顧問、元警察庁長官)
  • 理事  :宿利 正史  (一般財団法人 運輸総合研究所 会長、元国土交通事務次官)
  • 理事  :岡本 保   (一般財団法人 自治体国際化協会 理事長、元総務事務次官)
  • 理事  :小笠原 倫明 (一般財団法人 マルチメディア振興センター理事長、元総務事務次官)
  • 理事  :二川 一男  (株式会社日本ヘルスケア総合研究所 上席研究員、元厚生労働事務次官)
  • 理事  :三浦 公嗣  (慶応義塾大学教授、元厚生労働省老健局長)
  • 理事  :石井 伸一  (城西国際大学大学院 准教授、早稲田大学総合研究機構 招聘研究員)
  • 理事  :大西 壯司  (一般社団法人 日の出医療福祉グループ 代表理事)
  • 理事  :有岡 和彦  (ジャパン・メディカル・リーフ株式会社 社長)
  • 監事  :島田 邦雄  (島田法律事務所代表パートナー弁護士)
  • 監事  :井上 宜也  (一般社団法人 地域総合整備財団 参与、元総務省自治財政局室長)
  • 広報アドバイザー:村田 博文 (株式会社 財界研究所 社長・主幹)

 これだけの大物役員を抱える社団法人をググっても、今回の発表ぐらいしかでてこないのは、なぜなんでしょう?謎です。

付録B:公的身分証明書の電子データの読み出し

 マイナンバーカード等の公的身分証明書を用いたサービスのための開発環境は多数あります。適当に検索しただけでも、以下のものがありました。

 このうち、個人でもお試しで使えるのは、OSSTech社のLibJeIDを使ったスマホアプリです。実際に運転免許証とマイナンバーカードで試してみましたが、ちゃんと読み取れました。署名検証もできるようです。

 パスポート・在留カードについて検証していません。

 パスポートについては外務省が公開鍵を公開しないなど少し苦労していたようですが*13、いまはどうなっているのでしょうかね。

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IDリーダーによるマイナンバーカードと運転免許証の読取・検証結果。

LibJeIDのライブラリ機能

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OSSTech社のLibJeIDライブラリの機能*14


LibJeIDを使ったスマホアプリ「IDリーダー」

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Google PlayでのIDリーダーの説明*15


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AppStoreでのIDリーダーの説明画像

*1:PRTIMES「メディカルチェック推進機構とICheck、ワクチン接種記録アプリ「ワクパス」の共同提供を発表」(2021.10.6).

*2:ITmedia「民間初のワクチンパスポートアプリ「ワクパス」 接種証明でアパホテルやかっぱ寿司など優待に」(2021.10.6).

*3:デジタル庁「二次元コード及びAPIの仕様」(2021.9.22).

*4:時事随想「【コロナ】 デジタル庁のワクチン接種証明のAPI仕様をざっとみた。残念!」(2021.10.3).

*5:警察庁「ICカード免許証-運転免許証がICカード化されました!」.

*6:内閣府「マイナンバー(社会保障・税番号制度)-マイナンバー法」.

*7:e-GOV検索「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」.

*8:東京都「新型コロナウイルスワクチン接種促進キャンペーン「TOKYOワクションアプリ」を開始します(第2581報)ワクションアプリに賛同する事業者を募集します」(2021.10.15).

*9:東京都「TOKYOワクション」のホームページ.

*10:TOKYO MX「飲食店での「接種証明」提示のルールは? 東京都、5人以上のグループに提示求める」(2021.10.28).

*11:デジタル庁「「コロナワクチンの接種証明書(電子交付)の仕様に関するご意見」の取りまとめ結果を公表しました」(2021.10.19).

*12:cybertrust「サイバートラスト「iTrust 本人確認サービス」を拡充し、犯収法に対応した IC 身分証での券面情報の真贋判定を API で実現」(2020.7.1)

*13:AAA Blog「パスポートのセキュリティ」

*14:OSSTech「LibJeID 製品紹介」

*15:OSSTech「IDリーダー(マイナンバーカード、運転免許証、パスポート、在留カード)」Google Play.

従業員配当制度は、新しい日本型資本主義

 岸田首相の提言には、金融所得課税の見直しの話があります。分離課税の税率を上げる他に「株主配当ではなく、従業員への給与を引き上げた場合に優遇税制を行う案」もあるとか*1。労働者・消費者への分配を増やすことも岸田氏の提言の一つです*2。具体的な中身は不明ですが、どうなるのでしょうね。かなり雲行きは怪しいですが。

 そこで、「新しい日本型資本主義」に相応しい資本主義モデルを考えました。従業員配当制度です。

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1. 従業員配当制度

 税引き後利益から株主配当や役員賞与が支払われますが、従業員配当制度は、従業員にも配当を与えましょうという制度です。

 税引き前に賞与も与えているのだから経費控除できる賞与で支払う方が、税引き後利益で支払うよりも節税できるという考えはありますが、そこはおいといて、会社が生み出した利益の分配先に、会社(内部留保)、株主(配当)、経営者(役員賞与)に加えて、従業員を入れるという考えです。利益の果実を資本家側だけの人たちで分け合うのではなく、従業員にも分配せよということです。

 従業員配当を受け取る従業員にとっては、実質的には業績連動型賞与となります。

1.1 従業員配当のための法人税還付

 この従業員配当は、実質的に業績連動型賞与になりますが、それならば、税引き前に支払った方が節税になります。

 例えば、税引き前に100億円を賞与を支払った上で、200億円の税引き前利益が生まれて、20%の法人税40億円を支払う場合を考えましょう。この場合、税引き後利益は160億円です。

  • 100億円(賞与)+200億円(税引前利益) → ▲40億円(法人税) → 160億円(税引後利益)

 100億円を賞与として支払わずに、300億円の税引き前利益となると、法人税は60億円となり、20億円余計に税金を支払うことになります。税引き後利益は240億円で、そこから従業員配当100億円を支払ったら、残る利益は140億円と、20億円少なくなってしまいます。

  • 300億円(税引前利益) → ▲60億円(法人税) → 100億円(従業員配当)+140億円(税引後利益)

 ならば、従業員配当100億円をした場合には、その金額のうち、20%の20億円を還付すれば、会社に残る利益160億円に戻ります。

  • 300億円(税引前利益) → ▲60億円(法人税) → 100億円(従業員配当)+140億円(税引後利益) → 20億円プラス(従業員配当還付) → 160億円(還付後利益)

 これで、税引き前の賞与支払と税引き後の従業員配当支払で、支払税額・従業員への支払額も全く同じになります。

1.2 法定の最低従業員配当率

 ここで、強力な法規制の導入を考えましょう。法定の最低従業員配当率の導入です。

 現状、日本経済が成長しない要因の一つが、会社利益が労働者へ分配されないこと。従業員の賃金を下げることで得られた利益が株主に分配されるという構造になっていることです。

 この現状を打破するのが、法定の最低従業員配当率の導入です。利益の一部を強制的に従業員配当として分配します。例えば、従業員配当性向を5%、10%、20%にする。これは、企業にとっては、法人税の増税と同じように機能しますので、いきなり20%にすると、法人税40%相当になってしまいます。まずは5%ぐらいからの導入でしょうか。

 これで、会社利益が増えれば、従業員配当も増えます。図は2007年度から2018年度までの経常利益の推移を示していますが、業績に伴って純利益が上昇していけば、従業員配当が3倍、4倍になっても不思議ではありません。

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図. 経常利益の推移。*3
 2021年版もありますが、夢がなくなりますので、この図にしておきます(笑)。

1.3 安定賞与と変動賞与

 最初に述べましたが、税引前賞与と税引後配当は同じなので、法定で税引後配当を強制されるなら、税引前賞与を減らせばよいと考える経営者も多いでしょう。

 現状、賞与は生活給の一部になっているので、安定的に支給された方がよい部分と業績連動で変動してもよい部分があります。

 賞与 = 生活給賞与(安定賞与) + 業績連動型賞与(変動賞与)

 業績連動型賞与を導入している会社については、

 現在の業績連動型賞与原資 > 会社利益×法定最低従業員配当率

であれば、既に税引前に支払っている業績連動型賞与を法定従業員配当に振り替えれば、法人の新たな負担はありません。

 現在の業績連動型賞与原資 < 会社利益×法定最低従業員配当率

となると、生活給賞与の減額や賃下げに踏み込まない限りは、法定従業員配当は、法人の新たな負担になります。とはいえ、利益剰余金を誰に分配するかの問題ではあります。

 実際には、業績が特によい会社では、法定配当が非常に大きくなりますので、年収の上昇は期待できます。

 しかし、賞与や賃金の減額に労働者・労働組合が同意してしまえば、労働者の賃金上昇はありません。これは、当たり前のことですが、こうなってしまっては、新しい制度も台無しです。

1.4 法人税増税の代わりに従業員配当を

 さて、ここで、法人税増税を考えましょう。いまの国際的なトレンドは、法人税の引上げです。英国は2023年までに法人税を19%から25%に引上げ*4、米国は26.5%への引上げを目指しています*5。日本も法人税を5%程度は引き上げるべきでしょう。

 そこで、法人税5%の引上げの企業負担を求めるならば、その企業負担増分を国ではなく従業員に分配するというのは、如何でしょうか。

 100億円の税引前利益に対して、さらに5%の法人税増税した場合と、5%の従業員配当(従業員配当還付あり)を行った場合を比較しましょう。

  • 法人税20%、従業員配当なし:100億円(税引前利益) → ▲20億円(法人税) → 80億円(税引後利益) ( ⇒ 企業負担=税20億円)
  • 法人税25%、従業員配当なし:100億円(税引前利益) → ▲25億円(法人税) → 75億円(税引後利益) ( ⇒ 企業負担=税25億円)
  • 法人税20%、従業員配当あり:100億円(税引前利益) → ▲20億円(法人税) → 80億円(税引後利益) → ▲4億円(従業員配当)+0.8億円(従業員配当還付) → 76.8億円(配当後利益)  ( ⇒ 企業負担=従業員配当4億円+税19.2億円=23.2億円)

 あれ?還付金制度のおかげで法人税減税になってしまった(笑)。

 税中立となるように法人税の税率を引き上げることを考えます。税中立を満たすことを条件にすると次式が得られます。

 \displaystyle
\begin{eqnarray}
 P\alpha & = & P\beta1 - \delta P(1-\beta)\beta \\
 \beta & = & \frac{\sqrt{4\alpha\delta+(1-\delta)^2}-(1-\delta)}{2\delta}\\
 & P:& 税引前利益 \\
 & α:& 従業員配当なしのときの法人税率\\
 & β:& 従業員配当があるときの法人税率\\
& δ:& 従業員配当率\\
\end{eqnarray}

 α=20%、δ=5%とすると、β=20.82%です。0.82%の増税をすれば、5%の従業員配当(還付あり)を行っても、法人税に対して中立です。

  • 法人税20.82%、従業員配当あり:100億円(税引前利益) → ▲20.82億円(法人税) → 79.18億円(税引後利益) → ▲3.96億円(従業員配当)+0.82億円(還付) → 80億円(配当後利益) ( ⇒ 企業負担=従業員配当3.96億円+税20億円=23.96億円)

 但し、法人税は増えなくても、従業員配当に掛かる所得税がありますし、加えて、住民税、社会保険料を経由した増収があり、従業員配当の2~3割の増収は期待できます。この例で言えば、約0.8~1.2億円になります。

 法人税収を一定にするケースをまとめると、

  • 法人税率:20% から 20.82% へ増税
  • 従業員配当5%:税引前利益の3.96%が従業員に配当される。
  • 企業負担:20% から 23.96%に増加
  • 所得税・住民税・社会保険料等:0.8~1.2%程度の増収

 法人税収が多少減っても、所得税・住民税・社会保険料等でかなりの部分を回収できます。国だけでなく、地方や年金・健康保険の財源も含めた国・地方等全体では、ほとんど増減税なしです。むしろ、業績が良い会社の賃金は高い傾向にあるので、配当が多いと増えた分の所得税率>法人税率になる可能性も高く、減少する法人税をカバーするだけの所得税の増加もあるかもしれません(つまり、国単独でも増収)。

 ここでは、従業員配当に対する課税を総合課税で考えていますが、株式配当と同じにするなら、20%の分離課税になり、法人税20%と同じで税中立になります(細かいことをいうと法人税率は20%ではなく、いろいろな税率があるので*6、多少の増減はあります)。但し、国税(所得税)は15%、地方税(住民税)は5%なので、国の収入は減少します。

 税収の僅かな違いであるならば、法人税率20%のまま増税せずに、5%の従業員配当を実施した会社には配当金還付の減税を行うと言った方が、政治的には受けが良いでしょう。但し、任意にしたら、骨抜きになりますから、法律で強制すべきと思いますが、経済界の意向をしっかり聞く政党には難しいことかもしれません。

1.5 従業員配当総額

 従業員配当総額は、次式で計算できます。

 \displaystyle

\begin{equation}
 従業員配当総額 = 法人税総額\times\frac{1-法人税率}{    法人税率  }\times 従業員配当率
\end{equation}

 2021年度予算での法人税は9.0兆円*7ですので、法人税率を20%とすると、従業員配当総額は、従業員配当率5%で1.8兆円、従業員配当率10%で3.6兆円となります

2. 上場企業100社のデータによる試算

 比較的業績が良い会社と適当に選んだ会社の計100社の有価証券報告書のデータを用いて、純利益の10%を従業員配当にした場合の支給金額を簡単にシミュレーションしてみました。

2.1 対象企業

 調査対象は、有価証券報告書が開示されている会社、つまり、上場企業です。その中から、次の情報を参考に適当に会社を選びました。業績が良い会社は多めと思いますが、良い会社だけを選んだわけではありません。但し、調べた会社の中で純利益がマイナス、つまり、赤字企業のほとんどは、省略しました(サンプルとして3社だけ残してあります)。

  • 日経クロステック「利益を高めるなら給料を増やすべし」(2020.7.21) *8
  • Publickey「IT系上場企業の平均給与を業種別にみてみた 20020年版」*9, *10
  • 東洋経済ONLINE「給料をたくさん払っているトップ700社」(2014.12.8) *11
  • Yahoo!ファイナンスのランキング(当期利益、高PER、配当利回り、ROEなど) *12
  • 日本取引所グループ「東証上場銘柄一覧」*13
  • 日本経済新聞「日経平均採用銘柄の株価一覧」*14

 また、当初、日経クロステックの記事との整合性を調べるため、2020年3月期を基準に調べていたことから、2020年3月期、あるいは、それ以前の決算のものが多くなっています。

2.2 調査項目

 当期純利益、配当総額、配当性向、従業員数、平均年間給与を有価証券報告書を調べました。(経常利益、税引前利益、人件費・労務費なども調べましたが、省略します)。

2.3 一人当たりの従業員配当額

 一人当たりの従業員配当額は、純利益の10%を配当すると仮定して、純利益の10%を従業員数で割った額です。

\displaystyle

 一人当たりの従業員配当額=\frac{純利益 \times 10\%}{従業員数}

 従業員数は、次の3つの値を用いました。

 ① 親会社(提出会社)の従業員数
 ② 連結会社全体の従業員数
 ③ ②に臨時雇用を含めた従業員数

 非正規雇用への分配を考えると、③の従業員を使いたいところですが、制度を作れるのか良く分かりません。しかし、そのような制度を作らないと、正規と非正規の待遇ギャップを大きくしてしまうので、何らかの手当をする必要があると思います。

2.4 調査結果

 調査結果を表1に示します。

f:id:toranosuke_blog:20211014173751j:plain:w200  f:id:toranosuke_blog:20211014173801j:plain:w200
表1. 100社の従業員配当額の一覧。(クリックすると拡大します)


 また、年間給与に従業員配当を加えたときの給与を図1にグラフ化しました。

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図1. 従業員配当による年間給与の上昇。(連結会社従業員数を用いた場合)

2.5 従業員数について

持ち株会社

 親会社の従業員数を使った場合、持ち株会社などの場合は、従業員数が極端に少なくなりますので、極端に配当額が大きくなる場合があります。

海外子会社

 連結会社には海外子会社の従業員数も含みます。会社によっては、現地法人以外に、買収した海外企業の従業員数を含み、その海外従業員の方が国内従業員よりも多い場合さえあります。

 海外従業員への配当についても検討する必要があります。国内従業員と同等に海外従業員にも配当するか、海外従業員分の配当は法定配当率から差し引くか、海外従業員分の配当を国内従業員に分配するのか?このあたりの検討は必要でしょう。

臨時雇用

 臨時雇用が多い業態は、飲食・小売業でよく見られます。自動車などもも比較的多いです。臨時雇用者への分配も課題です。法定最低賃金の引上げによる賃上げもありますが、適用される人が限定されます。

2.6 従業員配当の連結決算

 本稿の計算では、親会社の純利益を基準に単純に人数割りしています。しかし、実際には、連結対象会社の配当金の一部が親会社へ分配されるのと同様に、親会社の従業員配当の一部が連結対象会社へ逆伝搬※させる必要があります。この補正を行うと、一人当たりの従業員配当額は③の場合の値よりも、大きくなります。

 例えば、64位のNTTの従業員配当額が小さいのは、親子上場している連結従業員が過大評価されている影響です。補正すると従業員配当はもっと多くなると思います。

 ※:逆伝搬は、ニューラルネットワークの機械学習における誤差逆伝搬*15と同様なイメージで、出力層にあたる親会社の配当金を子会社、孫会社、曾孫会社へと逆伝搬(backpropagation)させます。もちろん、逆伝搬の計算方法は違います。親子上場、連結決算、連結納税などを考えなければなりませんので、少々面倒です。

2.7 配当額はどのくらいか?

 調査前は、年俸が何倍にもなる会社があるかと思ったのですが、残念ながら?、そのような会社は1社も見つけられませんでした。

 一部の例外を除けば、業績に応じて、ゼロや大入り袋の金額から、家族で食事一回、家電購入・国内旅行できる程度の金額、1回分のフルボーナスぐらいの金額まで様々です。ランダムサンプリングしているわけではないので、大体の感触ですが、株主配当が出せるような企業では、純利益の10%を従業員に分配すれば、家族で食事するか、国内旅行する程度の金額を従業員に出せると思います。

2.8 賃金相場で給与を支払っている?

 配当額が大きい上位20社は、次の会社です。

年間給与(万円)配当額(万円)配当性向(%)平均年齢(年+月)
ジャフコ(投資会社) 104089031.344.3
ゴールドクレスト(不動産)59236542.131.1
任天堂 93534061.639.2
ヒューリック(不動産)176130836.139.9
いちご(不動産)102029236.142.5
アーバネットコーポレーション(不動産)87827634.940.97
レノバ(再エネ発電)916235042.0
ケネディクス(不動産ファンド)116122047.441.3
NTTドコモ87021865.640.1
ゆうちょ銀行 676 218 68.643.3
キーエンス183921020.635.6
カカクコム 684 162 47.335.2
ZOZO 546 159 49.733.3
パピレス(電子書籍) 445 134 5.932.8
光通信 811 132 21.738.7
ガンホー・オンライン 644 131 12.939.7
東京エレクトロン 1149 128 52.444.4
JR東海 736 128 7.836.7
KDDI 930 126 47.042.8
ソフトバンク 782 108 99.639.7
  表. 従業員配当が多い上位20社。(連結従業員で計算した場合)


 業績が良いのに、給与が低い会社がありますが、給与順に抜き出すと社員の平均年齢が若いことが関係しているようです。図に年齢に対する年間給与をプロットしました。

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図. 従業員の平均年齢と年間給与。
(青●の真上にある赤×が配当による所得上昇になる)


 この図を見ると、一部の例外(キーエンス、ヒューリック)を除いて、狭い範囲で年間給与が右肩上がりで分布しています。年功序列賃金というか、労働市場における賃金相場が右肩上がりということなのでしょう。また、平均年齢が高いと養育費や住宅ローンなど必要な生活費も多くなるので、右肩上がりが社会としては健全な賃金体系なのかもしれません。

 とはいえ、業績が良い会社は、賃金相場の賃金を支払うだけではなく、業績に見合った賃金を上乗せすべきではないでしょうか?特にジャフコ、ゴールドクレスト、任天堂、ZOZO、パピレスなどの会社が賃金相場で賃金を払えばそれで充分であるという会社のように見えます。それに対して、キーエンス、ヒューリックは、賃金相場だけでなく、企業利益も従業員に還元するように給与を支払っているように見えます。

 従業員をコストの一部とみると、市場調達できる適当な賃金を支払えば、それで十分という考えになりますが、従業員も利益を分かち合う一員であると考えると、後者になるのでしょう(まあ、支払える原資があって、なんぼですが)。

2.9 無配の場合、どうするか?

 財務諸表をみると、業績が良くても、無配の会社もあります。多くは、創業間もなく、内部留保を貯えるために配当しないというケースです。また、(コロナ禍で)急激な業績悪化が見込まれるために無配にしている会社もあります。

 このような株主配当をしていない会社で、従業員配当を強制的に支払わせるのも問題と思います。株主配当がないときには、従業員配当もしない、というような条件を付けるべきでしょう。

 従業員配当率 = Min(最低従業員配当率, 株主配当率×α)
         (αは適当に定める(例えば、1/2など))

  この条件であれば、無配の場合には、従業員配当を支払わなくて済みます。

 但し、経営者と大株主が概ね一致するような同族会社*17などでは、従業員配当を回避するために、株主配当を無配にして、役員賞与を増やすという抜け道を作ってしまうかもしれません。

3. 最後に

 従業員配当制度は、企業利益の分配先として、会社・株主・役員と同様に従業員を加える制度です。つまり、従業員である労働者側と資本家側が同じ利益を共有することです。

 経済成長期の日本の労働組合モデルは、経営者と労働組合が経営課題に協力して立ち向かう労使協調路線*18でしたが、いまでは労働組合が御用組合*19になり、経営者と労働者が対峙する構造も、協調する構造もなくなり、労働者が経営者に使われるという構造になってきてしまいました。これが賃金が上がらない根本的な原因です。

 これに対抗するには、労働条件が低いならそんな職場は辞めて、転職することです。非正規雇用の場合は雇用の流動性が高いので、実際、日本でも労働需要が多いときには賃金が上昇しています。しかし、そもそも非正規は賃金が低い水準にありますし、正社員の雇用流動性は低いままで、なかなか難しいのが実情でしょう。
 また、企業側で労働条件カルテルをされると、労働条件が良い転職先がないということになります。企業側の労働条件カルテルは、阿吽の呼吸と法制化で実現しているのがいまの現状でしょう。その点でも、労働者側は負けています。

 労働組合が弱体化した現状であっても、労使協調、あるいは、労働者を資本家側に置くことできるのが従業員配当制度で、それを担保するのが法定の最低配当率の設定です。

 労働組合があまりにも弱い、労働運動を行わない日本人には必要な制度で、日本の資本主義を修正するための一つの修正手段なのだと思います。つまり、新しい日本型の修正資本主義*20です。

(2021/10/15)

(追記)
 CDPboxの記事*21は、従業員に純利益の2%を支払うナイジェリアの会社の会計処理に関する解説記事です。既に従業員配当を行っている会社はありますね。また、税引き後利益の一定の割合を従業員に支払うことを義務付けている国も既にあるとのこと。従業員配当制度は、世界的に見ると、特別な制度というわけでもなさそうです。なので、本稿のタイトルは、誇大でした。

(追記:2021/10/18)
 従業員配当を分離課税にして、企業が源泉徴収するなら、還付すべき金額がすぐに計算できるし、最低賃金配当がされたかもすぐに分かります(連結納税だともしかしたら複雑かもしれない)。そして、税務署を絡めると、企業もなかなか嘘を付けない(笑)。総合課税にしても、税務調査で分かるのかな?このあたりは、よく知らない。

関連ツイート

*1:ブルームバーグ「岸田首相、金融所得課税見直しは分配の選択肢-1億円の壁念頭」(2021.10.4)

*2:日本経済新聞「岸田流「新しい資本主義」の正体 分配強化、影潜める改革」(2021.10.2)

*3:中小企業庁「2019年版 小規模企業白書の概要」. 中小企業庁「中小企業白書」のホームページ.

*4:日本経済新聞「英、大企業法人税25%に上げ 半世紀ぶり、23年から」(2021.3.4).

*5:ロイター「米下院民主党、法人税率26.5%提案 増税幅縮小 3.5兆ドル歳出の財源目的」(2021.9.13).

*6:国税庁「法人税の税率」.

*7:財務省「令和3年度政府予算案」. (PDF)

*8:日経クロステック「知財が見せる5年先のミライ 第17回 利益を高めるなら給料を増やすべしートヨタが1位、4位はNTT、2位・3位は?人財価値ランク」(2020.7.21).

*9:Publickey「IT系上場企業の平均給与を業種別にみてみた 2020年版[前編] ~ ネットベンチャー、ゲーム、メディア系」(2020.7.20).

*10:Publickey「IT系上場企業の平均給与を業種別にみてみた 2020年版[後編] ~ パッケージソフトウェア系、SI/システム開発系、クラウド/キャリア系企業」(2020.7.20).

*11:東洋経済ONLINE「給料をたくさん払っているトップ700社」(2014.12.8).

*12:Yahoo! Japan ファイナンス.

*13:日本取引所グループ「東証上場銘柄一覧(2021年9月末)」.

*14:日本経済新聞「日経平均採用銘柄の株価一覧」.

*15:ウィキペディア「バックプロパゲーション」.

*16:ウィキペディア「ジャフコグループ」.

*17:ウィキペディア「同族経営」.

*18:ウキペディア「労使協調」.

*19:ウィキペディア「御用組合」.

*20:ウィキペディア「修正資本主義」.

*21:CDPbox, "How to account for dividends paid to employees?",

かれ、あれ、これ、それ、どれ?

 「彼」「彼ら」が男性を示す言葉になっていて、いろいろと不便という話を耳にしました。

 確かに「彼ら」は不便ですよね。本当は、男性・女性に限らない集団を指すのに「彼ら」でもいいとは思うのですが、誤解を避けるためには「彼ら、彼女ら」というまどろっこしい言い回しが必要になります。 

 それで、「かれ」に対する代替案はないかという話になります。調べてみました。

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1. かれ、あれ、これ、それ、どれ

 もともと、「か」「こ」「あ」「そ」「ど」に意味があって、その派生として様々な言葉が出来ています。

 例えば、

  • あ:あれ、あれら、あの、あっち、あちら、あんな、あいつ、あやつ、あなた、あこ
  • こ:これ、これら、この、こっち、こちら、こんな、こいつ、こやつ、こなた、ここ
  • そ:それ、それら、その、そっち、そちら、そんな、そいつ、そやつ、そなた、そこ
  • ど:どれ、 ー 、どの、どっち、どちら、どんな、どいつ、どやつ、どなた、どこ
  • か:かれ、かれら、かの、 - 、 ー 、 ー 、かいつ、かやつ、かなた、かこ 

 なんとなく、辞書を引かなくても、「あ」「こ」「そ」「ど」は分かりますよね。

  • あ:遠いところにある (遠称)
  • こ:近いところにある (自分の側にある)(近称)
  • そ:相手の側にある (中称)
  • ど:疑問 (不定称)

 昔の遠称は「か」で、時代とともに遠称として「あ」が使われるようになったようです。「かなた」は確かに遠いところを指しますね。「かいつ、かやつ、かこ」はもはや使わず、「かの」も、「かの人」「かの国」「かの岸」などで稀に使うだけなので、私などは「か」を直感的にイメージできなくなっています。

 かれ、あれ、これ、それ、どれ、について辞書で調べた結果を付録Aに示します。

 「あこ」「かこ」「かいつ」という言葉は知りませんでしたが、あるみたいです(付録B)。

2. 「かれ」が男性代名詞になったのは明治から

 デジタル大辞泉の「かれ」の説明を読むと、明治時代までは男女の区別なく用いていて、西欧語の三人称男性代名詞の訳語として用いたところから、専ら男性を指すようになってしまったようです。

  he を「かのおとこ(彼の男)」、sheを「かのおんな(彼の女)」とかに訳しておけばよかったのかもしれません(が、長たらしいか)。

3. 代替案は?

 「か」=「あ」ですので、「かれ」→「あれ」、「かれら」→「あれら」で語源的にはOKです。

 でも、実際には、ちょっと無理がありそうです。

 難しいですね。

(2021.10.6)

(2021.10.15 追記)
「「她」という字の文化史 中国語女性代名詞の誕生」という本が発行されました。中国語の「她(かのじょ)」という字も、英語の"she"の翻訳の困難から始まるとのこと。日本と同じ悩みを「她」という字を使うことで解決したのでしょうね。


黄 興濤 (著), 孫 鹿 (翻訳)
「「她」という字の文化史 中国語女性代名詞の誕生」
汲古書院
(2021/10/7)

付録A:かれ、あれ、これ、それ、どれの辞書の説明

 デジタル大辞泉*1の説明を引用します(一部、省略)。

かれ

かれ【彼】
【一】[代]
1 男性をさす三人称の人代名詞。あの男。西欧語の三人称男性代名詞の訳語。
 「彼は君の弟かい」⇔彼女。
2 三人称の人代名詞。明治時代まで男女の区別なく用いた。あの人。あれ。
 「余はエリスを忘れざりき、否、—は日毎に書(ふみ)を寄せしかばえ忘れざりき」
 〈鴎外・舞姫〉
3 二人称の人代名詞。あなた。おまえ。
「—は、なむぞの人ぞ」〈宇津保・俊蔭〉
4 遠称の指示代名詞。あの物。あれ。
「吾(あ)が思(も)ふ君がみ船かも—」〈万・四〇四五〉
【二】[名]恋人である男性。彼氏。「彼ができる」⇔彼女。

あれ

あれ【▽彼】
1 遠称の指示代名詞。
 ㋐第三者が持っている物、または、話し手・聞き手の双方に見えている物を
  さす。あのもの。「彼は何だ」「彼が欲しい」
 ㋑双方に見えている場所をさす。あそこ。
 「—に見えるは茶摘みじゃないか」〈文部省唱歌・茶摘〉
 ㋒双方が知っている過去の事柄をさす。例のこと。
 「彼は忘れられない出来事だ」「彼以来からだのぐあいが悪くってねえ」
2 三人称の人代名詞。双方に見えている人、分かっている人をさす。あの人。
 「彼が君の妹か」
3 二人称の人代名詞。あなた。
「—は何する僧ぞと尋ねらるるに」〈宇治拾遺・一〉

これ

これ【×此れ/▽是/×之/▽維/×惟】
1 近称の指示代名詞。
 ㋐話し手が持っている物、または、話し手のそばにある物をさす。このもの。
  「—は父の形見の品です」「—を片付けてください」
 ㋑話し手が、いま話題にしたばかりの事物などをさす。このこと。このもの。
  「全世界の平和。—が私の切なる願いだ」
 ㋒話し手が当面している事柄をさす。このこと。
  「—を仕上げてから食事にしよう」「—は困ったことだ」
 ㋓話し手の現にいる場所をさす。ここ。「—へどうぞ」
 ㋔話し手が存在している時をさす。今。「—から出かけるところです」
 ㋕話し手のすぐそばにいる親しい人をさす。現代では多く、自分の身内をいう。
  「—が僕のフィアンセです」
 ㋖《漢文の「之」「是」などの訓読から》判断の対象を強調してさす。
  「…とは—いかに」「—すなわち」
2 一人称の人代名詞。話し手が自分自身をさす。わたし。
 「—は河内の国交野郡(かたのごほり)、禁野の雉領にすまひする者でござある」
 〈虎清狂・禁野〉

それ

それ【×其れ】
1 中称の指示代名詞。
 ㋐聞き手が持っている物、または、聞き手のそばにある物をさす。そのもの。
  「ちょっと其れを見せてください」
 ㋑聞き手がいま話題にしたばかりの事物などをさす。そのこと。そのもの。
  「其れはいつの話ですか」「ああ、其れならお隣です」
 ㋒聞き手が当面している事柄をさす。そのこと。
  「其れが済んだら、早く寝なさいよ」
 ㋓親しい関係にある聞き手のそばにいる人をさす。その人。
  「へえ、其れがおまえの兄貴か」
 ㋔聞き手が現にいる場所をさす。そこ。
 「そなたは—にお待ちやれ」〈虎明狂・今参〉
2 二人称の人代名詞。聞き手に対する敬意をこめて用いる。あなた。
 「—はさこそおぼすらめども、己は…とは思ひ侍らず」〈徒然・一四一〉

どれ

どれ【▽何れ】
[代]不定称の指示代名詞。
1 限定されたものの中から選び出すものをさす。どのこと。どのもの。
 「テーマを何れにしようか迷う」「何れでも好きなのを選びなさい」
2 不明・不特定の場所をさす。どこ。
 「—から—への御出でござあるぞ」〈虎清狂・禁野〉
3 不特定の人をさす。だれ。
 「—ぞおともしやれ」〈洒・遊子方言〉

付録B:あこ、かこ、かいつの辞書の説明

あ‐こ【▽彼▽処/▽彼▽所】
[代]「あそこ」に同じ。
か‐こ
〔代名〕 他称。話し手からみて、遠い場所を指す(遠称)。あそこ。かしこ。
*地蔵菩薩霊験絵詞(教王護国寺観智院蔵)「彼(カコ)を退き去る也と曰ひけり」
か‐いつ【彼奴】
〔代名〕 他称。あいつ。かやつ。卑しめていう語。

「あこ」「かいつ」はデジタル大辞泉、「かこ」は「精選版 日本語大辞典」*2からの引用です。

【コロナ】コロナパス運用のために必要な検査数

 政府分科会は、ワクチン・検査パッケージという名前で、ワクチン接種履歴や検査の活用を提唱しています*1

 ワクチン接種履歴や検査陰性を証明するコロナパスは、既に多くの国で運用されていますが、本稿では、コロナパスの運用のために必要な検査数を外食産業の来客者数からざっくりと見積もります。あわせて、コロナパスを運用している各国の検査数をみてみたいと思います。

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1. 外食産業の来客者数

 まずは、度々営業規制される外食産業の検査のために必要な検査数を試算してみます。

 外食産業における1日の来客者数の統計が見つからなかったのですが、外食産業の市場規模の資料と客単価に関する資料が見つかったので、それらに基づいて1日の来客者数を推計します。

  • 市場規模:日本フードサービス協会「平成30年外食産業市場規模推計について」*2
  • 客単価:厚生労働省「飲食店営業(一般食堂)の実態と経営改善の方策 」*3
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図1. 外食産業の市場規模(2018年)。

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図2. 飲食店における顧客単価(2016年)。


 2つの資料での分類は必ずしも一致してないので、対応していそうな「食堂・レストラン」と「居酒屋等」について、来客数を推計しました。

  • 食堂・レストランの来客数 = 10.1兆円/1392円/365日 = 1988万人/日

  • 居酒屋等の来客者数 = 1.0兆円/3,886円/365日 = 70万人/日

 食堂・レストランは、お昼御飯、晩御飯の日常的な外食が数を引き上げていそうです。居酒屋等は、年間換算で2.6億人。全人口平均で年2回、対象者が全人口の半分としても年4回。随分と少ないような気もしますが、こんなものなんですかね。ちゃんとした統計が欲しいところです。

 食堂・レストランの来客数が圧倒的に多いので、その他の(コロナパスを運用しそうな)外食業態を含めても、2~3割増ぐらいの範囲に収まると思われます。

2. 航空、新幹線、その他の客数

2.1 航空旅客数

 航空旅客数には、統計があります。国土交通省の「航空輸送統計速報 」*4によれば、国内線は2019年が過去最高で年間1億人強、1日平均では約30万人です。国際線は年間2300万人で約6万人/日です。

 飲食業界に必要な検査数からすれば僅かな数量です。

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(a) 国内線
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(b) 国際線
図3. 航空旅客数。


2.2 新幹線の旅客数

 国土交通省の「鉄道輸送統計年報(2020年度分)」*5によると、新幹線の旅客数は、2019年度で年間3.7億人です。一日平均にすると100万人/日です。

 これも飲食業界に比べれば、僅かな数量です。

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図4. 新幹線の旅客数。


 ちなみに、全鉄道旅客数は、2019年度で年間252億人、一日平均にすると、6900万人/日です。往復や乗り換えがあるので、実人数はこれよりも小さくなりますが、いずれにせよ、非常に多くの人が利用しています。鉄道利用者数の実人数は、飲食店利用者数の実人数よりも多くなるでしょう。

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図5. 鉄道旅客の総数。

2.3 その他

 コンサート、スポーツ、イベントなどその他の業界、利用シナリオで必要な数を積み上げはしませんが、飲食に比べれて、多くなることはないと思います。

 飲食の検査を超えるのは、電車・バスなどの公共交通機関の利用者の検査、学校・職場などでの検査、さらには全住民検査をする場合ぐらいでしょうか。

 飲食以外については、次節以降での検討を省きますが、基本的には飲食と同じ考え方で必要検査数を見積もれると思います。

3. 陰性証明のための検査

 陰性証明の仕方には、大きく分けて2つに分類されます。

  • ワンタイム陰性証明:サービス利用の直前に陰性を証明する (主に抗原検査を使う)

  • 陰性パスポート:予め陰性パスポートを取得し、サービス利用時に陰性パスポートを提示する (主にPCR検査を使う)

 また、検査がすぐに終わるのであれば、 サービス利用の直前に陰性パスポートを取得するなどもあるとは思いますが、ここでは上記の2つについて考えます。

3.1 ワンタイム陰性証明

 高速オンサイトPCR検査を行う場合などを除けば、基本的に抗原検査キットを使うことになります。お店側が検査キットを来客者に渡して、その場で検査するという仕方なので、公的な検査証明は発行されません。

 仮に来客者すべてにワンタイム陰性証明を行ったときに、必要な検査数は、来客者数に等しくなります。

  • 居酒屋に必要な検査数:70万検査/日
  • 食堂・レストランに必要な検査数:1988万検査/日

3.2 陰性パスポート

 コロナパスなどの陰性証明は、公的な陰性証明として発行され、スマホQRコードを提示することで利用します。

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図6. CommonPassのコロナパス(文献*6より引用)


 来客者すべてに陰性パスポートの提示を求めるとします。陰性パスポートは有効期限内で繰り返し使用できますので、来客者数は延べ人数ではなく、実人数を知る必要があります。

 有効期限はとりあえず7日間としましょう。

居酒屋

 居酒屋の場合には、1週間に複数回行く人もいるかもしれませんが、ここでは来客者数=実人数とみなします。

  • 居酒屋に必要な検査数 = 70万検査/日

食堂・レストラン

 食堂・レストランは、1週間に何回も行く人も多いと思います。全員が週に1回だけ店舗利用する場合(延べ人数=実人数の場合)が最大の必要検査数になります。何回も利用する人が多いほど実人数は少ないので、必要検査数も少なくなります。最小の必要検査数は、ここでは、全員が週に7回利用する場合と仮定します。

  • 週1利用の場合に必要な検査数 = 13,900万検査/週 = 1,988万検査/日
  • 週7利用の場合に必要な検査数 = 1,988万検査/週 = 284万検査/日

 つまり、

  • 食堂・レストランに必要な検査数 = 284万~1988検査/日

 陰性証明の有効期限を3日にすれば、7/3(=2.33)倍の検査数が必要です。

 いずれにせよ、少なくとも数百万検査/日の規模の検査が必要になります。

4. ワクチン接種者は検査免除

 多くの国のコロナパスではワクチン接種者への検査は免除していて、日本政府のコロナパス(ワクチン・検査パッケージ)でも検査免除を考えています。その場合には、必要な検査数は数分の1になります (例えば、利用者の接種率が80%なら、検査数は1/5)。

 ワクチンによる感染予防効果は、時間経過と共に減弱します。ワクチン接種者は、ワクチン非接種者に比較すると、無症状・軽微な症状になって、サイレントスプレッダーになること、行動も活発になり感染しやすくなることが予想されます。このため、感染拡大を抑制するためには、ワクチン非接種者よりも、ワクチン接種者の方がより検査が必要かもしれません。日本のコロナパスでは、ワクチン接種の有効期間を短くするか、検査免除しない方が良いと思います。

5. コロナパスの運用国での検査数実績

 ワクチン接種証明・検査陰性証明・回復証明などの証明制度であるコロナパスを運用している国はいくつもあります*7。そして、検査頻度は、例えば、デンマークでは週に2回の検査*8、オーストリアでは週4回のPCR検査*9を推奨しています。オーストリアは、陰性証明の有効期限がPCRで48時間 (抗原検査で24時間) *10と短いので、週4回というか2日に1回の検査を推奨ということなのでしょう。イスラエルは検査証明の有効期限は72時間で*11、いつも利用するなら、週2~3回程度の検査頻度になります。

 さて、陰性証明パスポートを運用している国では、実際にどの程度検査を実施しているのでしょうか?Our World in Dataのデータを見ると、デンマーク、オーストリア、イスラエルの3カ国の検査数を見てみると、検査数が多い時期には、1000人当たり10~40検査/日以上の検査をしています。検査数が多い時期とコロナパスを運用している時期は概ね重なると思います。

 これらの国の検査数を日本の人口に換算すると、125万~500万検査/日の検査が必要となります。日本でのこれまでの検査実績はピーク時で12万検査(7日平均)ですので、10倍から40倍の検査が必要となります。

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図7. オーストリア、デンマーク、イスラエル、日本の人口1000人当たりの検査数。
(Our World in Data*12より引用)

6. 最後に

 日本でコロナパスを他国と同様に運用するためには、現在の検査数の十倍、数十倍の検査が必要と見込めます。抗原検査キットでワンタイム検査証明にするのか、PCR検査でコロナパスにするのか、方法はいろいろと考えられると思いますが、いずれの場合でも、日本の検査の現状は、抗原検査キットであろうが、PCR検査であろうが、全く足りません。 本当にワクチン・検査パッケージを実施したいのであれば、検査体制の大幅な強化が早急に必要です。

 また、検査費用も無料(もしくは低価格)にする必要がありますが、価格の点でも全く不十分です。居酒屋に飲みに行くのに数千円も検査料を取られるとか、800円のランチを食べるのに数千円の検査料とかありえませんから。

 検査体制の拡充ができないなら、今後も延々と営業規制をすることになるのでしょう。1年中、営業規制を掛けられていては、事業者も大変ですし、国民の方もやってられません。

(2021.10.5)

*1:新型コロナウイルス感染症対策分科会「ワクチン接種が進む中で日常生活はどのように変わり得るのか?」(2021.9.3).

*2:日本フードサービス協会「平成30年外食産業市場規模推計について」(2019.7)

*3:厚生労働省「飲食店営業(一般食堂)の実態と経営改善の方策 」(2016.11).

*4:国土交通省「航空輸送統計速報 (令和2年(2020年)分」(2021.3.31).

*5:国土交通省「鉄道輸送統計調査(2020年度分)」(2021.9.21). (PDF)

*6:CommonPass ホームページ。

*7:Forbes Japan「接種証明の「グリーンパス」、イスラエルやイタリアでも」(2021.7.29).

*8:井上陽子「北欧の明暗を分けたコロナ対策 切り札となったデンマークの「コロナパス」と日本との違いは?」BuzzFeed Japan (2021.5.2).

*9:@Musikmusik7さんのツイート

PCR検査キットはチェーン店のドラックストアに取りに行くんだよ。400mおきにあるお店だから欲しいと思えばすぐもらいに行けるし、回収ボックスが各スーパーに設置されてる。週に4回の検査をしてくれってウィーン市からお願いされてるけど、4回はなかなか大変で、私は週1、2くらいでやってる

— れいわ勝手に応援団 World!ウィーン組の1人(海外在住のメンバー募集中!) (@Musikmusik7) August 27, 2021

*10: Stadt Wien, "Questions and answers regarding coronavirus and the COVID-19 disease".

*11:ロイター「イスラエル、コロナ免疫証明制度導入へ レジャー施設利用可能に」(2021.2.11).

*12:Our World in Data "Daily new COVID-19 tests per 1,000 people".

【コロナ】 デジタル庁のワクチン接種証明のAPI仕様をざっとみた。残念!

 デジタル庁のワクチン接種証明のための「二次元コード及びAPIの仕様」*1に対して意見公募がされています*2, *3。資料は実質、3ページのパワポです。

 ざっと見ました。

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1. ワクチン接種証明書の電子交付の方向性について

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ワクチン接種記録システム(VRS)を利用

 スマホアプリや事業者APIを介したリクエストに対して、ゲートウェイサーバを介して、ワクチン接種記録システム(Vaccination Record System; VRS)へアクセスして、ワクチン接種記録を取得し、接種証明を交付します。

マイナポータルを用いた申請

 マイナポータルのぴったりサービス*4を利用します。当然ですが、申請にはマイナンバーカードが必須です。いまのところ、自治体窓口対応は想定していません。

 なお、海外渡航者向けの紙の接種証明書については、既にマイナポータルから申請できるみたいなことが書いてあります*5

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(対応している自治体を発見できないのですけど...)

2. 渡航向け二次元コード付き証明書(案)

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渡航向けQRコード

 渡航向けQRコードは、ICAOの規格です*6。出入国管理でICAO規格は必須でしょう。ちゃんと規格準拠すれば、これはこれで問題はないでしょう。

 EU規格*7, *8など別規格への対応も必要もあるかもしれませんが、まずはICAO対応です。

3. 国内向け二次元コード付き証明書とAPIの仕様(案)

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国内向けQRコード

 SMART Health Cardsという規格*9, *10を想定しています。よく知らないですが、これも、この規格にちゃんと準拠すれば、問題はないのでしょう。

 SMART Health Cards におけるワクチン接種証明用の規格は、HL7(Health Level Sevel International)という規格団体が策定しているFHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)規格*11となるようです(間違っているかも)。バージョンは 0.6.2 Ballot Version。安定するまでは時間がかかりそうですが、まあ、仕方がないです。

接種情報取得API

接種情報取得APIの仕様
予約サイト等での利用を念頭に置き、ワクチン接種情報を取得するAPIも提供予定です。
(1)「接種券番号」「生年月日」の情報を入力する
(2)「最終接種回数」「最終接種日」等の情報を返す

 おい、責任者出てこい!(怒)

 防衛省のワクチン接種予約システムに、遂に「生年月日」でアクセス制限できる機能が付きました!というレベルの素敵なAPI仕様です。

4. あまりに論外なAPI仕様

低すぎるセキュリティ強度

 接種情報取得API仕様は、インタネット経由でアクセスするための仕様です。インタネット経由のアクセスのためのアクセスキーが、「接種券番号」+「生年月日」になっています。

 生年月日では4桁PINか5桁PIN程度のセキュリティ強度しかありません。あまりにもセキュリティ的に問題なので、「最終接種回数」「最終接種日」しか返さない仕様のようです。

同APIは、「接種券番号」と「⽣年⽉⽇」を送ると、「最終接種回数」と「最終接種⽇」を返す仕様を想定している。「接種券番号や⽣年⽉⽇をランダムに⼊⼒して、不正に接種情報を取得することが懸念される」(デジタル庁の村上敬亮国⺠向けサービスグループグループ⻑)ため、返す情報は接種記録を確認するために最低限必要なものに限った。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/06039/

 サイバー防御が十分でないならば、リバースブルートフォース攻撃で「接種券番号」「生年月日」「最終接種回数」「最終接種日」が抜き出せます。「これを抜き出して何が美味しいの?美味しくないから、誰も攻撃しないでしょ。だから、ザルでいいでしょ」という安全設計思想です。やめて!

 信頼できる事業者だけにシステムへのアクセス鍵を渡して、「攻撃はしない、攻撃をさせないように運用してください」ということなんですかね。で、信頼できる事業者だけに事業者を絞れるの?(「誓約書を書かせて、安全性は確保されました!」とする政府お得意の誓約書ソリューションをやりそうな気がする...)

なりすましが容易

 氏名さえも返さない仕様なので、なりすましが容易にできます。ワクチン接種している人から接種券番号と生年月日を教えてもらえれば、接種証明が不正入手できます。

 民間事業者側で利用者の身分証明書の生年月日を教えてもらって、身分証明書の生年月日と照合すれば、同じ生年月日の人を探すことが必要になるので、ハードルが高くなりますが、飛行機や旅行の予約ならまだしも、イベントやお店の予約などで生年月日まで要求されたら嫌ですよね。身分証明書を使って本人確認をする時に、身分証明書にも生年月日が記載されているから問題ないという話はあるかもしれないが、ネット申請時に身分証明書を提出するの?もっと嫌。

 そもそも、発行サーバーへのアクセスキーである「接種番号」+「生年月日」は、事業者側には渡さないようにシステムを組むはず(なんとなく怪しそうだが)。そうなると、接種証明の生年月日と身分証明書の生年月日は一致する必要はないので、やはりなりすましが容易です。

本人は接種証明の発行履歴を確認できない

 接種証明の発行履歴をユーザーが確認できるようにするためには、ユーザーにシステムにログインする機会を与える必要があります。すると、単純な「接種券番号」+「生年月日」のログインIFをインタネットに晒す必要があります。さすがに、セキュリティ強度が低いIFをインタネットに晒すわけにはいきませんから、ユーザーが接種証明の発行履歴を確認できるようにはしないのでしょう。

 これはこれで問題で、接種証明の不正利用を本人が発見できないことになります。

 ほとんどの人は確認することはないでしょうが、1%の人が確認するだけでもユーザーが膨大になる(はず)なので、システム攻撃があれば検知される可能性があります。(医療保険の医療費のお知らせのように)発行履歴をはがきで通知するというのはあるのかもしれませんが、ITとは程遠い世界です。

5. 発行システムへのアクセスは、どうすればよいか?

 証明書発行のためのユーザ認証について、ちょっと考えてみました。例えば、次のものがありそうです。

① マイナンバーカードを使う。
② 接種券番号にパスワードを付けておく(今更)。
③ 紙でパスワードをユーザーに郵送する。
④ 接種券番号とマイナンバーをID/PWとして発行システムへアクセスする。
⑤ 接種券番号と免許証番号・旅券番号をID/PWとして発行システムへアクセスする。
⑥ 発行システムへのアクセス権限をLINEやgoogleなどのアカウントに与える。
⑦ 発行システムのアクセスキーとしてEdyなどのICカードを用いる。

 それぞれの実現性は、以下の通り。

①:実施困難。マイナンバーカードが普及率や利用規制などのため。
②:過去の話。
③:実現可能。
④:実現可能。民間側のマイナンバー利用には規制緩和が必要。
⑤:実現可能。政府は、健康保険証と同様に、運転免許証・パスポートとマイナンバーを紐付けることは可能。マイナンバーカードの健康保険証化には、マイナポータルにアクセスして、利用許諾をする必要があったが、保険証の場合は、マイナンバーカードを民間が利用するケース。こちらは、マイナンバーを使うのは政府システムの内部の話で、外部とのやりとりには、マイナンバーは使わない。マイナンバーの規制には抵触しない(と思うが、よく知らない)
⑥:実施困難。少なくとも一回は、マイナポータルなどで利用許諾することが必要。
⑦:実施困難。同上

 マイナンバーカードを使わずに簡単に実現できるのは、ID/PW方式でしょう。一回、ユーザーがシステムにログインしたら、後は2段階認証を設定するなり、なんなりすればよい。

 ID/PW方式なら、③(PWを郵送)、④(マイナンバーをPW)、⑤(運転免許証番号・旅券番号をPW)でしょうか。マイナンバーの規制を考慮しないならば、マイナンバー、運転免許証番号、旅券番号で発行システムへアクセスできるようにするのが、簡単そうです。マイナンバーは国民全員が持っているので、全国民をカバーできます。

 でも、マイナンバーは拒否反応が強いのですよね...。すると、やはり、③のPWを郵送するということになるのでしょうかね?

6. 最後に

 デジタル庁のAPI仕様をみてかなりズッコケましたが、これが、我が国のデジタル庁の技術レベルなのでしょうか?

 非常に残念です。

(2021/10/3)

(追記 2021/10/16)
 基本的にはシステム側と本人側で共有している秘密情報でシステムにアクセスすればよい。接種券番号、氏名、生年月日、ワクチンメーカー、接種日、接種会場などが、両者で共有している情報なので、その中から適当に選んでアクセスキーにすれば良いですね。それなりに長い鍵になるので、それで一回システムにアクセスして、その後はPW他のセキュリティ設定をする。これでPWの郵送は回避できるでしょう。

(追記 2021/10/27)
 デジタル庁の意見募集の結果が10月19日に公表されました。(意見募集の結果公表)。民間開放するAPIは、セキュリティの懸念や利用事業者が少ないことが予想されるため、とりあえずペンディングとなったようです。今後、政府施策が明確になるのを待ってから、詳細を検討するとのこと。

関連記事

【コロナ】厚労省推奨の抗原検査キットのユースシナリオは、何?

 抗原検査キットの薬局での販売が解禁されました*1。この根拠となる文書は、2021年9月27日の厚労省事務連絡「新型コロナウイルス感染症流行下における薬局での医療用抗原検査キットの取扱いについて」になります*2

 しかし、この事務連絡を読むと、厚労省が推奨するユースシナリオが今一つ分からなくなります。

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1. 検査を使う場面

 検査を使う場面は、次の二つだけです。

① 症状がある場合
② 症状がない場合

 前者は(セルフケアを含む)診断のための検査、後者は社会的検査や接触者検査、安心のための検査などです。

2. 購入者のための説明文

 事務連絡には、購入者向けの説明文のサンプルが添付されています。

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図1. 薬局で説明される文書のサンプル。

 この説明文に従うと、

① 症状がある場合
 体調が悪いことを自覚した場合は、医療機関を受診しなければなりません。従って、症状がある場合に、抗原検査を使ってはなりません。

② 症状がない場合
 使用は推奨されていません。

 あれ?使う場面がない。

 そこで導入されるユースシナリオが、

③ 体調が気になる場合等
 セルフチェックとして利用する。

 「体調が気になる」ときは、無症状なのでしょう。そうすると、「無症状なので抗原検査の使用は推奨されないが、安心のために使用するなら良いですよ」ということですかね。

 推奨されない検査の使用方法が、推奨されるユースシナリオ?

 変です。

3. 実際のユースシナリオ

 抗原検査キットが身近になることは望ましいこととは思います。例えば、身近な人に感染者が発生したときの検査、宴会の直前などに感染を確認する社会的検査などのユースシナリオなどが考えれます。

 他にも、病院で検査拒否を受けた場合の検査、接触者でも検査拒否された場合の検査も、今度の冬の大流行時には多発しそうなシナリオです。今回の抗原検査の薬局販売解禁は、ワクチン・検査パッケージもありますが、第5波の反省と第6波への備えなのかと思っています。

 実際にもっとも多いユースシナリオは、軽い症状がでて、病院にいくのも面倒だし、ちょっと心配なので検査してみる、という使い方でしょうか。有症状で薬局に検査キットを購入しに行く人は多そうです。薬局は店舗前に自販機を容易しておいた方が良いかもしれませんが、購入者に使用方法などを説明した上に、誓約書への署名を求めるので、自販機を設置するわけにもいきません。

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図2. 薬局購入時に署名を求められる誓約書。


 発症すると、店舗PCRも郵送PCRも拒否されるので(郵送PCRは実質的に拒否されませんが)、病院一択です。建前上は正しいのかもしれませんが、建前すぎないですかね。軽い症状なら、病院へは行かないですから。

 そもそも誓約書は必要ないと思いますが、説明・誓約書を必須とするなら、有症者を店舗に入れるわけにもいかないので、上手い方法を考える必要はあります。常備薬として、予め用意しておくのでしょうかね。

4. ワクチン・検査パッケージに使えるのか?

 政府分科会が提案するワクチン・検査パッケージ*3における検査は、無症状者に対する社会的検査です。このような無症状者に対する検査に薬局販売される抗原検査キットを使用することは「推奨されません」。従って、ワクチン・検査パッケージに抗原検査キットを使ってはいけません(←嫌味です)。陰性証明は、PCR検査によって実現しましょう。

 抗原検査でも、陰性なら、感染しててもそのときのウイルス排出量は少ないとは言えるので、宴会の直前に利用するなら良いとは思います。旅行前検査などには適していないと思います(それでもやらないよりはマシですが)。

5. ストレートに説明せよ

 有症者は病院に行けとか、無症状者への検査は推奨されないとか、建前をいうから、「体調が気になる場合等」という購入者が必ずしも想定しないユースシナリオ、そして、国が期待しているであろう検査の役割と必ずしも一致しないであろうユースシナリオを提唱することになるのではないでしょうか?

 (本来は推奨されない使い方ではあるが)無症状でも積極的に検査して欲しい、(本来なら病院に行って欲しいが無理なら)ちょっとした症状でも検査して欲しいということが検査に期待されている役割なのではないでしょうか?

 もっとストレートに検査に期待している役割を説明すべきです。建前に縛られ過ぎています。

 普段から積極的に検査することで感染抑止になります。ちょっとした症状だけで本当にみんなが病院に行ったら、病院キャパを越えてしまいます。

 更に、抗原検査が普及していったら、偽陽性が頻発して病院資源を逼迫させることになります。これは、いいのでしょうかね?

 PCR 検査であれば、「無症状では本来は推奨されない」とか、「偽陽性が多発する」ということはなくなります。

 抗原検査だけではなく、PCR検査キットの薬局販売も解禁し、推進すべきです。そして、検査結果が得られるまでの時間をもっと短くして、PCR検査を第一選択として推奨すべきでしょう。

(2021/10/2)

(追記:2021/10/3)

 vogelsang7さんのツイートで知りましたが、沖縄県がこんな資料を作っていました。(怒)

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沖縄県が作ったビラ*4


 これでは、去年3月のコロナ患者の診療拒否、軽症者の初期治療はしない、重症化してから対応するという方針と変わらないではないですか。(怒)

 (PCR検査の直接ルートは一応はあります。しかし、感染者が多い沖縄では、そのPCR検査ハードルは異常に高く、実質的にPCR検査ルートはないのでしょう)

 「#4日間はうちで #うちで治そう」*5から、「#いつまでもうちで #うちで治そう」に劣化して、抗原検査で陽性になったら病院に行けるという例外を設けているだけ。なんなんですか!(怒)

 こんな抗原検査キットの利用法は決して許してはならない。(怒)

 この抗原検査のルートは、軽い症状の人はほっといてもなってしまうルートで、行政が指示することではないです。むしろ、行政はPCR検査や病院にいくことを推奨すべきでしょう。

 「ストレートに説明せよ」は、行政や医療機関・医師向けには撤回。

 彼らには、患者をもっと検査するように、病院に受け入れるように指導すべきです。彼ら(の一部)が、検査拒否・診療拒否の推進者・扇動者なのですから。

・vogelsang7さんのツイート

症状があれば抗原検査キットで陰性でも受診を! 
沖縄県、間違った抗原検査キットの使い方を推奨している。下手したら死ぬぞ。
明らかに厚労省の指針と矛盾している。
これ↓誰が医療監修した? 県議会に医療監修者を呼び出せ!

— vogelsang7 (@vogelsang7) October 1, 2021

(追記:2021/10/6)
 沖縄県がチャートを全面的に差し替えるようです。(現在は、沖縄県のフローチャートのビラへのアクセスはできません)

ただ今、沖縄県感染症対策課のT氏から電話をいただきました。
「ご指摘のとおりです。行動チャートは全面差し替えにします。非医療用キットの使用は推奨せず、抗原検査キットで陰性でも症状あるなら受診、という厚労省の指示に沿った表現に改めます」と。
"早期診断早期治療"を念押ししておきました。

— vogelsang7 (@vogelsang7) October 5, 2021

関連記事

【コロナ】個人向けの郵送PCR検査サービスのまとめ

 代表的な5社の個人向けの郵送PCR検査サービスについてまとめました。概要をまとめると、以下の表の通りです。

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表1. 個人向けの郵送PCR検査サービスの概要。


 これらの郵送PCR検査サービスは、原則、無症状者のためのサービスで、発熱や咳症状などがある人は利用できません(オンライン診療プランなどを利用する場合を除く)。

1. 木下グループのPCR

  • ブランド名:なし
  • 検体:唾液
  • 検査薬:東洋紡とロシュ(保険適用対象の研究用試薬)*1
  • 検査機関:木下グループの株式会社コロナ検査センター(登録衛生検査所)
  • 陰性証明書:発行なし
  • 価格:税込2,300円
  • 運営事業者:木下グループの株式会社コロナ検査センター
  • URL:https://www.corona-testcenter.shop/index.html
  • 厚労省の自費検査を提供する検査機関への登録:あり(店舗PCRを登録)

 木下グループは、郵送のPCR検査サービス*2の他に、店舗型のPCR検査センターサービス*3、企業向けサービスと幅広く手掛けています。HPによると、これまでに500万件以上の検査実績があります。この実績数からすると、新型コロナのPCR検査に限れば、医療・行政向けの民間検査機関を含めて、国内最多の検査実績と思われます。

2020年度民間検査シェア28%のBML*4が、20201年度も同じシェアならば検査件数は累計440万件になります(1556万検査×0.28≒440万件, 9月23日現在*5付録参照 )。推定誤差が大きいと、BMLが逆転する可能性もありますし、検査実績非開示の他の大手SRLやLSIメディエンスがさらに多い可能性もありますが、いずれにせよ、行政系の民間検査累計は全部で1556万件なので、大手3社レベルであることは確かです。

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図1. 木下グループPCR検査キット。


 検査薬は、東洋紡*6 とロシュ*7の公的医療保険適用対象の研究用試薬です*8

 木下グループの店舗PCRは、厚生労働省の「自費検査を提供する検査機関一覧」に掲載されています*9

2. ソフトバンクのHELPO

  • ブランド名:HELPO
  • 検体:唾液
  • 検査薬:タカラバイオ社製(保険適用対象の研究用試薬)
  • 検査機関:SB新型コロナウイルス検査センター株式会社(登録衛生検査所)
    ソフトバンクグループ株式会社100%子会社*10
  • 陰性証明書:発行可能(結果判明後、提携医療機関にて診断)*11
  • 価格:税込6,050円(スタンダードパック、PCR検査料2,200円を含む)
  • 運営事業者:ヘルスケアテクノロジーズ株式会社
    (ソフトバンク株式会社のグループ会社)
  • URL:https://store.helpo.jp
  • 厚労省の「自費検査を提供する検査機関一覧」への登録:あり
    (SB新型コロナウイルス検査センターが登録されている)

 ソフトバンクのPCR検査を使ったヘルスケアテクノロジーズ社のPCR検査サービスHELPO*12は、自社HPで販売されていています(PayPayアプリからも購入可能)。

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図3. HELPOの検査試薬。
検査試薬「タカラバイオ社製品 SARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Kit (特別品)※」
※検査には、公的医療保険適用対象の研究用試薬を当社向けに改良した高性能な特別品を使用しています。
https://sbcvic.jp/inspection_details/
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図4. HELPOにおける陰性証明書発行。
提携医療機関の新宿ヒロオカクリニック*13は厚労省自費検査機関一覧に掲載あり。


 タカラバイオ社も、承認品*14と未承認品*15を販売しています。

 SB新型コロナウイルス検査センターのPCRの検査実績は、2021年8月現在で235万件です*16

3. 楽天グループのPCRキット

  • ブランド名:なし
  • 検体:唾液
  • 検査薬:タカラバイオ社製(保険適用対象の研究用試薬)
  • 検査機関:提携医療機関(八王子クリニック、前広医院、男鹿加藤診療所)*17
  • 陰性証明書:発行可能(海外渡航用陰性証明書の発行は不可)
  • 価格:税込9,878円(通常方式)、税込8,778円(プーリング方式)
  • 運営事業者:楽天株式会社
  • URL:https://www.rakuten.ne.jp/gold/health-incubation/
  • 厚労省の自費診療を提供する検査機関への登録:なし
     提携医療機関の3病院も登録なし。

 個人向けのネット販売*18だけでなく、薬局販売も行っています*19。それ以外に企業向け*20も行っています。

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図5. 楽天のPCRキット。
プール法が特徴ですが、全然安くなっていません!


 使用する検査試薬はタカラバイオ製のSARS-Cov-2 Direct Detection RT-qPCR Kitで公的医療保険適用対象の研究用試薬です。

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図6. 楽天グループのPCRで用いる検査試薬。


 楽天グループのPCRの検査実施機関は、個人向けは提携医療機関が衛生検査所へ委託して実施しますが、企業向けは登録衛生検査所にて検査を実施(実施機関は不明)*21

(企業向けPCR)
本PCR検査の検査ラボ機能のレベルについては、所在地の都道府県知事により衛生検査所として登録を受け、高い検査実績を誇る検査施設と連携し万全を期しています。 https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2020/1125_01.html

4. PCRnow

  • ブランド名:PCRnow
  • 検体:唾液
  • 検査薬:不明
  • 検査機関:不明
  • 陰性証明書:発行可能(海外渡航のための陰性証明書発行は別プラン)
  • 価格:税込8,470円(検査プラン)
  • 運営事業者:株式会社エフメディカルエクイップメント
  • URL:https://pcrnow.jp
  • 厚労省の自費診療を提供する検査機関への登録:あり
     (提携医療機関の東京TMSクリニックが登録)
  • 販路:自社HP、セブンイレブンにてプリペイドカード販売*22

5. にしたんクリニックのPCR検査キット

  • ブランド名:なし
  • 検体:唾液
  • 検査薬:島津製作所製(保険適用対象の研究用試薬)*23, *24
  • 検査機関:不明
  • 価格:16,500円(税込)
  • 陰性証明書:発行可能
  • 運営事業者:医療法人社団直悠会 にしたんクリニック
  • URL:https://pcr.nishitanclinic.jp
  • 厚労省の自費診療を提供する検査機関への登録:なし
  • 販路:自社HP、他社サイト(楽天、ココカラファイン*25、ウエルシアドットコム*26 )、薬局(ココカラファイン*27、ウエルシア薬局*28 )

 にしたんクリニックの陰性証明書発行では、オンライン診療の受診時に検体採取をする点が特徴的です。

 この方法でも、検体採取キットを余計に用意しておけば、なりすまし(他人の検体を送って送付する)などの不正はできると思いますが、抑止力にはなります。

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図7. にしたんクリニックの陰性証明書発行。
オンライン診察の受診時に唾液を採取する。

6. 怪しげなPCR検査センター

  • https://rapid-pcr.com
    • 運営事業者の表示がない(実施会社が不明)。
    • 神奈川県を中心に6店舗を運営。

 他にも少々怪しい事業者はありますが、...。

7. まとめ

 郵便PCRは以前よりも充実してきましたが、低価格でもなく、身近な薬局で販売されているわけでもなく、まだまだ身近な存在ではありません。

 抗原検査キットの薬局での販売が解禁されましたが*29, *30, *31, *32、PCR検査キットの薬局販売も期待したいところです。

(2021/10/2)

関連記事

付録:日本のPCR検査件数

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日本のPCR検査件数。(東洋経済ONLINEより引用)

*1:PRTIMES「「木下グループ 新型コロナPCR検査センター」が検査精度の高い自宅用「PCR検査キット」を販売開始 | 厚労省から認可を受けた2種類の検査機器で検査を実施」(2021.4.1)

*2:コロナ検査センター「木下グループ新型コロナPCR検査センター(新型コロナPCR検査キット)」.

*3:コロナ検査センター「木下グループ新型コロナPCR検査センター」

*4:株式会社ビー・エム・エル「2020年度決算説明会」(2021.5.13)

*5:東洋経済ONLINE「新型コロナウイルス国内感染状況」.

*6:東洋紡「新型コロナウイルスマルチ検出用1-step RT-PCR Kit SARS-CoV-2 Detection Kit-Multi-」.

*7:ロシュ・ダイアグノスティックス「cobas® SARS-CoV-2 とLightMix Modular SARS-CoV (COVID19)」.

*8:時事随想「【コロナ】医療保険が適用できる研究用試薬という謎」(2021.10.1).

*9:厚生労働省「自費検査を提供する検査機関一覧」 (PDF)

*10:SB新型コロナウイルス検査センター株式会社のホームページ.

*11:ヘルスケアテクノロジーズ「HELPO 陰性証明書発行の流れ」.

*12:ヘルスケアテクノロジーズ「HELPO PCR検査パッケージ」.

*13:ヒロオカクリニック「【HELPO】PCR検査パッケージ受検者向け陰性証明書発行を開始しました」(2021.7.19)

*14:タカラバイオ「体外診断用医薬品 TAKARA SARS-CoV-2 ダイレクトPCR検査キット」.

*15:タカラバイオ「研究用試薬 SARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Kit」.

*16:SB新型コロナウイルス検査センター「B.LEAGUE(2021−22シーズン第1回統一検査)への新型コロナウイルス感染症に関するPCR検査提供について」(2021.9.2)

*17:楽天のPCRの提携医療機関のリスト。

*18:楽天グループ「新型コロナウイルス唾液PCR検査キット」(企業・団体向け).

*19:楽天グループ・ココカラファインプレスリリース「楽天、自宅で検体採取可能な 「新型コロナウイルス唾液PCR検査キット」を ココカラファインの調剤薬局で提供開始」(2021.4.14).

*20:楽天グループ「新型コロナウイルス唾液PCR検査」(個人向け).

*21:楽天「楽天、自宅等で検体採取が可能な「新型コロナウイルス唾液PCR検査キット」を提携医療機関のもと企業・団体対象に提供開始」(2020.11.25)

*22:セブンイレブン・ジャパン「国内コンビニ初!プリペイドカード型抗原検査・PCR検査サービス 『MedQuick抗原検査カード』『PCR now PCR検査カード』 9月29日(水)より、セブン‐イレブン店舗にて取り扱い開始」(2021.9.24).

*23:島津製作所「研究用試薬 2019新型コロナウイルス検出試薬キット」.

*24:PR TIMES「「にしたんクリニック」、開始9日間で【1,000件】のPCR検査申込を受注!さらに、まとめ買いチケット購入者数は【100名以上】」(2020.9.2)

*25:「ココカラファイン×にしたんクリニック PCR検査キット」

*26:ウエルシアドットコム「にしたんクリニック PCR検査キット」.

*27:PRTIMES「「にしたんクリニック」のPCR検査サービスキット、ココカラファインの新旗艦店にて店頭販売開始」(2020.12.17).

*28:ウエルシア薬局「にしたんクリニック PCR 検査サービスキット 取り扱いを開始いたしました」(2020.12.11).

*29:NHK「新型コロナ 抗原検査キット 薬局で販売へ みずから検査可能に」(2021.9.28).

*30:日本経済新聞「コロナ検査キットの薬局販売解禁 厚労省、薬剤師が説明」(2021.9.27)

*31:m3.com「「新型コロナの抗原検査キット、薬局で入手」、規制緩和へ」(2021.9.10).

*32:厚生労働省事務連絡「新型コロナウイルス感染症流行下における薬局での医療用抗原検査キットの取扱いについて」(2021.9.27).

【コロナ】医療保険が適用できる研究用試薬という謎

 研究用試薬は本来医療に用いてはなりません。しかし、新型コロナに関しては、公的医療保険が適用できる研究用試薬なるものが存在しています。謎です。

 研究用試薬でも公的医療保険が適用できる根拠について調べてみました。

1. 社会的検査は医療行為ではない

 ソフトバンク*1や楽天*2、木下グループ*3などの民間PCRは、無症状者を対象とした検査で、社会的検査のために用いられるものです。決して、病気の診断のために用いる検査ではなく、ましてや医療行為などでもありません!

 患者の検査を行えば医療診断を行っていると疑われますし、医薬品を使うと薬機法の規制を受ける恐れがあります。下手をすれば、摘発されます*4, *5, *6

 このため、医療行為を疑われて各種の医事法の規制を受けないように、各社、気を付けてビジネスをしていることがうかがわれます。

 現在、民間PCRが行っている検査は、医療行為と指摘される懸念はあり、いまでもグレーゾーンと思います。しかし、既に社会的検査として普及し、少なくとも大手の事業者については、政府や自治体も利用するサービスです。いまから違法性を問われることはまず考えられません。逆に、臨床検査技師も必要なく誰が検査をやってもよく、低品質な検査試薬を使用する、精度管理ができていないなどが原因で、検査精度が悪くても、法律で規制することができない状態でしょう。大手PCR事業者は、登録衛生検査所を作ったり(ソフトバンク、木下)、衛生検査所や医療機関に委託し(楽天)、検査精度を担保できるようにしていますが、実態が分からない事業者がいることも事実です。

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(a) ソフトバンクはスクリーニングのための検査を提供。

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(b) 楽天は、安心のための検査を提供。

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(c) 木下の店舗型PCRは、感染症予防の一環として医療行為が不要な方への検査を提供。

図1. 民間PCRは、社会的検査が目的。


2. 民間PCRは研究用試薬を使用する

 研究用試薬は医薬品ではなく、薬機法*7の適用を受けません。こんなところから、民間PCRでは、研究用試薬を用いているものと思われます。

 そして、研究用試薬のうちで主に使われているのが「公的医療保険が適用できる」研究用試薬です。例えば、ソフトバンクや楽天のPCRではタカラバイオ社製の研究用試薬*8, *9、木下のPCRでは東洋紡製やロシュ社製の研究用試薬*10が用いられています。

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(a) ソフトバンクのPCRが使用する研究用試薬。

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(b) 楽天のPCRが使用する研究用試薬。

図2. ソフトバンク、楽天のPCRが使用するタカラバイオ社製の検査試薬。


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  タカラバイオ:https://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?unitid=U100009449
  東洋紡:https://lifescience.toyobo.co.jp/detail/detail.php?product_detail_id=267
  ロシュ:https://diagnostics.roche.com/jp/ja/products/params/cobas-sars-cov-2-test.html
  島津製作所:https://www.an.shimadzu.co.jp/bio/reagents/covid-19/index.htm

図4. 民間PCRが利用している検査薬の例。


 なお、検査試薬だけでなく、検体採取キットも場合によっては一般医療機器になるので、ウイルス不活化唾液採取キットについても規制対象外のものを使っているようです。

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図3. ソフトバンクが使用していると思われる唾液採取キットMD-ZSV-001。(文献*11より)

 唾液用は一般医療機器ではないが、鼻腔咽頭用は一般医療機器となっている。
価格は1個1,860円(74,400円/40個)。検査薬よりも高いというか、税込でPCR検査サービスとほぼ同じ価格になります。この値付けはなんなんでしょう?1個100円もしないよね?

3. 健康保険適用検査に研究用試薬を使える根拠

3.1 診療報酬に関する厚労省通知

 研究用試薬の公的医療保険適用の根拠となるのが、2020年3月15日の厚労省通知*12です。この通知によって、一部の研究試薬については保険適用が可能となっています。

D023 微生物核酸同定・定量検査
(17) SARS―CoV―2核酸検出は、国立感染症研究所が作成した「病原体検出マニュアル 2019―nCoV」に記載されたもの若しくはそれに準じたもの又は体外診断用医薬品のうち、使用目的又は効果として、SARS―CoV―2の検出(COVID―19の診断又は診断の補助)を目的として薬事承認又は認証を得ているものにより、COVID―19の患者であることが疑われる者に対しCOVID―19の診断を目的として行った場合又はCOVID―19の治療を目的として入院している者に対し退院可能かどうかの判断を目的として実施した場合に限り算定できる。ただし、感染症の発生の状況、動向及び原因を明らかにするための積極的疫学調査を目的として実施した場合は算定できない。(太字は筆者)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc4894&dataType=1

3.2 感染研「病原体検出マニュアル」

 しかし、「病原体検出マニュアル 2019―nCoV」*13を見ても、現在、保険適用されている研究用試薬の記載はありません。

3.3 感染研法と一致が確認された試薬品リスト

 2020年3月18日の厚労省事務連絡*14には、次のような記載があります。

今般、行政検査等に用いる遺伝子検査方法について、精度や汎用性のある検査方法を普及する観点から、国立感染症研究所の病原体検出マニュアルに基づく方法(以下、「感 染研法」という。)とメーカー等が提案する遺伝子検査方法の比較結果が、「臨床検体を用いた評価結果が取得された 2019-nCoV 遺 伝子検査方法について(https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/2019-nCoV-17-20200318.pdf)」(厚生労働省健康局結核感染症課・国立感染症研究所)(以下、「検査方法比較結果」という。) として国立感染症研究所のホームページに掲載されました。(中略)感染研法との陽性一致率及び陰性一致率について確認されていることから、行政検査に使用できることを、貴管下の保健所、地方衛生研究所及び行政検査を実施する医療機関等に周知いただきますようお願いいたします。
https://www.mhlw.go.jp/content/000609903.pdf

 「臨床検体を用いた~遺伝子検査方法について」(以下、感染研リストと呼ぶ)に掲載された試薬品は、厚労省通知の「国立感染症研究所が~それに準じたもの」となるようです。ここでの陽性一致率、陰性一致率は「臨床検体(陽性 10 検体、陰性 15 検体)を用い、感染研法との陽性一致率及び陰性一致率を求めた結果」のうち「陽性一致率及び陰性一致率ともに 90%以上」のものです。10検体、15検体の一致率ですので、何を高いとするかにもよりますが、一般的には高い一致率、高い精度を保証する評価試験にはなっていません。

 この感染研リストに掲載されると、行政検査に利用できることは分かりますが、保険適用してよいかは判然としません。

3.4 疑義解釈の厚労省事務連絡

 この問題に対しては、感染研リストに試薬品が掲載されるたびに疑義解釈の事務連絡が発行されるようです。

 例えば、東洋紡の「新型コロナウイルス検査キット SARS-CoV-2 Detection Kit -Multi-」の場合には、2020年8月18日の厚労省事務連絡*15に次のように記載されて、保険適用が可能な検査薬であることが分かります。

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https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/000660370.pdf

4. 未承認品の保険適用は特例措置

 なぜ、このようなことを行っているか?

 コロナのPCR検査の保険適用は、2020年3月6日から開始されました。しかし、この時点では体外診断用医薬品として承認されていた検査薬*16はありませんでした(初めての承認薬は2020年3月27日のシスメックス社の検査キット)。つまり、保険適用を開始しても、検査に使えるメーカー製の検査薬がないという状態です。このため、「緊急性に鑑み」(感染研リスト)、研究試薬を医療保険に適用する特例措置をとったということでしょう。

 現在は承認薬も豊富になっており、感染研リストも2020年10月23日を最後に更新されていません。既に意義を失ったこの特例措置は将来的には廃止されると予想されます。

5. 各メーカーは承認品と未承認を商品化

 各メーカーのホームページを見ても、医薬品として承認された製品と承認されていない研究用試薬を商品化しています。何が違うのでしょうか?

 少なくとも、各メーカーは承認品を製造する能力があるので、承認品と同じ精度の研究用試薬を製造する能力があると思って間違えないです。

 承認品の商品型番を変更すれば、未承認品を作れます(笑)。研究用試薬は、承認遅れがない分、最先端の機能・性能があるのかもしれませんが、どうなんでしょうね?この業界のことは良く知りませんが。

 現在、医療・行政系の検査では承認薬を使っていると推測しますが、保険適用の特例措置を廃止しても、特に問題は起こらないように思います。

 唯一困るのは、「公的医療保険適用の検査薬」という商品のブランド価値がなくなることでしょうか?

(2021/10/1)

関連記事

*1:SB新型コロナウイルス検査センター株式会社ホームページ.

*2:楽天グループ「新型コロナウイルス唾液PCR検査」(個人向け).
楽天グループ「新型コロナウイルス唾液PCR検査キット 企業・団体専用お問い合わせページ」.

*3:木下グループ「新型コロナPCR検査センター」.

*4:読売新聞オンライン「抗原検査キット「承認受けた」と宣伝、初の行政指導…販売業者2社に消費者庁」(2021/3/26).

*5:読売新聞オンライン「診察せずに陰性証明書、医師法違反の可能性…改善求める行政指導」(2021.4.21).

*6:読売新聞オンライン「【独自】「15分で結果分かる」と宣伝、未承認の中国製・抗原検査キットを「診断用」と販売」(2021.9.28).

*7:e-GOV法令検索「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」.

*8:SB新型コロナウイルス検査センター株式会社「当社のPCR検査について」.

*9:楽天市場「新型コロナウイルス唾液PCR検査用キット(通常方式)」.

*10:木下グループ「「木下グループ 新型コロナPCR検査センター」が 検査精度の高い自宅用「PCR検査キット」を販売開始。 厚労省から認可を受けた2種類の検査機器で検査を実施」(2021.4.1).

*11:アズワン株式会社「感染症対策用品パンフレット」.

*12:厚生労働省「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」保医発0305第1号 (2020.3.5).

*13:国立感染症研究所「病原体検出マニュアル 2019―nCoV Ver.2.9.1」(2020.3.19).

*14:厚生労働省事務連絡「新型コロナウイルスに関する行政検査の遺伝子検査方法について」(2020.3.18).

*15:厚生労働省事務連絡「疑義解釈資料の送付について(その 28)」(2020.8.18).

*16:厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の体外診断用医薬品(検査キット)の承認情報」(2021.9.14).

「顔識別」と「顔認証」という専門用語について

 監視カメラを使った犯人捜査に顔同定技術を利用したり、マイナンバーカードの本人認証に顔認証技術を使うなど顔認識技術の普及に伴って、顔認識技術のデジタル利用についての規制が国会でも問題になっています*1

 あまり専門でない人が用語を誤用することも目立つようになり、誤用問題が指摘されています*2

 本稿では、顔技術関連の用語について解説・整理したいと思います。

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1. バイオメトリクスにおける用語

 指紋や顔などの生体情報を使ったバイオメトリクス技術における用語からまずは確認してみましょう。バイオメトリックセキュリティ・ハンドブック*3に定義・解説があります。

1.1 国際標準化における専門用語

 国際標準化委員会(ISO/IEC JTC1/SC37 Biometrics)*4,*5のWorking Groug 1(WG1 Harmonized Biometric Vocabulary)でバイオメトリクスの標準化における専門用語を定義しています。ハンドブックでは、その英語の専門用語の一部を日本語で紹介しています(太字は筆者)。

確認(verification)

 提示されたbiometric sampleと、認証要求しているユーザのテンプレートを比較し、一致しているか否かを決定する処理。一般的には、Aさんと名乗っている人を確かにAさんであると確認することをいう。主体(ユーザやシステムなど)が自ら名乗ったとおりの者であることを証明することであり、識別や照合(検証)を行って、事前に登録している本人であることをシステムが確認することをいう。1対1照合による確認による認証と同定義として使うことが多い。ただし、1対多照合でも利用者(個人)を認証することができるので、識別までを広義に解釈する場合がある。

識別(identification)

 たくさんの人の中からAさんであると判定すること。一般に1:多照合処理をいう。提示されたbiometric sampleに対して、一つのテンプレートと比較するのではなく、データベース全体と比較すること。AFISなどのような識別システムは、類似度の高い人のリスト(candidate list)を返す。

照合(comparison)

 一つの照合データと一つの登録データと比較し、類似度または距離を計算すること。この比較処理については、パターン認識ではmatchingが使われてきたが、SD2ではcomparisonとすることが推奨されている。

1.2 ハンドブックの定義

 認証と識別を次のように定義・解説しています(ハンドブック p.260)。

認証(verification)

 提示されたユーザ名が本当にその人のものであるかどうかを確認すること。検証という場合もある。

識別(identification)

 主に法執行機関が使う利用方法である。つまり、提示されたバイオメトリックサンプルが含まれている可能性の高い包括的なサンプルデータベースが必要となる。このサンプルデータベースが多ければ多いほど、効果的な識別システムとなる。(以下略)

 認証は定義されていますが、識別は定義がされず、解説しかありません(なんだかなぁ)。

1.3 ハンドブックの評価

 このハンドブックでは、comparisonを「照合」と訳したり、verificationの訳語として「確認」「認証」を使っていたりと、読んでいる方は混乱します。

 また、国際標準化の用語は、技術標準を作るための技術のレイヤーの言葉なので、一般的に使える定義ではないです。

 バイオメトリクス分野でさえ「comparison=照合」は使われていません。「comparison」を「照合」と訳すのは誤訳と言っていいレベルです。

2. バイオメトリクスの用語体系

2.1 用語の体系化

 バイオメトリクス技術のアプリケーションレイヤーでの用語は、次のように体系化できます。

  • 認識(recognition)
    • 分類(classification):与えられたデータをカテゴリーに分ける。
    • 照合(matching)
      • 1:1照合:1つの登録データと1つの照会データを比較する。
        • 認証(authentication)、確認(verification):本人の真正性を判定する。
      • 1:N照合:1つの照会データと複数の登録データとを比較し、照会データと一致する登録データを探し出す。
        • 識別・同定(identification):登録データベースに照会し、本人を特定する。

 ここで、アプリケーションレイヤーの用語とは、応用シナリオに基づく名称で、例えば、「顔認識技術を使った本人認証」なら「顔認証」、「指紋認識技術を使った人物同定」なら「指紋識別(指紋同定)」のような感じです。但し、1:1照合、1:N照合は技術レイヤーの用語です。

 技術レイヤーとアプリケーションレイヤーの用語の意味するところは、概ね一致するのですが、例えば、IDカードを併用しない本人認証(例えば、手ぶら顔決済*6 )で使われる技術は、1:N照合して本人同定(本人識別)することで、本人認証(本人確認)します。技術は同定(識別)を用いて、応用は認証(確認)という例です。この場合、顔認証と呼んで構いません。

 また、コンピュータセキュリティでは、「認証(authentication)」の用語が多く使われ、「確認」が一般用語すぎることもあり、日本語では「顔認証」「指紋認証」の用語が使われることが多く、「顔確認」「指紋確認」は使われていません(英語ではface verification, fingerprint verificationの用語も広く使われていますので、訳語としては「認証」がよく用いられます)。

 顔情報を用いた男女識別、人種識別などは、1:1照合も、1:N照合も行わず、技術的には分類(classification)に該当しますが、顔分類という言葉は使用されません。識別(1:N照合)ではありませんが、「識別」という言葉を使うので、用語が混乱する要因になっているかもしれません。

 付録AにJ-GLOBALを用いて文献タイトルの検索を行い、用語の使用状況について調べました。概ね上記のような体系で使われていると思いますが、完全に一致するわけではありません。

2.2 顔認証と顔識別の混乱

 監視カメラからの映像を用いて、予め登録してある人物(社員)と1:N顔照合をする出勤管理に対して、「顔認証」を使っても誤用ではありません。

 しかし、監視カメラの映像を用いて、予め登録してある人物(犯人)と1:N顔照合をする犯人同定に対して、「顔認証」を使ったら誤用です。「顔識別」(あるいは「顔同定」)を使うべきです。

 基本的には、同じ技術を使っても、ユースシナリオによって、「顔認証」と「顔識別」(あるいは「顔同定」)を使い分けなければならないのですが、同じ製品や技術に対して、「顔認証」を使うことがあるので、顔認証と顔識別の用語が混乱することになります。

 本来は、上位概念の「顔照合」や「顔認識」を使うべきなのでしょう。でも、そうはなっていないことが多いので、言葉が乱れます。

 本人認証システムに対して「識別」を使うのは、一応、誤用ということになっていますが、日本語の語義からしたら個人的には微妙かと思っています。もともと「識別↔1:N照合(identification)」とすることが、不適切な対応関係と思います。まずは、「同定↔1:N照合(identification)」を普及させる必要があるのでしょう。しかし、こういう変更もまた混乱の原因になりそうです。(大変)

3. 一般用語の定義

 バイオメトリクスで用いられている専門用語の一般用語としての意味を調べてみます。

3.1 日本語の辞書定義

 先に挙げたバイオメトリクスの技術用語の一般用語としての定義をデジタル大辞泉*7で調べました(一部、省略)。

  • 認識:ある物事を知り、その本質・意義などを理解すること。
  • 分類:事物をその種類・性質・系統などに従って分けること。同類のものをまとめ、いくつかの集まりに区分すること。
  • 照合:照らし合わせて確かめること。
  • 認証:(1) 一定の行為または文書の成立・記載が正当な手続きでなされたことを公の機関が証明すること。(2) コンピューターやネットワークシステムを利用する際に必要な本人確認のこと。通常、ユーザー名やパスワードによってなされる。
  • 確認:はっきり認めること。また、そうであることをはっきりたしかめること。
  • 識別:物事の種類や性質などを見分けること。
  • 同定: 同一であると見きわめること。

3.2 辞書の訳語

 アルクの英辞郎*8から、日英、英日の訳語を見てみます。以下では、バイオメトリクス分野ではあまり使われない、不適切と思われるものは省略しています(太字はバイオメトリクス分野でよく利用されている用語)。

日本語→英語

  • 認識:cognition, recognition
  • 分類:classification
  • 照合:checking, collation, cross-check, verification, matching
  • 認証:authentication, recognition
  • 確認:authentication, confirmation, verification
  • 識別:discrimination, identification, recognition
  • 同定:identification

英語→日本語

  • recognition:識別、認識、認知、認証
  • classification:分類、区分、等級
  • matching:整合、照合、適合、一致、対応
  • authentication:認証、立証、証明、公証、データ確認
  • verification:検証、立証、実証、確認、点検、照合、認証
  • identification:同一であることの確認、識別同定、本人確認、身元確認、身分証明書

 バイオメトリクスの用語としては、識別↔discrimination、同定↔identificationと、1:1の対応になると曖昧さがなく良いと個人的には思っています。また、識別の語義からしても識別↔identificationではなく、識別↔discriminationの方が適していると思います。

  • discrimination:差別、区別、識別、判別

 ただ、英語のdiscriminationが差別の意味があるので、性別識別→gender discrimination、人種識別→ race discriminationとは訳せないのが難点なんですよね(discriminationではなく、classificationを使う)

4. 顔識別の代わりに顔同定を

 fingerprint identification の訳語としては、大昔は「指紋同定」も使われていました。「指紋識別」よりも主流だったと思います(一般使用は「指紋照合」が最もポピュラーだった)。

 「指紋同定」が使われていたのは、もともとの語義もありますが、犯人同定にも由来するのではないかと推測しています。初期の fingerprint identification の応用は、犯罪捜査でしたので、当時の専門家としては「識別」よりも「同定」だったのでしょう。

 「指紋同定」が廃れてしまったのも、犯人同定を連想させ、ネガティブな印象があったからかもしれません。

 昔のパターン認識では identification (1:N照合)の用途が少なく、パターン認識分野では「同定」という言葉があまり使われていなかったと思います。パターン認識の分野の専門家が指紋照合の分野に関わる中で「同定」が「識別」に置き換わった可能性も考えられます。

 今は、犯人同定などを目的に1:N顔照合が使われるのが社会問題になっていることを考えると、「同定」の言葉を復活させ、「顔識別」を「顔同定」と呼ぶようにした方が良いのかもしれません。

 例えば、「顔認識による人物同定(顔同定)」という書き方を普及させて、「顔同定」という言葉の定着を図るとか。

 しかし、既に定着してしまった用語の置き換えは、非常に困難かもしれません。

(2021.9.25)

付録A:J-GLOBALを用いた用語シェア調査

A.1 「同定」「識別」の用語のシェア

 「顔同定」、「顔識別」、「指紋同定」、「指紋識別」の4つの用語について、J-GLOBALの文献検索*9を用いて、文献タイトルの検索を行いました。外国語文献の日本語タイトルは機械翻訳によるものと思われるため、日本語文献のみの方が良いのですが、検索条件の付け方が分かりませんでした。

 J-GLOBALの文献は、「文献」、「タイトルに関連する用語」で絞り込み、最後は目視で日本語文献のみをピックアップしました(見落としがあるかもしれません)。

 以下に示す検索結果の件数は、 (日本語文献/文献タイトルで限定/文献全体/全体)です。

  • "顔同定"(+"同定"):8/131/317/322(8件はすべて同一研究室の発表)
  • "顔識別"(+"顔識別"):48/121/382/584
  • "指紋同定"(+"指紋同定"):8/111/327/333
  • "指紋識別(+"指紋識別"):11/72/287/426

 まとめると、日本語文献における「同定」「識別」のシェアは、以下の表となります。

指紋
同定8 (14%)8 (42%)
識別48 (86%)11(58%)
表A1. 「同定」と「識別」のシェア。


 登録されている論文数が異常に少ないですが、顔同定と顔識別では14%:86%と同定のシェアは小さいです。「顔同定」を使っている8件の論文は、同じ研究室からの発表で昔から指紋照合の研究を行っていた研究室です。指紋はそれに比べると、「同定」のシェアは大きく、指紋同定42%:指紋識別58%となります。

 なお、authenticationであるにも関わらず「識別」を用いている例や identification であるにも関わらず「認証」を用いている例などがありましたが、他の用例を含めて、文献内容を確認したデータ補正は行っていません。

A.2 顔認識技術の用語のシェア

 顔認識技術の用語のシェアをJ-GLOBALを使って同様に調べました。

A.2.1 日本語による検索結果

  • "顔認識"(+"顔認識"):?/7286/13292/14642
  • "顔分類"(+"分類"):1/67/229/253
  • "顔照合"(+"照合"):50/65/102/385
  • "顔認証"(+"顔認証"):?/607/1740/2767
  • "顔確認":0/2/2/5
  • "顔識別"(+"顔識別"):48/121/382/584
  • "顔同定"(+"同定"):8/131/317/322

 顔認識・顔認証も日本語文献だけを抜き出したかったのですが、数が多いため諦めました。しかし、日本語文献だけでも顔認識・顔認証が非常に多いことは確かです。

 日本語タイトルの文献数は、顔認証(多数)>顔照合(50件)>顔識別(48件)>顔同定(8件)>顔分類(1件)>顔確認(0件)です。(顔認識も多いですが、顔認証よりも多いかは不明)

 機械翻訳を含む日本語タイトルの文献数は、顔認識(7286件)>顔認証(607件)>顔同定(131件)>顔識別(121件)>顔分類(67件)>顔照合(65件)>顔確認(2件)です。

 日本語ではほとんど使用されない「顔同定」が多いのは、face identificationの英語タイトルを「顔同定」と機械翻訳している例が多いためです。

 また、研究発表の多さ以外で「顔認証」が多くなる要因としては、次の点があります。

  • 1:1照合のみならず、1:N照合に対しても顔認証の言葉が使われること
  • 機械翻訳でface recognitionを顔認証と訳すことがあること

A.2.2 英語による検索結果

  • "face recognition" (+"face"+"recognition"):0/477/12792/12994
  • "face classification" (+"face"+"classification"):0/5/337/348
  • "face matching" (+"face"+"matching"):0/4/375/389
  • "face authentication"(+"face"+"authentication"):0/8/736/749
  • "face verification" (+"face"+"verification") :0/7/582/584
  • "face identification" (+"face"+"identification"):0/26/651/683
  • "face discrimination" (+"face"+"dicrimination"):0/4/109/109/122

 タイトル絞り込み後の文献数の順位は、face recognition(477件)>face identification(26件)>face authentication(8件)>face verification(7件)>face classification(5件)>face matching(4件)、face discrimination(4件)で、圧倒的にface recognitionの用語が多く、頻繁に使われる言葉となっています。研究内容が、顔照合・顔認証・顔同定などではない、あるいは、これらの応用に限られないために汎用的な用語であるface recognitionという言葉を使っているためでしょう。日本語の「認識」以上に "recognition" の選好があるのかもしれません。

 なお、face discriminationの4件中3件は、日本人著者による英語文献でした。

A.2.3 日本は「顔認証」を好んで使う

 主な用語について、文献数を表にまとめました。日本語の文献数は、外国語文献タイトルの機械翻訳による文献数も含みます。

認識照合1:1照合1:N照合
英語face recognition
(477件)
face matching
(4件)
face authentication(8件)
+face verification(7件)
(計15件)
face identification
(26件)
日本語顔認識
(7286件)
顔照合
(65件)
顔認証(607件)
+顔確認(2件)
(計609件)
顔同定(131件)
+顔識別(121件)
(計252件)
表A2. 顔関連の文献数。


 機械翻訳や研究動向の影響もあるとは思いますが、その影響を除いても、日本では、(1:1照合のみならず、1:N照合を表す言葉としても)「顔認証」を好んで使っているようです。

関連ツイート

・Hiromitsu Takagiさんのツイート(2021.5.13)

【コロナ】公的病院は補助金バブル

 コロナ対応のために多額の補助金が病院に交付されているそうです。

 財務諸表が公開されているいくつかの公的な病院について調べてみました。コロナ対応のための使い切れないほどの補助金が交付され、コロナ禍でも、増収、そして大幅な増益です。

 まさに補助金バブルです。

1. 調査対象

 以下の病院グループについて調べました。

  • 新型インフルエンザ特措法の指定公共機関の5法人*1
    • 独立行政法人:国立病院機構、地域医療機能推進機構(JCHO)、労働者健康安全機構(労災病院)、国立国際医療研究センター
    • 公共的機関:日本赤十字社
  • 東京都病院事業(都立病院)、神奈川県立病院機構

 それぞれの法人の財務諸表はネット上に公開されています。

 他の公的病院や民間病院もいくつか調べてみたのですが、財務諸表を公表していないところが多いようです。

2. 財務状況

2.1 財務状況の推移

 2014年度~2020年度までの財務諸表から、補助金、経常利益、純利益、経常収益を抜き出した結果が以下の表です。

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表1. 2014年度~2020年度の補助金・収益・利益の推移。

注1:日本赤十字社は2015年度以降の決算をネット公開。また、2019年度に会計報告の形式が変更されています。このため、2019年度・2020年度と同じ基準の2015年度~2018年度の補助金は不明となっています。
注2:法人によっては、本業以外の会計処理などが経常利益に影響を与えることがあるため注意が必要です。例えば、日本十字社の場合、2020年度の経常利益(日赤の会計では「当期経常増減額」)は、年金資産運用利回りや退職一時金の会計変更が反映され、548億円の経常費用減少で経常利益の増益要因となっています*2。労働者健康安全機構の場合、2016年度の退職給付費用が、前後の年度に対して30億円~110億円の変動要因となっています。その他の法人についても、特殊要因によって大きく増減している可能性があります(特に純利益は、本業以外の特殊要因の影響を受けます)。

 経常収益に対する補助金率と経常利益率の年次推移を図1、図2に示します。図からも明らかなように、2020年にコロナ対策のために多額の補助金が交付され、その影響を受けて、経常利益が大幅に上昇していることが分かります。

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図1. 補助金率の推移。
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図2. 経常利益率の推移。

2.2 コロナ補助金3231億円、増収1682億円

 表2に経常収益とコロナ補助金についてまとめました。ここで、コロナ補助金は、2020年度補助金から、2014年度から2019年の6年間の補助金平均を引いた値から推定しています。

 国立病院機構の場合、この計算方法で推定した補助金額は1139億円、財務諸表のコロナの名称が付いた補助金の積み上げで計算した補助金は1118億円となり、21億円、2%の過大推定になっています。神奈川県立病院機構の場合、推定値は78.9億円、積上げ値は77.0~77.5億円で、2%の過大推定です(神奈川県立病院機構の積み上げ値の下限値はコロナの名称が付いた補助金額、上限値は下限値にコロナ関連と思われる補助金を加えた金額)。他の法人については、必ずしも補助金明細が開示されていない、開示されていても分別が困難なことが多いため、積み上げ値を算出していません。また、2019年度にもコロナ関連の補助金が交付されている場合がありますが、僅かな額で、推定値に与える影響は1%未満と思われます。

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表2. 2020年度の経常収益の増減額(対前年度)。
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図3. 2020年度の経常収益の増減額(対前年度)。


 表2を見ると、①の経常収益(病院の収入)は、国立国際医療研究センターを除く各法人は大幅減収ですが、②のコロナ補助金により、大幅な増収になっています。7法人全体では、補助金なしでは減収1549億円ですが、コロナ補助金3231億円の収入によって1682億円の増収となっています。

2.3 増益2461億円

 表3に経常利益の増減についてまとめました。前年度の経常利益は、国立病院機構、地域医療機能推進機構、国立国際医療研究センターが黒字、残り4法人は赤字です。7法人合計額では、194億円の経常赤字です。一方、2020年度の経常利益は2267億円の黒字、前年度の194億円の赤字から2461億円の増益となっています。但し、コロナ補助金が無ければ、770億円の減益、964億円の経常赤字です。コロナ補助金によって、大幅な黒字決算となりました。

 日本赤十字社の特殊要因による利益増548億円を除くと、2461億円の経常利益の増益ではなく、1913億円の増益となります。その他の法人についても特殊要因の利益や損失があると思いますが、極端に大きなものはないと思います。

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表3. 2020年度の経常利益の増減額(対前年度)

注:2020年度の日本赤十字社の経常利益は、退職給付会計の会計処理による548億円の増益要因の影響を受けている。

3. 余った補助金は返納すべき

 コロナへの対応のための補助金として、2020年度に3000億円を超えるコロナ補助金が7法人に支出されています。国としては、公的病院にコロナ対応を担って貰いたいから、「お金のことは心配せずにやってくれ!」と多額の補助金を交付したのでしょう。必要な費用の見積もりは難しい状況でしたので、多めに補助金を交付することは、それはそれで構わないと思います。

 しかし、コロナ対応の補助金によって約2000億円の増益になり、利益を法人資産に算入することは適正と言えるのでしょうか?

 余った多額の補助金は返納すべきです。

(2021/9/17)

(2021/9/24 追記)
 AERAにJCHOの財務諸表に基づく記事がでました(私の記事じゃない)。
吉崎洋夫「【独自】尾身理事長の医療法人がコロナ補助金などで311億円以上の収益増、有価証券運用は130億円も増加」AERAdot. (2021.9.24).

(2021/10/11 追記)
 日経新聞がコロナ補助金での病院黒字を報じました。財務省の分析です。
日本経済新聞「コロナ補助金で病院黒字拡大 効果検証にデータ不足の声」(2021.10.11).

関連記事

【コロナ】国立病院機構は火事場泥棒してないか? - 時事随想

付録:各法人の補助金と経常利益の推移

 各法人の補助金と経常利益の推移をグラフにしました。

 コロナ前は、都立病院(東京都病院事業)や神奈川県立病院機構の補助金率0.15~0.29%と非常に補助金率が低い法人から、地域医療機能推進機構の補助金率0.31~0.51%、国立病院機構の補助金率0.41~1.16%、国立国際医療研究センターの補助金率1.55~3.0%(2014年度のみ0.05%)、労働者健康安全機構の補助金率3.16~3.95%と様々です(表1参照)。

 しかし、コロナ禍の2020年度は、経常収益の9.34~16.85%の補助金を得ることになります。その大部分は、コロナ対応のための補助金です。

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【コロナ】国立病院機構は火事場泥棒してないか?

 コロナ禍の中、業績好調の病院グループがあります。それは国立病院機構です。

 なぜ好業績なのか?理由は簡単です。多額の補助金がでているからです。

 本稿では国立病院機構のコロナ対策補助金について述べますが、要旨を簡単にいうと以下となります。

  • 国立病院機構にはコロナ補助金が1118億円支出された。
  • コロナ禍の減収を補填をしてもなお、576億円の経常利益があった。
  • 400億円以上の特別損失を計上して、96億円の純利益となった。
  • 96億円の純利益は機構の純資産に算入した。

 以下、詳しく説明します。

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(写真は国立病院機構のホームページより引用)

1. 経常利益576億円、純利益96億円

 まずは、国立病院機構の財務諸表*1から業績推移を見てみましょう。

 2020年度は576億円の経常利益、96億円の純利益と好業績です。

 はて?コロナ禍でなんで?

  • なぜコロナ禍で経常利益576億円にもなった?
  • なぜ経常利益576億円が純利益に96億円になった?
2014201520162017201820192020
経常利益(億円) 149 7 -68 -22 84 23 576
当期純利益(億円)117 13 -161 -80 18 -42 96
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図1. 国立病院機構の利益推移。


2. コロナ補助金は1118億円

 国立病院機構には、コロナ対策のための1000億円を超える多額の補助金が交付されています。補助金リストは、国立病院機構の財務諸表に記載されています。

f:id:toranosuke_blog:20210909185923j:plain:w200 f:id:toranosuke_blog:20210909185926j:plain:w200 f:id:toranosuke_blog:20210909190002j:plain:w200


 2020年度の財務諸表からコロナの名前が付いた補助金を抜き出すと、以下となります。 コロナの名前の付いた補助金は1118億円になります。総額は1210億円です。

 2019年度の補助金総額は118億円。2020年度の補助金総額1210億円とコロナ補助金1118億円の差は92億円で、前年度の補助金と同程度になっていす。2020年度のコロナの冠が付かない補助金の名称を見てもコロナ関連の補助金にはコロナの名称を付けているようです。

f:id:toranosuke_blog:20210910105400j:plain 図2. 国立病院機構へのコロナの名称の付いた補助金。

3. 補助金で減収補填400億円

 詳細をみていきましょう。ここでは、国立病院機構の事業の98%を占める「診療業務」事業について、2019年度と2020年度の損益計算書を比較します。

f:id:toranosuke_blog:20210910114139j:plain:w250
2019年度収入(9969億円)
f:id:toranosuke_blog:20210910114157j:plain:w250
2020年度収入(1兆551億円)
f:id:toranosuke_blog:20210910114154j:plain:w250
2019年度支出(9833億円)
f:id:toranosuke_blog:20210910114152j:plain:w250
2020年度支出(9860億円)

 主な項目をまとめると、

2019年度2020年度差分
① 総収入 996910551582
  ② 補助金収入541045991
  ③ 補助金以外の収入(=①-②)99159506-409
④ 総支出 9833986027
⑤ 損益(=①-④) 136 691555
  ⑥ 補助金なしの場合の損益(=③-④) 82 -354-436
表1. 国立病院機構の損益(診療業務)。


 補助金なしでは、-354億円の赤字の診療業務ですが、補助金を入れることで691億円の黒字事業に転換しています。また、2019年度比で436億円の損益の悪化は、1000億円の補助金により、555億円に改善したことになります。

 損益計算書では分離されていませんが、2020年度の損益は、コロナ事業の損益と非コロナ事業の損益で構成されるはずです。コロナ患者受入に対する診療報酬で利益が上げられるならば*2、非コロナ事業の利益は、補助金なしの場合-354億円よりも赤字幅が大きくなり、2019年度比では、非コロナ事業の損益の悪化は、-436億円以上と考えれます。

 簡単に言えば、1000億円の補助金により、非コロナ事業の400億円以上の損失補填をしてもなお、500億円以上の利益が出ていることです。

4. 特別損失の補填は400億円

 機構全体での経常利益576億円が当期純利益96億円となるのは、当期純利益は経常利益に対して特別損益を加えたものだからです。

 2020年度の経常利益、特別損益、当期利益を図3に示します。

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図3. 2020年度の経常利益と特別損益、当期利益。


 経常利益は576億円、特別利益(臨時利益)は6億円、特別損失(臨時損失)は486億円となり、当期利益が96億円となっています。

 特別損失486億円の大部分を占めるのは、「その他臨時損失」の440億円です。「その他臨時損失」の内訳は以下の通りです。

f:id:toranosuke_blog:20210910144439j:plain
図4. 「その他臨時損失」の内訳。

 突出しているのは、「①運営費交付金皆減に伴う退職給付引当金見返取崩額」の424億円の特別損失です。

 これは、2019年の独立行政法人の会計基準改訂に伴い発生した退職給付引当金に関連する特別損失ですが(付録A参照)、コロナ補助金で補填する類のものではありません。

5. 96億円の利益は機構の純資産になる

 国立病院機構は非課税団体なので、純利益がそのまま純資産に算入されます。

 2020年度会計では純資産である繰越欠損金の136億円を96億円で相殺し、40億円に減額しています。

6. なぜ目的外使用ができるのか?

 補助金は、その使用目的により、2つに大別できます。

  • 使用目的が限定される補助金
  • 組織の運営費として交付される補助金(使用目的が限定されない)

 コロナ名目の補助金が減収や特別損失の補填に使われているということは、名目はコロナであるが、運営費として使用してよい部分があるということです。おそらく、図2で「収益計上」されている部分が運営費に組み込まれ、機構が自由に使えるお金にマネーロンダリングされていると思われます。

 ここで疑問なのは、次の2点です。

  • 交付されたコロナ補助金は使用目的が限定された補助金なのか?
  • 使用目的が限定されないとしても、減収や特別損失の補填に使うことは適切か?

6.1 コロナ補助金の使用目的は限定されているのか?

 使用目的が限定されている補助金であれば、使用目的外に用いることは違法で、補助金適正化法11条違反になると思われます*3。また、未使用のお金は国庫へ返納すべきです。

 財務諸表の記載ですので「正しい」会計処理がされているはずですが、このような会計処理が本当に適正な会計処理なのでしょうか?

 コロナ補助金の大部分を減収補填、損失補填に使い、残ったお金を利益として機構の純資産に組み込むことは許されることなのでしょうか?

6.2 減収補填や損失補填に流用してよいのか?

 補助金が収益としてプールされてしまえば、そのプールからの支出の原資が何かは分かりません。このため、コロナ補助金が、直ちに減収補填や損失補填に使われたということはできません。しかし、1118億円の多額の補助金の全てを本当にコロナ目的に使用したのでしょうか?

 仮に非コロナ事業の減収への補填は機構の経営維持のためには必要な補助金としましょう。民間病院では、減収に対して賃金カットなどで対応している場合もあるし*4、場合によっては倒産しています*5。民間病院には減収補填のための補助金が支払われているのでしょうか?民間病院へも国立病院機構と同様に減収補填をする必要があるのではないでしょうか?

 民間病院への減収補填は他の業界にも波及しますので、国としてはできないことかもしれません。そうであるならば、独立行政法人である国立病院機構への減収補填もすべきではありません。仮に経営的に問題が生じる場合には、その存在意義に鑑みて、経営健全化のために国費を投入することも必要かもしれませんが、国立病院機構はそのような経営状況にはありません。国立病院機構は純資産も多く、現預金・有価証券で1700億円あり、経営的には問題ないはずです。

 また、退職給付引当金に伴う損失をコロナ名目の補助金で補填することは適切なことでしょうか?もし必要なら、国費から損失補填の名目で正々堂々と補助金を交付すべきです。

6.3 補助金は公衆衛生危機への対応のため

 国立病院機構に多額のコロナ補助金が交付されるのは、その補助金によって「公衆衛生上重大な危害が生じ、若しくは生じるおそれがある緊急の事態に対処するため」(国立病院機構法21条*6 )ではありませんか?国立病院機構のコロナ病床は5%と言われています*7。十分な受入れ数なのでしょうか?補助金に見合った活動をしていると言えるのでしょうか?

7. 国立病院機構は火事場泥棒

 コロナ名目の補助金が、減収補填や損失補填に使われていることは明らかでしょう。前者はまだしも、後者はどう理屈をつけてもコロナ対策ではありません。機構が持つ純資産から処分すべき性格のものではないでしょうか?

 たとえ特別損失の補填のために国が補助金を交付する必要があったとしても、正々堂々と損失補填のための補助金として交付すべきです。

 コロナ名目の補助金を損失補填に注ぎ込むことは、私には、国立病院機構が火事場泥棒をしているようにしか見えません。

(2021/9/11)

(追記)
 多額の経常利益を当期利益に反映させると世間の批判を浴びるから、利益を打ち消すように特別損失を出した、そして、(退職給付のための)運営交付金の受取は止める、ということなのかもしれません。本来は受け取れるはずだった運営交付金であるならば、一種の国庫返納になりますが、やはり適正な処理とは思えません。

(追記)
 JCHOについてもまとめました(付録B)。

関連記事

【コロナ】公的病院は補助金バブル - 時事随想

付録A:退職給付引当金に伴う特別損失

 独立行政法人の会計は詳しくないので間違っているかもしれませんが、財務諸表を辿っていくと次のような会計処理がなされたものと思われます。

A.1 2019年度の会計基準改訂に伴う会計処理の変更

 独立行政法人の会計基準改訂に伴い、国立病院機構においても退職金引当金の会計処理が変更されました。

(会計方針の変更)
 退職一時金のうち、運営交付金により財源措置される部分については、前事業年度まで引当金を計上しておりませんでしたが、独立行政法人会計基準等の改訂により、当事業年度より、当事業年度末における退職給付債務を退職給付引当金として計上するとともに、退職給付引当金と同額を退職給付引当金見返として計上しております。
 これからが経常利益、当期純利益及び当期総利益に与える影響はありません。
(2020年度国立病院機構財務諸表)

 つまり、貸借対照表の資産に「退職給付引当金見返」、負債に「退職給付引当金」を同時に計上します。「退職給付引当金見返」は、運営交付金で将来収入となるはずのお金で債権のような扱いということなのでしょう。

 実際、2019年度の貸借対照表では、2018年度にはなかった「退職給付引当金見返」の項目が資産側に作られ525億円が計上されています。負債側の退職給付引当金は、2018年度の2618億円から2019年度の3132億円と514億円増で計上されています。525億円が引当金に計上され、11億円の差分は変動分と思われます。

 また、損益計算書には、臨時利益として「退職給付引当金見返に係る収益」、臨時損失として「会計基準改訂に伴う退職給付費用」に同額の594億円が計上されています。

 損益計算書の594億円と貸借対照表の退職給付金引当見返525億円の間の69億円の差額の理由は理解できていません。

A.2 2020年度会計における退職給付引当金見返の減損処理

 「運営費交付金皆減に伴う退職給付引当金見返取崩額」の424億円が特別損失として計上されています。退職給付のための運営費交付金がゼロになったために、貸借対照表の「退職給付引当金見返」の資産価値がなくなったことによる減損処理と思われます。2020年度の退職給付引当金見返は36億円になっています。

 2019年度の525億円から424億円を引くと101億円ですが、36億円との差分の理由は理解できていません。

付録B:地域医療機能推進機構(JCHO)の場合

 地域医療機能推進機構(JCHO)は、国立病院機構と同様にその設置法により、公衆衛生危機への対応が義務付けられています*8。JCHOに対しても多額のコロナ補助金が交付されています。財務諸表*9からを検証したいと思います。

B.1 JCHOへの補助金は350億円

 JCHOでは、コロナの名称のついた補助金は232億円ですが、「〔北海道外1都2府14県〕病床確保推進事業に係る補助金」の104億円のように明らかにコロナ対応目的の補助金も多いので、あくまで参考の数字です。

 JCHOの補助金は、2019年度が19億円、2020年度が368億円です。その差349億円前後がコロナ対応のための補助金と考えられます。

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JCHOのコロナの名称の付いた補助金。

B.2 経常利益213億円、当期利益201億円

 JCHOは黒字経営で経常利益は50億円弱で推移しており、純利益も初年度を除けばプラス、2017年度~2019年度は20~30億円での推移です。

 2014年の当期利益の60億円の赤字は、設立初年度の賞与関連の特殊事由による特別損失100億円が原因で経営的に問題があって発生しているものではありません。

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JCHOの利益推移。

B.3 減収は160億円以上

 非コロナ事業の減収は、③の差分を考えると、167億円以上となります。一方、コロナ事業の増収ではカバーしきれていません。補助金がない場合には、2019年度と比べて、178億円の収益の悪化となっています。コロナ事業は黒字であるはずなので、非コロナ事業の減収・減益が全体としての減益要因です。非コロナ事業の減収を約350億円の補助金によって補填して、200億円の利益となっていると言えます。

2019年度2020年度差分
① 総収入 37553937182
  ② 補助金収入19368349
  ③ 補助金以外の収入(=①-②)37363569-167
④ 総支出 3713372411
⑤ 収益(=①-④) 42213171
  ⑥ 補助金なしの場合の収益(=③-④) 23-155-178
JCHOの損益。

B.4 201億円の利益は利益剰余金

 201億円の利益は、利益剰余金として純資産に算入されています。利益剰余金は前期の32億円から233億円に増えます。

 なお、JCHOは純資産は4754億円、総資産5805億円で、自己資本比率82%、無借金で貸借対照表で見る分には経営状態は非常に良好です。

B.5 JCHOもボッタクリ

 JCHOは経営状態も良く、国立病院機構ほどえげつないことはしていませんが、補助金の1/3は利益剰余金として蓄財しています。

 先頭になって公衆衛生危機への対応をしていればまだしも、受け入れるコロナ患者がわずかでは、ボッタクリと言わざるを得ません。

*1:国立病院機構「財務諸表」.

*2:コロナ患者受入に対する診療報酬が低くて、患者を受け入れれば受け入れるほど損益が悪化するということはないと思いますが、もしそうであれば、制度設計がどこか間違っています。

*3:e-gov法令検索「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」.

第十一条 補助事業者等は、法令の定並びに補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件その他法令に基く各省各庁の長の処分に従い、善良な管理者の注意をもつて補助事業等を行わなければならず、いやしくも補助金等の他の用途への使用をしてはならない

*4:朝日新聞DIGITAL「4割が冬の賞与カット コロナ受け入れ病院、待遇は悪化」(2021.2.16).

*5:毎日新聞「コロナ患者受け入れ病院倒産 全国初 「外来」減少で経営悪化」(2021.8.27).

*6:e-gov法令検索「独立行政法人国立病院機構法」.

(緊急の必要がある場合の厚生労働大臣の要求)
第二十一条 厚生労働大臣は、災害が発生し、若しくはまさに発生しようとしている事態又は公衆衛生上重大な危害が生じ、若しくは生じるおそれがある緊急の事態に対処するため必要があると認めるときは、機構に対し、第十五条第一項第一号又は第二号の業務のうち必要な業務の実施を求めることができる。
2 機構は、厚生労働大臣から前項の規定による求めがあったときは、正当な理由がない限り、その求めに応じなければならない。

*7:松浦新「「コロナ病床5%」旧国立・社保庁197病院への疑問 法律あっても病床確保は厚労相のお願いベース」東洋経済ONLINE (2021.8.23).

*8:e-gov法令検索「独立行政法人地域医療機能推進機構法」.

*9:地域医療機能推進機構「財務諸表」

【コロナ】移動式の環境ウィルス収集装置

 室内空気検査と唾液プール採取を考えていたときに、思いついた空気中のウィルスを収集する装置です。

 基本的なアイデアは、簡単です。掃除機にウィルス収集フィルタを付けるだけ。

1. ウィルス集装置の構造

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  • ULPAフィルタ*1を持つ掃除機
     医療用掃除機。ULPAフィルタは、HEPAよりも高性能。
  • ウィルス収集用フィルタとホルダー
     不織布などで作ったウィルス収集フィルタ。ウィルス収集ホーンと掃除機のホースの間に取り付ける。
  • ウィルス収集ホーン:メガフォン状のもの。

2. 市販品で作る

 市販品を流用するなら、掃除機のホースとフィルタフォルダとメガフォンを接着すればよい。大きさがぴったりでないと思うので、接着は大変かも(汗)。

 掃除機のホースの口に不織布を巻き付けるとか、掃除機の紙パックに不織布を仕込むとかで十分かもしれないけど。

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ULPAフィルタ付き掃除機(バイオクリーナーCF-N1030)

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カメラ用のフィルタマウンタとフィルタホルダー

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ウィルス収集ホーン

3. 使い方

① 室内空気中のウィルスを収集する。

② ウィルス収集ホーンにしゃべったり、飛沫を飛ばして、被験者のウィルスを収集する。

 この装置は、複数の被験者のウィルスを非接触で収集する方法として思いつきましたが、コットンロールなどで個々の被験者の唾液検体を採取した方が良さそうなので、ボツとなりました(涙)。

4. まとめ

 移動式の環境ウィルス収集装置。使用するシチュエーションが、なかなか思いつかないですが、一応、書いておきました。誰かが使い方を思いつく...わけないか。

(2020/11/6)

関連記事

*1:ULPA Filter:Ultra Low Penetration Air Filter. ウィキペディア, "ULPA".

【コロナ】唾液プール採取による低価格な集団検査法

 前回記事の室内空気の検査方法に引き続き、社会的検査のための低価格な集団検査法について述べます。

 プール法という検体を混ぜて検査する方法がありますが、今回のアイデアは、個別検体の陽性判定を諦めることで、採取時点で検体を混ぜ合せて(プールし)、採取の簡便化・低価格化を図ろうとするものです。

 例えば、学校の生徒の唾液採取の例で説明します。

1. 唾液のプール採取

① 生徒に唾液吸収パッドを配布し、各自で唾液を採取する。

 例えば、次のものを用いる。

  • 脱脂綿ロール
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(メディコムのコットンロールの場合、直径10mm×30mm, 0.75円/個)


  • Oasis Diagnostics社のPureSAL*1の吸収パッド部の素材のもの
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② 吸収パッドを集める。

 吸収パッドを収集袋や収集ボックスに入れる。

③ 集めたパッドをまとめて、圧搾機で唾液を抽出し、検体とする。

  • (冷蔵保存・冷蔵輸送が可能な場合)この工程は、検査機関で行う。
  • 検体に薬品を入れてから輸送する場合、学校側で行う必要がある。

④ 唾液検体をPCR検査する。

 検査機関において、PCR検査する。

2. 唾液プール法の精度

 例えば、32名の生徒の検体をまとめてPCR検査すると、一人当たり 1/32=1/25 のウィルス濃度となります。この濃度で検査すると、PCRのCt 値が+5しないと検出できないことになります。陽性判定のCt値が40であるとすれば、もともとの陽性者がCt=35で検出できるウィルス量があれば、プール検体でも陽性となることが期待できます。

3. 検査コスト

  • 吸収パッド:脱脂綿ロールの場合、1個1円程度なので、32名で50円未満。
  • 配送料:5000円~10,000円程度*2
  • PCR検査費:2,000円(+圧搾費用)

 従って、一人当たりの検査単価は、220円~380円となり、一人ひとり一般的なPCR検査を行う場合を10,000円とすると1/30~1/50程度の費用、唾液PCRの2000円と比較すると1/5~1/10程度の費用となります。 (学校全体で一括配送できる場合、学校規模によりますが、約100円程度のコストとなることが期待できます)

4. 留意点

  • 圧搾機の開発、及び、衛生管理が必要
     Oasis社の場合は、1検体のみなので、注射器のように唾液を圧搾抽出するが、これを複数検体で行えるようにする。
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Oasis社PureSalの唾液の圧搾抽出

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大きな注射器

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調理用圧搾機の例

  • コットンロールを飲み込むなどの事故を起こすような被験者(高齢者、幼児)には、介助者が必要。

5. まとめ

 唾液プール採取による低価格な集団ウィルス検査法について考えました。

  • 検査コストは、一般的なPCR検査に比較して、最大で1/100まで低減の可能性。
  • 室内空気検査法に比べると、
    • ウィルス検出精度は高い。
    • 被験者を特定できる(室内空気検査では在室者の特定が難しい)。
    • 被験者一人ひとりの唾液を採取・収集するので手間がかかる。
  • 抗原検査で発生する偽陽性問題は、基本的に発生しない。

 社会的検査が、実質的に陽性者が存在しないことを確認する検査となっていれば、このようなプール検体採取でも十分と思います。但し、集団検査で陽性となった場合には、ここの被験者の検体の再採取が必要となります。

(2020/11/5)

関連記事

【コロナ】室内空気のウィルス検査による定期的な社会的検査 - 時事随想

(2021/9/18 追記) 1年経ってドイツでキャンディ方式が試験実施されました。ほとんど唾液プール法と同じですかね。

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