「彼」「彼ら」が男性を示す言葉になっていて、いろいろと不便という話を耳にしました。
確かに「彼ら」は不便ですよね。本当は、男性・女性に限らない集団を指すのに「彼ら」でもいいとは思うのですが、誤解を避けるためには「彼ら、彼女ら」というまどろっこしい言い回しが必要になります。
それで、「かれ」に対する代替案はないかという話になります。調べてみました。
1. かれ、あれ、これ、それ、どれ
もともと、「か」「こ」「あ」「そ」「ど」に意味があって、その派生として様々な言葉が出来ています。
例えば、
- あ:あれ、あれら、あの、あっち、あちら、あんな、あいつ、あやつ、あなた、あこ
- こ:これ、これら、この、こっち、こちら、こんな、こいつ、こやつ、こなた、ここ
- そ:それ、それら、その、そっち、そちら、そんな、そいつ、そやつ、そなた、そこ
- ど:どれ、 ー 、どの、どっち、どちら、どんな、どいつ、どやつ、どなた、どこ
- か:かれ、かれら、かの、 - 、 ー 、 ー 、かいつ、かやつ、かなた、かこ
なんとなく、辞書を引かなくても、「あ」「こ」「そ」「ど」は分かりますよね。
- あ:遠いところにある (遠称)
- こ:近いところにある (自分の側にある)(近称)
- そ:相手の側にある (中称)
- ど:疑問 (不定称)
昔の遠称は「か」で、時代とともに遠称として「あ」が使われるようになったようです。「かなた」は確かに遠いところを指しますね。「かいつ、かやつ、かこ」はもはや使わず、「かの」も、「かの人」「かの国」「かの岸」などで稀に使うだけなので、私などは「か」を直感的にイメージできなくなっています。
かれ、あれ、これ、それ、どれ、について辞書で調べた結果を付録Aに示します。
「あこ」「かこ」「かいつ」という言葉は知りませんでしたが、あるみたいです(付録B)。
2. 「かれ」が男性代名詞になったのは明治から
デジタル大辞泉の「かれ」の説明を読むと、明治時代までは男女の区別なく用いていて、西欧語の三人称男性代名詞の訳語として用いたところから、専ら男性を指すようになってしまったようです。
he を「かのおとこ(彼の男)」、sheを「かのおんな(彼の女)」とかに訳しておけばよかったのかもしれません(が、長たらしいか)。
3. 代替案は?
「か」=「あ」ですので、「かれ」→「あれ」、「かれら」→「あれら」で語源的にはOKです。
でも、実際には、ちょっと無理がありそうです。
難しいですね。
(2021.10.6)
(2021.10.15 追記)
「「她」という字の文化史 中国語女性代名詞の誕生」という本が発行されました。中国語の「她(かのじょ)」という字も、英語の"she"の翻訳の困難から始まるとのこと。日本と同じ悩みを「她」という字を使うことで解決したのでしょうね。
黄 興濤 (著), 孫 鹿 (翻訳)
「「她」という字の文化史 中国語女性代名詞の誕生」
汲古書院
(2021/10/7)
文字を創作するのは、ナイスアイデア!
— 天祐虎之助@防疫体制を強化せよ (@TenyuToranosuke) 2021年10月9日
明治の翻訳に必要だったのは、これだ。
どうせ紙の文章としての翻訳なのだから、
he→彼(かれ)
she→女皮(かれ) (←あくまでも例示)
と訳しておけば、「かれ」は古来からの男女共用の言葉のまま居続けたのだろう。残念。 https://t.co/1pJuDz1ylD
付録A:かれ、あれ、これ、それ、どれの辞書の説明
デジタル大辞泉*1の説明を引用します(一部、省略)。
かれ
かれ【彼】 【一】[代] 1 男性をさす三人称の人代名詞。あの男。西欧語の三人称男性代名詞の訳語。 「彼は君の弟かい」⇔彼女。 2 三人称の人代名詞。明治時代まで男女の区別なく用いた。あの人。あれ。 「余はエリスを忘れざりき、否、—は日毎に書(ふみ)を寄せしかばえ忘れざりき」 〈鴎外・舞姫〉 3 二人称の人代名詞。あなた。おまえ。 「—は、なむぞの人ぞ」〈宇津保・俊蔭〉 4 遠称の指示代名詞。あの物。あれ。 「吾(あ)が思(も)ふ君がみ船かも—」〈万・四〇四五〉 【二】[名]恋人である男性。彼氏。「彼ができる」⇔彼女。
あれ
あれ【▽彼】 1 遠称の指示代名詞。 ㋐第三者が持っている物、または、話し手・聞き手の双方に見えている物を さす。あのもの。「彼は何だ」「彼が欲しい」 ㋑双方に見えている場所をさす。あそこ。 「—に見えるは茶摘みじゃないか」〈文部省唱歌・茶摘〉 ㋒双方が知っている過去の事柄をさす。例のこと。 「彼は忘れられない出来事だ」「彼以来からだのぐあいが悪くってねえ」 2 三人称の人代名詞。双方に見えている人、分かっている人をさす。あの人。 「彼が君の妹か」 3 二人称の人代名詞。あなた。 「—は何する僧ぞと尋ねらるるに」〈宇治拾遺・一〉
これ
これ【×此れ/▽是/×之/▽維/×惟】 1 近称の指示代名詞。 ㋐話し手が持っている物、または、話し手のそばにある物をさす。このもの。 「—は父の形見の品です」「—を片付けてください」 ㋑話し手が、いま話題にしたばかりの事物などをさす。このこと。このもの。 「全世界の平和。—が私の切なる願いだ」 ㋒話し手が当面している事柄をさす。このこと。 「—を仕上げてから食事にしよう」「—は困ったことだ」 ㋓話し手の現にいる場所をさす。ここ。「—へどうぞ」 ㋔話し手が存在している時をさす。今。「—から出かけるところです」 ㋕話し手のすぐそばにいる親しい人をさす。現代では多く、自分の身内をいう。 「—が僕のフィアンセです」 ㋖《漢文の「之」「是」などの訓読から》判断の対象を強調してさす。 「…とは—いかに」「—すなわち」 2 一人称の人代名詞。話し手が自分自身をさす。わたし。 「—は河内の国交野郡(かたのごほり)、禁野の雉領にすまひする者でござある」 〈虎清狂・禁野〉
それ
それ【×其れ】 1 中称の指示代名詞。 ㋐聞き手が持っている物、または、聞き手のそばにある物をさす。そのもの。 「ちょっと其れを見せてください」 ㋑聞き手がいま話題にしたばかりの事物などをさす。そのこと。そのもの。 「其れはいつの話ですか」「ああ、其れならお隣です」 ㋒聞き手が当面している事柄をさす。そのこと。 「其れが済んだら、早く寝なさいよ」 ㋓親しい関係にある聞き手のそばにいる人をさす。その人。 「へえ、其れがおまえの兄貴か」 ㋔聞き手が現にいる場所をさす。そこ。 「そなたは—にお待ちやれ」〈虎明狂・今参〉 2 二人称の人代名詞。聞き手に対する敬意をこめて用いる。あなた。 「—はさこそおぼすらめども、己は…とは思ひ侍らず」〈徒然・一四一〉
どれ
どれ【▽何れ】 [代]不定称の指示代名詞。 1 限定されたものの中から選び出すものをさす。どのこと。どのもの。 「テーマを何れにしようか迷う」「何れでも好きなのを選びなさい」 2 不明・不特定の場所をさす。どこ。 「—から—への御出でござあるぞ」〈虎清狂・禁野〉 3 不特定の人をさす。だれ。 「—ぞおともしやれ」〈洒・遊子方言〉
付録B:あこ、かこ、かいつの辞書の説明
あ‐こ【▽彼▽処/▽彼▽所】 [代]「あそこ」に同じ。
か‐こ 〔代名〕 他称。話し手からみて、遠い場所を指す(遠称)。あそこ。かしこ。 *地蔵菩薩霊験絵詞(教王護国寺観智院蔵)「彼(カコ)を退き去る也と曰ひけり」
か‐いつ【彼奴】 〔代名〕 他称。あいつ。かやつ。卑しめていう語。
「あこ」「かいつ」はデジタル大辞泉、「かこ」は「精選版 日本語大辞典」*2からの引用です。