時事随想

時事随想

ニュースや新聞を見て、想ったことを綴った随想・論説集

尋常小学読本「桃太郎」の全文

 桃太郎の歌を聞くたびに、平和に暮らしている鬼のところに桃太郎が強奪しにいくと解釈できると思っていましたが、改めて、原典を調べることにしました。

 桃太郎の歌は唱歌なので、尋常小学校の教科書が直接の原典となります。直ぐに確認できるだろうと思ったのですが、なかなか見つからず。

 結局、国立国会図書館のデジタルコレクションに写真という形でアーカイブされているのを発見しました。

 見つかったのは、次の二つの本です。

  • 尋常小學読本(明治20年)
  • 尋常小學國語読本(通称、ハナハト本)

 以下に書き下しました。

明治20年版

  • タイトル:尋常小學讀本 : 小學校教科用書. 1
  • 出版者:文部省編輯局・大日本圖書
  • 出版年月日:1887年5月(明治20年)
  • http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1735728
  • コマ番号:34~40

むかし、ぢゞとばゞとが有りました。ぢゞは、山へくさかりに、ばゞは、川へせんたくに行きました。

川上から、大きな桃が一つ、ながれて來ました。それを取りて見ますと、大さううまさうな桃でありました故、ぢゞとふたりで、たべやうとて、家に持ちかへりました。

ぢゞが、山からかへりますと、ばゞは、直に桃を出しました。そしてふたりがたべやうと思うて居ると、桃は、二つにわれて、中から、かはゆらしいをとこの子がうまれました。

二人は喜んで、其子を取りあげ、ゆをつかわせますと、其子は、たらひをたかくさしあげて、投げ出した力に、二人はおどろきました。

此子は、桃の中からうまれた故に、桃太郎と名を付けました。

桃太郎は、だんだん大きくなりて、まことにつよくなりました。ある日、ぢゞばゞに向うて、「私は、鬼がしまへ、たから物を取りに行きたい」といひました。

二人は喜んで、朝早く起き、べんたうに、きびだんごをこしらへてやりました。

桃太郎は、其だんごをこしにつけて、家を出立し、山をこえてゆきました。

少し行くと、川のむかふから、犬が來て、「あなたは、どこへお出なされますか。又おこしに付けたのは、何でござります。」

「われは、鬼がしまへ行くので、こしに付けた物は、日本一のきびだんごだ。」

「一つ下され、お供いたしませう。」

桃太郎は、だんごをやり、犬を供につれました。次に猿がまゐり、其次に雉が來て、犬とおなじやうに、供をねがひ、だんごをもらひました。

桃太郎は、犬猿雉を供につれ、鬼がしまへわたりて見ると、鬼は門を閉ぢて入れませぬ。それ故、雉は、一ばんさきに、門のやねをとびこえ、次に猿は、へいをのりこえて、内から門を開きました。

そこで、桃太郎は、犬と一しよに、門の内におし入り、多くの鬼とたゝかひ、つひにおくまで せめこみました。其時、大しやうのあかんどうじは、太いてつのぼうを持ちて、桃太郎を打ちてかゝると、桃太郎は、受けながして 、くみうちをはじめ、つひにあかんどうじをしばりあげてしまひました。

鬼どもは おそれて、かうさんをねがひ、かくれみの、かくれがさ、打出の小づち、さんごじゆなどの、たから物を出しました。桃太郎は、それを車につませ、「これは、たれの手車、桃太郎どのの手車」とはやさせながら、ぢゞばゞへの、みやげに持ちてかへり、犬猿雉にも分けてやりました。

※あかん童子は、酒呑童子(大酒のみの鬼の頭領)のこと?
※隠れ蓑・隠れ笠・打出の小槌は、鬼が持つ宝物と言われるもの。サンゴ樹は、サンゴのような果実をつける植物。
※「はやさせる」とは、「囃させる」。用例は、手拍子を打って囃す、太鼓で囃す、やんやと囃されて得意になる、など。
※変体仮名を使っています(ここで調べられます)。

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ハナハト本(1918年~1932年)

ムカシ ムカシ、オヂイサン ト オバアサン ガ アリマシタ。 オヂイサン ハ ヤマヘ シバカリ ニ、オバアサン ハ カハ へ センタク ニ イキマシタ。

オバアサン ガ センタク ヲ シテ ヰマス ト、オホキナ モモ ガ ナガレテ キマシタ。

オバアサン ハ ソノ モモ ヲ ヒロツテ カヘリマシタ。

オバアサン ガ モモ ヲ キラウト シマス ト、モモ ガ 二ツ ニ ワレテ、 ナカ カラ オホキナ ヲトコノコ ガ ウマレマシタ。

オヂイサン ハ ソノ コ ニ、モモタラウ ト イフ ナ ヲ ツケマシタ。

モモタラウ ハ ダンダン オホキク ナツテ、タイソウ ツヨク ナリマシタ。

「モモタラウ サン、 モモタラウ サン、アナタ ハ ドチラ ヘ オイデ ニ ナリマス カ。」

「オニガシマ ヘ オニセイバツ ニ。」

「オコシ ノ モノ ハ ナン デス カ。」

「ニツポン一 ノ キビダンゴ。」

「一ツ クダサイ、オトモ ヲ シマス。」

「ソレ ナラ ヤル カラ、ツイテ コイ。」

イヌ ヲ ケライ ニ シテ イキマス ト、サル ガ キマシタ。サル モ ダンゴ ヲ モラツテ、ケライ ニ ナリマシタ。

コンド ハ キジ ガ キマシタ。キジ モ ダンゴ ヲ モラツテ、ケライ ニ ナリマシタ。

オニガシマ ヘ ツイテ ミマス ト、オニ ドモ ハ テツ ノ モン ヲ シメテ、シロ ヲ マモツテ ヰマス。

モン ヲ ヤブツテ セメコミマシタ。

キジ ハ ツツツキマハリ、 サル ハ ヒツカキマハリ、 イヌ ハ カミツキマハリマス。

モモタラウ ハ カタナ ヲ ヌイテ、 一バン オホキナ オニ ニ ムカヒマシタ。

オニ ドモ ハ カウサンシテ、 ダイジナ タカラモノ ヲ ダシマシタ。

クルマ ニ ツンダ タカラモノ、 イヌ ガ ヒキダス エンヤラヤ。

サル ガ アト オス エンヤラヤ。

キジ ガ ツナ ヒク エンヤラヤ。

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その他の桃太郎

 桃太郎の物語は、明治以降にも創作されており、芥川龍之介・楠山正雄他、いろいろな作品があります。

  • 芥川龍之介「桃太郎」
    • 1924年7月(大正13年)初出
    • 青空文庫 Kindle版
    • 鬼が平和に暮らす鬼が島を桃太郎が侵略し、鬼の宝物を略奪する。グリム童話のような残虐性がある物語となっている。
  • 楠山正雄「桃太郎」
    • 1983年5月初出
    • 青空文庫 Kindle版
    • 鬼が島に住む悪い鬼が、いろいろな国から掠め取った宝物を持っていることを聞きつけ、桃太郎は、力試しをしたくて、鬼が島に行く。そして、鬼退治をして、宝物を持ち帰る。
  • ゆめある「桃太郎(2016年版)」(動画あり)
  • その他
    • 尾崎紅葉「鬼もゝたろう」
      • 1891年(明治24年)初出
      • 桃太郎の鬼が島成敗後の後日談。城門の衛司だった鬼夫婦が川で苦桃を拾うと、中から青鬼、すなわち、苦桃太郎が出現する。この苦桃太郎が桃太郎を成敗するというパロディ的作品。

ももたろう (日本傑作絵本シリーズ)

松居 直(文), 赤羽末吉 (画)
(福音館書店, 1965)
産経児童出版文化賞を受賞


桃太郎 (新・講談社の絵本)

齋藤 五百枝
(2001)

鬼退治の正当性

 桃太郎は、鬼退治をしますが、その正当性はどうなっているのでしょうか?

 芥川は桃太郎を侵略者・略奪者として積極的に描きます。

 一方、尋常小学読本(明治20年版)の桃太郎は、自分が宝物を得たいという動機で鬼退治をするという点で、芥川の桃太郎と同様に非道な人間と言えます。また戦利品を携え「これは、たれの手車、桃太郎どのの手車」と囃し立てさせて凱旋帰国します。このような桃太郎の振舞いに対し、福沢諭吉が「桃太郎盗人論」を唱えるのも当然かもしれません。

 小学国語読本(ハナハト本)では、「鬼征伐」の動機が述べられていませんが、鬼=悪という前提であれば、桃太郎の鬼退治に正当性が出てくるので、必ずしも悪人ではありません。むしろ、正義の味方と言ってよいのでしょう。

 楠山やゆめあるの桃太郎のように、近年の桃太郎では、鬼が盗人であるから、鬼退治するというように桃太郎の正当性を述べ、勧善懲悪の物語として描いていくことが多いようです。

 但し、楠山の桃太郎は、力試しをしたくて鬼退治をしたかったり、鬼から奪った宝物を自分のものにしたりと、自分勝手なところがあります。

 ゆめあるの物語では、自分勝手さもなくなり、桃太郎は心優しい人物として、鬼が村から奪った宝物を取り戻しに行くという汚点がない正義の味方になっています。でも、童話もあまりにもあく抜きをし過ぎると、人間味がなく、つまらなくなってしまいますね。

桃太郎の歌

1.桃太郎さん 桃太郎さん お腰につけた 黍団子 一つわたしに 下さいな
2.やりませう やりませう これから鬼の 征伐に ついて行くなら やりませう
3.行きませう 行きませう あなたについて 何処までも 家来になって 行きませう
4.そりゃ進め そりゃ進め 一度に攻めて 攻めやぶり つぶしてしまえ 鬼が島
5.おもしろい おもしろい のこらず鬼を 攻めふせて 分捕物を えんやらや
6.ばんばんざい ばんばんざい お伴の犬や 猿 雉は 勇んで車を えんやらや

  • 初出:「尋常小学唱歌(一)」(1911年5月, 明治44年)
  • http://www.geocities.jp/saitohmoto/hobby/music/jinjo1/jinjo1.html#109
  • 生活学習小学国語読本の桃太郎(ハナトミ本に近い)に基づき作詞
  • 教育要旨としては「(略) 知らず識らずのうちに、勇気・進取・慈悲・応報等の国民的情報を養ふのが主である。」

(2018/4/10)


桃太郎の誕生

柳田 国男
(角川ソフィア文庫, 2013)

参考文献

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