時事随想

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ニュースや新聞を見て、想ったことを綴った随想・論説集

2015年度末の企業の内部留保は、429兆円

1. 2015年度末の企業の内部留保は、429兆円

 9月2日の読売新聞朝刊一面によれば、2015年度末の企業の内部留保は377兆円で、2014年度末に比べて、23兆円の増加とのことです*1

 「内部留保」にはいろいろと定義はあるようですが、財務省発表*2では、利益剰余金を発表していますので、読売新聞の報道の内部留保とは、利益剰余金を指すと思われます。但し、読売新聞の数字は、金融・保険業を除いた値で、金融・保険業を含めると、429兆円となるようです(増加額は26兆円)。

 では、この利益剰余金とは何かというと、

  • 利益剰余金 = 純利益 - 配当金・役員賞与など
  • 純利益   = 経常利益 ± 特別利益・損失(土地の売買などで発生する利益や損失)
  • 経常利益  = 営業利益 ± 営業外収益・費用(受取利息等の収入や借金の利息など)
  • 営業利益  = 売上 - 費用(人件費・材料費・販売管理費など)(本業の利益)

従って、

  • 利益剰余金 = (本業の利益) ±(営業外収益・費用)±(特別利益・損失)-(配当金・役員賞与など)

という面倒な関係にありますが、簡単に言えば、最終的に会社に残る"お金"。これが429兆円にも上るということです(M&Aにより買収した会社の株式なども入るため、必ずしも、現預金だけではありません。しかし、それでも、現預金は200兆円程度あるようです)。

 日本人一人当たり*3で計算すれば、335万円のお金に当たります。年間の増加分の26兆円では、一人当たり20万円。労働者を6479万人*4として一人当たりに換算すると、40万円となります。内部留保せず、すべて賃金に回せば、労働者一人当たり40万程度のボーナスが貰えそうです。実際には、大企業の内部留保が多いのでしょうから、大企業正社員なら、この数倍のボーナスとなるのでしょうか。ぱっと使ってしまえば、直ぐにデフレから脱却できそうな金額ですね。

2. なぜ、内部留保が貯まっていく?

 デフレからの脱却ができない原因の一つとして、企業がこのお金を賃上げや設備投資に回さないことが挙げられています。では、何故、企業が内部留保を抱え込んでしまうのか?理由にはいくつかあると思いますが、大きくは次の点でしょうか?

(a) 日本の成長は望めないこと
 少子高齢化社会となり、人口減少する国では、成長は望めず、むしろ減退していくと考えるのが自然です。成長が望めない国への投資はしづらく、保守的にならざるを得ません。

(b) 為替レートの大幅な変動があること
 為替レートの変動が、企業業績に与える影響は非常に大きいです。この為替レートが、貿易決済などに必要な実需により決まるというよりも、今では巨大になった金融マネーで決まっていくために、非常に速く、大きな為替レートの変動となっています。企業としては、最悪な為替レートを考慮して、経営をしていかなければならないので、どうしても手元にお金を確保したくなります。

(c) 国内だけでなく、国際的な政治・経済に将来的な不安があること
 リーマンショック後だけでも、ギリシャショック、中国ショック、Brexitなど毎年のように大きなイベントがあります。シリア問題や中国の覇権拡大など地政学的な問題も大きな不安要素です。これらは、為替レートにも大きな影響を与えますし、実際の事業そのものにも影響を与えます。将来が予測しにくい世界では、やはり保守的にならざるを得ません。

 他にも、日本が成長期から成熟期を迎えたということなどいろいろな要因があるのでしょうね。

3. 貯まったお金はどこへ行く

 さて、内部留保は、投資資金や株主還元、リスクバッファーに向けられるべきと言われることもありますが*5、実際に向かっているお金の行き先の多くは海外投資です*6。日経新聞によれば、為替要因を除いた海外投資は、1年前に比べて、15.8兆円の増加とのこと*7

 企業にとって、(a)の日本の成長が望めないことへの対応策の一つがグローバル化、海外進出です。企業は必ずしも国家の枠に囚われないので、企業が成長するのであれば、海外進出することを厭いません。このため、多くの企業が利益剰余金を資金源の一つとして大規模な海外投資を行っています。

 結局、日本人が苦労して稼いだお金が海外に出て行ってしまっているという構図です。海外投資で利益が出ていれば、国内への還流があるので必ずしも悪いことではありませんが、利益がでていなければ、利益の還流なし、最悪、評価損が過大となり、減損処理しなければなりません。つまり、投資は高値買いや失敗で、無駄遣いだったと言わざるを得ません。

4. 海外に行ったお金は戻ってくるの?

 最近、報道された有名な海外投資の減損の事例だけでも、資源案件の三井物産や三菱商事・住友商事、東芝の原子力事業など多数あります。減損処理は、将来的に投資の回収の見込みがないと判断されるためになされる処理です。このため、減損額は、大雑把にいえば、戻ってこないお金の額です。

 ざっと、過去1年の記事を検索して調べただけでも、総計2兆2610億円の減損が発生しています(直近の1年間に限っても、1兆6939億円)。簡単に調べただけなので、実際の損失額は、この数倍に及ぶのではないかと想像します。海外投資規模を15.8兆円とすれば、少なくとも1割程度、実際にはその何倍もの損失が発生していると推測できます。つまり、減損額の数兆円のお金は戻ってこないと思われます。

 多くの事例では、事業から撤退することはなく、継続しています。これには「成長する事業である」「今後、利益が見込まれる」というような理由付けがなされます(株式投資で損切りできない心理と何か相通じるものを感じます)。たとえ、そうであっても、売却した側からすれば、(将来的に望みのないであろう)事業を高値で買ってくれたいいお客さんが日本企業ということですね。

 減損は、損失側の一方だけを見ているので、実際には、利益が上がった方も見ないと、正当な評価ではありません。例えば、ソフトバンクの約20年前の米Yahoo!への投資、約15年前のアリババへの投資などは成功例です。ただ、日本企業全体で見れば、減損額や評価損を上回る評価益・売却益が得られているかは、怪しいところではないかと思います。

5. では、どうすればよい?

 では、どうすればよいか?難しい問題ですよね。

 数年程度の直近の話としては、アベノミクス3本の矢の第3の矢の成長戦略を進めることでしょう。但し、実際にはほとんど実行性のあることは何もやっていないという印象です。

 第1の矢の「大胆な金融政策」は、日銀による無理筋の金融政策です。この効果は一時的にありましたが、日銀に高く積まれた373兆円の国債をさらに年80兆円ペースで増加させる*8のは、素人考えでも、無謀としか思えません。日銀に貯まった400兆円、500兆円を市場に戻すことはできるのでしょうか?国債の暴落をもたらすので、ずっと日銀が抱え込むのでしょう。EXITがない金融政策です。

 第2の矢の「機動的な財政政策」は、国土強靭化に代表される昔ながらの公共事業のばらまきで、国の成長に寄与するとは思えません。むしろ、多額の借金をさらに増やすことで、成長の足かせになることでしょう。 

 長期的には、少子高齢化への対応が本質的な問題と思います。安倍政権の政策として、「女性活用」がありますが、低賃金労働者として使える労働者を増やしたいという経済界の要望を満たすことが主眼です(この意図があまりに見え見えで印象が悪かったので途中から「女性活躍」と呼び変えました)。保育環境の充実なく、「女性活用」を進めれば、さらに少子化が進みます。「保育園落ちた日本死ね!」に関して、「誰がいってるか分からないことを取り合う必要はない」という趣旨の安倍首相の国会答弁がありましたが、それが基本的な考えなのでしょう。ただ、批判の火が付きそうだったので、直ぐに「保育園充実させます」というように変更しました(変わり身の早さには感心させられます)。しかし、これも、参院選の前の一時的なもので、少子化問題に対して長期的な視点で本気で取り組むことは、残念ながら無いでしょう。

 公共事業費のごくごく一部のお金で、保育環境の充実は図れるはずです。給付型奨学金なども可能でしょう。90歳になっても老後の心配をしなければならない環境も問題です。老人ホームや病院に何年もいなければならないと、直ぐに1000万円単位の出費となります。身近でも、7年間意識不明の寝たきりの入院で先日亡くなった叔母、10数年意識不明のまま入院している隣のおばさん、妻が10年以上痴呆でほとんどの介護をしている91歳の叔父、義理の父・母の両方が老人ホームに入っている姉。そして、痴呆が進んでいる83歳の母。何歳になっても老後は心配なのです。このため、1000万円単位で預金があっても、それを使えずにいる高齢者も多いのではないかと思います。裕福な家庭に育ったどこぞの国の副総理には理解できないことかもしれませんが。

 この原資として、企業の内部留保のうち、現金の部分に課税することも考えられるのではないでしょうか?現金も、積みあがっているのです。また、課税が嫌なら、投資をせよ・賃金を増やせ、という強力な圧力にもなります(リスクバッファを取らなくなると困りますけどね)。

(2016/9/3) 

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