1. NHKのネット同時配信に関する各社報道
12月26日開催の総務省「第14回放送を巡る諸課題に関する検討会」を受けて、NHKのネット同時配信について新聞各紙で報道されています。
- 産経ニュース, 「NHK、テレビ設置「申告制」提示、受信料制度を改革へ」
- 朝日新聞, 「ネット同時配信「システム構築、NHK受信料で」民放側」
- 読売新聞, 「NHKの同時配信、民放からは「民業圧迫」」
- 時事通信, 「民放からの懸念続出=NHKのネット同時配信-総務省有識者会議」
議事要旨・配布資料が現時点ではアップロードされていないので、詳細は不明ですが、今回の検討会は、民放キー局からのヒアリングで、12月13日のNHKと民放連・新聞協会に引き続くものです。新聞報道の概要をまとめると、以下の通りです。
- 放送法は、NHKがネットで番組を24時間配信する「常時の同時配信」を認めておらず、実施には法改正が必要(読売)
- イタリアの事例、テレビ設置の申告制・罰則導入案(産経)
- ネット視聴の場合の受信料(産経)
- 民放は批判的な意見(朝日, 読売, 時事) (民放各社の意見は付録参照)
NHKは、東京オリンピックに向けて2019年までに同時配信を常時化したい意向ですが、民放各社は慎重というか、積極的には進めたくないといった印象です。
- 注:ネット配信するのは、サービス開始時点では地上波のみ。衛星放送はスポーツ中継が多く放送権の確保等が必要なため、現時点では実施できる環境にはない(12月13日の有識者会議のNHK資料)。
2. ネット配信で受信料はどうなるの?
一般の視聴者として気になるのは、産経ニュースが報じているように受信料のことですね。以下では、有識者会議の過去の資料に基づいて説明したいと思います。
2.1 受信料の義務化はどうなる?
産経ニュースが報道しているイタリア公共放送の事例は、テレビ設置状況を申告制にして、申告なき場合にはテレビ設置ありと見なし、電力料金と合わせて受信料を徴収するというものです。また、申告に虚偽があった場合には罰則を科します。詳細については、既に12月13日の検討会で資料が提出されていますので、引用します。
出典:NHK, 「放送を巡る諸課題に関する検討会議(第13回) ヒアリングご説明資料資料」, 資料13-2, 2016/12/13.
この資料を見る限りでは、産経ニュースの「NHKが提示した案」というほどの具体性はなく、海外事例紹介の位置づけに留まります。但し、NHKとしては、現状の「受信契約の義務」よりも強い拘束力で受信料支払の義務化をするように法改正をして欲しいという要望を持っています。
引越したら、NHKの受信料支払から逃れられるということが昔はあったそうですが、資料の13ページを見ると、今は、住民票を取り寄せて、新住所を追跡しているようです。
2.2 スマホ・パソコンの所持で受信料支払の義務はある?
今のところ、NHKとしてはスマホ・パソコンを持っているだけで、受信料を取るということは考えていないようです(資料の8ページ)。
- (a)「「適切な負担」については、NHKのテレビ放送の常時同時配信を実際に「視聴しうる環境」を作った人に負担をお願いするのが適当と考える」
- (b)「単にパソコン・スマートフォン等のネット接続機器を持っているだけで負担をお願いする、ということは考えていない」
- (c)「テレビを持ち、すでに受信契約を結んでいただいている世帯の構成員には、追加負担なしで常時同時配信をご利用いただくのが妥当と考える」
(a)については、検討会の質疑応答で、NHKは以下のように説明しています。
Q. 「視聴環境を作った人」というのはどういう意味か?
A. パソコンやスマホなどのネット接続機器を持っているだけであり、放送受信のためにもっているわけではないような方にまで負担を求めることは想定していないという意味である。どのような技術的手段をとるのかは検討していないが、ネット上でのなんらかの手続を経た方にのみ負担いただくことを考えている。
出典:放送を巡る諸課題に関する検討会(第13回)議事要旨, 2016/12/13.
2.3 同時配信コストをどうやって調達する?
まず、(a)のネット配信利用者が負担するという条件を除いて考えると、以下のような資金調達になるでしょう。
(c)のように追加負担(受信料の値上げ)がないとすれば、増収、つまり、受信契約の増加がないと、ランニングコストの年間数十億円~100億円(資料の9ページ)が支払えないということになります。年間100億円の費用回収が必要とすれば、現状の受信料が月1,260円として逆算すると、約66万件の新規受信契約が必要となります。
- 必要な新規受信契約 = 100億円÷(1,260円×12) = 約66万件
2015年度から2017年度までの経営計画によれば、年間61万件の契約数の増加を計画しているので、達成できそうな数値です。また、衛星契約は2,230円程度なので、66万件よりも少ない新規契約でも大丈夫そうです。
2.4 同時配信には、受信料支払義務の強化が必須
しかし、(a)のネット配信利用者の負担と(c)の追加負担なし(値上げなし)を同時に成り立たせるとなると話は変わってきます。
(a)によれば、「視聴しうる環境」を作った場合(ネット利用申請した場合)、同時配信コストを負担するため、ネット利用しない人との受信料の差額(ネット利用料)が発生します。一方、(c)によれば、既契約者では追加負担なしでネット利用できるとのことです。従って、ネット利用しないのであれば、既契約者であったとしてもネット利用料を支払う必要はないので、ネット利用料分の受信料を値下げする必要があります。
つまり、ネット利用者は現状の受信料、ネットを利用しない人には、受信料を値下げしなければなりません。この値下げのための原資には、以下に示すように受信契約を増やす必要があります。
ネット利用料で同時配信のコスト(100億円)を賄うので、
- ネット利用料 = 100億円/ネット利用者数
となります。例えば、1000万件のネット契約で年1,000円(月額約83円)の利用料となります。ネット利用料分だけ既契約者の受信料値下げをするとなると、既存契約を約4000万世帯として年1,000円の値下げに必要な原資は400億円、新規契約数換算で260万件の新規契約が必要となります。
月額83円ならば、とりあえず契約しておくといった世帯も多いと思いますが、約1000万世帯のネット契約が必要で、厳しい目標ではないかと思います。月額166円で500万世帯のネット契約であれば、達成できそうな数字ですが、今度は月額166円の値下げ原資(新規契約換算で520万件)が必要となります。
受信料の義務化を強化し、現状の契約率80%を契約率90%強に増加すれば、520万件の新規契約は達成できるので、値下げ原資の確保もできます。このため、(a)と(c)を両立させるためには、支払義務の強化が必須と考えられます。
- 注1:上記の計算には、世帯数や同時配信コスト等が推定値であることの他に、計算モデルにも近似が入っていますので、あくまで概算です。
- 注2:既存の契約者を全てネット利用者にできれば、前節で説明した66万件程度の新規契約で済みます。(c)を深読みすると、「(利用しないことを申請をしなければ)既存の契約者はすべてネット利用者と見なす」という意味なのかもしれません。
3. まとめ
有識者会議の現状の議論から分かることは、以下の通りです。
- NHKは2019年までに常時同時配信を実施したい。そのため、放送法の改正が必要。
- 同時配信は、NHK受信契約者のみにサービスするのであって、パソコン・スマホを持っているだけで課金するわけではない。
- ネット配信に掛かる費用は新規契約の増加によって賄うと思われる。
- NHKの主張通りに、ネット利用者に配信コストを負担させつつ、既存の受信契約者に追加負担をさせないためには、大幅な新規契約が必要で、受信料支払の義務化が必須。
NHKはリオオリンピックでも同時配信を試験的に行っていますが*1、東京オリンピックの際には、常時化して実運用したいということです。オリンピックまでに実現するか否かは微妙なところで、法改正・システム開発等の問題からリオに引き続き東京でも試験的な位置づけになると個人的には思っています。
(2016/12/27)
付録:民放各社の意見
報道されている12月26日の有識者会議での民放のコメントは以下の通りです。
- 多額の投資が必要な配信システム作りのためNHKと民放が共同で進めるべき。
- ネット配信で広告収入増は見通せない。
- 民業圧迫。
- 民放連(木村信哉専務理事)
- 「NHKは独占的な受信料収入で運営されており、民放への目配りは欠かせない。NHKが業務拡大を続けることにならないようにしなければならない」
- 日本テレビ(石沢顕常務執行役員)
- 「強固な財務基盤のNHKに対し、民放はコストを最小限に抑える必要がある」
- テレビ朝日(藤ノ木正哉専務)
- 「多額のコストを回収するビジネスモデルに見通しが立たない」
- 「ローカル局には視聴率の低下などの影響がでるのでは」
- フジテレビ(大多亮常務)
- 「テレビの将来のため(同時配信に)チャレンジしなければ(と考えている)」
- 「民放は受信料を使えるNHKのように赤字を垂れ流せない」
- 「(配信の)プラットフォーム構築をNHKと民放が一緒にやっていくべきだ」
- 「ニーズがあるのかという意見もある」
- 「NHKが先行してルールを決めることを危惧している」
- テレビ東京
- 「事業的に成り立つほどニーズがあると判断していない」