時事随想

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ニュースや新聞を見て、想ったことを綴った随想・論説集

働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (6) 私案-その他の壁の撤廃

5. その他の「壁」の撤廃など

5.1 配偶者特別控除による「103万円の壁」の撤廃

 配偶者においては、既に配偶者特別控除によって、壁は事実上なくなっています*1。配偶者特別控除によって設定された5万円単位の段差に伴い、僅かな壁が残っているだけです。扶養者側の年収500万円で所得税率を20%とすれば、この壁の高さは、5万円×20%=10,000円と少額です。この差をなくすのであれば、段差をより細かくすることで、壁をなくすことができます。例えば、1万円単位に設定すれば、2000円の段差、1000円単位であれば200円、100円単位であれば20円、10円単位であれば2円です。最終的には1円単位にすれば、段差は完全になくなり、給与額面増に応じて、課税後の所得も増え、103万円の壁は完全になくなります。

 図5.1では、以下の計算式で配偶者特別控除額を設定した場合の現行制度と段差を完全に無くした場合を比較しました。年収100万円から145万円までの配偶者給与と、配偶者控除益を含む手取り給与(課税後の給与に配偶者控除を適用して得られる利益の和)の関係を示しています。世帯主側の所得税率は、5%、20%、33%の場合です。この図からも分かるように、現行では存在している僅かな段差も完全に消失させることができます。

(控除額)= 38万円          (~103万円)
     = 141万円 - (給与所得)   (103万円~141万円)
     = 0円           (141万円~)

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図5.1 配偶者特別控除の段差をなくすことで、103万円の壁は完全に除去される。


 この図からも分かるように、所得税率33%、つまり、世帯主給与水準が大きいほど、控除による減税効果は大きいので、段差は16,500円と多少ありますが、夫も妻も共に低所得者の場合には、ほとんど控除の恩恵を受けないので、現行制度で存在する段差も2,500円と非常に低くなっています。

 この例では、全て増税になるように段差をなくしていますが、計算式を少し修正することで、全体としては増減税なしとすることは容易に可能です。

 政府・与党が提案する103万円を150万円に引き上げる施策は、対象となる約300万世帯を単に減税し、1120万円以上の約100世帯に増税するというもので、「103万円の壁」の撤廃とは無関係です*2。もともと税制による「130万円壁」はほとんど存在せず、残るは多少の段差だけですが、これも、計算方法の微修正で容易になくすことができます。

5.2 配偶者手当による「10?万円の壁」

 配偶者手当による「10?万円の壁」は、事業主が支給している配偶者手当によって発生しています。配偶者手当の基準額が103万円となっていることが多いため「103万円の壁」となる場合が多いですが、130万円であったり、140万円であったりといろいろあります。この壁の撤廃については、事業主へお願いするしかなく、1.1.2節で述べたように政府が行っているように経済団体等を介して、要請するしかないのかもしれません。

 なお、厚生労働省では、「配偶者手当の在り方の検討」と題し、配偶者手当の廃止の際の手引き等を示しています。

 働く意欲のあるすべての人がその能力を十分に発揮できる社会の形成が必要となっている中、パートタイム労働で働く配偶者の就業調整につながる配偶者手当(配偶者の収入要件がある配偶者手当)については、配偶者の働き方に中立的な制度となるよう見直しを進める事が望まれています。
 「女性の活躍促進に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会」を平成27年12月に設置し、平成28年3月にかけて3回開催し取りまとめた報告書や、見直しを行う場合の留意点をまとめた資料等を紹介しています。
出典:厚生労働省, 「配偶者手当の在り方の検討」.

5.3 給与所得控除の適性化による壁の移動

 ここでは、「103万円の壁」一挙に「58万円の壁」に移動する方法について示します。それは、給与所得控除額を下げることです。

 不公平な税として特に目につくのは、給与所得控除です。あり得ない数字が必要経費として控除されます。個人事業者など真面目に納税している場合に比較すると、異常な優遇制度です。

表5.1 給与所得控除。
給与収入 給与所得控除額 控除額の範囲
180万円以下 収入金額×40%
(65万円に満たない場合には65万円)
65万円~72万円
180万円~360万円 収入金額×30%+18万円 72万円~126万円
360万円~660万円 収入金額×20%+54万円 126万円~186万円
660万円~1,000万円 収入金額×20%+54万円 186万円~220万円
1,000万円~1,200万円収入金額×20%+54万円 220万円~230万円
1,200万円~ 230万円(上限) 230万

出典:国税庁, 「No. 1410 給与所得控除」.

 給与所得者に認めている、あり得ない必要経費を適正化することを考えましょう。いろいろなケースがあると思いますが、実際に必要経費と計上できそうなものを、ざっと挙げてみます。

  • 給与所得者の特定支出控除に挙げられた項目
    • 通勤費、転居費、研修費、資格取得費、帰宅旅費、図書費、衣服費、交際費等
  • 通勤のための自動車代(税務署がOKするか不明)
    • 自動車代、ガソリン代、高速料金など
  • 在宅勤務での必要経費
    • パソコン代、電気代、電話代、フロア代、空調設備費
  • 電話代
  • 文具代

 交通費は会社持ちで、パート・アルバイトをやっているのであれば、経費が年間10万円も行くとは思えません。また、サラリーマンでも、ほとんどのケースで20万円以内で収まるのではないかと思います。あるとしたら、実際には必要経費とは認められないような交際費などを積み上げて脱税するといった場合でしょうか。いくらの金額が給与所得控除として適当かは議論があるかと思いますが、例えば、給与収入額によらず、例えば、一律20万円でいいのではないかと思います。必要経費が20万円を超える場合には、確定申告を行って調整すればよいでしょう。

 同時に、家事労働者等の必要経費の特例で認めている65万円の必要経費なども、同様に20万円に減額します。

 給与所得控除(見なし必要経費)を現状の65万円から20万円に減額すると、103万円の壁は、58万円の壁と大幅に移動します。それとともに、増税となります。 給与103万円で110.6万円の収入から、100.75万円の収入になるので、9.85万円の増税です。また、世帯主も、500万円の場合で26.8万円の増税で36.65万円の大増税となります。全体としては数兆円の大幅増税になるのではないかと思います。

 大増税によって得られる税収を減税に回すのか、育児・介護に回すのか等は、いろいろ議論の余地はあるでしょうね。

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図5.2 給与控除を20万円にした場合。

配偶者控除なしは、給与所得控除65万円の場合。給与収入96万円以上は、配偶者特別控除も適用されないため、二重控除は解消される。配偶者控除から外れる給与範囲では所得税率は5%なので、給与所得控除45万円の減額の影響は、45万円×5%=2.25万円の増税にとどまる。赤線は、現行制度(給与控除65万円)で配偶者控除が適用できない場合。

(2016/12/8)

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