時事随想

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働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (5) 私案-見える化による健保の壁の撤廃

 本章からは、働き方に中立な税制改革と社会保障制度の抜本改革についての私案を提案したいと思います。まず、本章では、社会保険料による壁の撤廃を「見える化」によって撤廃する方法について述べます。

4.3 健康保険による「130万円の壁」

 健康保険についても、年金と同様に「見える化」によって壁を少なくすることができます。但し、健康保険や国民健康保険の保険料は、事業主・地方自治体で様々なので、その点を考慮して「見える化」していく必要があります。

4.3.1 健康保険・国民健康保険の制度の違い

 健康保険や国民健康保険の場合、健康保険組合や自治体の違いによって保険料制度が異なるために、保険料が統一されていません。また、会社の健康保険等と国民健康保険では、次の点が大きく異なります。

  • 健康保険の場合には、扶養者数によらず、被保険者の標準報酬月額で保険料が決まり、国民健康保険では、加入者の人数とその収入の総額によって決まります。

 健康保険も、国民健康保険も、同じ制度・同じ保険料率に一元化するように制度を再設計すれば、その際に、扶養者から外れる際の障壁をなくすような仕組みを導入することは(誰が得する・損するということを言わなければ)容易です。抜本な改革としては、そういうところまで踏み込むべきでしょうが、とりあえず、ここでは、その過渡的な段階として、扶養の適否によって生じるギャップを縮小する方法と残るギャップを縮小するための健保組合間の格差を縮小する方法について検討します。

 健康保険も、国民健康保険とのギャップが生じない程度に、被保険者の扶養する人数に応じた保険料設定を行うことで、年金と同様に「130万円の壁」を低くすることができます。健康保険・国民健康保険に関しては、受益者負担の観点もありますが、共助の観点もあり、扶養者に対する負担額(国民健康保険の「均等割」)をどの程度に設定するかなど議論の余地が大いにあるでしょう。

4.3.2 国民健康保険の保険料

   国民健康保険は各自自体毎、健康保険は健康保険組合毎で保険料が設定されている点も問題を複雑にしています。国民健康保険の保険料は、所得と表3.1に示す料率に基づき決められます。

表4.1 健康保険料の保険料率。
所得割(%)均等割(円/人)平等割(円) 資産割(%)
医療給付分 a1 a2 a3 a4
後期高齢者支援分 b1 b2 b3 b4
介護納付金分 c1 c2 c3 c4

 所得は給与所得130万円のみ、固定資産税0円、加入者1名の場合の計算方法を示します。

  • 医療給付分 = (総所得額等-基礎控除)×所得割
        = ( (給与所得(130万円)-給与所得控除(65万円) )-基礎控除(33万円) )×a1
         +加入者数(1名)×a2+a3+固定資産税(0円)×a4
        =32万円×a1+a2+a3

同様に、後期高齢者支援分、介護給付分も計算できます。

  • 後期高齢者支援分 = 32万円×b1+b2+b3
  • 介護納付金分   = 32万円×c1+c2+c3

 介護納金分は40才以上64才までの方が対象となります。資産割は、多くの自治体ではありませんが、資産割がある自治体もないわけではありません(筆者が住む自治体でも資産割があります)。所得割、均等割、平等割の金額の設定の仕方はまちまちです。同じ保険料になる場合でも、均等割や平等割が高いと低所得者に不利、平等割が高いと単身者に不利、資産割が高いと資産家に不利な税制となります。

 まずは、国民健康保険に130万円の給与収入で加入した場合の保険料を保険料が高いところ、低いところ、それ以外の適当なところについて調べてみました。表3.2にその結果を示します。

表4.2 自治体による健康保険料の違い。
小鹿野町瑞穂町町田市横浜市世田谷区長野市鳥取市広島市嬉野市
40才未満3,501 3,987 5,487 5,475 6,218 6,2707,5538,235 9,965
40才以上4,368 5,483 6,926 7,300 7,848 8,0609,41610,08811,840
※1カ月当たりの保険料(円)。40歳以上は、介護分を含む。小鹿野町には、別途資産割4.2%あり。


 資産割がある小鹿野町(埼玉県)を除いても、瑞穂町(東京都)と嬉野市(佐賀県)では2倍以上の差があります。それぞれの健康保険料率の内訳をみると、以下のようになります。

表4.3 瑞穂町と嬉野市の健康保険料率の違い。(→の前が瑞穂町、後が嬉野市)
医療給付分 所得割(%) 均等割(円/人年) 平等割(円/年)
医療給付分 4.86%→10.50% 22,000→26,100 0→38,600
後期高齢者支援分1.31%→2.4% 6,100→5,400 0→8,200
介護納付金分 1.55%→2.5% 13,000→9,400 0→5,100

 嬉野市の所得割と平等割の高さ、瑞穂町の安さが、保険料の大きな差となって表れているようです。瑞穂町は、病気をしないのか(老人・子供などが少ない)、住民の給与水準が高いのでしょうか、それとも横田基地がある影響でしょうか、いずれにせよ、全国的に見ても保険料が特に安いです。

・小鹿野町:「小鹿野町国民健康保険料税条例」, 2005/10/1.
・瑞穂町 :瑞穂町, 「国民健康保険税」, 2016.
・町田市 :国民健康保険税の税率等/町田市ホームページ
・横浜市 :横浜市, 「平成28年度横浜市国民健康保険料試算ページ」,2016/5/25
・世田谷区:世田谷区, 「保険料の計算方法」, 2016/4/1.
・長野市 :国民健康保険料の計算 - 長野市ホームページ
・鳥取市 :鳥取市公式ウェブサイト:平成28年度国民健康保険料について
・広島市 :広島市 - 保険料の賦課額・計算方法
・嬉野市 :嬉野市|国民健康保険

4.3.3 健康保険の保険料

 健康保険の保険料は、報酬月額に基づき決まります。500万円の給与収入があったときの保険料を保険組合毎に比較してみます。ボーナスなしで、月額500万円/12=41.6万円(27等級)であった場合の保険料(事業主負担額を含む総額)は、以下の通りです。

表4.4 健康保険における健康保険料。
日テレ南部銀テレ朝文科省神奈川県市町村職員パナソニック東京都職員 日本郵政大阪府市町村職員協会けんぽ道府県職員
健康保険料率(%)5.4 6.4 8 8.094 8.651 9 9.011259.58 10.32 9.96 12.046
介護保険料率(%)0.6 1.16 0.96 0.996 1.16 1.37 1.328 1.158 1.12 1.58 1.106
従業員負担率(%)40 32.8 37.5 50 49.705 39 50 50 50 50 50
40才以下 22,14026,24032,80033,18535,469 36,900 36,946 39,278 42,312 40,836 49,389
40才以上 24,60030,99636,73637,26940,225 42,517 42.390 44,024 46,904 47,314 58,458

*従業員負担率は健康保険料の負担率。介護保険の従業員負担率は50%。
・日テレ:日本テレビ放送網健康保険組合, 「保険料月額表」, 2016/3
・南部銀:南部銀行健康保険組合, 「標準報酬月額と保険料一覧表」, 2016/4.
・テレ朝:テレビ朝日健康保険組合, 「テレビ朝日健康保険組合保険料額」, 2016/4.
・文科省:文部科学省共済組合本部, 「平成28年度共済組合負担金率等について」, 2016/3/2.
・神奈川県市町村:神奈川県市町村共済組合, 「掛金(保険料)と負担金」.
・パナソニック:パナソニック健康保険組合, 「保険料について-標準報酬保険料月額表」, 2016/11現在.
・東京都 :東京都職員共済組合, 「財源率について」, 2015/4/1.
・日本郵政:日本郵政共済組合, 「標準報酬等級表(掛金等早見表)」, 2016/9/1.
・大阪府市町村:大阪府市町村職員共済組合, 「標準報酬等級表」.
・協会けんぽ:全国健康保険協会協会けんぽ, 「平成28年10月分(11月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表」(東京都), 2016/10.
・道府県職員(地方職員共済組合):
  ・短期掛金:地方職員共済組合, 「短期給付とは」, 2015/10.
  ・介護掛金:地方職員共済組合, 「~組合員とそのご家族のみなさまへ 平成28年4月から短期給付に係る制度が変わります~」, 2016/4.

 健康保険の料率が各健康組合・共済組合で大きく異なる要因には、加入者の家族構成・傷病率などがありますが、最大の要因は、加入者の給与水準ではないかと思います。仮に、家族構成・傷病率などが同じであれば、必要となる医療給付費等の総額(つまり、保険料総額)が等しくなりますが、次式に示すように、保険料率は給与水準が高ければ低くなります。

  • (保険料総額) = (医療給付費等の総額) = (給与総額)×(保険料率)
      ⇒ (保険料率) = (必要な医療費等の総額)/(給与総額)
    (給与総額が増えれば(給与水準が高ければ)、保険料率は下がる)

 給与水準が高い日本テレビや南部銀行などは保険料率が低く、中小企業の従業員が多く給与水準が低い協会けんぽでは健康保険料率が高くなっていることからも裏付けられます。

4.3.4 事業主負担率・従業員負担率について

 従業員負担率・事業主負担率は、健康保険法161条により、50%と決まっていますが、(厚生労働大臣の認可を受けることが必要な)健康保険組合の規約に定めた場合には、従業員負担率を減らすことができます(法162条)。健康保険料を含めた人件費を一定として事業主側の負担率を上げ、その分、従業員側の給与を減じた場合、事業主側での法人税負担は変わりません。また、従業員側の所得は減じられますが、多くなっても少なくなっても、もともと控除対象であるため、控除後の所得は変わらず、支払う所得税は変わりません。

 保険料を含めた人件費が一定のものとでは、単なる額面給与を変動させるだけなので、増減税はありません。但し、額面給与で徴収額を決めている厚生年金や健康保険の場合、徴収額の調整を行う必要があります(徴収後は、基本的には、支払額の増減はありません。標準報酬額は一定額に丸めているので、それに起因する微小な増減は残ります)。

 事業主負担を設定したり、その負担率を変動させることは、実際に支払っている健康保険料の額を分かりにくくするだけなので、すべて給与額面に反映させる方が「見える化」という観点からはよりよいでしょう。健康保険料の高さを認識することで、健康保険料に対する無駄をできるだけ少なくするように意識付けされるという点でもよいのではないかと思います。

4.3.5 被扶養者を考慮した健康保険制度の改正案

 これまで、健康保険制度の概要と各保険組合・共済組合・自治体における保険料を見てきました。ここでは、130万円の壁を減らすような健康保険制度の筆者の私案について、その概要を述べます。

 健康保険は基本的に被扶養者の数による保険料体系となっていないことがあるので、その点を考慮して料金体系を変更することと、「見える化」によって、大幅に壁を低くすることができます。概要は、以下の通りです。

  • 事業主負担をなくし、全額、従業員負担とする。
    • 事業主の人件費(給与と事業主健康保険料の和)を一定として、従業員負担額の増額分を事業主が全額補填する。従業員の額面給与が全体的に上がるため、その分を補正して、保険料率を再計算する。
    • 額面給与は増額するが、控除額も増額するため、課税対象となる所得は変わらない(増税とならない)。
  • 健康保険料に対して、被扶養者の保険料を考慮した保険料体系にする。
    • 子どもや高齢者の被扶養者については、共助の観点から、被扶養者として加算する保険料に含めず、従来通り、加入者全員で一律に負担する。
    • それ以外の被扶養者(例えば、20才~60才の被扶養者)については、給与130万円で国民健康保険に入ったときに必要となる保険料相当額を(定額で)保険料に上乗せする。
    • 被扶養者加算は、低所得で保険料が低い加入者に過大な負担となるための負担軽減措置を導入する。
      • 例えば、被扶養者がいる加入者において、被扶養者加算を含めた保険料が、被扶養者加算抜きの保険料(単身者の保険料)Ck倍(例えば、k=2)の額を超えた場合には、保険料kCをその額にする。
      • kの値を小さくすることで、より多くの低所得者を救済することになる。
      • 但し、k=1とすると、全員が救済されるので、単身者も被扶養者を持つ加入者も、現行と同じ負担額となる。扶養を反映させるためには、kは1よりも大きくする必要がある。
      • 被扶養者の保険料を上乗せすれば、全体の保険料総額も増えるので、増額分を全体の保険料引き下げに回し、リバランスする。
    • 各自治体の国民保険料には、相当の幅があるので、多くの場合、国民保険に入った方が割安とならない程度の額、例えば、月額5,000円(年60,000円)程度が設定の目安。介護分も加えるとすれば、月1,500円程度上乗せし、40才以上で月6,500円(年78,000円)とする。
    • 被扶養者抜きの保険料は安くなるので、被扶養者が一人(例えば、配偶者のみ)の場合の保険料は、現行より、そのまま5,000円増額されるわけではない。
      • 正確な試算には基礎データが必要だが、有配偶者率が7割前後であることを考えると、月3,000~4,000円程度の負担増で済むと思われる。

 配偶者が扶養から外れた場合の壁の高さは、(国民健康保険の保険料の新規負担分)-6万円(7.8万円)となり、これまでの壁を6万円(7.8万円)程度低くすることができます。どこの自治体に住んでいても壁の高さは従来の半分以下となります。

4.3.6 健康保険組合の間の格差を考慮した保険制度の改正案

 将来的な方向性としては、各医療保険(国保・健保など)で主に給与水準に伴うことに起因する保険料率の違いを平準化する枠組みを構築する必要があるのではないかと思います。後期高齢者支援金も、老人だけでは賄えない保険料を、他の医療保険で賄っているという意味では、保険料を平準化する枠組みです*1。その考えを保険組合毎の格差の平準化にも適用しましょうということです。

 例えば、次のような統合スキームを考えればよいのではないかと思います。

  • 全組合の保険料をプールする全体組合を作る。
  • 全体組合は、全組合の全加入者に応じて、標準料率を決定する。
    • 標準料率を全加入者に適用することにより、必要となる医療給費の総額が得られる。
    • また、医療給付費の総額は、全保険組合の医療給付費の総額から求められる(扶養を考慮した場合には、加入者数と被扶養者数の総数が必要)。
  • 各保険組合は、標準料率を用いたときの加入者の保険料の総額Xを算出する。また、加入者のために必要となる医療給付費等の総額Yを算出する。
  • 次の額を全体組合に授受する(Zが正で拠出、負で受取)。
    • Z = (X - Y)×α
    • Zを授受をした後に、各保険組合で必要となる保険料総額Wから保険料率を再計算する。
      • 必要となる保険料総額 W =Y+Z = Y+(X-Y)×α = (1-α)Y + αX
      • 式の形式から明らかなように、上式は、XとYをαで内挿したものとなる。
        • α=1.0で、全組合の全加入者が同じ標準料率が適用される。
        • α=0.0で、現状のままの保険料率が適用される。
        • 例えば、α=0.5とすれば、標準料率と組合単位の料率を半々を加味したものとなる。
        • 将来的に、α=1.0とする(全体を一つの組合に統合する)か、それ以外で、保険組合の自由度を残すかは、議論が必要。
  • 影響
    • 料率が低い保険組合の加入者(≒給与水準が高い加入者)は、料率が高くなる(値上げとなる)。
    • 料率が高い保険組合の加入者(≒給与水準が低い加入者)は、料率が低くなる(値下げとなる)。

 まずは、国保と健保・共済では、保険料の計算方法が随分と異なるので、健保・共済で一つの全体組合、各自治体の国保で一つの全体組合という形にするのでしょう。しかし、協会けんぽでさえ、地域差*2を付けているので、格差を平準化するというのは、相当な時間、議論を要する問題なのかもしれません。

 格差をつけるというのは受益者負担(コスト負担)を平等にするというの考え方で、格差なしは共助を中心とする考え方です。年金は受益者負担に重きをおき、健康保険については共助を中心とした考えに重きを置くということでよいのではないかと個人的には思います。

 国民健康保険において、自治体格差を縮小すれば、企業の健保組合における被扶養者分の保険料を値上げして(単身者等は値下げ)、壁の高さにより近づけることができますので、さらに壁を低くできます。

(2016/12/8)

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