時事随想

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【自民党改憲案】緊急事態条項 第99条 ー 内閣への全権委任 ー

 2012年に発表した自民党改憲草案の緊急事態条項ですが、危険性があまり認識されていません。緊急事態条項の第99条は、内閣に国会が持つ権限を与えるもので、ナチスの全権委任法と同様な効果を有します。

 本稿では、緊急事態条項のうち、第99条について、簡単に解説します。

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(自民党憲法改正草案より)


 国会の権限(立法権、予算権限)を、制限なく内閣に与えます。また、地方自治体は、内閣の統制下に入ります。予算内容は開示する必要はありません。

 内閣が制定した政令は、既存の法律よりも優先されるので※、全ての法律は内閣の一存で自由に変更できます。国会審議は不要です。また、国会が新たに制定した法律も、直ちに政令により無効化することが可能です。

※:一般法よりも特別法、前法よりも後法が優先されます。政令も法律と同等な効力を有するので、この原則が適用されます。

 政令は、事後に国会の承認を得なければなりませんが、承認が得られなければ無効となるとは限りません。国会の承認が得られるまでは有効であると解釈可能です。

 基本的人権は、「最大限に尊重」されたうえで、制限されます。特に14条(差別)、18条(奴隷的拘束、苦役)、19条(思想・良心の自由)、21条(集会、結社、出版他の表現の自由、通信の秘密)は、「最大限に尊重」したうえで、制限可能です。徴兵することも可能でしょう。

 「その他」の全ての基本的人権も、同様に制限可能です。例えば、信教の自由(20条)や職業選択の自由(22条)、転居の自由(22条)、国籍離脱の自由(22条)、学問の自由(23条)、財産権(24条)も、「最大限に尊重」すれば、制限可能です。

 緊急事態下では、衆議院は解散されません。このため、緊急事態下では、衆議院の議員構成は変わらず、議員の身分は保証されます。終身議員とすることも可能です。選挙を通して反映される民意を気にする必要もありません。

 戦前に導入した国家総動員法、治安維持法、国防保安法などと同様な法律は、緊急事態が宣言されれば、内閣の一存で制定可能です。現在導入されている破壊活動防止法、特定機密保護法や共謀罪、盗聴法も、適用範囲の拡大・強化することが可能です。

 有事や災害時に必要な法律は、既に整備されています。例えば、国民保護法、自衛隊法、警察法、災害対策基本法、災害救助法などです。これには、地方自治体を統制すること、基本的人権を制約することも含まれています。

 緊急事態条項により、国会の立法機能・予算権限は無効化することができます。また、司法は、国の政策に対しては、統治行為論により、判断を下さないことが予想されます。つまり、三権分立による権力の牽制が機能せず、権力の暴走を止めることができない可能性があります。

 戦時中に制定された戦時緊急措置法でさえ、全権委任法であるとして、議会の激しい反発により、成立は、敗戦直前の1945年6月のことでした。

 全権委任法は、国会を無効化する法律です。戦時下でも議会の反発があった全権委任法を、現在の議会は推進しています。それも、憲法レベルで導入することを推進しています。

(2018/10/27)

付録:ワイマール憲法48条と全権委任法

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1933年3月23日、議場で全権委任法への賛成を要求するヒトラー(wikipediaより)


 緊急事態法の議論に際し、ワイマール憲法がしばしば引き合いに出されますが、ワイマール憲法の緊急事態条項でさえ、立法権や予算権限などの全権を内閣に与えるようなことはありません。

 48条は、内閣に権限を与えるのではなく、大統領に大統領令を発令する権限を与えるもので、その範囲は制限されています。このため、内閣と大統領の間に権力の牽制作用が働きます。

 ナチスが全権を得るためには、自作自演の国会議事堂放火事件を起こし、48条に基づく大統領令を発令させることで、わずか1週間の間に5000名以上の人を逮捕・拘留します。この中には、共産党の全ての国会議員も含まれます。

 全権委任法の採択では、総議員数の2/3以上が必要でした。共産党議員の他、ドイツ社会民主党・ドイツ人民党、中央党の議員も、欠席せざるを得ない状況で、総議員数の2/3を満たない状況でしたが、採決直前に議院運営規則を修正することで、議員数は充足しているとして、全権委任法を成立させました。

 このように、ワイマール憲法であっても、直ちに内閣に全権を委任するものではありませんでした。このため、ナチスは、自作自演の事件を犯したうえで、反対勢力を弾圧し、規則を捻じ曲げることで、全権委任法を強行採決したのです。

 今回の憲法改正案では、ナチスが行ったような方法は不要で、緊急事態宣言を一旦内閣が宣言すれば、全権を得ることができます。

ワイマール憲法 第48条

 ① 州がライヒ憲法あるいは国際法によって課された義務を遂行しない時には、ライヒ大統領は、国軍の助力を以てそれを強制することができる。

 ② ドイツ国内において公共の安全及び秩序が深刻な攪乱乃至脅威にさらされている時には、ライヒ大統領は、公共の安全及び秩序を回復するために必要な措置を取ることができ、必要な場合には、そのために国軍の助力を用いることができる。この目的のために、ライヒ大統領は、憲法第114条、第115条、第117条、第118条、第123条、第124条及び第153条に規定された基本権を、全面的にあるいは一部について、停止することができる。

 ③ 本条第一項乃至第二項によって実施されたすべての措置について、ライヒ大統領は、ライヒ議会に速やかに通知しなければならない。これらの措置は、ライヒ議会の求めがあれば、廃止されなければならない。

 ④ 遅滞が危険な場合には、各州の当局は、その領域内において、本条第二項に規定された一時的な措置を取ることができる。それらの措置は、ライヒ大統領乃至ライヒ議会の求めによって廃止される。

 ⑤ 詳細は、ライヒの法律がこれを規定する。

参考文献


小林節・伊藤真
自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!
(2013)


梓澤和幸・岩上安身・澤藤統一郎
前夜ー日本国憲法と自民党改憲案を読み解く[増補改訂版]
(2015)

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