時事随想

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ニュースや新聞を見て、想ったことを綴った随想・論説集

写真からの航空機の飛行高度推定

 本記事では、地上から撮影した写真を用いて航空機の飛行高度を推定する方法を説明します。以前の記事で、我が家上空に厚木基地の哨戒機P-3Cや輸送機C-130が低空飛行すると書きました。以前から、その飛行高度を知りたいと思っていたので、本記事で実際の写真を用いて計算したいと思います。

 飛翔体の大きさが分かっている場合、カメラの撮影パラメータや実際の大きさ、写真上の大きさを用いて、飛行高度を推定することができます。本稿では、対象物の形状や向きを考慮しない簡易な推定方法について説明しますが、対象物の向きを考慮すると、ここで示した方法よりもさらに低い高度となることにご注意ください。

1. 飛行高度推定の計算式

 飛翔体は棒状物体と仮定し、その長さをL、物体の中心は高度Hにあり、飛翔体はカメラ視線と直交、天頂と視線が成す平面上にあると仮定します。ここで、\alphaを天頂方向とカメラを設置してある観測点Oから対象物の視線が成す角度、dを点Oから対象物中心までの距離、\thetaを対象物の両端を観たときの視角とすると、飛翔物とカメラの位置関係は図1のようになります。

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図1: 飛翔物とカメラの位置関係。


 この位置関係では対象物の高度Hには、以下の関係があります。

 d=\frac{L}{2\tan(\theta/2)}

H=d\cos\alpha = \frac{L\cos\alpha}{2\tan(\theta/2)}.     (式1)

 従って、長さL、角度\alpha、視角\thetaを知ることができれば、高度Hを計算できます。

 ここでは、棒状物体は、天頂と視線が成す平面上にあると仮定していますが、棒状物体が視線を回転軸とした回転をした場合でも、視角\thetaは変化しません。従って、この場合でも、上式を適用できます。

(追記: 2016/10/25) 上式では、視線方向と機体が直交することを仮定していますが、機体が水平に飛行することを仮定することもできます。\alphaが小さいときには、影響は小さいのですが、\alphaが大きくなると、影響を無視できません。このため、機体が水平であることを仮定した場合の飛行高度の推定を付録Cに追記しました。

2. 高度推定のためのパラメータ

 高度推定のためには、前節で説明した飛翔体の長さL、角度\alpha、視角\thetaのパラメータを知る必要があります。以下では、それぞれのパラメータについて述べます。

2.1 飛翔体の長さL

 飛翔体の長さLは、文献から知ることができます。今回、撮影した飛行機はC-130R輸送機で大きさは以下の通りです*1

  • 全長:29.8m
  • 全幅:40.4m
  • 全高:11.7m

 飛行機を見上げた画像からは、飛行機の高さはほとんど分からないので、以下では全高は用いません。

2.2 角度\alpha

 角度\alphaは、計測器を用いて撮影したわけではないので精度よく知ることはできませんが、おおよその目分量で10°から30°程度です。角度\alphaは、(式1)の\cos\alphaの項に影響を与えます。 具体的には、\cos(30°) = 0.86から\cos(10°) = 0.98の範囲となるので、最大1割強の差がでることになります。以下では、\cos\alphaの上限と下限の中央値をとって、\cos\alpha=0.92とし、誤差を±0.06として取り扱います。

2.3 視角\thetaの推定

 視角\thetaについては、実際に撮影した画像から推定します。

2.3.1 カメラの焦点距離からカメラの画角を求める

 35mm判カメラの焦点距離と画角\Thetaの関係は、以下の通り(参考:ウィキペディア「画角」)。

  \Theta = 2\tan^{-1}(\frac{36.0}{2FL}).

 撮影に用いたカメラはiPhone5sですが、iPhone5sカメラの35mm換算の焦点距離をFL=29.0mmとします(付録B参照)。このとき、水平方向の画角\Thetaは、以下の通り、63.6°となります。

  \Theta = 2\tan^{-1}(\frac{36.0}{2\times29.0})=63.6°.

2.3.2 カメラの画角と画像上の長さから視角\thetaを求める

 カメラの画角\Thetaと画像上の飛翔体の長さkから、視角\thetaを求める計算式について説明します。図2に示すように、カメラモデルはピンホールカメラでカメラ歪はなく、飛翔体は小さく、画像の中心付近で撮影されると仮定すると、以下の(式2)で視角\thetaを十分な精度で近似計算できます。ここで、Kは画像の水平方向の画素数でiPhone5sの場合3264画素、cは画像中心から飛翔体の中心までの画素数です。

  \tan(\theta+\beta) = \frac{b+k}{f}
を変形すると、
  \frac{\tan\theta+\tan\beta}{1-\tan\theta\tan\beta} = \frac{b+k}{f} ~,
\tan\beta=\frac{b}{f}を代入し、
 \frac{\tan\theta+\frac{b}{f}}{1-(\tan\theta)\frac{b}{f}} = \frac{b+k}{f} ~,
  f\tan\theta+b = \left(1-\frac{b\tan\theta}{f}\right)(b+k) ~,
  f^{2}\tan\theta = kf - b (b+k)\tan\theta ~,
  (f^{2}+b^{2}+bk)\tan\theta = kf ~,
  \tan\theta = \frac{kf}{f^{2}+b^{2}+bk} ~,
従って、
   \theta = \tan ^{-1}\left(\frac{kf}{f^{2}+b^{2}+bk}\right) ~.          (式2)

ここで、
  f =\frac{K}{2\tan(\Theta/2)} ~,
  b = c-\frac{k}{2} ~.

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図2:画像上の大きさkと視角\thetaの関係。


3. 実際の写真から飛行高度を推定する

3.1 画像を用いた飛行高度の計算式

 これまでの計算式、及び、パラメータをまとめると、以下の通りです。

  • H=d\cos\alpha = \frac{L\cos\alpha}{2\tan(\theta/2)}.         (式1)
  • C-130Rの長さL
    • 全長:29.8m
    • 全幅:40.4m
  • \cos\alpha=0.92\pm0.06
  •  \theta = \tan ^{-1}\left(\frac{kf}{f^{2}+b^{2}+bk}\right) ~.          (式2)
     ここで、
       f =\frac{K}{2\tan(\Theta/2)} ~,
       b = c-\frac{k}{2} ~,
       K=3264 ~,
       \Theta = 63.6°

 従って、画像上のC-130Rの幅や長さk、画像中心からの距離cを求めれば、高度Hを計算することができます。

3.2 輸送機C-130Rの撮影画像

 iPhoneで撮影した3枚の画像を図3に示します。iPhoneでも、プロペラや尾翼などが意外と高い解像度で写ります。

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(a) 画像1
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(b) 画像2
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(c) 画像3
図3: iPhoneによって撮影した輸送機C-130R。
右側は、左側の画像から切り出したC-130Rの画像。

3.3 飛行高度の推定

 撮影した画像から画像上でのC-103Rの全幅や全長を求め、飛行高度を計算しました。

画像1 画像2 画像3
画像中心からの距離c(ピクセル)153 364 146
全長(ピクセル) 134 177 184
全長の視角(°) 2.92 3.78 4.00
全長から求めた高度(m) 537\pm35415\pm27392\pm26
全幅(ピクセル) 187 205 203
全幅の視角(°) 4.07 4.38 4.41
全幅から求めた高度(m) 523\pm34486\pm32483\pm31

 画像1から画像3は同じ機体を追いかけて撮影しているので、高度はほぼ同じと思いますが、推定値は400mから550m程度の値となりました。付録Aで説明していますが、機体が傾くと、推定される高度は、実際の高度よりも高い値となります。

 画像1は明らかに他の画像に比べても斜めからの撮影になっていますので、それに伴って、推定高度は高くなっています。いずれの写真でも、機体を斜めから撮影していますが、画像2と画像3の全長方向(機首から尾翼まで)が最も斜めの度合いが低いようです。実寸の機体の全長は29.8m、全幅は40.4mなので、全長と全幅の比は 1.35 となりますが、画像2と画像3の全長・全幅の比は、それぞれ 1.15 と 1.10 で本来の比よりも2割程度小さく、全長に比べて全幅がより短く映っていることからも判断できます。

 画像2と画像3の全長から推定した高度は、415mと392mでした。斜めに映っていることを考慮すると、それよりも若干低い高度で飛行していると思われます。

4. 最後に

 本記事では、写真から航空機の飛行高度を推定する方法を示しました。また、iPhoneで撮影したC-130R輸送機の画像から、我が家上空の飛行高度を推定したところ、400m程度の飛行高度であることが分かりました。

 この程度の高度で飛行することは頻繁にあるのですが、結構うるさいです。自衛隊さん、出来ればもう少し上空を飛行してもらえませんかね?

(2016/10/22)

付録A. 対象物の向きを考慮した推定について

 対象物の向きを考慮した場合の高度推定について説明します。

 図4に示すように機体が傾いた場合、本文で示した方法で計算される推定高度Hは、本来の高度H'よりも大きくなります。これは、実際には低空を飛行しても、機体の傾きがあれば、傾きがないものとして高度を推定してしまうからです。

 もっと分かりやすく言うと、機体(棒状物体)が傾けば、小さく見えます。同じ大きさのものでも小さく見えれば、遠くにあると思ってしまうことと同じで、傾きが大きければ大きいほど、機体は小さく見えるために、推定高度はより高くなります。

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図4: 機体が傾いた場合、推定高度Hは本来の高度H'よりも高くなる。


 棒状物体モデルの場合、遠くて傾いていない機体と近くて傾いている機体の区別ができません。このため、棒状物体モデルの場合では機体に傾きがあると推定高度に誤差を生じさせます。しかし、航空機の形状を十字形でモデル化すると、傾きを考慮した飛行高度の推定式を導くことができ、より高い精度での推定が可能となります。具体的な計算方法を示そうかと思ったのですが、専門的で長くなるので、記事に含めませんでした。

付録B. iPhone5sの35mm判換算の焦点距離

 iPhone5sの35mm判換算の焦点距離は、AppleによるiPhone5sの技術仕様では公表されておらず、別の方法で調べる必要があります。以下では、公開されている情報からiPhone5sの焦点距離を推測します。

B.1 Exifデータでの35mm換算の焦点距離

 iPhone5sのカメラの35mm換算の焦点距離は、例えば、以下の記事では30mmと言われているようです。

 これらは、JPEG画像に含まれるExifの情報を根拠にしています。記事中のExifデータは「焦点距離4.1mm, 35mm判換算の焦点距離30mm」で、私の撮影した画像では、「焦点距離4.15mm, 35mm判換算の焦点距離29mm」と異なる数字となっています。カメラモジュールの変更、あるいは、ソフトウェア的な変更などなんらかの理由で、発表時のiPhone5sと現在のiPhone5s(購入はiPhone5sの発売当初)で違いがあることが分かります。

B.2 撮像センサの仕様から計算した35mm換算の焦点距離

 以下のブログに記載の方法に従って、iPhone5sのセンササイズ(4.89mm×3.67mm)から計算してみます。

 カメラの焦点距離flは、Exif情報の4.15mmと先のBrian Klugの記事にある値である4.12mm(他の記事でもよく記載される値)を用いて、35mm判換算の焦点距離f35を計算すると、 次の値となります。ちなみに35mm判のサイズは36mm×24mmです。

  • 水平幅を基準とした35mm判換算の焦点距離:
    f35 (fl=4.15mm) = 36×4.15/4.89 = 30.55mm
    f35 (fl=4.12mm) = 36×4.12/4.89 = 30.33mm

  • 対角長を基準とした35mm判換算の焦点距離:
    f35 (fl=4.15mm) = \sqrt{36^2+24^2} \times 4.15/\sqrt{4.89^2+3.67^2} = 29.37mm
    f35 (fl=4.12mm) = \sqrt{36^2+24^2} \times 4.12/\sqrt{4.89^2+3.67^2} = 29.15mm

 ここで、水平幅と対角長の二つの基準があるのは、iPhone5sのカメラはアスペクト比4:3、35mm判カメラがアスペクト比3:2と一致せず、35mm換算の計算時に基準の取り方に選択肢があるためです。

 計算した値は、Exif情報のfl=4.15mmを使うと、水平幅基準で30.55mm、あるいは、対角長基準で29.37mmとなります。対角基準の場合は、35mm換算焦点距離29mmのExifデータと矛盾しない値となります。

 ここで示した値の最小は29.15mm、最大は30.55mmで数%程度の違いです。今回の飛行機高度の推定には十分小さな差ですので、本稿ではExif情報の29mmをiPhone5sの焦点距離として取り扱います。

B.3 焦点距離は、水平基準か、対角基準か?

 Exifの規格*2では、アスペクト比が3:2でない場合の35mm換算の焦点距離の計算方法は規定されていないようです。このため、iPhone5sのExif情報の焦点距離29mmが、水平幅基準、あるいは、対角基準のいずれに基づいて計算されているのか分かりません。

 前記ソニックムーブのブログでは、iPhone5は水平基準で計算されていると推定されることから、本稿でもiPhone5sの場合も同様に水平基準から計算されているものと仮定します。

B.4 本稿で採用する焦点距離

 結論として、本稿では、iPhone5sの35mm判換算の焦点距離は、水平基準で計算された29mmとします。但し、推測誤差は5パーセント程度。

 5%程度の誤差であれば、自分で計測しても得られそうな精度ですね。

付録C. 飛翔体の水平を仮定した場合の飛行高度推定

C.1 高度推定式の導出

 図5の位置関係を仮定します。本文の仮定との違いは、飛翔体が水平であることと、天頂からの角度\alphaを飛翔体の中心ではなく、近い方の端に設けている点です。\thetaが小さい場合には大きな影響はありません。また、もともとの\alphaは目分量で決めているので、誤差が大きいので、無視できる範囲です(気になるのであれば、\theta程度のバイアスを\alphaに加えて補正すればよいでしょう)。

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図5:飛翔体が水平航行することを仮定した場合の位置関係。


 このとき、次の関係式が得られます。

  \tan(\theta+\alpha) = \frac{L+s}{H}
  \tan\alpha = \frac{s}{H}

 第2式から得られるs=H\tan\alphaを第1式に代入し、Hを求めると、次式となります。

  H= \frac{L}{\tan(\theta+\alpha)-\tan\alpha}

C.2 推定結果

 飛翔体が水平と仮定して計算した結果は、以下の通りです。全体的に30~40m程度、推定高度が低くなります。

画像1 画像2 画像3
全長から求めた高度(m)(本文の方法) 537\pm35415\pm27392\pm26
全長から求めた高度(m)(水平を仮定) 493\pm68379\pm53358\pm51
全幅から求めた高度(m)(本文の方法) 523\pm34486\pm32483\pm31
全幅から求めた高度(m)(水平を仮定) 475\pm68442\pm63439\pm63

 この方法では、天頂方向と視線が方向がなす平面上に棒状物体がある必要がありますが、本文の方法では、その制限はありません。基本的に天頂から視線方向に棒状を見た場合には棒が小さく見えますので、そういう場合には、ここでの方法がより近い推定となり、一方、天頂方向と視線がなす平面に棒状物体が直交する場合には、水平飛行であっても大きさは変化しませんので、本文の方がより適切な推定方式となります。

 飛行機を十字形と考えると、真上に飛行機がある場合を除いて、本文の仮定(視線方向と全長・全幅の方向が直交する)と、ここでの仮定(水平飛行と物体の向きの仮定)が同時に成立することはありません(真上に来た時には2つの仮定が同時に成立し得る)。このため、本文の推定とここでの推定は、おおよその目安と思うことが必要です。

 より正確に推定するためには、機体の向きについての仮定を緩めて、推定式を導く必要があります。

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10年前のゼロ金利予測と今後10年の金利予測

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 外国為替保証金取引(所謂FX)をしていますが、為替や金利の動向は気になります。筆者の場合は、数日の変動ではなく、月単位・年単位の変動を特に考えています。毎日毎日、為替動向を気にしているのは面倒で、仕事をしながら常時チェックしているのは無理、ということもあります。年単位で長期的に保有するつもりで建玉を持っているので、長期的な金利動向は重要になります。

 10年前(2005年頃)であれば、今後10年間は円はゼロ金利で、ロング建玉を多めに持っても、長期的には金利(スワップポイント)で相当な部分はカバーできると予想できました。そのため、時価評価ベースで多少損失がでていても、ほとんど気にしていませんでした。

 最近は、どこの国も低金利で、かつてのNXドル・豪ドルなどの高金利通貨も、現在では年2-3%ほどの金利にしかなりません。さすが、この金利では時価評価ベースの損失が大きいと金利でカバーするのは難しくなります。外国通貨が高くなったときには、慎重に対応する必要があります。

 それでも、FXを始めてから、リーマンショックの年以外は、常に簿価ベースの利益は上げていて、リーマンショック後の年利回りは平均17%と好成績(但し、税金は考慮せず)。日銀の金利政策の影響が多いとはいえ、それを除いても好成績です。もともとの金額がリーマンショック後のショックで少額投資からの再スタートだったのですが、ここで勝負していれば、今頃は億万長者(笑)。

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 さて、FXでそれなりに稼いでいると気になるのは、いつまでFXで儲けられるのか、ということ。基本的に長期の建玉を持つ取引スタイルなので、スワップポイントの影響を大きく受けます。過去の10年は、10年後も金利はゼロ、浮き沈みはあっても、大幅にレンジから外れなければ、10年単位で見れば、そのうち戻すという安心感がありました。

 しかし、今後の日本の10年後の金利は、かなり高い金利になっていると予想できます。理由は簡単で日本国債を買うための原資なくなり、国債がダブついてしまうからです。これまでは、個人資産があるから日本国債は大丈夫と言われていましたが、今後は団塊の世代の貯蓄が消費され、少子高齢化で社会保障費も引き上げられ、若い世代は貯蓄する余裕がなくなります。今もその傾向がでていますが、所謂2025年問題*1が顕在化するころにはどうなることやら。

 もっとも、国債の引き受け先がないことを避けるために、異次元の日銀国債引き受け(要するに財政ファイナンス)を行う可能性は高いですが、さすがにそれをやると極端な円安とハイパーインフレを招きそうです*2

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(2016/10/20)

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 ここのところのクリントン氏の支持率向上に影響があったのは、第1回テレビ討論会(9月27日)、第2回テレビ討論会(10月11日)とその直前のバスの中の会話が記録されていた猥褻発言ビデオとその後続く過去の猥褻問題。その前の9月中は、トランプ氏の目立った失点がなく、"好きになれない"クリントン氏がじりじりと支持率を下げたといったところでしょうか。

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図1:円ドルと支持率の推移 (2016/8/15-2016/10/17)。
左縦軸は、クリントン氏とトランプ氏の支持率の差。
(RealClearPoliticsの支持率データに基づき筆者作成)

 

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図2:円ドルと支持率の相関散布図(2016/8/31-2016/10/17)。
支持率と円ドルレートには相関関係がある。

大統領選、今後も目が離せません

 この相関を考えると、大統領選までは、クリントン氏が徐々に支持率を上げていけば、それに合わせて徐々に円安となりそうです。大統領選1週間後の円ドルレートは、クリントン大統領で安心のドル買いが起こって、2-3円の円安で105-108円といったところでしょうか。逆に、トランプ大統領サプライズならば、どこまで円高が進むのか、見当がつきませんが、個人的には1週間程度で10円弱の円高で90円台前半、一回反発するも、長期的には円高トレンドで、1ドル80円台になると予想しています。

(2016/10/18) (2016/12/12:追記) 思いっきり外しました(笑)。

【天皇】日本は世界最長の王国

世界最長在位のプミポン国王

 先日、タイのプミポン国王が亡くなられました。世界で最も長い在位の国王だったそうです。

 タイではクーデターがしばしば起きましたが、その度にプミポン国王の調停によって酷い内戦のような事態には発展しませんでした。国王の権威と国王への尊敬が、そのようなことを可能とさせたのでしょう。

日本の天皇家

 日本の天皇も、日本の君主として、長い間、存在し、現在も象徴君主として存在しています。始まりを神武天皇の即位とすると、紀元前660年(弥生時代)になってしまうので、実際にはその何世紀も後のことになりますが、少なくとも、飛鳥時代には天皇は神話の世界ではなく、歴史上の君主として在位しています。つまり、天皇家には実に1400年以上もの歴史があります。

 考えてみると、1400年もの長きに亘って、現在まで存続している王家がいるのは、日本ぐらいではないでしょうか。さらに、天皇の場合、先祖を遡ると、天照大神などの神様に遡ることができるという点でも、稀有な存在です。もちろん、天照大神や神武天皇は神話の世界で、天皇の正統性を確保し、権威を与えるために、日本書紀や古事記に記されたものです。この神から続くという神話が天皇を長い間存続させている理由の一つではないかと思います。

征夷大将軍と朝廷

 天皇家の統治は、平安時代の後期に崩れ、そして、鎌倉時代に終わりました。しかし、武士統治の時代になっても、武士の棟梁である征夷大将軍は、あくまで朝廷の家臣という位置づけになります。

 武士の統治者として最初に征夷大将軍となったのは、源頼朝です。しかし、源頼朝は、平治の乱で敗北し、伊豆に流刑となった身。日本を軍事的に平定したとはいえ、権威はありません。源頼朝は、朝廷から征夷大将軍という官職を得ることで、「天皇の代理として」、日本を統治するという権威を得たということになるでしょう。西洋の王権神授説に近いかもしれません。王権神授説の「王の権力は、神から付託されたものである」という代わりに、「征夷大将軍の権力は天皇という現人神から付託されたものである」という訳です。

明治維新と終戦と象徴天皇

 明治維新により、天皇は近代国家の君主という形で復権します。いくら軍事力はあるとはいえ、薩摩や長州などの田舎侍が日本を統治するためには権威が必要で、その権威を得るために天皇を利用したということです。鳥羽・伏見の戦いや戊辰戦争で掲げられた錦の御旗は、薩長軍に正統性を与えるものでした。その後、薩長が中心となって作った明治政府・明治憲法により、立憲君主制とはいえ、「天皇は神聖にして侵すべからず」存在として復権を果たすことになります。

 日本が第二次世界大戦に敗れ、天皇制の存廃を検討する際にも、天皇制を廃止すれば、日本統治が困難となるとの理由で、天皇制を存続させました。そして、現行憲法での象徴天皇制という形で残ることになりました。

日本は世界最長の王国

 天皇家は、日本の歴史が始まる時点から現在まで、(実質的統治の有無はあるにせよ)国家君主として存続し、ついには世界最長の王家となりました。そういった意味で、日本は世界最長の王国ということができます。

(2016/10/17)

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魚釣島奪還作戦~ある一つのシナリオ~

魚釣島奪還作戦

 それは、一隻の漁船の遭難から始まった。

 201x年8月、台風16号の影響で東シナ海は荒れていた。尖閣諸島周辺で鰹漁をしていた中国船籍の漁船が遭難信号を発した。東シナ海を管轄する海上保安庁第十一管区海上保安部は、中国漁船の救助要請に応じ、魚釣島への寄港を認めた。漁船の乗組員は、魚釣島に上陸し、台風が過ぎ去るのを待った。

 予てから尖閣諸島は中国固有の領土と信じ、反日感情をもっていた漁船の船員達は、中国国旗とともに「這裡是中國的領土(ここは中国の領土だ)」と書かれた垂れ幕を魚釣島に掲げた。

 日本政府は、これを示威活動とみなし、船員達への対応を、海難救助活動から、不法入国者への警備活動として対処することを決定した。この決定に基づき、海上保安庁は、船員達を逮捕・拘束するため、巡視船いしがきを魚釣島へ派遣した。

 中国政府は日本政府に強く抗議したが、日本政府は決定を撤回しなかった。日本の対応に対し、中国政府は、自国領土「釣魚島」における自国民保護の立場から、船員達を「救助する」ことを決定し、中国国家海洋局の海監を派遣した。さらに、公海上には人民解放軍の艦隊を待機させた。この中には上陸作戦を行う海軍陸戦隊の揚陸艦も含まれていた。日本政府も、石垣島・宮古島所属の全ての巡視船を追加派遣し、海上自衛隊の護衛艦・揚陸艦を尖閣諸島沖に待機させた。

 尖閣諸島は、日本と中国の一触即発の緊張状態となった。日本政府は外交ルートを通じて、海監及び海軍艦隊の退去を要請したが、中国政府はこれを受け入れなかった。中国海監が魚釣島に接近する中で、巡視船いしがきは海監に対して威嚇射撃を行った。中国海監は、これを攻撃と見做し、いしがきに反撃・撃沈した。中国海監は魚釣島に上陸、占拠した。漁船の船員達は、中国海監に保護された。いしがき乗船の海上保安官も保護されたが、不法行為者として拘禁された。

 この事態に際し、日本政府は、海上自衛隊に防衛出動命令、すなわち、中国海監への攻撃命令を下すことはなかった。中国との軍事紛争となることは明白だったからである。日本政府は、国際社会に向けて中国に対する非難声明を発し、欧米各国・アジア各国もこれに賛同、国連安保理に提起した中国への非難決議案にも、理事国14カ国が賛成した。しかし、非難決議案は、当然ながら中国の拒否権行使により否決された。国際社会の非難にも拘わらず、中国は魚釣島の占拠を続け、実行支配を強めていった。

 日本の国内世論は、防衛出動命令を出さなかった政府に対し、強烈な批判を浴びせた。内閣は総辞職し、新内閣が発足した。新内閣の首相は、これで3度目の任命である。

 新政府は、魚釣島奪還作戦を計画、世論は熱狂的に支持した。そして、日本は、魚釣島奪還作戦を決行した。

 美しい国の樹立である。

(2015/9/16)

解説

 この記事は、尖閣諸島の占拠と奪還についてのシナリオについて、1年ほど前に執筆しました。

 このシナリオでは、漁船の難破から物語を始めましたが、いま書くなら、大量の漁船団の襲撃というシナリオとなります。また、事件は首相の2度目の任期中に起こりそうな予感がします。

関連記事

(再掲:2016/10/16)

中国による尖閣諸島の占拠を許してはいけない

 中国は経済大国・軍事大国になるにつれ、経済的にも、軍事的にも海外進出を強めています。現在も、大国アメリカや大国ロシアは、他国へ軍隊を送り、戦争することを厭いません。中国も同じよう戦争を厭わない軍事大国になるでしょう。現在の南シナ海や尖閣諸島への進出も、アジアにおける軍事的・経済的覇権をアメリカから奪うための行動の一環ととらえることができます。これまで幾多の戦争を行ってきた中国としては、本格的な戦争は避けるとしても、多少の軍事衝突は厭わないでしょう。

 日本としても、中国が尖閣諸島を占拠することを想定しなければなりません。本稿では、中国の尖閣諸島の占拠について考察します。

1. 中国の海洋進出と尖閣諸島の現状

 強硬姿勢を緩めない中国の海洋進出ですが、南沙諸島(スプラトリー諸島)、西沙諸島(パラセル諸島)の埋め立て・軍事基地化に加えて、スカボロー礁も埋め立てて軍事拠点を作りそうな状況です((時事通信, 「中国、スカボロー礁にしゅんせつ船か=埋め立て準備の可能性-比」, 2016/9/4.))。これが完成すれば、南シナ海における戦略的トライアングルができて、南シナ海における軍事的プレゼンスが格段に高まります((Yahoo! JAPANニュース, 「「民進党」の皆さん、中国が南シナ海で構築中の「戦略的トライアングル」って知ってますか?」, 2016/3/18.))。

 日本も無関係ではなく、尖閣諸島への中国の実効支配化を進めようとしています。日中関係は、2010年の尖閣諸島中国船衝突事件、2012年の尖閣諸島国有化で非常に悪化しましたが、いまは小康状態を保っているといったところでしょうか。とはいっても、中国の尖閣諸島進出の勢いは止まらないどころか、さらに激しくなっています。図1は、海洋保安庁が公開している中国公船による領海侵入数((海上保安庁, 「尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処」.))を表していますが、国有化を契機に定常的に領海侵犯を行っています。今年に入ってからは、中国漁船300隻を引き連れて、尖閣諸島に侵入してきました((ニューズウィーク日本版, 「中国漁船300隻が尖閣来襲、「異例」の事態の「意外」な背景」, 2016/8/12.))。

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図1: 中国公船等による尖閣諸島周辺の領海侵入数。
海上保安庁「尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処」に基づき筆者作成

2. 自衛隊の離島奪還訓練

 自衛隊では、離島奪還訓練という名で、主に中国の離島占拠を想定したと思われる軍事訓練を行っています。

 自衛隊による離島奪還訓練は、2013年から開始されました((中央日報, 「日本自衛隊が離島奪還訓練…過去最大規模」, 2013/11/2.))((琉球新報, 「離島奪還 危機あおる訓練は迷惑だ」, 2013/10/25.))。その後も、継続して訓練が行われ、今年も離島奪還訓練が行われています((産経ニュース, 「離島奪還想定、陸海空統合訓練を公開 最新鋭の10式戦車など登場 輸送防護車の初展示も」, 2016/8/28.))。また、与那国島の陸自部隊隊も、今年3月に発足し、レーダーを使った沿岸監視などを行います((産経フォト, 「与那国島で陸自部隊発足 中国にらみ南西防衛強化」, 2016/3/28.))。確かに、与那国にレーダー基地を配備することは必要でしょう。尖閣諸島が中国に占拠されてしまったときに、本気で奪還するとすれば、奪還作戦も必要でしょう。そういう準備をすることで、一定の抑止力にもなると思います。

 しかし、中国による尖閣諸島の占拠を回避できるかは、少々疑問です。

3. 韓国による竹島の実効支配の歴史

 尖閣諸島の中国による実効支配を予測するに当たって、参考になるのは、韓国による竹島の占拠と実効支配です。前回記事に韓国による竹島占拠までのイベントを時系列でまとめています。

 1953年の当初は、日本も韓国も、竹島周辺に巡視船等を常時停留させたり、竹島に常駐することはできず、どちらの国も実効支配しているという状況ではありませんでした。

 1953年に日本側が韓国漁民を発見、韓国漁民を退去させますが、その後の日本側の対応は、巡視船を巡回させ、竹島が日本であることを示す標柱を立て、漁民の不法操業・不法上陸を止めさせるように韓国政府に抗議するというものでした。竹島の主権を主張している韓国としては、この抗議を受け入れることは当然ありません。韓国側は、1953年7月には、漁民とともに、自動小銃や拳銃を持った警官を伴って、竹島に上陸しています。巡視船「へくら」上での日韓の会談後、銃撃を受けますが、銃撃を伴った争いは、この年はこの一回のみで、日本側の被害は、巡視船「へくら」が銃弾2発を受けた程度で極わずかの被害です。

 1953年の間は、日韓ともに竹島に人が常駐しているわけではないので、韓国漁民がときどき竹島に寄っていったり、日本の巡視船や試験船が上陸したりしていた程度で、日韓の衝突や漁民の拿捕ということはなく、年表を見る限りでは高い緊張状態にはなかったようです。せいぜいあったのは、標柱・標石の撤去や再設置ぐらいでした。

 状況が急変したのは、1954年になってから韓国政府が竹島に沿岸警備隊の駐留部隊を派遣したところからでしょう。前年に朝鮮戦争が休戦となったので、軍事的に余裕がでてきたということもあったのかもしれません。この後は、韓国に常駐のための施設を設置され、1954年11月の巡視船「へくら」への竹島からの大砲の砲撃と、それに対して軍事的対抗措置手段を行わないことで、韓国の竹島占拠が完了、現在まで実効支配されています。

 日本は国際司法裁判所への付託を提案するも、韓国はこれを拒否しており、有効な解決手段とはなりませんでした。その後も、外交交渉は行われていますが、いまだに成果は上げられていません。

4. そもそも占拠されてはいけない

 竹島の実効支配の歴史を振り返ると、そもそも、韓国の常駐を防がなかったことが問題でした。韓国による常駐を防ぐためには、日本が先に常駐すればよかったのです。1953年時点でそれを行わなかったことが最大の問題でしょう。

 今年に入って、中国は大量の漁船を引き連れて、尖閣諸島に迫っています。この大船団を相手に、海上保安庁の高々十数隻の巡視船で守りきることは困難でしょう((山田吉彦, 「迫る 海保の能力を超えた危機」.))。大船団の中には、民兵が乗船しています((SAPIO11月号, 「尖閣諸島を襲う中国漁船に乗船する「海上民兵」の正体」, 2016/10/13.))((産経ニュース, 「尖閣奪取に海上民兵 中国は本気だ!「軍事力」への警戒強めよ」, 2016/8/18.))。

 筆者が予想する中国による尖閣諸島の実効支配のシナリオは、以下の通りです。

 (a) 中国公船を伴った大船団が尖閣諸島に領海侵犯を行う(今年8月と同じ)。
 (b) 次に、民兵組織が尖閣諸島に上陸・常駐し、中国主権を主張する。
  大船団で襲撃されては、海上保安庁の能力では、上陸を阻止できません。
 (c) 日本は中国に抗議する。中国は、日本の抗議を受け入れない(竹島の場合と同じ)。
 (d) 中国軍が、尖閣諸島に常駐のための施設を整備し、常駐する(竹島の場合と同じ)。

(b)あるいは(d)の段階で、日本が実力行使によって、民兵組織の排除や中国軍の施設整備を阻止できなければ、竹島と同じく、中国によって尖閣は実効支配されます。

 民兵組織の排除であれば、人数にもよりますが、警察力、つまり、海上保安庁によって執行することになるでしょう。海上には、中国海監や中国海軍が待ち受ける中、海上保安庁の巡視船が出航することになります。その先には、(民兵に指揮された)漁船団が待ち受けています。これらを蹴散らして、尖閣諸島に上陸し、民兵の逮捕を行います。民兵逮捕に当たっては、銃撃戦となるでしょう。海上保安庁の巡視船を阻止するために、中国海軍が実力行使することも考えられます。後方支援として海上自衛隊が控えることとなるでしょうが、自衛隊が巡視船保護のため武力行使すれば、中国側と交戦するということになり、軍事紛争に発展します。

 米国はこのときどうするでしょうか?一義的には日本の問題ですので、(情報収集など自衛隊の後方支援はあるかもしれませんが)基本的に何もしません、というよりも、何もしてはいけません。日本が日米安保条約に基づき要請するとしても、あくまで後方支援でしょう。最前線にでるのは、日本であり、民兵排除や尖閣奪還は、日本人が行わなければならないのです(米国人は血を流さない)。

 現状は竹島占拠のときと同様に、海上保安庁任せ。いざ中国が占拠するつもりであれば、容易に尖閣は占拠されます。尖閣諸島の実効支配を避けるには、そもそも離島を占拠されないことが、重要です。そのためには、小火器や重火器を保有し銃撃戦を行える日本人が常駐することが必要となると思います。フィリピンでは、中国の海洋進出に対抗するため、10名程度の海兵隊員が難破船シエラマドレ号に常駐しています((朝日新聞DIGITAL, 「対立の海 中国の海洋進出 2章 最前線の難破船」.))。無人であれば、単に「自国領土」に上陸するだけですが、既に常駐している兵士がいれば、これを排除しなければなりません。中国としても、容易には上陸することはできないでしょう。

 日本がすぐに軍事行動を起こすことはなく、また、米軍も、尖閣の地域紛争では出てくることはないと中国は踏んでいるでしょう。いつでも中国が尖閣占拠する可能性があります。中国により尖閣が占拠された場合、中国の実効支配を許すか、尖閣諸島を奪還するために中国との戦争を起こすか、の2つの選択肢しか日本には残されません。

 現在は、竹島のときとは違って、日本は軍隊(自衛隊)を保有し、領土紛争(国際紛争)に対しても武力行使・戦争を行うことが可能です。いざ、中国が尖閣を占拠するということになれば、国論は分かれることになると思いますが、戦争という選択を国民自身がする可能性も少なくありません。

 戦争は絶対に避けなければなりません。そのためには、尖閣占拠を阻止する有効な方法を考え、早急に実施する必要があります。

(2016/10/15)

関連記事

韓国による竹島占拠までの年表

 韓国による竹島占拠までの年表を作成しました。韓国の実効支配は、韓国警備員の常駐と1954年11月21日の海上保安庁巡視船「へくら」への砲撃、及び、それに対して日本側が対抗措置を行わないことで、ほぼ確立しました。この記事では、日本側の資料を中心に、1952年5月28日の韓国漁民の発見から1954年11月21日の巡視船「へくら」砲撃までの間のイベントを時系列でまとめました。

1. 参照資料

1.1 採用した資料

 入手した資料のうち、次の資料を採用して、年表を作成しました。

1.2 採用しなかった資料

独島義勇守備隊に関する資料

 一部の資料では、竹島占拠においては、独島義勇守備隊が活躍したとされます。しかし、日本側の資料との齟齬が多く、独島義勇守備隊が活躍したとの記述については信憑性が低いと判断しました。また、韓国メディアトゥデイ(資料11)も、独島義勇守備隊の活躍については疑問視しています。

 独島義勇守備隊の活躍に関する資料には、以下のものがあります(他にも多数あります)。

 これらの資料については、年表作成に当たって採用しませんでした。各資料の信憑性に関する検証は付録で述べます。

2. 竹島の占拠までの年表

 1952年1月18日の李承晩ラインの設定から、1954年11月21日の巡視船「へくら」への砲撃までを時系列でまとめています。主に、資料1(外交防衛調査室の論文)と資料2(海上保安庁の竹島巡視記録)をベースに他の資料の情報を追記しています。

日付イベント
1952/1/18 - 李承晩大統領による「海洋主権宣言」(「李承晩ライン」の設定)
1952/4/28 - サンフランシスコ平和条約が発効。
1952/7/26 - 日米合同委員会で在日米軍の爆撃訓練区域に指定。
1953/1/12 韓国政府 李承晩ライン内に出漁した日本漁船の徹底拿捕を指示。
1953/2/4 - 第一大邦丸事件が発生。韓国海軍によって、福岡の漁船「第一大邦丸」「第二大邦丸」が銃撃・拿捕され、その際に船員1名が死亡。
1953/3/19 - 日米合同委員会で在日米軍の爆撃訓練区域からの解除。
1953/5/28 島根丸 韓国漁民の操業活動をはじめて発見。島根県水産試験船「島根丸」が、竹島沖3海里において韓国旗を掲げた動力船6隻、伝馬船6隻にて海藻や貝殻の採取を確認。漁民は約30名(あるいは約60名)。「船を近づけて来た韓国漁民と交歓」(資料6)
1953/6/15-16島根丸 竹島に韓国人を確認。(資料3)
1953/6/17 海保本部 「竹島周辺海域の密航密漁取締りの強化」を決定。
1953/6/22 日本政府 日本が韓国代理部に対して、韓国漁民の不法上陸・不法操業等を抗議。
1953/6/25 鵬丸 毎日新聞記者、隠岐高校水産科の練習船「鵬丸」で竹島上陸。毎日新聞記事「問題の竹島現地レポ-まだいた韓国漁夫-アシカ料理で歓待>」(資料6)
1953/6/26 美保丸 (朝日新聞記者)漁船「美穂丸」にて、竹島上陸。6月28日の朝日新聞島根版「“日本に行きたい”‐広谷氏語る‐竹島の韓国人哀願」は「竹島のアシカ狩りに8年間の経験を持つ西郷町の漁業者広谷元次郎氏(64)が急に竹島が恋しくなり、25日夜所有する「美保丸」(15トン)に船員4人と乗り組み、26日昼頃竹島に到着した。丁度昼食時分で、島にいた韓国人達がアシカ料理や魚介類を食っていた。「鬱陵島と連絡がとれぬので米がない。」とこぼしていたので米6升を置いてきた。帰ろうとすると船に24、5才と34、5才の男が乗り込んできて「どうか日本へ連れて行ってくれ」と泣かんばかりに頼んできたため、隠岐に帰って相談してみるとし、26日午後2時頃竹島を離れた」という主旨の記事。(資料6)
1953/6/26韓国政府 韓国が「竹島は韓国領土の一部である」旨の回答(6/22の日本の抗議に対する回答)。
1953/6/27 海保上陸 海保「おき」「くずりゅう」にて、島根県職員2名、島根県警察官3名、海上保安官25名が竹島に上陸。竹島で6名の韓国漁民を発見。標柱を設置(以下、「設標」)。このときの標柱は「島根県穏地郡五箇村」「不法漁業を禁止」の二つ。(資料1)
 漁民は鬱陵島在住で6月9日に来島して海草を採取していたが、時化で母船が来ないため食料が無くなって困っていた。鬱陵島に送ってほしいと希望したが、母船が到着し次第、退去するように勧告。(資料5)
1953/7/1-2 海保上陸 海保「ながら」。竹島及び周辺に人、船舶がいないことを確認
1953/7/2 韓国政府 韓国外務部スポークスマン、日本側が竹島で韓国の漁船及び漁民を捕えたのでこれを保護するため韓国海軍船艇を竹島に派遣すると発表した。(資料6)
1953/7/8 韓国国会 6/27の海保上陸について日本政府に厳重抗議することを求める建議文を採択。主権侵害を防止するための「積極的な措置」をとることを求める。(資料5)
1953/7/9 海保100m 海保「おき」。竹島及び周辺に人、船舶がいないことを確認
1953/7/12 海保700m 海保「へくら」、日本側の標柱撤去を確認。韓国漁民、漁船が多数来島しているのを確認。韓国動力船3隻、伝馬船1隻、韓国人約40名(内、警察官7名)。警察官は自動小銃2丁の他、拳銃を携行。韓国警官が巡視船「へくら」に来船し、退去を要請。「へくら」離島時に数十発の銃撃を受け、うち2発が命中(資料2,6)
朝日新聞全国版「韓国側から発砲‐竹島で保安庁巡視船撃つ」(1953/7/14):前日の朝巡視船「へくら」が竹島付近をパトロール中、韓国漁船3隻が自動小銃を持った韓国警官7、8人に囲まれて漁業活動をしているのを発見した。巡視船はボートを下ろし、島に上陸しようとしたところ韓国警官2人が通訳を連れて漕ぎ寄せ「ここは韓国の領域だから引揚げろ」と要求した。日本側のボートは巡視船に引揚げ、船に乗り移った途端、韓国警官はいきなり数十発を発砲、うち2発が「へくら」に命中したが人に被害はなかった。(資料6)
朝日グラフ「日韓の係争地『竹島』」(1953/9/16日刊):韓国船が護衛されながら漁をしている海域で「へくら」が停船すると3人の韓国人が小舟で近づき「へくら」に乗り込んで来て、「へくら」の責任者柏博次境海上保安部副部長と会話した。それぞれが竹島は自国の島と応酬した後韓国人3人は自分達の舟に帰り、「へくら」も動き出そうとした時、銃声が聞こえ2発が「へくら」に命中したとしている。(資料6)
1953/7/13 日本政府 在日韓国代表部に銃撃について抗議。(資料6)
1953/8/3 海保上陸 海保「へくら」、竹島及び周辺に人、船舶がいないことを確認。
1953/8/4 韓国政府 日本側による「韓国領土 竹島」への不法侵入(6/23,6/27,7/9,7/12)について抗議。日本側は8/8にこれに反論する口上書を在日韓国代表部に送付。(資料6)
1953/8/7 海保上陸 海保「へくら」、竹島及び周辺に人、船舶がいないことを確認。設標。
1953/8/21 海保上陸 海保「ながら」竹島及び周辺に人、船舶がいないことを確認。
1953/8/31 海保3海里 海保「へくら」
1953/9/3 海保1海里 海保「おき」
1953/9/17 島根丸 竹島へ上陸。韓国漁民おらず、アシカと戯れる。(資料6)
1953/10/6 海保上陸 海保「へくら」「ながら」、竹島及び周辺に人、船舶がいないことを確認。日本側の標柱撤去を確認。「島根県穏地郡五箇村」の標柱を東島・西島に設置
1953/10/13海保3海里 海保「へくら」
1953/10/15韓国 韓国山嶽会が標石を設置。日本の標柱を撤去。(資料10)
1953/10/17海保300m 海保「ながら」。日本側の標柱撤去を確認。東島に旗竿2本、西島付近の小島に測量竿を確認。
1953/10/21島根丸 竹島へ上陸。韓国漁民と交流。(資料6)
1953/10/23海保上陸 海保「ながら」「のしろ」。設標。韓国側の標石、旗竿を撤去。
1953/11/15海保200m 海保「ながら」
1953/12/6 海保5海里 海保「へくら」
1953/12/19海保3海里 海保「へくら」
1954/1/7 海保200m 海保「ながら」
1954/1/16 海保上陸 海保「おき」、竹島及び周辺に人、船舶がいないことを確認。
1954/1/27 海保200m 海保「へくら」「ながら」
1954/2/28 海保3海里 海保「へくら」
1954/3/23 島根丸 竹島へ上陸。韓国漁民と交流。(資料6)
1954/3/28 海保3海里 海保「へくら」
1954/4/24 海保3海里 海保「へくら」
1954/5/3 海保上陸 海保「つがる」「おき」「へくら」「ながら」「くずりゅう」、日本漁船わかめ漁実施。日本側の標柱を確認
1954/5/3 韓国政府 「ペク総理は鬱陵島島民の独島自衛隊を積極的に後援するように指示」「韓国の領土である独島の主権を確保するために鬱陵島道民が決起大会を開いて独島自衛隊を組織することにした、その決議が立派なことであり意味深いものと指摘して、積極的に協力するように要望」(朝鮮日報,1954/5/6付)(資料11)
1954/5/23 海保1km 海保「つがる」、日本側の標柱撤去を確認。韓国の動力船3隻・伝馬船4隻、30名以上の漁民が操業中であることを確認。
1954/5/29 - 韓国の動力船1隻・伝馬船3隻、50名程度の漁民が操業中であることを確認。
1954/6/16 海保1km 海保「つがる」、韓国の動力船2隻・伝馬船2隻、25名程度の漁民が操業中であることを確認。
1954/6/17 - 韓国内務部が沿岸警備隊の駐留部隊を派遣したと発表(ソウル発UP電)
1954/7/8 海保3海里 海保「へくら」、動力船1隻・伝馬船1隻停留を確認。
1954/7/28 海保ボートで至近 海保「くずりゅう」。伝馬船1隻。西島に天幕を張り、韓国警備員6名が作業中を確認。西島北側の岩に「7月25日大韓民国民~号警備隊」の文字あり。
1954/8/23 海保700m 巡視船「おき」を銃撃。発射段数約400発。うち1弾被弾。東島突端に高さ約6mの灯台設置。韓国旗掲揚中。
1954/8/26 - 日本が韓国側の発砲による被弾について抗議
1954/8/30 - 韓国が日本の巡視船の接近に対して抗議
1954/9/25 - 日本が韓国に対し、国際司法裁判所付託を提議。
1954/10/2 海保1.5海里海保「おき」「ながら」、東島頂上に高さ約10mの無線柱2本新設を確認。東島の突端に大砲設置。警備員7名おり、砲口を巡視船に向ける。
1954/10/28- 韓国が国際司法裁判所付託を拒否
1954/11/20- 日本側が島上東方に砲らしきものが据えられてあるのを確認。
1954/11/21海保3海里 海保「へくら」「おき」山小屋風の建物2棟を確認。巡視船「へくら」より約1海里に砲弾5発落下。無線柱付近に14~15名の警備員。韓国国旗の掲揚を確認。

3. 韓国の竹島占拠までの流れ

 年表に示すように、おおよそ以下のような流れで韓国に竹島を占拠されます。

  • 島根県水産試験場の「島根丸」が海洋資源調査に際し、1953年5月28日に竹島の漁民を見つけました。その後、定期的に海上保安庁の巡視船が竹島を監視していましたが、常時監視というわけではなく、数日おき、数週間おきの監視でした。
  • 韓国は、巡視船の巡回や漁民の退去勧告などに対抗するため、武装した警察官を竹島に派遣、1953年7月12日の海保巡視船「へくら」への銃撃となりました。
  • 但し、1953年の間は、日本も韓国も、竹島に常駐しているわけではないので、標柱の設置や撤去を繰り返していたというような状況でした。そんな中でも、島根県水産試験場の「島根丸」は、韓国漁民と交流しているので(1953/10/21,1954/3/23)、高い緊張状態にあったというわけではないようです。
  • 対立がエスカレートしたのは、1954年5月3日にペク総理による独島主権確保の号令をかけたころからでしょうか。海保は1954年5月3日を最後に、竹島上陸の記録がありません。
  • 6月には韓国沿岸警備隊の駐留部隊を派遣(1954年6月17日)、常駐のための施設の設営を開始しました。
  • 1954年8月23日迄には高さ6mの灯台の設置完了、1954年10月2日迄には無線柱2本と大砲の設置を完了しました。
  • そして、1954年11月21日の巡視船「へくら」への砲撃となりました。

 韓国の実効支配に対して、日本は強硬手段は取っていません。外交的手段による解決を重視していたようです。当時は、正規の軍隊組織を持っておらず、憲法9条の制約もあったためでしょう。国会における議論の概要が資料1に記載されています。

 韓国の強硬的な手段に対し、7月 15 日(筆者注:1953年7月15日)の参議院本会議では「竹島周辺における韓国漁船発砲事件並びに竹島の帰属に関する緊急質問」が行われるなど、国会ではその対応について激しい議論が交わされた。(中略) 韓国に対抗し、日本も強硬な姿勢を取るべきだとの議論もされたが、政府は、「竹島に韓国人が来ることは、日本領土に対する不法入国の問題であり、不法入国の取締りの警察権を発動して一向かまわない。…ただ、日本として慎まなければならないことは、領土権の紛争、領土権問題という国際問題を解決するために武力を行使するということは、憲法9条で、国際紛争の解決のために武力を行使しないということが規定されている」と答えている。
出典: 外交防衛委員会調査室, 「竹島問題の発端 ~韓国による竹島占拠の開始時における国会議論を中心に振り返る~」

 韓国が実際に拠点の設営を開始したのは、1954年6月頃からで、この議論が行われた1953年の時点では、特に拠点の設営は行っていませんでした。日本政府は外交的に解決するということを基本としていたのですが、1953年の時点で日本が常駐できるように施設を作り、常駐していれば、日本が竹島を実効支配できたと思います。

4. 最後に

 本記事では、韓国による竹島実効支配までの主なイベントを年表としてまとめました。

 韓国による竹島占拠までの流れは、現在の中国による尖閣進出への流れと共通点を感じます。当時も今も外交的努力を重ねるということを主眼としてますが、これには実質的な効果は期待できないでしょう。また、当時との大きな違いは、日本が軍隊(自衛隊)を持ち、尖閣諸島が占拠されれば自衛権を発動できるという点です。

 そもそも占拠されないように、尖閣諸島に少なくとも小火器あるいは重火器を使える組織を常駐させることが必要に思います。

付録1. 独島義勇守備隊の活躍に関する考察

 独島義勇守備隊に関する情報は検索すると多数見つけることができますが、懐疑的意見も多く、例えば、韓国メディアトゥデイ(資料11)や以下の資料でも、独島義勇守備隊の活躍を疑問視しています。

 ここでは、独島義勇守備隊の活躍について記述した以下の資料について、日本側の資料と比較することで、資料の信憑性について検証したいと思います。

  • 資料12:中央日報「常習的に侵犯する日本人を決死阻止した独島義勇守備隊」(2012/8/19)
  • 資料13:ウィキペディア「独島義勇守備隊」
  • 資料8:ウィキペディア「竹島 (島根県)」(独島義勇守備隊に関する記述)

付録1.1 資料12(中央日報)

 この記事は、主に、独島義勇守備隊の隊長ホン・スンチルの自伝「この地がどこの地なのか」を引用していると思われます。

 1954年11月21日明け方、日本の海上保安庁の艦艇3隻が独島(トクト、日本名・竹島)に接近した。1000トン級PS-9、PS-10、PS-16艦は、左右と中央から島を包囲した。日本の航空機も旋回した。600メートル前。拳銃の音とともに一斉射撃が始まった。M-1小銃が火を吹いた。迫撃砲弾はPS-9艦の甲板に当たった。PS-10艦も暗雲のような煙を吐き東に逃げた。(ホン・スンチル『この地がどこの地なのか』)  
 53~54年に入り独島を侵した日本は痛手を負った。死者数は16人。
 
恐れを知らずに銃と大砲を海上保安庁の艦艇に撃ちまくった彼らは独島義勇守備隊だった。日本人の山座円次郞が独島を飲み込もうとする陰湿で凶悪な計略を出して50年余り、体で独島を死守した彼らが義勇守備隊だ。

 日本側の記録(資料2)では、1954年11月21日に海上保安庁巡視船「へくら」「おき」の3海里(約5.5km)にいたところ、「へくら」から約1海里(約1.8km)の地点に砲弾5発が落下したということです。従って、迫撃砲弾が当たり、煙を吐き逃げたということはありません。また、1953年5月28日から1954年11月21日までの死傷者が発生したという記録はありません。

義勇守備隊は6月24日に日本の水産高校の実習船を西島の150メートル前で捕まえ、「独島は韓国領」であることを周知させ解放した。

 1953年6月25日に毎日新聞記者から依頼され、隠岐高校水産科の練習船「鵬丸」が竹島に渡航しています。6月27日付の毎日新聞島根版「問題の竹島現地レポ-まだいた韓国漁夫-アシカの料理で歓待」の記事があり(資料6)、拿捕・解放ということではなかったようです。

 7月12日午前5時、日本のPS-9の侵犯時は真価を発揮した。艦艇の90メートル前から軽機関銃で200発を打ち込んだ。

 1953年7月12日の発砲事件については、以下の日本側の記録があります。

  • 海保「へくら」、日本側の標柱撤去を確認。韓国漁民、漁船が多数来島しているのを確認。韓国動力船3隻、韓国人約40名(内、警察官7名)。韓国警官が巡視船「へくら」に来船し、退去を要請。「へくら」離島時に数十発の銃撃を受ける。(資料2,6)
     
  • 朝日新聞全国版「韓国側から発砲-竹島で保安庁巡視船を撃つ」(1953/7/14):前日の朝巡視船「へくら」が竹島付近をパトロール中、韓国漁船3隻が自動小銃を持った韓国警官7、8人に囲まれて漁業活動をしているのを発見した。巡視船はボートを下ろし、島に上陸しようとしたところ韓国警官2人が通訳を連れて漕ぎ寄せ「ここは韓国の領域だから引揚げろ」と要求した。日本側のボートは巡視船に引揚げ、船に乗り移った途端、韓国警官はいきなり数十発を発砲、うち2発が「へくら」に命中したが人に被害はなかった。(資料6)
     
  • 朝日グラフ「日韓の係争地『竹島』」(1953/9/16日刊):韓国船が護衛されながら漁をしている海域で「へくら」が停船すると3人の韓国人が小舟で近づき「へくら」に乗り込んで来て、「へくら」の責任者柏博次境海上保安部副部長と会話した。それぞれが竹島は自国の島と応酬した後韓国人3人は自分達の舟に帰り、「へくら」も動き出そうとした時、銃声が聞こえ2発が「へくら」に命中したとしている。(資料6)

 日本側資料にある「韓国警官」が、独島義勇守備隊かは判然としません。

 基本的に中央日報の記事は、もともとの自伝を鵜呑みにし、独島義勇守備隊を英雄視する論調で記事が書かれており、信憑性は低いと考えられます。

付録1.2 資料13(ウィキペディア「独島義勇守備隊」)

 独島義勇守備隊は1953年4月20日、初めて竹島に駐在した。常駐ではなく、定期的な駐在である。同年6月27日、日本の巡視船2隻が来島して6人いた守備隊員を島から追い出し、日本領の標識を立てている。

 資料2によれば、1953年6月27日に日本の巡視船2隻「おき」「くずりゅう」が、韓国人6名の退去を勧告し、標柱を設置しています。資料7によれば、6名はワカメを採取する韓国人で、「島根県の報告書に残る彼らの名簿に独島義勇守備隊員の名前はない」とのこと。

 1954年4月21日日本の巡視船が来島したため交戦状態が発生し、巡視船1隻を撃沈したと主張しており、日本側の記録でも巡視船が発砲を受けて損害を蒙ったことは確認できるが、撃沈は確認できない。また日本側は発砲した組織を韓国「官憲」と認識していた。隊員が何らかの制服を着用していたためだろう。また守備隊はその後も日本巡視船との交戦があったと主張し、日本側記録でも1954年11月30日に日本巡視船が竹島から砲撃を受けたとする。

 1954年4月21日、1954年11月30日の交戦については、日本側の記録を見つけられませんでした。

 また、参考文献として、資料12(中央日報)を挙げていますが、かなり参考にしていると思われます。

付録1.3 資料8(ウィキペディア「竹島 (島根県)」)

 同年4月20日(筆者注:1953年4月20日)には韓国の独島義勇守備隊が、竹島に初めて駐屯。6月24日、日本の水産高校の船舶が独島義勇軍守備隊に拿捕される[27]。(中略) すると、7月12日に竹島に上陸していた韓国の獨島守備隊が日本の海上保安庁巡視船「へくら」(PS-9[27]) に90mの距離から機関銃弾200発を撃ち込む事件が起きる[27]。

 [27]の文献は、資料12(中央日報)で信憑性が低いです。

(2016/10/14)

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読売新聞の欺瞞:白紙領収書問題に関する社説

1. 読売新聞の社説

 読売新聞の2016年10月10日の朝刊に、稲田防衛相や菅官房長官の政治資金パーティーの白紙領収書問題に関する社説が掲載されていました*1。主旨は、「政治資金パーティーの領収書の扱いを適正運用せよ」ということなので、これについては、特に異議を唱えるところはありません。

 しかし、先日掲載した白紙領収書問題の記事の執筆に当たって詳細に調べていたので気が付いたのですが、普通の読者であれば気が付かない欺瞞が含まれています。欺瞞と感じているのは、記事の次の部分です。

 実際、総務省作成の手引書は、領収書に宛名がない場合も、発行者から要請がある場合を除き、領収書の受領者が追記するのは「適当ではない」と記している。
出典: 読売新聞社説「政治資金領収書 法の適正運用へ手間惜しむな」

 「発行者からの追記の要請がある場合を除き」適当ではないとしていますが、逆にいえば、「発行者からの要請がある場合」は、追記を行ってよいということになります。

 本当でしょうか?

2. 政治資金規正法上の領収書の条件

 総務省の収支報告書の手引きには、次の記載があります。

【よくあるご質問】領収書関係
Q1 法における「領収書等」は、当該支出の「目的」、「金額」、「年月日」を記載した領収書その他の支出を証すべき書面とのことですが、これらの記載すべき事項が記載されていない場合は、「領収書等」に該当しないのですか。
A1 法における「領収書等」は、当該支出の「目的」「金額」「年月日」の三事項が記載されていなければなりませんので、1つでも欠ければ、法の「領収書等」に該当しません。一般的な領収書において、「目的」とは「ただし、○○代として」など何に支出されたのかが分かるような記載を、「金額」とは当該支出の金額を、「年月日」とは当該支出の日付をいいます。
(下線・太線は筆者による。以下、同じ)
出典:総務省「国会議員関係政治団体の収支報告書の手引き III. 収支報告書等の作成」(52頁)

 つまり、政治資金規正法では、領収書に「目的」「金額」「年月日」が記載されていることを求めています(政治資金規正法第11条)。

3. 領収書に追記は可能か?

 今回の白紙領収書問題では、稲田氏や菅氏の側で、「宛名」「金額」「年月日」を白紙領収書に追記しています。

 「宛名」については、収支報告書の手引きの「よくある質問」に該当する記載があります。

【よくあるご質問】領収書関係
Q6 具体的な事例について、それぞれ「領収書等」に該当するのか教えてください。
A6 収支報告書の記載の基本的な方針を定めること等を所掌している政治資金適正化委員会において、政治資金監査における取扱いとして、次のような見解を示していますので、ご参考にして下さい。なお、「領収書等に該当」としているものであっても、支出の目的、金額及び年月日(以下「三事項」といいます。)が記載されていることが前提となっています。
(中略)
(Q) 領収書等にあて名が記載されていない場合、国会議員関係政治団体側で追記してもよいのか。
(A) 領収書等は支出を受けた者が発行するものであり、あて名についても発行者において記載すべきであることから、発行者から追記の要請がある場合を除き、国会議員関係政治団体側で追記することは適当ではありません。したがって、今後、当該国会議員関係政治団体の正式名称を発行者において記載してもらうよう助言することが適当です。
出典:総務省「国会議員関係政治団体の収支報告の手引き III. 収支報告書等の作成」(62頁)

 社説の引用は、この部分に該当します。つまり、宛名の場合、発行者から追記の要請がある場合を除き、追記してはいけません。逆に、発行者からの追記の要請がある場合は、追記が可能です。

 この「宛名」は、政治資金規正法上の領収書として必須の条件となっている三事項(「目的」「金額」「年月日」)ではありません。一方、三事項の一つ「目的」に関しては、上記のQ&Aの直前に次の記載があります。

(Q) 領収書等に支出の目的が記載されていない場合、国会議員関係政治団体側で追記してもよいのか。
(A) 領収書等は支出を受けた者が発行するものであり、支出の目的についても発行者において記載すべきであり、国会議員関係政治団体側で追記することは適当ではありません。したがって、会計責任者等において発行者に対し記載の追加や再発行を要請することが適当です。
出典:総務省「国会議員関係政治団体の収支報告の手引き III. 収支報告書等の作成」(62頁)

 「宛名」の場合には、「発行者からの追記の要請がある場合」には追記することができますが、「目的」の場合にはできません。領収書の発行者に追記や再発行を要請することが適当です。要請しても領収書が得られない場合には、「領収書等を徴し難かつた支出の明細書」(徴難明細書)を作成しなければなりません(政治資金規正法第12条)。また、「金額」を追記するなど論外でしょう。

4. なぜ、社説では、金額の追記に関する総務省見解を載せないのか?

 「金額」の追記に収支報告書の手引きのQ&Aにはありませんが、三事項に該当する「金額」「年月日」も、領収書の発行者に追記や再発行を要請することが適当な事項となると容易に推測できます。「金額を追記は可能か?」という質問が掲載されていないのは、「よくある質問」ではないだけです(金額の記載がない領収書は想定の範囲外)。総務省に問い合わせれば、公式見解を確認することができるでしょう。

 社説で引用した部分は、「発行者からの追記の要請がある場合を除き、領収書の受領者が追記するのは「適当ではない」」としていますが、逆にいえば、「発行者からの要請がある場合」は、追記を行ってよいということになります。これは、稲田・菅・高市各氏の「主催者側の了解のもと(いわば「委託」)であれば、法律上問題ない」という発言を擁護することになります。

 一方、金額の追記は、総務省見解が得られれば、「追記」してはいけない事項となるでしょう。つまり、「法律上の問題がある」ということになります。

 全く、逆の意味になります。これは重要な相違点です。

 では、なぜ、「金額」の追記について記載せず、「宛名」の追記について記載したのでしょうか?理由としては、以下のものが考えられます。

(a) 収支報告書の手引きに直接の記載があったのは「宛名」だけだったから。
(b) 金額に対する総務省見解を問合せなかった、若しくは、回答が得られなかったから。
  現在は、高市総務相と異なる見解となるため、総務省から回答が得られないかもしれません。
(c) 稲田防衛相・菅官房長官・高市総務相の見解を擁護するため。

(a)は、あまりに考えがなさすぎます。(b)は、あり得ます。但し、総務省見解が得られないのであれば、「宛名」のみの引用が不適切であることは理解できるはずです。それでも、結果として引用してしまっているので、(a)と同じく考えが足らなかったのでしょう。

 読売新聞の社説を執筆する記者が、(a),(b)のようにレベルが低いとは思いません。

 残るは(c)です。稲田・菅・高市の各氏を擁護するために意図的に引用したということです。もし、そうであれば、これは読者を欺く、欺瞞と言わざるを得ません。

(2016/10/11)

(追記:2016/10/13)

 各社の社説から、該当部分の記述を引用します。

  • 朝日新聞(2016/10/8) (総務省の手引きを引用した記述なし)
  • 毎日新聞社説(2016/10/8)「総務省の手引は、支払う側が領収書に支出目的を記入することは適当でないと指摘している。金額の記入など論外という前提だろう。」
  • 産経新聞社説(2016/10/12)「総務省の手引では受領者側が領収書に追記するのは不適当としている。」
  • 東京新聞(2016/10/13)「総務省の手引には領収書は支出を受けた者が発行し、宛名も発行者が記載すべき旨の記述がある。日付や金額も同様だ。空欄に後から書き込む行為も「適当でない」とする。」

各社とも、「総務省手引では、~不適当」というように条件なしの不適当で、「発行者からの追記の要請がある場合を除き」という条件付きではありませんでした。

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【政治資金パーティー白紙領収書事件】主文:被告人・稲田朋美を懲役2年の実刑に処する

私文書偽造・同行使、政治資金規正法違反事件

判決

被告人 防衛大臣 稲田朋美

主文

被告人を懲役2年に処する。

理由

(罪となるべき事実)

(領収書写しの提出の事実)
 被告人は、被告人が代表を務める政治資金管理団体「ともみ組」の20012年から2014年に添付した領収書のうち、政治資金パーティーに「会費」として支出した計260枚の約520万円の領収書の写しを政治資金規正法*1第12条2項に定められた報告書(以下、「収支報告書」という)の領収書の写しとして、総務大臣に提出した。

 ここで、提出した領収書の写しは、政治資金パーティー主催者から入手した白紙の領収書を用いて、被告人の管理監督する稲田事務所の職員に、宛先、金額及び年月日を記載させたものである。

(白紙領収書の無効性)
 領収書は、支払者の支払を領収した者が証明する証書である。従って、宛先、金額及び年月日の記載のない領収書(以下、「白紙領収書」という)を入手し、白紙領収書に宛先、金額及び年月日を領収書の受領者が記入した領収書(以下、「自己記入領収書」という)は、社会通念上、支出の証明に当たらず、支払者の支出を証明する証書とはならないことは明らかである。

 従って、政治資金パーティーの円滑な運営に大きな支障が生じてしまうとして主催者から渡された白紙領収書に、被告人が宛先、金額及び年月日を記載したとしても、この自己記入領収書は、支出の証明には当たらず、政治資金規正法上の領収書としても認められない。

(政治資金規正法上の要請)
 一方、政治資金規正法第11条では、「領収書又は支払いを証すべき書面」(以下、「領収書等」という)を徴することを求めている。但し、「これを徴し難い事情があるときは、この限りではない」としている。政治資金パーティーの円滑な運営に支障が生じるとして主催者が発行した白紙領収書は、「領収書等」に当たらず、政治資金規正法第11条の但し書きにある「徴し難い事情」により領収書が得られなかった場合に該当する。

 政治資金規正法第12条2項には、「領収書等を徴し難い事情があったとき」は、「その旨並びに当該支出の目的、金額及び年月日を記載した書面」(以下、「徴難明細書」という)を作成し、提出することを求めている。

(領収書の偽造と行使の事実)
 領収書の写し又は徴難明細書の代わりに、自己記入領収書の写しを用いることで、政治資金の支払が領収書の発行者によって証明されたかのように装うために、被告人は、収支報告書の提出において、本来、併せて提出すべき領収書の写し又は徴難明細書を作成せず、自己記載領収書の写しを提出した。
 
 ここで、収支報告書に併せて提出することを目的に、入手した白紙領収書に宛先、金額及び年月日を記載する行為は、刑法第159条2項に定めるところの文書の変造に当たり、私文書の偽造である*2。また、偽造した領収書の写しを提出する行為は、刑法第161条1項に定めるところの偽造私文書の行使に当たる。

(収支報告書に付すべき書面の不提出の事実)
 被告人は、政治資金規正法第12条の規定に違反し、偽造した領収書の写しを提出し、本来提出すべき領収書又は徴難明細書を提出しなかった。従って、政治資金規正法第25条1号に定める「第十二条又は第十七条の規定に違反して報告書又はこれに併せて提出すべき書面の提出をしなかつた者」に該当する。

(争点に対する判断)

第1 争点の所在

(a) 被告人による領収証の有効性の主張

被告人の主張は以下の通り。

 「それらは政治資金パーティー主催者側の都合により、主催者側の権限において発行された領収書に対して、主催者側の了解のもとで、稲田側において未記載の部分の日付・宛名・金額を正確に記載したものであります。国会議員はしばしば同僚の国会議員の関係政治団体が主催する政治資金パーティーに参加をいたします。その際、主催者側としては数百人規模が参加するパーティーの受付で、特に政治家の先生方は会費をご祝儀袋、水引のついたご祝儀袋で持ってこられますので、参加会費の入れられた封筒を開封し、金額を確認した上で宛名と共に金額を記載すると、受け付けに長時間を要してしまう。受付が混乱すると、パーティーの円滑な運営に大きな支障が生じてしまうことから、その都合上、金額が空欄の領収書を発行することがあります。そのため互いに面識がある主催者と参加者との間においては、領収書の日付、宛先、金額について、主催者側の了解のもと、いわば「委託」を受けて、参加者側が記載することがしばしば行われております。その際、参加者側が実際に支払った日付・宛先・金額を領収書に記載することとしております。」
(白紙領収書「なんら問題ない」 稲田防衛相、追及に反論:朝日新聞デジタルより引用)
 
 「政治資金規正法では、領収証の作成方法は規定されておらず、主催者の了解を得ていれば、法律上は問題ない」
(参院予算委 稲田防衛相や菅官房長官、白紙領収証「問題ない」:FNNニュースより引用)

 つまり、領収書の発行者の了解のもと、「委託」を受けて、「宛先、金額及び年月日」(以下「金額等」という)を白紙領収書に記載することは、国会議員の間ではしばしば行われていることであり、政治資金規正法には領収書の発行についての規定はないので、委託による白紙領収書への金額等の記載に違法性はなく、その領収書も支出の証明として有効である。

(b) 国民の主張

 領収書の発行者の了解のもとであったとしても、支出者が白紙の領収書に金額等を記載した書面は、支出の証明として無効である。また、政治資金収支報告書に付すべき領収書の写しとして提出する目的で、白紙領収書に金額等を記載する行為は、私文書の偽造に当たり、その偽造した私文書を提出する行為は、偽造私文書の行使に当たる。さらに、領収書が得られなかった場合に代わりとして作成すべき徴難明細書を作成せず、収支報告書に併せて提出しなかった。これらは、それぞれ、私文書偽造(刑法第159条2項)、偽造私文書行使(刑法第161条)、「領収書を徴し難かった支出の書面(徴難明細書)」の不提出(政治資金規正法第12条違反)に該当する。

第2 争点に対する判断
   領収書の発行者の了解のもとであったとしても、支出者が白紙領収書に金額等を記載した書面は、支出の証明として無効である。

 自己記入領収書を有効とする主張は、一般の社会常識とかけ離れており、社会通念上許されるものではない。

 国会議員の間では白紙領収書を用いることが頻繁に行われている行為であったとしても、これを根拠に支出の証明として有効と認めることはできない。また、政治資金規正法に領収書の作成方法の規定がないことをもって、委託によって記載された自己記入領収書を有効とする根拠にはならない。

 受領した白紙領収書を政治資金収支報告書に付すべき領収書の写しとして提出する目的で、金額等を書き加える行為及びその提出は、有印私文書偽造罪・同行使が成立し、且つ、政治資金規正法第12条違反となる。

(法令の適用)

 被告人の判示所為は、刑法第159条2項、刑法第161条に該当する。また、政治資金規正法第12条に違反し、その罰条は同第25条1号による。

 刑法第159条2項の刑罰:    3カ月以上、5年以下の懲役
 刑法第161条の刑罰:      3カ月以上、5年以下の懲役
 政治資金規正法第25条1号の刑罰:5年以下の禁錮又は百万円以下の罰金

(量刑の理由)

 被告人が偽造した領収書の数は、3年間で260枚、金額で約520万円にものぼり、常習性が認められる。

 また、白紙領収書を利用した偽造領収書の濫用は、社会の混乱をもたらし、公の秩序を害する行為であり、国民にその範を垂れるべき国政を預かる政治家としては、あってはならないことである。

 さらに、被告人は犯行を否認し、謝罪の弁もない。

 このため、情状酌量の余地はなく、実刑に処することが適当である。

 刑は懲役2年とし、執行は猶予しない。

平成28年吉日
裁判官 ある一人の国民


【解説】

「領収書」とは?

 「目的」、「金額」、「年月日」が記載されていない場合、政治資金規正法上の「領収書等」には該当しません。

【よくあるご質問】領収書関係
Q1 法における「領収書等」は、当該支出の「目的」、「金額」、「年月日」を記載した領収書その他の支出を証すべき書面とのことですが、これらの記載すべき事項が記載されていない場合は、「領収書等」に該当しないのですか。
A1 法における「領収書等」は、当該支出の「目的」、「金額」、「年月日」の三事項が記載されていなければなりませんので、1つでも欠ければ、法の「領収書等」に該当しません。一般的な領収書において、「目的」とは「ただし、○○代として」など何に支出されたのかが分かるような記載を、「金額」とは当該支出の金額を、「年月日」とは当該支出の日付をいいます。
出典:総務省「国会議員関係政治団体の収支報告書の手引き III. 収支報告書等の作成」(52頁)

領収書に追記することは可能か?

【よくあるご質問】領収書関係
(Q) 領収書等に支出の目的が記載されていない場合、国会議員関係政治団体側で追記してもよいのか。
(A) 領収書等は支出を受けた者が発行するものであり、支出の目的についても発行者において記載すべきであり、国会議員関係政治団体側で追記することは適当ではありません。したがって、会計責任者等において発行者に対し記載の追加や再発行を要請することが適当です。
出典: 総務省「国会議員関係政治団体の収支報告の手引き III. 収支報告書等の作成」(62頁)

 「目的」と同様に「三事項」に該当する「金額」、「年月日」を追加することが適当でないことは、明らかです。発行者に対し記載の追加や再発行を要請することが適当です。発行者による追記や再発行がされない場合には、領収書として認められませんので、徴難明細書を作成することが必要となります。

「領収書等を徴し難い事情」とは?

 「領収書等を徴し難い事情」とは、電車やバスなどの利用のように領収書が得られない場合を想定していますが、総務省による手引きでは、社会通念上客観的に領収書等を徴することが困難な場合として、結婚披露宴や葬儀の祝儀・香典に対して領収書をもらうことができない場合も例示しています。

【よくあるご質問】領収書関係
Q5 政治家の秘書や配偶者が、選挙区外にある方の結婚披露宴や葬儀に出席して政治団体からの祝儀や香典を出した場合、領収書をもらうことができないと思いますが、このような場合はどうしたら良いですか。
A5 ご質問のようなケースは、通常、「領収書等を徴し難い事情があった場合」に該当するものとして、収支報告書の提出の際に添付すべき「領収書等の写し」の代わりに、徴難明細書に必要事項を記載して対応していただくことになります。
出典: 総務省「国会議員関係政治団体の収支報告の手引き III. 収支報告書等の作成」(53頁)

徴難明細書の記載例

 徴難明細書の記載例は、総務省の収支報告書の手引きに掲載されています。

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出典: 総務省「国会議員関係政治団体の収支報告の手引き III. 収支報告書等の作成」(129頁)

 この記載例から分かるように、徴難明細書には支払の証明能力はほとんどありませんので、虚偽記載の発見がより困難となります。このため、政治資金パーティーの収支に関して、領収書の写しではなく、徴難明細書だけで済ませてしまうことが本当によいかは疑問です。受付の際に支払った会費の領収書を帰り際に受け取れるように主催者側に依頼すればよいだけなので、徴収し難い事情ではないと考えることもできます。

 会社であれば、葬儀で領収書がない場合でも、葬儀参列の証拠として会葬礼状などを提出する必要があります。政治資金の場合には、出金伝票あるいは支払証明書、及び、それらを補完する補助資料の提出は不要なのですかね?補助資料として白紙領収書が添付されていれば、どういう資金管理を行っている団体か把握できるので、政治資金の不透明性の存在を確認することができます(苦笑)。
 今回の白紙領収書事件は、適法な領収書の受領が面倒で、皆がやっているからと安易に犯行に及んだのだと思います(しかし、私文書偽造という重大な犯罪)。また、偽造領収書を添付することで、徴難明細書への記載を避けることができるので、資金管理が適正に行われていると見せかけることも動機としてはあったでしょう(大量の政治資金パーティー支払が徴難明細書というほとんど証拠能力のない書類で済ませてしまっているとまずいですから)。多くの議員が白紙領収書のやり取りを行っているようなので、富山市議会と同様に違法行為が自民党議員に蔓延していて、多くの不透明にしたい金の流れがあるという疑念が生じます。

 判決文では、正式な領収書を徴すことが困難だったという被告側の主張を受け入れ、判決文を構成していますが、徴収し難い事情に当たらないとすれば、また別の判決文となります。但し、政治資金規正法上の罰条が第25条1項から第24条3号などの変更は生じることになりますが、私文書偽造・同行使については変更なく、ほぼ同様な論旨で判決文を構成することができます。

最後に

 今回の記事は、判決文という形式で違法性を立証し、白紙領収書問題を批判させて頂きました。

 稲田防衛相・高市総務相・菅官房長官など、国政の中枢を担う立場であることを自覚して、国民に納得のいく行動をしてもらいたいものです。政治資金パーティーが必要であったとしても、少なくとも普通の会社と同程度の適正さで会計事務や領収書管理をして頂きたいと思います。特に難しいことではなく、普通にやって頂ければ良いだけです。普通にやらないから、疑念が湧くのです(というか、実際に数多くの不正が、これまであったのです)。

関連する報道一覧

● しんぶん赤旗(2016/8/25):稲田防衛相 疑惑の白紙領収書/同じ筆跡 約520万円分/日曜版スクープに反響
● しんぶん赤旗(2016/10/7):3閣僚 白紙領収書認める/菅官房長官・稲田防衛相・高市総務相 開き直り “規正法の根幹揺らぐ”小池書記局長が批判/参院予算委
● 日刊ゲンダイ(2016/8/24):稲田防衛相 “同じ筆跡の領収書”が260枚、520万円分のア然 | 日刊ゲンダイDIGITAL
● 朝日新聞(2016/10/6):白紙領収書「なんら問題ない」 稲田防衛相、追及に反論:朝日新聞デジタル
● 朝日新聞(2016/10/6):白紙領収書「法律上規定ない」 高市氏答弁、議場はヤジ:朝日新聞デジタル
● 産経新聞(2016/10/6):稲田朋美防衛相ら3閣僚の白紙領収書を追及 共産小池氏 3年間で計270枚の閣僚も 参院予算委 - 産経ニュース
● 毎日新聞(2016/10/6):菅、稲田氏:パーティーで白紙領収書 総務相「問題ない」 - 毎日新聞

補足:
 菅官房長官・高市総務相も稲田防衛相と同様に白紙領収書不正を行っています。

  • 菅官房長官:白紙領収書270枚で1875万円
  • 高市総務相:白紙領収書340枚で990万円

(2016/10/10)

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*1:政治資金規正法の関連する主な条項は以下の通り。

(会計責任者等が支出をする場合の手続)
第十一条  政治団体の会計責任者又は政治団体の代表者若しくは会計責任者と意思を通じて当該政治団体のために支出をした者は、一件五万円以上のすべての支出について、当該支出の目的、金額及び年月日を記載した領収書その他の支出を証すべき書面(以下「領収書等」という。)を徴さなければならないただし、これを徴し難い事情があるときは、この限りでない。
 
(報告書の提出)
第十二条  政治団体の会計責任者(報告書の記載に係る部分に限り、会計責任者の職務を補佐する者を含む。)は、毎年十二月三十一日現在で、当該政治団体に係るその年における収入、支出その他の事項で次に掲げるもの(これらの事項がないときは、その旨)を記載した報告書を、その日の翌日から三月以内(その間に衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の公示の日から選挙の期日までの期間がかかる場合(第二十条第一項において「報告書の提出期限が延長される場合」という。)には、四月以内)に、第六条第一項各号の区分に応じ当該各号に掲げる都道府県の選挙管理委員会又は総務大臣に提出しなければならない
(中略)
2  政治団体の会計責任者は、前項の報告書を提出するときは、同項第二号に規定する経費の支出について、総務省令で定めるところにより、領収書等の写し(当該領収書等を複写機により複写したものに限る。以下同じ。)(領収書等を徴し難い事情があつたときは、その旨並びに当該支出の目的、金額及び年月日を記載した書面(第十九条の十一第一項において「領収書等を徴し難かつた支出の明細書」という。)又は当該支出の目的を記載した書面及び振込明細書の写し(当該振込明細書を複写機により複写したものに限る。)。以下同じ。)を併せて提出しなければならない。
 
(罰則)
第二十五条  次の各号の一に該当する者は、五年以下の禁錮又は百万円以下の罰金に処する。
一  第十二条又は第十七条の規定に違反して報告書又はこれに併せて提出すべき書面の提出をしなかつた者
出典:政治資金規正法

*2:

(私文書偽造等)
第百五十九条  行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
2  他人が押印し又は署名した権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
 
(偽造私文書等行使)
第百六十一条  前二条の文書又は図画を行使した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変造し、又は虚偽の記載をした者と同一の刑に処する。
2  前項の罪の未遂は、罰する。
出典:刑法

【豊洲市場】安心までの遠い道のり

 豊洲問題は、まだまだ新聞・テレビを賑わせています。小池さんも、ここまで問題が拡大するとは予想していなかったと思いますが、着地点はまだまだ見えない状態です。

 着地点を見えなくしている原因の一つは、汚染土壌の安全・安心の問題でしょう。この問題のこじれが、不安心理を増幅させ、豊洲市場に対する風評被害を及ぼし、解決への道のりを見えなくしています。

 今回は、豊洲市場の問題における安心・安全について考えたいと思います。

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1. 安心までの道のり

 安全と安心とは何でしょう?安全は科学的取り扱える問題、安心は心理的なもので人の心の中の問題です。安全だからと言って安心とは必ずしも言えません。逆に、安心していても、必ずしも安全とは言えません。後者の典型例は、原発の安全性でしょう。福島原発の事故では大地震・大津波は来ないと安心していましたが、実際には事故を起こしてしまい安全ではないことが証明されてしまいました。このように安心と安全は同じものではありません。

 さて、安全・安心の組み合わせには、どのようなものがあるでしょうか?例えば、次のようなものがあるでしょう。

  • 安全なので、安心だ。
  • 安全だけど、安心できない。
  • 安全ではないので、安心できない。

また、安全性については不明という立場で、

  • 安全性は不明なので、安心できない。

以下の場合も、一応、考えられます。

  • 安全ではないが、安心だ。
  • 安全性は不明だが、安心だ。

この場合は、「安全ではない・安全性は不明」と本音では思っているが、外部には「心配いらない」と主張する建前があるというような本音と建前がある場合でしょうか。本心で思う人はまずいないでしょう。

 さらに、問題を複雑にするのは、安全性についての科学的な信頼性や発言者の信頼性などの問題があります。

  • 科学的信頼性
    • 科学的に信頼できる        → 安心
    • 科学的に信頼できない       → 安心できない
  • 発言の信頼性
    • 発言者が信頼できる        → 安心
    • 発言者が信頼できない       → 安心できない
  • 将来的な信頼性
    • 将来的にも信頼できる       → 安心
    • 将来的には分からない       → 安心できない

 以上をまとめると、安心は、図1に示すようにいくつものハードルを乗り越えて、得られるものでしょう。

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図1: 安心を得るまでのハードル。

 ここで、科学的安全性は、高い科学的信頼性に基づき安全と言えれば、「YES」、そうでなければ「NO」としています。例えば、水道水の水質基準を満たせば、その水は安全と言ってもよいので「YES」です。

 また、過去の経緯によっては、安心は得られません。これを条件にいれると、豊洲問題の場合には、ガス工場の跡地の汚染土壌があった場所に建設している(ということが広く知られてしまった)ので、そもそも安心を得ることができないということになります。

 安心のためには、他にもいろいろなハードルがあるでしょう。また、「良く分からないけど、あの人が言っているから、安心」という安心を得るまでのバイパスもありますが、現時点では、信頼できる「あの人」がいません。

2. 豊洲問題における安全と安心

2.1 豊洲問題の炎上の経緯

 豊洲問題が特にクローズアップされたのは、小池知事の就任早々に、豊洲移転を延期するとした以降。都知事の延期発表のすぐ後に、共産党都議団が地下空洞を発見、小池知事が地下空間があることを緊急記者会見で発表、そして、大騒ぎとなりました。

主な経緯は、以下の通り。

 その後、多数の調査・報道となり、炎上状態となりました。不安を煽る報道や発言も数多くあり((特に酷いと思ったのは、日刊ゲンダイの「豊洲市場「爆発」の恐れも 地下空洞に引火性ガスの危険性」(2016/9/15)という記事。ベンゼンには引火性はありますが、爆発限界は46~230g/立法メートル。一方、豊洲市場の検査は環境基準の3μg/立法メートル以下です。爆発限界の小さい方の値をとっても、実に1000万倍以上の違いがあります。この違いを無視して、爆発の不安を煽っています。分かっている人なら、「日刊ゲンダイ」の記事ということで無視しますが、知らない人だと不安に思ってしまうのではないでしょうか。
 また、テレビに頻繁に出演しているある学者による「安全だけれども、安心できない」という趣旨の発言も、不安を煽る発言と感じました。科学的視点からは安全なので、(少なくとも自分は)心配していないと言うべきでしょう。科学者が根拠なしに不安に思てもらっては困ります。テレビ局としても、毎回、不安を煽ってくれるので、都合の良い識者なのかもしれませんが。))、不安を増幅することとなりました。

2.2 盛り土しなかったことは悪いこと?

 さて、専門家会議や技術会議が提案した盛り土を建物地下に設置しなかったことに、問題はあるのでしょうか?専門家会議や技術会議は、恐らく東京都の単なる諮問機関、つまり、東京都が意見を求め(諮問し)、その求め(諮問)に対して回答する機関でしょう。その回答は尊重されるべきでしょうが、回答が間違っていると思えば、都は必ずしも従う必要はありません。

 つまり、専門家会議や技術会議で提案された盛り土は行わなくても、各種法規(土壌汚染対策法や環境に関する各種法律など)に従っていれば、別の方法で汚染対策を行っても法的には問題はないはずです。

 問題なのは、盛り土をしないことが「段階的に空気の中で決まり」(いつの間にか無責任に決まり)((産経ニュース, 「豊洲市場の盛り土問題「段階的に空気の中で決まった」「最も大きな要因は責任感の欠如」」, 2016/9/30.))、それを公表せずに、隠していたこと、虚偽説明・不都合な事実の非公表など、安心を得るためのショートカットをしようとしたことでしょう。問題発覚後も、数々の虚偽説明・情報の非開示などにより、東京都の全ての発言や資料は信頼できず、すべて疑うことが必要となりました。

 安心のための土台が瓦解したのです。

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図2: 虚偽説明による安心へのショートカット。

2.3 ついに出てしまった汚染物質、これは致命的

 これまで都が実施した7回の地下水のモニタリングで水質検査では、基準値以上の汚染物質はありませんでしたが、第8回の調査でついに基準値以上のベンゼン・ヒ素が検出されてしまいました((東京都, 「豊洲市場用地における地下水のモニタリング(第8回)の結果について(速報)」.))((懐疑論的には、過去7回の水質検査には不正があり、有害物質の検出が隠蔽されたという考えもあります。謀略論的には、過去7回の結果は正しく、8回目の水質検査でも有害物質が検出されなかったが、小池知事を陥れるために、結果を改ざんしたという考えもあるでしょう。このような考えが生じてしまう背景は、東京都のいうことは信頼できないということがあります。))。

 第8回の地下水モニタリング調査は、これまで都議が行ってきた水質調査とは違い、土壌汚染対策法に基づく調査です。この調査により「地下水汚染が生じない状態が2年間継続すること」を確認しなければなりませんが、これが確認できなかったということになります((ハフィントンポスト日本版, 「築地市場の豊洲移転問題」, 2016/8/29.))。

(三 遮水工封じ込め) ト ハにより埋め戻された場所にある地下水の下流側の当該場所の周縁に一以上の観測井を設け、一年に四回以上定期的に地下水を採取し、当該地下水に含まれる特定有害物質の量を第六条第二項第二号の環境大臣が定める方法により測定し、地下水汚染が生じていない状態が二年間継続することを確認すること
出典:土壌汚染対策法施行規則別表6(第40条関係)

 これにより、科学的な安全性(法的な安全性)が否定されてしまいました。但し、基準値を超えたとはいっても僅かで、飲むわけでもないので実質的には安全と個人的には考えています。しかし、安心を得るための必須条件が満たされなかったので、不安心理を打ち消すことは容易ではないでしょう。

3. 今後の展望

 市場関係者は豊洲移転問題で大損害を被っています。築地からの行き場も、怒りの行き場もなくて、苦しい想いをしていることと思います。また、数千億円規模の設備が、月単位や年単位で稼働が遅れるということは、それだけでも大損失です。豊洲市場が、市場として使えず、他の施設への転換を余儀なくされるということになれば、都民への負担は計り知れないものになります。

 現在は、科学的安全性もなく、発言者の信頼性もなく、将来的にも不安です。風評被害をなくすためには、安心が必要ですが、この状態から安心を得るのは至難の業でしょう。どうやって、この問題を解決するか、小池知事の力量が問われるところです。

 今後の展望はつらいものとなるでしょう。再度、汚染対策を行っても、安心して使える豊洲市場として開場することは、まずできません。(1) 安心を犠牲にして(風評被害を受け入れて)豊洲市場を開場するか、(2) 豊洲市場への移転そのものを中止するかの2つの選択を迫られるに違いありません。いずれもつらい選択です。

(2016/10/8)

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政務活動費の不正受給に対する刑事告発

 富山市議による政務活動費の不正受給が行われ、多数の議員が辞職する事態はいまだに続いています。富山市では定員40名に対して、ついに12名*1。富山の場合、これまで自主返還・議員辞職まででしたが、ついに、ついに富山市も刑事告発を行いました*2。今後、どうなるか、注視したいところです。

 さて、前回は政務活動費の不正受給が刑法犯罪であることについて記事にしましたが、今回は、政務活動費の不正受給に対する住民監査請求や刑事告発について調べたことをまとめます。

関連記事:

1. 政務活動費の不正請求の現状と判例

1.1 各地の政務活動費の不正請求事件

 野々村事件以降、各自治体へのチェックも厳しくなっているようで、次々と問題が明らかになっています。以下に、最近、報道された事例をまとめました。

報道氏名
(議会)
金額手口返還辞任告発不正受給の釈明等
2015/11/26
((産経新聞ニュース, 「神奈川県議が政務活動費を不正受給か 広報紙代600万円計上」, 2015/11/26.))
中村省司
(神奈川県)
600万円広報費の架空計上---自民会派「会派からの脱退を促す」
2016/1/28
((神戸新聞NEXT, 「神戸市会の政活費流用、異例の展開 県警捜査へ」, 2016/1/28.))
自民党神戸
(神戸市)
3447万円架空請求--「会派の"裏金化"」
2016/5/21
((河北新報ONLINE NEWS, 「<議長政活費疑惑>安部氏857万円返還」, 2016/5/21.))
安部孝
(宮城県)
857万円事務所費・人件費支払「違法ではないが公務、政務への支障が出る」
2016/7/16
((毎日新聞Web版, 「富沢・川口市議 政務活動費返還、監査請求の108万円 /埼玉」, 2016/7/16.))
富沢太志
(川口市)
108万円論文執筆代--「論文執筆に関する支出規定がなく、返還請求は納得がいかないが、支出先から返還の申し出があったので市へ返還した」
2016/9/29
((産経WEST, 「「支持者には頑張れと言われている」政活費不正疑惑の阪南市議が"続投"宣言」, 2016/9/29.)), ((Yahoo!Japanニュース, 「政活費不正の阪南市議を刑事告発へ 「領収書偽造、66万円詐取」 大阪」, 2016/9/28.))
庄司和雄
(阪南市)
66万円偽造領収書「支払い実態はある」
2016/9/30
((MBS NEWS, 「「他の議員は悪く言わないでくれ」領収書偽造の奈良県議が辞職願」, 2016/9/30.))
上田悟
(奈良県)
76万円偽造領収書「すべて自分に責任がある」
2016/10/1
((岐阜新聞WEB, 「岐阜市議が政活費不正受給 廃業店の領収書偽造」, 2016/10/1.))
高橋正
(岐阜市)
9万円白紙領収書--「虚偽記載で、不適切な行為だった」
2016/10/3
((MBS NEWS,「政務活動費で妻も宿泊 別の市議も不正受給か」, 2016/10/3.))
見本栄次
(阪南市)
-妻の宿泊費計上---「腎臓結石を患い1人での宿泊に不安があった」
2016/10/5
((産経ニュース, 「政活費不正受給、取手の飯島市議が謝罪 2万1710円全額返還 茨城」, 2016/10/5.))
飯島悠介
(取手市)
2万円電車代架空請求-「電車でいくということが頭の中にあった」
2016/7/19
((毎日新聞Web版, 「富山県議 矢後肇氏が議員辞職 政活費不正」, 2016/7/19.)), ((西日本新聞Web版, 「政活費不正で元富山県議を告発 高岡市民31人」, 2016/10/5.))
矢後肇
(富山県)
367万円領収書偽造-

注:表の中の"-"は、記事に記載がなかっただけで、実際には自主返還されていたり、刑事告発されているものもあります。また、自主返還を拒否している事例もあります。

1.2 不正請求に関する裁判事例

 これまで、政務活動費の不正受給については、自主的な返還も行われてきましたが、住民訴訟や裁判によって返還命令が下される例も稀ではなくなりました((全国市民オンブズマン連絡会議, 「政務調査費・政務活動費特設ページ」.))。最近の事例では、以下のような裁判があります。

報道氏名
(議会)
金額訴訟・罪名等求刑又は判決備考
2015/12/25
((朝日新聞DIGITAL, 「愛知県議会の政調費「目的外」8100万円 高裁が認定」, 2015/12/25.))
愛知県議会8100万円住民訴訟8100万円返還命令
(名古屋高裁)
事務所家賃・自動車リース代等
2016/3/30
((東京新聞Web版, 「飲食OK「甘すぎ」 千代田区議会の政活費判決確定「改善見守る」」, 2016/3/30.))
千代田区議会1130万円住民訴訟390万円返還命令
(東京地裁)
飲食費は5,000円以内ならOK
2016/5/19
((産経WEST, 「“美しすぎる”市議を大阪・堺市がついに提訴 政活費の返還求める」, 2016/5/19.)),((宮武嶺, 「堺市がついに大阪維新の小林由佳市議に政務活動費の返還訴訟を提起。舛添知事より金に汚い維新。」, 2016/5/19.))
小林由佳
(堺市)
635万円市による提訴大阪地裁に提訴した段階秘書人件費・ホームページ作成費
2016/7/6
((朝日新聞DIGITAL, 「野々村元県議に懲役3年執行猶予4年の判決 政活費詐取」, 2016/7/6.))
野々村竜太郎
(兵庫県)
913万円詐欺, 虚偽有印公文書作成・同行使懲役3年執行猶予4年
(神戸地裁)
あの"号泣議員"
2016/8/4
((鎌倉おやじのブログ, 「中村県議政治活動費返還訴訟 鎌倉市民(原告)全面勝利」, 2016/8/4.))
中村省司
(神奈川県)
518万円住民訴訟518万円返還命令
(横浜地裁)
架空請求, 辞職なし, 刑事告発済
2016/9/13
((産経WEST, 「元徳島県議に懲役1年6月求刑 政活費560万円超詐取、認める」, 2016/9/13.))
児島勝
(徳島県議)
566万円虚偽有印公文書作成・同行使懲役1年6カ月求刑
(徳島地裁)
返還・辞職済

2. 不正受給に対する住民監査請求・刑事告発

2.1 不正受給への対応

 これまでの事例からすると、不正請求への対応として以下のものがあります。議員自ら行うものと、住民等による行政訴訟など、刑事事件となるものに大別できます。

  • 議員自ら行う対応
    • 謝罪
    • 政務活動費の自主返還
    • 議員辞職
  • 行政訴訟など
    • 住民による監査請求
    • 住民などを原告とする政務活動費の返還を求める住民訴訟
    • 市などを原告とする政務活動費の返還を求める訴訟
  • 刑事事件
    • 虚偽有印公文書作成・同行使
    • 有印私文書偽造・同行使
    • 詐欺罪

 富山市議会の場合、議員が非を認め、謝罪し、政務活動費の自主返還、議員辞職という流れとなっています。それだけで、ある程度は社会的制裁が与えられているとはいえ、これだけでいいというのは納得がいかないところです。

 行政訴訟は、基本的に政務活動費の返還を求めるだけに過ぎないので、本人が否認した違法行為を法廷の場で証明し、返還を要求するに過ぎません。そもそも、返還済みであると、行政訴訟も起こせないのではないかと思います(既に返還してしまっているため、返還を要求できない)。

 政務活動費の利用基準から外れても、政治活動費として使われているのであれば、まだ許せるのですが、私的流用をしていたり、飲食代代やゴルフ代に消えていくような裏金づくりであれば、自主返納で無罪放免というのはあまりにも納得の行かないところです。

 百万円規模の詐欺であれば、一般人であれば刑事事件として逮捕・立件されるような事例です。

2.2 個人でもできそうな意義申し立て

 政務活動費への意義申し立てとして、市民オンブズマンによって、住民訴訟などが行われていますが、裁判は敷居が高く、とても個人では対応できそうにありませんね。ここでは、個人でも頑張ればなんとかできそうな住民による監査請求と刑事告発について調べてみました。

2.2.1 住民監査請求

 住民監査請求は、違法・不当な支出等について、地方公共団体の監査委員に対して監査を請求する制度です((総務省, 「住民監査請求・住民訴訟制度について」.))。住民であれば、一人でも行うことができるので、ある意味、手軽な方法です。

(住民監査請求)
第二百四十二条  普通地方公共団体の住民は、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員について、違法若しくは不当な公金の支出(中略)があると認めるときは、これらを証する書面を添え、監査委員に対し、監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠る事実によつて当該普通地方公共団体のこうむつた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる
出典:地方自治法第242条

 福岡市の監査事務局は、分かりやすいマニュアルを作成していて、それに従っていけば、住民監査請求を行うことができそうです。

 問題は、住民監査請求の請求書(職員措置請求書)の書き方。これについては、市民オンブズマンによる職員措置請求書が公開されているので、参考になるかもしれません。

 上記の長崎市と神戸市の職員措置請求書は、かなり詳細に書かれていて、分量も多いので相当苦労しそうですが、栃木県の例は、2~3ページ程度なので、個人でも書ける範囲です。

 但し、既に返還されている場合には、住民監査請求によって政務活動費の返還を請求することができませんので、効果はいま一つです。富山事件の事例では、既に返還されているので、適用できません。住民監査請求では、返還すれば、無罪放免ということに変わりありません。

2.2.2 刑事告発

 刑事告発は、特に該当する地域の住民でなくとも、誰でも行うことができます。

第二百三十九条  何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。
出典:刑事訴訟法第239条

 そうは言っても、実際には、警察は必ずしも告発状を受理しなければらなないというわけではないようなので((刑事告訴・告発支援センター, 「告訴・告発の方法」.))、住民の方がよいでしょう。

 政務活動費の告発状の例は見つかりませんでしたが、政治資金規正法(及び政務活動費の不正受給)についての告発状がありました。

 この告発状を参考にすれば、大変だと思いますが、書けないことはない範囲です。

 但し、政務活動費に対する刑事告発は、いろいろされているようですが、その後、起訴されている事例は、いまのところ、野々村事件と徳島事件以外には見つかりませんでした。いずれの場合も、告発状があったから、起訴したのか、警察・検察が社会的影響が大きい事件を放置してはおけないので、告発状の有無に係らず、事件化するつもりだったのか分かりません。いずれせよ、立件した事件の数は少ないです。

 政治案件は警察・検察ともに及び腰になるのでしょうかね。

2.2.3 実際にやるのなら...

 実際に住民監査請求や刑事告発を行うのであれば、市民オンブズマンの助けを借りるのがよいのでしょう。

 市民オンブズマンの連絡先は、以下のサイトにあります。

3. まとめ

 住民監査請求や刑事告発について調べました。監査請求書や告発状を書くことは、想像していたよりは敷居が低いものでした。告発状を多数受け取った案件では、警察・検察も動かざるをえなくなるのではないかと思います。皆で訴えれば、...と思ってはいても、いざ自分がやるかというと、相当に怒り心頭とならない限りやらないですかね。

(2016/10/6)

(追記: 2016/10/12) 徳島事件の判決がでました((ロイター, 「政活費詐取、元県議に有罪判決 」, 2016/10/12.))。詐欺、虚偽有印公文書作成・同行使で、懲役1年6カ月、執行猶予5年です。

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  • [http://www.toranosuke.xyz/entry/2016-0921_toyama:title=時事随想:政務活動費の不正受給は刑法犯罪] (2016/9/21)

自民党憲法草案を読み解く(3):改正私案

 自民党憲法草案について、これまでの記事で解説しました。この草案を読んでいて、考えた条文について、本稿でまとめました。言うなれば、自民党草案に対する対案です。
 対象とする条文は、前文と現行憲法97条、プライバシー権、知る権利、環境権、教育に国の支援、拷問及び残虐な刑罰の禁止、憲法改正です。

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前文と現行憲法第97条

 現行憲法の前文と第97条を統合しました。また、新しい第97条として「基本的人権の享有と福利の享受」を基本理念とする条項を追加しました。

現行憲法 (前文)
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
(第97条)
 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
自民党草案 (前文) 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基いて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。
(現行憲法第97条) (削除)
私案 (前文)
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。また、基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として国民に信託されたものである。これらは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法の解釈、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。  われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
(現行憲法第97条) (要旨を前文に移動)
(第97条)
(憲法の基本理念)
 基本的人権の享有及び福利の享受は、この憲法が日本国民に保障し尊重すべき基本理念である。この憲法のいかなる条文及びその解釈においても、この理念は尊重されなければならない。
解説 ● 現行憲法第97条は、条文としては不適切であるので、前文に統合。
● 現行憲法第97条に変わって、「基本的人権の享有と福利の享受」を基本理念とする条文を私案第97条として新設。
● 「一切の憲法」を「一切の憲法の解釈」に変更。現行の表現は、複数の憲法が存在しない限り、排除すべき対象がなく、違和感のある表現となる。一方、憲法解釈は多数存在するので、排除する対象として、憲法解釈とした記述に変更した。
● 第1段落を2つの段落に分割。

【追記】「一切の憲法~を排除する」とは、「明治憲法などの憲法を一切排除する」ということで、他の憲法を想定しているようです。「一切の憲法」のままでよいかも。

草案第19条2 (プライバシー権)

 自民党草案では、禁止条項として記述されているが、これを保護条項として記述し、禁止条項は但し書きとする。

 本来、禁止条項は、保護する対象があってなされるものであって、その保護する対象をまず明確化し、その保護を保障するために、禁止条項を置くという立場で、自民党草案を書き換えたのが以下に示す私案1です。

 一方、私案2は、自民党草案は、プライバシー権を保障に資することを目的としたものを意図しているということなので、その意図に沿った記述に変更しました。

現行憲法 【なし】
自民党草案 (個人情報の不当取得の禁止等)
第十九条のニ 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。
私案1 (個人情報の保護)
第十九条のニ 全て国民の個人に関する情報は、保護される。
2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。
私案2 (私事情報の保護)
第十九条のニ 全て国民の私事に関する情報は、保護される。ただし、公人については、公益及び公の秩序に資する場合において、この限りではない。
2 何人も、私事に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。
解説 ●保護規定として第1項を追加。禁止条項は、保護規定を実現するための手段として位置づける。
●プライバシー権ということであれば、「個人に関する情報」では広すぎるので、私案2では「私事に関する情報」に変更。「私事に関する情報」は、本人の意に反して知られたくない情報という意味で使っています。プライバシー権全般を保護するのであれば、別の表現をする必要がある。
 また、公人に関する除外規定は、国会議員の資産公開などが制約を受けないようにすることを明示するために設けた。

草案第21条2 (行政及び立法等に関する知る権利)

行政・立法に関する知る権利と責務を規定しました。

現行憲法 【なし】
自民党草案 (国政上の行為に関する説明の責務)
第二十一条の二 国は、国政上の行為につき国民に説明する責務を負う。
私案 (行政及び立法等に関する知る権利)
第二十一条の二 国民は、行政上の行為及び立法又は条例の制定その他の重要事項の議決について知る権利を有する。
2 国又は地方自治体その他の公共団体は、その行政上の行為につき国民に関連する資料を開示し説明する責務を負う。
3 国会又は地方自治体の議会は、その立法又は条例の制定その他の重要事項の議決につき国民に関連する資料を開示し説明する責務を負う。
解説 ●国民の知る権利と行政・立法の説明責務を明確化。
●関連する資料の開示を追加。

草案第25条2 (環境を享受する権利)

 環境権を明記し、環境の保全を国の責務としました。また、国民の責務については機が熟していないため、削除しました。

現行憲法 【なし】
自民党草案 (環境保全の責務)
第二十五条の二 国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。
私案 (環境を享受する権利)
第二十五条の二 全て国民は、良好な環境を享受する権利を有する。
2 国は、国民が良好な環境を享受することができるように、その保全に努めなければならない。
解説 ●環境権を明記。
●環境保全の責務は、国のみが負うように変更。

第26条 (教育に関する権利及び義務)

 自民党草案の追加条項が、箱物行政を行うことを想定しています。一方、対案では、経済的状況に左右されずに、教育を受ける権利の享受・義務の履行を保障することを目的に、経済的支援を行う条項を設けました。

現行憲法 第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
自民党草案 (教育に関する権利及び義務等)
第二十六条 全て国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、等しく教育を受ける権利を有する。
2 全て国民は、法律の定めるところにより、その保護する子に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、無償とする。
3 国は、教育が国の未来を切り拓ひらく上で欠くことのできないものであることに鑑み、教育環境の整備に努めなければならない。
私案 (教育に関する権利及び義務等)
第二十六条 全て国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、等しく教育を受ける権利を有する。
2 全て国民は、法律の定めるところにより、その保護する子に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、無償とする。
3 国は、前二項を保障するため、国民を経済的に支援することに努めなければならない
解説 ●自民党草案Q&Aによれば、「教育関係の施設整備」などの箱物行政を行うことを想定している。
●片親の貧困家庭における経済力の問題や大学卒業時点で数百万円を背負う奨学金制度など大きな課題があり、経済力により受けられる教育が制限される。このため、「能力に応じて、等しく教育を受ける権利」や第2項の義務の履行を保障するために、草案第3項の代わり、私案第3項を追加した。

第36条 (拷問及び残虐な刑罰の禁止)

 「絶対にこれを禁ずる」の表現を変更し、「公務員による」との限定を削除しました。

現行憲法 第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる
自民党草案 (拷問及び残虐な刑罰の禁止)
第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、禁止する
私案 (拷問及び残虐な刑罰の禁止)
第三十六条 拷問及び残虐な刑罰は、いかなる場合であっても禁止する
解説 ●現行憲法の「絶対に」は、感情的な表現で条文には相応しくない。一方、草案は、「絶対に」の記述を削除したため、「条件によっては禁止されない」と危惧する意見がある。このため、私案では、「いかなる場合であっても」とした。
●「非公務員による」刑罰を行ってよいわけではないので、不要な限定である「公務員による」を削除。

第96条 (改正)

 最低投票率の制限を加えました。これは、最低投票率を設定するためには、憲法違反となる可能性があるからです*1

現行憲法 第九十六条  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
自民党草案 (改正)
第百条 この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない。この承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数の賛成を必要とする。
2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、直ちに憲法改正を公布する。
私案 (改正)
第九十六条 この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の三分の二以上の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない。
2 前項の承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数の賛成を必要とする。ただし、投票をする権利を有する国民総数の半数に満たない投票は、これを無効とし、憲法の改正を承認しない
3 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちに憲法改正を公布する。
解説 ●3分の2以上の規定は現行のまま。
●最低投票率の規定を追加。

まとめ

 現行憲法や自民党草案を参考に、一部の条文についての私案を提示しました。今後も、更新してきたいと思います。

(2016/10/4)

*1:ウィキペディア, 「日本国憲法の改正手続に関する法律」, https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法の改正手続に関する法律.

自民党憲法草案を読み解く(2) : 第4章~第11章

「自民党憲法草案を読み解く(1):第1章~第3章」からの続きです。今回は、後半の第4章(国会)~第11章(最高法規)を読んでいきます。主に国政の制度に関する規定です。

関連する記事:

第四章 国会

第41条 (国会と立法権)

現行憲法自民党草案
 
第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
(国会と立法権)
第四十一条 国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。

【初見】実質的な変更なし。

第42条 (両議院)

現行憲法自民党草案
 
第四十二条 国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。
(両議院)
第四十二条 国会は、衆議院及び参議院の両議院で構成する。

【初見】 初見:実質的な変更なし。

【自民党Q&A】
Q24:一院制を採用すべきとの議論は、なかったのですか?

 一院制を採用すべきか否かは、今回の草案の作成過程で最も大きな議論のあったテーマであり、党内論議では、「一院制を採用すべき」との意見が多く 出されたところです
 
 しかしながら、今回の草案は、サンフランシスコ平和条約発効 60 周年を機に、自主憲法に値する憲法草案を策定することを目的に、飽くまでも、平成 17 年の「新憲法草案」を土台として、その見直しを行うものです。一院制の導入の具体化には、詳細な制度設計を踏まえた慎重な議論が必要ですが、今回の作業の中でそれを行うのは困難であり、党内での合意形成の手続がなお必要と考えました。
 
 このため、今回の草案では、平成 17 年の「新憲法草案」を引き継ぎ、二院制を維持していますが、今後、二院制の在り方を検討する中で、一院制についても検討することとしました

【所感】一院制にしたいのかぁ...。衆院と参院とのねじれが発生しないようにしたいという問題意識でしょうか。政権と国会が独立していればいいのかもしれないけど、現状だと、政権と衆院与党は一体で、三権分立ではなく、ニ権分立状態ですよね。衆参の捻じれは、三権分立を保障する役割としての参院が機能しているともいえるのですが、悪い面だけがでてしまっているということでしょうかね。

第43条 (両院の組織)

現行憲法自民党草案
 
第四十三条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
2 両議院の議員の定数は、法律でこれを定める。
(両院の組織)
第四十三条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員で組織する。
2 両議院の議員の定数は、法律で定める。

【初見】実質的な変更なし。

第44条 (議員及び選挙人の資格)

現行憲法自民党草案
 
第四十四条 両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
(議員及び選挙人の資格)
第四十四条 両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律で定める。この場合においては、人種、信条、性別障害の有無、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならない。

【初見】障害の有無を追加。

【自民党Q&A】
Q27:その他、国会に関して、どのような規定を置いたのですか?

(44 条 議員及び選挙人の資格)
 44 条は、両議院の議員及びその選挙人の資格に関する規定です。今回の草案では、14 条の法の下の平等の規定に合わせて、差別の禁止項目に、「障害の有無」を加えました。

第45条 (衆議院の任期)

現行憲法自民党草案
 
第四十五条 衆議院議員の任期は、四年とする。但し、衆議院解散の場合には、その期間満了前に終了する。
(衆議院の任期)
第四十五条 衆議院議員の任期は、四年とする。ただし、衆議院が解散された場合には、その期間満了前に終了する。

【初見】実質的な変更なし。

第46条 (参議院議員の任期)

現行憲法自民党草案
 
第四十六条 参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。
(参議院議員の任期)
第四十六条 参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。

【初見】変更なし。

第47条 (選挙に関する事項)

現行憲法自民党草案
 
第四十七条 選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。
(選挙に関する事項)
第四十七条 選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律で定める。この場合においては、各選挙区は、人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案して定めなければならない。

【初見】追加事項で、行政区画などを勘案するということなので、2県に跨るような選挙区(参議院の鳥取・島根、徳島・高知) *1はなくなり、1票の格差は拡大しそうです。

【自民党Q&A】
Q26:国会議員の選挙制度に関する規定を変えたのは、なぜですか?

 47 条(選挙に関する事項)に後段を設け、「この場合においては、各選挙区は、人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案して定めなければならない」と、規定しました。これは最近、一票の格差について違憲状態にあるとの最高裁判所の判決が続いていることに鑑み、選挙区は、単に人口のみによって決められるものではないことを、明示したものです。ただし、この規定も飽くまで「人口を基本と」することとし、一票の格差の是正をする必要がないとしたものではありません。選挙区を置けば必ず格差は生ずるので、それには一定の許容範囲があることを念のため規定したに過ぎません
 
 なお、この規定は、衆議院議員選挙区画定審議会設置法 3 条の規定を参考にして加えたものであり、現行法制を踏まえたものです。
 
(参考)衆議院議員選挙区画定審議会設置法
第 3 条 前条の規定による改定案の作成は、各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口(官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口をいう。以下同じ。)のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が 2 以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。

第48条 (両議院議員兼職の禁止)

現行憲法自民党草案
 
第四十八条 何人も、同時に両議院の議員たることはできない。
(両議院議員兼職の禁止)
第四十八条 何人も、同時に両議院の議員となることはできない。

【初見】実質的な変更なし。

第49条 (議員の歳費)

現行憲法自民党草案
 
第四十九条 両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。
(議員の歳費)
第四十九条 両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。

【初見】変更なし。

第50条 (議員の不逮捕特権)

現行憲法自民党草案
 
第五十条 両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。
(議員の不逮捕特権)
第五十条 両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があるときは、会期中釈放しなければならない。

【初見】実質的な変更なし。

第51条 (議員の免責特権)

現行憲法自民党草案
 
第五十一条 両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない
(議員の免責特権)
第五十一条 両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問われない

【初見】実質的な変更なし。

第52条 (通常国会)

現行憲法自民党草案
 
第五十二条 国会の常会は、毎年一回これを召集する。      
(通常国会)
第五十二条 通常国会は、毎年一回召集される
2 通常国会の会期は、法律で定める。

【初見】会期を法律で定めることを規定する項を追加。

第53条 (臨時国会)

現行憲法自民党草案
 
第五十三条 内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。
(臨時国会)
第五十三条 内閣は、臨時国会の召集を決定することができる。いずれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があったときは、要求があった日から二十日以内に臨時国会が召集されなければならない。

【初見】最近だと、安倍首相が臨時国会を20日以内に臨時国会を召集しませんでした*2

【自民党Q&A】
Q27:その他、国会に関して、どのような規定を置いたのですか?

(52 条 通常国会・53 条 臨時国会)
 52 条は、通常国会についての規定です。今回の草案では、同条に 2 項を設け、通常国会の会期を「法律で定める」と規定しました。会期の延長については、特に規定を置きませんでしたが、これも法律委任の中に含まれると解しています。
 
 53 条は、臨時国会についての規定です。現行憲法では、いずれかの議院の総議員の 4分の 1 以上の要求があれば、内閣はその召集を決定しなければならないことになっていますが、臨時国会の召集期限については規定がなかったので、今回の草案では、「要求があった日から 20 日以内に臨時国会が召集されなければならない」と、規定しました。党内議論の中では、「少数会派の乱用が心配ではないか」との意見もありましたが、「臨時国会の召集要求権を少数者の権利として定めた以上、きちんと召集されるのは当然である」という意見が、大勢でした。

第54条 (衆議院の解散と衆議院議員の総選挙、特別国会及び参議院の緊急集会)

現行憲法自民党草案
 
【新設】
第五十四条 衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない。
2 衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。
3 前項但書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであつて、次の国会開会の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失ふ
(衆議院の解散と衆議院議員の総選挙、特別国会及び参議院の緊急集会)
第五十四条 衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する。
2 衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行い、その選挙の日から三十日以内に、特別国会が召集されなければならない。
3 衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。ただし、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。
4 前項ただし書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであって、次の国会開会の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失う

【初見】草案第6条4のコメントにも書きましたが、内閣総理大臣に衆議院の解散権を与えるかは、議論の余地があるところ。
 時の政権(さらに、そのうちの一人の人物)の都合の良いときに、いつでも解散してもよいというのには抵抗があります。首相がコロコロ変わり、国際的にも国内的にも「日本の首相って誰だっけ?」という状態になる要因の一つでもあり、国益にもかなわないでしょう。アメリカやロシア(ソ連)は、50年以上前の大統領(書記長を含む)から諳んじられますが、日本の首相は10年前からでもできません。
 解散は重要事項なので、総理大臣が発議し、議会の承認(例えば、過半数や3分の2の賛成)を得るというような手続きが必要と思います。

第55条 (議員の資格審査)

現行憲法自民党草案
 
第五十五条 両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。
(議員の資格審査)
第五十五条 両議院は、各々その議員の資格に関し争いがあるときは、これについて審査し、議決する。ただし、議員の議席を失わせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

【初見】実質的な変更なし。

第56条 (表決及び定足数)

現行憲法自民党草案
 
第五十六条 両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。
2 両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
(表決及び定足数)
第五十六条 両議院の議事は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、出席議員の過半数で決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
2 両議院の議決は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければすることができない。

【初見】実質的な変更なし。

【自民党Q&A】
Q27:その他、国会に関して、どのような規定を置いたのですか?

(56 条 表決及び定足数)
 現行憲法 56 条 1 項は、両議院の本会議の定足数についての規定で、「両議院は、各々その総議員の 3 分の 1 以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない」とされています。今回の草案では、この定足数を議決だけの要件とするため、56 条 2 項で、「両議院の議決は、各々その総議員の 3 分の 1 以上の出席がなければすることができない」と規定しました。

【所感】「議事を開き」の削除を見落としました。現行憲法では、「議事・議決ともに3分の1が必要だった」が、草案では「議事は3分の1未満で開くことができる、議決は3分の1以上が必要」ということですかね。

第57条 (会議及び会議録の公開等)

現行憲法自民党草案
 
第五十七条 両議院の会議は、公開とする但し、出席議員の三分の二以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。
2 両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、且つ一般に頒布しなければならない。
3 出席議員の五分の一以上の要求があれば、各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない。
(会議及び会議録の公開等)
第五十七条 両議院の会議は、公開しなければならないただし、出席議員の三分の二以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。
2 両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるものを除き、これを公表し、かつ、一般に頒布しなければならない。
3 出席議員の五分の一以上の要求があるときは、各議員の表決を会議録に記載しなければならない。

【初見】実質的な変更なし。

第58条 (役員の選任並びに議員規則及び懲罰)

現行憲法自民党草案
 
第五十八条 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。
2 両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。
(役員の選任並びに議員規則及び懲罰)
第五十八条 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。
2 両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、並びに院内の秩序を乱した議員を懲罰することができる。ただし、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

【初見】実質的な変更なし。

第59 条 (法律案の議決及び衆議院の優越)

現行憲法自民党草案
 
第五十九条 法律案は、この憲法に特別ののある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。
2 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。
3 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。
4 参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。
(法律案の議決及び衆議院の優越)
第五十九条 法律案は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。
2 衆議院で可決し、参議院でこれと異なった議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。
3 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。
4 参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取った後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。

【初見】実質的な変更なし。

【自民党Q&A】
Q25: 衆議院で法律案を再議決するのに必要な「3分の2」を緩和すべきとの議論は、なかったのですか?

 59 条 2 項では、参議院で否決された法律案を衆議院で再議決する場合には、出席議員の「3 分の 2」以上の賛成が必要としています。この再議決の要件を緩和するべきかどうか党内で議論がありましたが、最終的には変更しませんでした
 
 議論の中では、「3 分の 2 以上の賛成から引き下げて、ねじれ現象ができるだけ起きないようにすべきではないか。」という意見や、要件を「過半数とする。」という意見もありました。他方で、それでは「参議院の存在を否定するものだ。」という意見も多くありました。間を取って 10 分の 6 とする意見もありましたが、法令上議決権の規定で10 分の 6 というのも前例がなく、この部分の変更はしませんでした

【所感】「3分の2」をとったら、確かに参院はいりませんね。やはり、一院制の議論も、捻じれ現象を解消したいという問題意識のようです。

第60条 (予算案の議決等に関する衆議院の優越)

現行憲法自民党草案
 
第六十条 予算は、さきに衆議院に提出しなければならない。
2 予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
(予算案の議決等に関する衆議院の優越)
第六十条 予算案は、先に衆議院に提出しなければならない。
2 予算案について、参議院で衆議院と異なった議決をした場合において、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算案を受け取った後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

【初見】実質的な変更なし。

第61条 (条約の承認に関する衆議院の優越)

現行憲法自民党草案
 
第六十一条 条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。
(条約の承認に関する衆議院の優越)
第六十一条 条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。

【初見】変更なし。

第62条 (議員の国政調査権)

現行憲法自民党草案
 
第六十二条 両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。
(議員の国政調査権)
第六十二条 両議院は、各々国政に関する調査を行い、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。

【初見】実質的な変更なし。

第63条 (内閣総理大臣等の議院出席の権利及び義務)

現行憲法自民党草案
 
第六十三条 内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないとにかかはらず、何時でも議案について発言するため議院に出席することができる。又、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。
(内閣総理大臣等の議院出席の権利及び義務)
第六十三条 内閣総理大臣及びその他の国務大臣は、議案について発言するため両議院に出席することができる。
2 内閣総理大臣及びその他の国務大臣は、答弁又は説明のため議院から出席を求められたときは、出席しなければならない。ただし、職務の遂行上特に必要がある場合は、この限りでない。

【初見】大臣の国会の欠席について規定を追加。

【自民党Q&A】
Q27:その他、国会に関して、どのような規定を置いたのですか?
: (63 条 内閣総理大臣等の議院出席の権利及び義務)
 現行憲法 63 条の後段で定められている、内閣総理大臣等の議院出席の義務を、同条2 項として規定し、「内閣総理大臣及びその他の国務大臣は、答弁又は説明のため議院から出席を求められたときは、出席しなければならない。ただし、職務の遂行上特に必要がある場合は、この限りでない。」としました。
 
 このただし書は、出席義務の例外を定めたもので、現行憲法にはない規定です。特に外務大臣などは重要な外交日程があることが多く、国会に拘束されることで国益が損なわれないようにするという配慮から置いたものです。

第64条 (弾劾裁判所)

現行憲法自民党草案
 
第六十四条 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。
2 弾劾に関する事項は、法律でこれを定める。
(弾劾裁判所)
第六十四条 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。
2 弾劾に関する事項は、法律で定める。

【初見】実質的な変更なし。

第64条2 (政党)

現行憲法自民党草案
【新設】
(政党)
第六十四条の二 国は、政党が議会制民主主義に不可欠の存在であることに鑑み、その活動の公正の確保及びその健全な発展に努めなければならない。
2 政党の政治活動の自由は、保障する。
3 前二項に定めるもののほか、政党に関する事項は、法律で定める。

【初見】政党に関する新条項。

【自民党Q&A】
Q27:その他、国会に関して、どのような規定を置いたのですか?

(64 条の 2 政党)
 政党については、現行憲法に規定がなく、政党法も存在せず、法的根拠がないので、政治団体の一つとして整理されてきましたが、政党は現代の議会制民主主義にとって不可欠な要素となっていることから、憲法上位置付けたものです
 
 憲法にこうした規定を置くことにより、政党助成や政党法制定の根拠になると考えます。政党法の制定に当たっては、党内民主主義の確立、収支の公開などが焦点になるものと考えられます。

第五章 内閣

第65条 (内閣と行政権)

現行憲法自民党草案
 
第六十五条 行政権は、内閣に属する。
(内閣と行政権)
第六十五条 行政権は、この憲法に特別の定めのある場合を除き、内閣に属する。

【初見】「特別の定め」の該当箇所が分かりませんでした。

【自民党Q&A】
Q29:草案 65 条の「この憲法に特別の定めのある場合を除き」とは、何を指しているのですか?

 草案 65 条で「この憲法に特別の定めのある場合を除き」としたのは、草案において、内閣総理大臣の「専権事項」として、次に掲げる 3 つの権限を設けたことに伴うものです
 
1 行政各部の指揮監督・総合調整権(72 条 1 項)
2 国防軍の最高指揮権(9 条の 2 第 1 項、72 条 3 項)
3 衆議院の解散の決定権(54 条 1 項)
 
 以上の 3 つの権限は、総理一人に属する権限であり、行政権が合議体としての内閣に 属することの例外となるものです。
 
 なお、現行憲法下においても、例えば次のような権限などは、広い意味での「行政作 用」に含まれる権限ではありますが、憲法上、明文規定をもって内閣以外の機関が行う こととされており、これについても、本条の「この憲法に特別の定めのある場合」に該 当することになります。
 
4 会計検査院による決算についての検査(90 条 1 項)
5 地方自治体の地方行政に係る権限(第 8 章・地方自治)

【所感】なるほど。解説が必要な内容ですね。

第66条 (内閣の構成及び国会に対する責任)

現行憲法自民党草案
 
第六十六条 内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する
2 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない
3 内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ
(内閣の構成及び国会に対する責任)
第六十六条 内閣は、法律の定めるところにより、その首長である内閣総理大臣及びその他の国務大臣で構成する
2 内閣総理大臣及び全ての国務大臣は、現役の軍人であってはならない
3 内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負う

【初見】

  • 「文民」(civilianの訳語)の定義が不明確なので、「現役の軍人ではない人」に定義変更したということでしょうか。
  • この規定だと、(任命の直前に退役した国会議員でない)退役軍人も大臣につけるということであり、実質的にほぼ現役の軍人が国防軍を統括する大臣(防衛大臣)に就任することが可能となります。いまのところ、現役軍人を大臣に就かせるという状況ではありませんが、一旦、戦争が始まれば、職業軍人を防衛大臣に就けた方がよいという意見もでてくるでしょう。
  • 退役軍人に大臣就任を開放するとしても、退役後10年以上であること、あるいは、国会議員であること、又は、その両方を満たすことなどの条件を付ける必要があるように思います。

第67条 (内閣総理大臣の指名及び衆議院の優越)

現行憲法自民党草案
 
第六十七条 内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ
2 衆議院と参議院とが異なつた指名の議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は衆議院が指名の議決をした後、国会休会中の期間を除いて十日以内に、参議院が、指名の議決をしないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
(内閣総理大臣の指名及び衆議院の優越)
第六十七条 内閣総理大臣は、国会議員の中から国会が指名する。
2 国会は、他の全ての案件に先立って、内閣総理大臣の指名を行わなければならない。
3 衆議院と参議院とが異なった指名をした場合において、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は衆議院が指名をした後、国会休会中の期間を除いて十日以内に、参議院が指名をしないときは、衆議院の指名を国会の指名とする。

【初見】実質的な変更なし。

第68条 (国務大臣の任免)

現行憲法自民党草案
 
第六十八条 内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。
 
2 内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。
(国務大臣の任免)
第六十八条 内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。この場合においては、その過半数は、国会議員の中から任命しなければならない。
2 内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。

【初見】実質的な変更なし。

第69条 (内閣の不信任と総辞職)

現行憲法自民党草案
 
第六十九条 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
(内閣の不信任と総辞職)
第六十九条 内閣は、衆議院が不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、 総辞職をしなければならない。

【初見】実質的な変更なし。

第70条 (内閣総理大臣が欠けたとき等の内閣の総辞職等)

現行憲法自民党草案
 
第七十条 内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があつたときは、内閣は、総辞職をしなければならない。
【新設】
(内閣総理大臣が欠けたとき等の内閣の総辞職等)
第七十条 内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員の総選挙の後に初めて国会の召集があったときは、内閣は、総辞職をしなければならない。
2 内閣総理大臣が欠けたとき、その他これに準ずる場合として法律で定めるときは、内閣総理大臣があらかじめ指定した国務大臣が、臨時に、その職務を行う。

【初見】

  • 内閣総理大臣が欠けたときの臨時代行の規定。臨時期間を指定する必要があるのでは?
  • 第2項の文章がこなれておらず、分かりにくいですね。無理に「~とき」で統一しているが良くないようです。 最初の「欠けたとき」と2番目の「法律で定めるとき」が並列関係にあるように見えてしまいますが、「欠けたとき」と「これに準ずる場合」が並列の関係にあるので、以下のような記述の方がよさそうです。
2 内閣総理大臣が欠けたとき、その他法律で定めるこれに準ずる場合は、~
【自民党Q&A】
Q:内閣総理大臣の職務の臨時代行の規定を置いたのは、なぜですか?

 内閣総理大臣は、内閣の最高責任者として重大な権限を有し、今回の草案で、その権限を更に強化しています。
 
 そのような内閣総理大臣に不慮の事態が生じた場合に、「内閣総理大臣が欠けたとき」に該当するか否かを誰が判断して、内閣総辞職を決定するための閣議を誰が主宰するのか、ということが、現行憲法では規定が整備されていません。
 
 しかし、それでは危機管理上も問題があるのではないか、指定を受けた国務大臣が内閣総理大臣の職務を臨時代行する根拠は、やはり憲法上規定すべきではないか、との観点から、今回の草案の 70 条 2 項では、明文で「内閣総理大臣が欠けたとき、その他これに準ずる場合として法律で定めるときは、内閣総理大臣があらかじめ指定した国務大臣が、臨時に、その職務を行う」と規定しました。
 
 「内閣総理大臣が欠けたとき」とは、典型的には内閣総理大臣が死亡した場合、あるいは国会議員の資格を失ったときなどをいいます。「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」とは、具体的には、意識不明になったときや事故などに遭遇し生存が不明になったときなど、現職に復帰することがあり得るが、総理としての職務を一時的に全うできないような場合を想定しています

第71条 (総辞職後の内閣)

現行憲法自民党草案
 
第七十一条 前二条の場合には、内閣は、あらたに内閣総理大臣が任命されるまで引き続きその職務を行ふ
(総辞職後の内閣)
第七十一条 前二条の場合には、内閣は、新たに内閣総理大臣が任命されるまでの間は、引き続き、その職務を行う

【初見】実質的な変更なし。

第72条 (内閣総理大臣の職務)

現行憲法自民党草案
 
第七十二条 内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する
【新設】
 
【新設】
(内閣総理大臣の職務)
第七十二条 内閣総理大臣は、行政各部を指揮監督し、その総合調整を行う
 
2 内閣総理大臣は、内閣を代表して、議案を国会に提出し、並びに一般国務及び外交関係について国会に報告する。
3 内閣総理大臣は、最高指揮官として、国防軍を統括する。

【初見】

  • 草案1項で、「総合調整」を追加した意図は良く分かりませんが、実質的な変更はない?
  • 草案3項は、国防軍の最高司令官の規定を追加。
【自民党Q&A】
Q28:内閣総理大臣の権限を強化したということですが、具体的には、どのような規定を置いたのですか?

 現行憲法では、行政権は、内閣総理大臣その他の国務大臣で組織する「内閣」に属するとされています。内閣総理大臣は、内閣の首長であり、国務大臣の任免権などを持っていますが、そのリーダーシップをより発揮できるよう、今回の草案では、内閣総理大臣が、内閣(閣議)に諮らないでも、自分一人で決定できる「専権事項」を、以下のとおり、3 つ設けました
 
1 行政各部の指揮監督・総合調整権
2 国防軍の最高指揮権
3 衆議院の解散の決定権
 
(1)行政各部の指揮監督・総合調整権
 現行憲法及び内閣法では、内閣総理大臣は、全て閣議にかけた方針に基づかなければ行政各部を指揮監督できないことになっていますが、今回の草案では、内閣総理大臣が単独で(閣議にかけなくても)、行政各部の指揮監督、総合調整ができると規定したところです。
(2)国防軍の最高指揮権
 72 条 3 項で、「内閣総理大臣は、最高指揮官として、国防軍を統括する」と規定しました。内閣総理大臣が国防軍の最高指揮官であることは 9 条の 2 第 1 項にも規定しましたが、内閣総理大臣の職務としてこの条でも再整理したものです。内閣総理大臣は最高指揮官ですから、国防軍を動かす最終的な決定権は、防衛大臣ではなく、内閣総理大臣にあります。また、法律に特別の規定がない場合には、閣議にかけないで国防軍を指揮することができます。
 
(3)衆議院の解散の決定権
 54 条 1 項で、「衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する」と規定しました。かつて、解散を決定する閣議において閣僚が反対する場合に、その閣僚を罷免するという事例があったので、解散の決定は、閣議にかけず、内閣総理大臣が単独で決定できるようにしたものです。
 
 なお、この規定で「7 条解散(今回の草案では、条の移動により「6 条解散」になります)、すなわち内閣不信任案が可決された場合以外の解散について明示すべきだ。」という意見もありましたが、「それは憲法慣例に委ねるべきだ。」という意見が大勢であり、この規定に落ち着きました。

【所感】

  • 「行政各部の指揮監督・総合調整権」:具体的に問題の提示と、変更によりなぜ解決されるのか、示されていないので、良くなっているのか悪くなっているのかさっぱり理解できませんでした。
  • 「衆議院の解散の決定権」:内閣の同意を必要することは、総理大臣一人による身勝手な解散を抑止するという効果があるでのはないですかね。郵政解散*3のときに閣僚が罷免される事例がありましたが、それほどまでに問題がある解散であると閣僚が判断した上での反対なので、それをもって憲法変更の理由とするのは、如何なものかと思います。

第73条 (内閣の職務)

現行憲法自民党草案
 
第七十三条 内閣は、他の一般行政事務の、左の事務を行ふ
一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
二 外交関係を処理すること。
三 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
四 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。
 
五 予算を作成して国会に提出すること。
六 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。
七 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。
(内閣の職務)
第七十三条 内閣は、他の一般行政事務のほか、次に掲げる事務を行う
一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
二 外交関係を処理すること。
三 条約を締結すること。ただし、事前に、やむを得ない場合は事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
四 法律の定める基準に従い、国の公務員に関する事務をつかさどること。
五 予算案及び法律案を作成して国会に提出すること。
六 法律の規定に基づき、政令を制定すること。ただし、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、義務を課し、又は権利を制限する規定を設けることができない。 七 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。

【初見】実質的な変更なし。

第74条 (法律及び政令への署名)

現行憲法自民党草案
 
第七十四条 法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。
(法律及び政令への署名)
第七十四条 法律及び政令には、全て主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。

【初見】実質的な変更なし。

第75条 (国務大臣の不訴追特権)

現行憲法自民党草案
 
第七十五条 国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない。
(国務大臣の不訴追特権)
第七十五条 国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、公訴を提起されない。ただし、国務大臣でなくなった後に、公訴を提起することを妨げない。

【初見】実質的な変更なし。

第六章 司法

第76条 (裁判所と司法権)

現行憲法自民党草案
 
第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
(裁判所と司法権)
第七十六条 全て司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、設置することができない。行政機関は、最終的な上訴審として裁判を行うことができない。
3 全て裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。

【 初見】実質的な変更なし。

第77条 (最高裁判所の規則制定権)

現行憲法自民党草案
 
第七十七条 最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。
2 検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。
 
3 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。
(最高裁判所の規則制定権)
第七十七条 最高裁判所は、裁判に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。
2 検察官、弁護士その他の裁判に関わる者は、最高裁判所の定める規則に従わなければならない。
3 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。

【 初見】「弁護士その他の裁判に関わる者」を追加。実務上は変更なし?

第78条 (裁判官の身分保障)

現行憲法自民党草案
 
第七十八条 裁判官は、裁判により心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。
(裁判官の身分保障)
第七十八条 裁判官は、次条第三項に規定する場合及び心身の故障のために職務を執ることができないと裁判により決定された場合を除いては、第六十四条第一項の規定による裁判によらなければ罷免されない。行政機関は、裁判官の懲戒処分を行うことができない。

【 初見】「裁判」、「公の弾劾」の意味するところを明確化。実質的な変更なし。

  • 「次条第三項」: (第79条3)「前項の審査(注:最高裁判所裁判官国民審査)において罷免すべきとされた裁判官は、罷免される。」
  • 「第六十四条第一項」: (第64条1) 「国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。」

第79条 (最高裁判所の裁判官)

現行憲法自民党草案
 
第七十九条 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、そのたる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。
2 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする
3 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
4 審査に関する事項は、法律でこれを定める
5 最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。
6 最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
(最高裁判所の裁判官)
第七十九条 最高裁判所は、その長である裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官で構成し、最高裁判所の長である裁判官以外の裁判官は、内閣が任命する。
2 最高裁判所の裁判官は、その任命後、法律の定めるところにより、国民の審査を受けなければならない。
 
 
3 前項の審査において罷免すべきとされた裁判官は、罷免される。
〔削除〕
4 最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。
5 最高裁判所の裁判官は、全て定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、分限又は懲戒による場合及び一般の公務員の例による場合を除き減額できない。

【 初見】

  • 現行憲法第4項(審査に関する事項は法律で定める)を第2項に統合。これまで、具体的に記載されていた「任命後最初の衆議院選挙で審査される規定、十年ごとに審査される規定等」を削除。どういう影響があるかは不明。
  • 報酬の減額に関する規定を追加。
  • 参考:最高裁長官は、現行憲法第6条2項(草案第6条1項)に基づき、内閣の指名に基づいて、天皇が任命する。
【自民党Q&A】
Q30:裁判所と司法権に関して、どのような規定を置いたのですか?

(最高裁判所裁判官の国民審査について)
 現行憲法 79 条 2 項から 4 項までに、最高裁判所裁判官の国民審査に関する規定が置かれています。しかし、現在まで国民審査によって罷免された裁判官は 1 人もいないなど、その制度が形骸化しているという批判がありました。そこで、憲法改正草案では、国民審査の方法は憲法では定めず、法律で定めることとしました(79条 2 項)。国民審査を国民に分かりやすいものにするのは簡単ではありませんが、このように規定することで、立法上工夫の余地が出てくると考えます
 
(裁判官の報酬の減額について)
 現行憲法 79 条 6 項では、裁判官の報酬は在任中減額できないこととされています。しかし、最近のようにデフレ状態が続いて公務員の給与の引下げを行う場合に解釈上困難が生じていますし、また、懲戒の場合であっても報酬が減額できないという問題があります。こうしたことから、憲法改正草案では、79 条 5 項後段に「この報酬は、在任中、分限又は懲戒による場合及び一般の公務員の例による場合を除き、減額できない」と規定し、解決を図りました

【所感】国民審査規定の変更の理由はあまりにもひどい。解決方法については何にも当てはないが、問題があるので、とりあえず変更します、ということですよね。自民党草案がこのレベルの考えしか持たず憲法変更を提案しているのであれば、この草案をなどすべて破棄してしまうべきではないか。本当にひどい。

第80条 (下級裁判所の裁判官)

現行憲法自民党草案
 
第八十条 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。
2 下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
(下級裁判所の裁判官)
第八十条 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣が任命する。その裁判官は、法律の定める任期を限って任命され、再任されることができる。ただし、法律の定める年齢に達した時には退官する。
2 前条第五項の規定は、下級裁判所の裁判官の報酬について準用する。

【 初見】

  • 「任期10年」を「法律の定める任期」に変更。影響は不明。
  • 下級裁判所裁判官も、最高裁裁判官と同様に減額する規定を追加。

第81条 (法令審査権と最高裁判所)

現行憲法自民党草案
 
第八十一条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。
(法令審査権と最高裁判所)
第八十一条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する最終的な上訴審裁判所である。

【 初見】実質的な変更なし。

第82条 (裁判の公開)

現行憲法自民党草案
 
第八十二条 裁判の対審及び判決は、公開法廷これを行ふ
2 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害するがあると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。
(裁判の公開)
第八十二条 裁判の口頭弁論及び公判手続並びに判決は、公開の法廷行う
2 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると決した場合には、口頭弁論及び公判手続は、公開しないで行うことができる。ただし、政治犯罪、出版に関する犯罪又は第三章で保障する国民の権利が問題となっている事件の口頭弁論及び公判手続は、常に公開しなければならない。

【 初見】

  • 「対審」を「口頭弁論及び公判手続」に変更。
  • 「対審」(口頭弁論)に加えて、「公判手続」も公開するように変更していると思われるが、現状の裁判の運用からの変更はない?

第七章 財政

第83条 (財政の基本原則)

現行憲法自民党草案
 
第八十三条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。
【新設】
(財政の基本原則)
第八十三条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければならない。
2 財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない。

【 初見】「財政の健全性」を追加。現状は草案83条2項違反です(苦笑)。

【自民党Q&A】
Q32:財政に関して、どのような規定を置いたのですか?
: (財政健全主義の規定)
 83 条に新しく 2 項を加えて、「財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない」とし、財政の健全性を初めて憲法上の価値として規定しました。具体的な健全性の基準は、わが党がかつて提出した「財政健全化責任法案」のような法律で規定することになります。

第84条 (租税法律主義)

現行憲法自民党草案
 
第八十四条 あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
(租税法律主義)
第八十四条 租税を新たに課し、又は変更するには、法律の定めるところによることを必要とする。

【 初見】実質的な変更なし。

第85条 (国費の支出及び国の債務負担)

現行憲法自民党草案
 
第八十五条 国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。
(国費の支出及び国の債務負担)
第八十五条 国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基づくことを必要とする。

【 初見】実質的な変更なし。

第86条 (予算)

現行憲法自民党草案
 
第八十六条 内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。
【新設】
 
 
【新設】
 
 
 
【新設】
(予算)
第八十六条 内閣は、毎会計年度の予算案を作成し、国会に提出して、その審議を受け、議決を経なければならない。
2 内閣は、毎会計年度中において、予算を補正するための予算案を提出することができる。
3 内閣は、当該会計年度開始前に第一項の議決を得られる見込みがないと認めるときは、暫定期間に係る予算案を提出しなければならない。
4 毎会計年度の予算は、法律の定めるところにより、国会の議決を経て、翌年度以降の年度においても支出することができる。

【 初見】

  • 追加する草案第2項から第4項は、現状追認するものでしょう。
    • 2項、3項は、「補正予算」・「暫定予算」の規定を追加。
    • 4項は、予算の「単年度主義」を緩和し、「複数年度の支出」を可能とする変更。
    • 本来、補正予算はその年度内に支出されるべきものですが、年度が迫ってからの予算編成なので、次年度に繰り越されることが多いようです。これを明示的に合憲化するべきかは議論の余地があるでしょう。
    • この変更は、財政規律の乱れにお墨付きを与えることになります。
  • 複数年度に亘るプロジェクトに単年度予算は向きません。その視点からの「複数年度の支出」も検討した方がよいかもしれません。
  • 複数年度に亘る比較的長い期間・大きい規模の予算バッファーを設けて、「単年度決算は厳密に赤字を出さず」、不測の事態には、この予算バッファーから補正予算・暫定予算をやり繰りするということはできないのですかね。予算バッファーが維持されることを保証する強い枠組みがないと、直ぐに予算バッファーを使い切って、元に戻ってしまいそうですが。そうならないように、その強い枠組みを憲法で規定すると。
【自民党Q&A】
Q32:財政に関して、どのような規定を置いたのですか?

(複数年度予算)
 86 条 4 項で、複数年度にわたる予算について、「毎会計年度の予算は、法律の定めるところにより、国会の議決を経て、翌年度以降の年度においても支出することができる」と、明確な規定を新設しました。これは、現行制度でも認めている繰越明許費や継続費などを憲法上認めるとともに、いわゆる複数年度予算についても、法律の定めるところにより実施可能とするものです。

第87条 (予備費)

現行憲法自民党草案
 
第八十七条 予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる。
2 すべて予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。
(予備費)
第八十七条 予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基づいて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる。
2 全て予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。

【 初見】実質的な変更なし。

第88条 (皇室財産及び皇室の費用)

現行憲法自民党草案
 
第八十八条 すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。
(皇室財産及び皇室の費用)
第八十八条 全て皇室財産は、国に属する。全て皇室の費用は、予算案に計上して国会の議決を経なければならない。

【 初見】実質的な変更なし。

第89条 (公の財産の支出及び利用の制限)

現行憲法自民党草案
 
第八十九条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
(公の財産の支出及び利用の制限)
第八十九条 公金その他の公の財産は、第二十条第三項ただし書に規定する場合を除き、宗教的活動を行う組織若しくは団体の使用、 便益若しくは維持のため支出し、又はその利用に供してはならない。
2 公金その他の公の財産は、国若しくは地方自治体その他の公共団体の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対して支出し、又はその利用に供してはならない。

【 初見】

  • 第20条3項の但し書: 「ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。」
  • (靖国神社等への)玉ぐし料などを公金から支出することを可能とする規定。
【自民党Q&A】
Q33:私学助成に関わる規定(89条)を変えたのは、なぜですか?

 現行憲法 89 条では、「公の支配」に属しない教育への助成金は禁止されています。
 
 ただし、解釈上、私立学校においても、その設立や教育内容について、国や地方公共団体の一定の関与を受けていることから、「公の支配」に属しており、私学助成は違憲ではないと考えられています。
 
 しかし、私立学校の建学の精神に照らして考えると、「公の支配」に属するというのは、適切な表現ではありません。そこで、憲法の条文を改め、 「公の支配に属しない」の文言を、国等の「監督が及ばない」にしました。
 
 なお、党内の議論では、更に「教育に対する公金支出の制限の規定は、教育の重要性を考えると、おかしいのではないか。」という意見がありました。しかし、朝鮮学校で反日的な教育が行われている現状やこれまでの判例の積み重ねもあり、基本的には現行規定を残すこととしました。

【所感】

  • 「公の支配に属しない」から「監督が及ばない」への変更には意味があったのですね。言い換えだけだと思っていました。
  • 公費の支払を「公の支配する事業」から「監督が及ぶ事業」に拡大したわけですが、私学助成以外にどういう影響があるのでしょうか?慈善事業を行うようなNPO法人への公費支出が可能となるように思えますが、どうなんでしょう?

第90条 (決算の承認等)

現行憲法自民党草案
 
第九十条 国の収入支出の決算はすべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。
 
2 会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。
【新設】
(決算の承認等)
第九十条 内閣は、国の収入支出の決算について全て毎年会計検査院の検査を受け、法律の定めるところにより、次の年度にその検査報告とともに両議院に提出し、その承認を受けなければならない
2 会計検査院の組織及び権限は、法律で定める。
3 内閣は、第一項の検査報告の内容を予算案に反映させ、国会に対し、その結果について報告しなければならない。

【 初見】いくつかの追加事項はあるが、実質的に変更なし?

【自民党Q&A】
Q34:決算の承認と、予算案への反映について規定を置いたのは、なぜですか?

 現行憲法では、決算は「国会に提出しなければならない」と定めるのみで、国会が決算をどう扱うかについて規定はありません。現在、決算は国会への単なる「報告」案件に過ぎず、各院は独立、別個に決算を審議し、議決することとなっています。しかし、それでは、国会は、政府が行った支出に対して十分なチェックを果たすことができません。そこで、憲法改正草案では、決算を国会の承認を要するものに改めることとしました(90 条 1 項)。
 
 なお、党内での議論では、参議院側から「決算を通常の議案と同様とした場合、まず衆議院に提出され、その承認を受けてから参議院に送付されることになる。衆議院で不承認となれば、送付すらされない。それでは『決算の参議院』の役割が果たせない。」との意見がありました。そこで、決算報告は、両議院に同時に提出することとしました。
 
 加えて、「決算について国会が承認することとする以上、その効果を持たせる必要がある。」という意見が大勢を占めました。そこで、内閣は、「検査報告の内容を予算案に反映させ、国会に対し、その結果について報告しなければならない」と規定しました(90条 3 項)。これにより、会計検査院の検査の実効性が飛躍的に高まることになります。

【所感】なるほど。このあたりのことはよく理解していませんでした。

第91条 (財政状況の報告)

現行憲法自民党草案
 
第九十一条 内閣は、国会及び国民に対し、定期に、少くとも毎年一回、国の財政状況について報告しなければならない。
(財政状況の報告)
第九十一条 内閣は、国会に対し、定期に、少なくとも毎年一回、国の財政状況について報告しなければならない。

【 初見】「国会及び国民」を「国会」に変更しているが、実質的には変更なし。

第八章 地方自治

第92条 (地方自治の本旨)

現行憲法自民党草案
 
【新設】
 
 
【新設】
(地方自治の本旨)
第九十二条 地方自治は、住民の参画を基本とし、住民に身近な行政を自主的、自立的かつ総合的に実施することを旨として行う。
2 住民は、その属する地方自治体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を公平に分担する義務を負う。

【 初見】現行憲法92条で「地方自治の本旨に基いて」との記載があるが、現行憲法には「地方自治の本旨」が規定されていない。このため、この条項を追加。実務的には実質的な変更なし?

【自民党Q&A】
Q35:地方自治については、どのような規定を置いたのですか?

(92 条 地方自治の本旨)
 92 条において、地方自治の本旨に関する規定を新設しました。従来「地方自治の本旨」という文言が無定義で用いられていたため、この条文において明確化を図りました。また、自治の精神をより明確化するため、これまで「地方公共団体」とされてきたものを、一般に用いられている「地方自治体」という用語に改めました。

第93条 (地方自治体の種類、国及び地方自治体の協力等)

現行憲法自民党草案
 
 
【新設】
 
 
第九十二条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨基いて、法律でこれを定める。
【新設】
(地方自治体の種類、国及び地方自治体の協力等)
第九十三条 地方自治体は、基礎地方自治体及びこれを包括する広域地方自治体とすることを基本とし、その種類は、法律で定める。
2 地方自治体の組織及び運営に関する基本的事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律で定める。
3 国及び地方自治体は、法律の定める役割分担を踏まえ、協力しなければならない。地方自治体は、相互に協力しなければならない。

【 初見】草案第3項は、不自然な条項ではないが、沖縄と国の対立を考えると、地方自治に何らかの影響を与えるのかもしれません。

【自民党Q&A】
Q35:地方自治については、どのような規定を置いたのですか?

(93 条 地方自治体の種類、国及び地方自治体の協力等)
 93 条は、地方自治体の種類、国及び地方自治体の協力等についての規定です。1 項で「地方自治体は、基礎地方自治体及びこれを包括する広域地方自治体とすることを基本とし、その種類は、法律で定める」と規定し、現行憲法で言及されていなかった地方自治体の種類や、地方自治が二層制を採ることについて言及しました。「基本と」するとは、基礎地方自治体及び広域地方自治体以外にも、地方自治体には、一部事務組合、広域連合、財産区などがあることから、そのように規定したものです。
 
 3 項では、東日本大震災の教訓に基づき、「国及び地方自治体は、法律の定める役割分担を踏まえ、協力しなければならない。地方自治体は、相互に協力しなければならない。」と規定し、国と地方自治体間、地方自治体同士の協力について定めました

【所感】東日本大震災の際に、国や地方自治体の間での協力がなかった?沖縄問題への影響がやはり気になるところです。

【自民党Q&A】
Q36:道州制について、どう考えているのですか?

 道州制については、今回の憲法改正草案には直接盛り込みませんでした。しかしながら、道州はこの草案の広域地方自治体に当たり、この草案のままで も、憲法改正によらずに立法措置により道州制の導入は可能であると考えています。

第94条 (地方自治体の議会及び公務員の直接選挙)

現行憲法自民党草案
 
第九十三条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
 
2 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。
(地方自治体の議会及び公務員の直接選挙)
第九十四条 地方自治体には、法律の定めるところにより、条例その他重要事項を議決する機関として、議会を設置する。
2 地方自治体の長、議会の議員及び法律の定めるその他の公務員は、当該地方自治体の住民であって日本国籍を有する者直接選挙する。

【 初見】地方選挙の有権者は、日本国籍を有する住民に限定。その他は、実質的な変更なし。

【自民党Q&A】
Q35:地方自治については、どのような規定を置いたのですか?

(94 条 地方自治体の議会及び公務員の直接選挙)
 94 条は、地方自治体の議会及び公務員の直接選挙に関する規定です。「地方自治体の住民であって日本国籍を有する者が直接選挙する」と規定し、外国人に地方選挙権を認めないことを明確にしました
【自民党Q&A】
Q37:外国人の地方参政権について、どう考えているのですか?

 日本国憲法改正草案では、94 条(地方自治体の議会及び公務員の直接選挙)2 項で「地方自治体の長、議会の議員及び法律の定めるその他の公務員は、当該地方自治体の住民であって日本国籍を有する者が直接選挙する」と規定し、「日本国籍を有する者」という文言を挿入することによって、外国人に地方選挙権を認めないことを明確にしました
 
 地方自治は、我が国の統治機構の不可欠の要素を成し、その在り方が国民生活に大きな影響を及ぼす可能性があることを踏まえると、国政と同様に地方政治の方向性も主権者である国民が決めるべきであります
 
 なお、外国人も税金を払っていることを理由に地方参政権を与えるべきとの意見もありますが、税金は飽くまでも様々な行政サービスの財源を賄うためのもので、何らかの権利を得るための対価として支払うものではなく、直接的な理由にはなりません。

第95条 (地方自治体の権能)

現行憲法自民党草案
 
第九十四条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
(地方自治体の権能)
第九十五条 地方自治体は、その事務を処理する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

【 初見】「地方自治体の権能」から「財産管理」と「行政執行」をなくし、「事務処理」のみに限定。なぜ限定するのか、意図が理解できませんでした。

【自民党Q&A】
Q35:地方自治については、どのような規定を置いたのですか?

(95 条 地方自治体の権能)
 95 条は、地方自治体の権能に関する規定です。地方自治体の条例が「法律の範囲内で」制定できることについては、変更しませんでした。条例の「上書き権」のようなことも議論されていますが、こうしたことは個別の法律で規定することが可能であり、国の法律が地方の条例に優先するという基本は、変えられないと考えています。

【所感】変更点についての解説がない!説明できない理由(隠さなければならない理由)があるということか?やはり沖縄問題に関係するのかな?

第96条 (地方自治体の財政及び国の財政措置)

現行憲法自民党草案
 
【新設】
(地方自治体の財政及び国の財政措置)
第九十六条 地方自治体の経費は、条例の定めるところにより課する地方税その他の自主的な財源をもって充てることを基本とする。
2 国は、地方自治体において、前項の自主的な財源だけでは地方自治体の行うべき役務の提供ができないときは、法律の定めるところにより、必要な財政上の措置を講じなければならない。
3 第八十三条第二項の規定は、地方自治について準用する。

【 初見】

  • 地方自治体の財源についての規定。
  • 第2項は、「地方交付税交付金」や「補助金」 に関連すると思われますが、実務への影響はよく分かりませんでした。
  • 第83条2項は、「財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない。」
【自民党Q&A】
Q35:地方自治については、どのような規定を置いたのですか?

(96 条 地方自治体の財政及び国の財政措置)
 96 条に地方自治体の財政に関する規定を新設しました。地方自治が自主的財源に基づいて運営されることなどを規定しました。
【自民党Q&A】
Q38:地方財政について、どのような規定を置いたのですか?

 96 条に地方自治体の財政に関する規定を新設しています。その 1 項は、地方自治は自主的財源に基づいて運営されることを基本とすることを明確に宣言したものです。なお、「地方交付税は、1 項の自主的財源に当たるのか」という点については、地方交付税も同項の自主的財源に当たるものと考えています。
 
 2 項は、国による地方財政の保障義務を定める趣旨の規定です。地方自治体において、1 項の自主的な財源だけでは住民に対する十分なサービスの提供ができない場合には、国は必要な財政上の措置を講じなければならないことを定めました。
 
 3 項で、地方自治について、財政の健全性が確保されなければならないことを規定しました。国の財政健全性の確保に関する規定を準用する形をとっています。

【所感】地方交付税交付金は、2項ではなく、1項の自主財源とのことでした。

第97条 (地方自治特別法)

現行憲法自民党草案
 
第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
(地方自治特別法)
第九十七条 特定の地方自治体の組織、運営若しくは権能について他の地方自治体と異なる定めをし、又は特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、権利を制限する特別法は、法律の定めるところにより、その地方自治体の住民の投票において有効投票の過半数の同意を得なければ、制定することができない。

【 初見】地方自治特別法の定義を追加。実務的な影響はよく分かりませんでした。

【自民党Q&A】
Q35:地方自治については、どのような規定を置いたのですか?

(97 条 地方自治特別法)
 97 条の地方自治特別法の規定は、特定の地方自治体に対してのみ適用される法律については、当該地方自治体の住民の投票に付して同意を得なければ制定できないことを定めたものです。現行 95 条を引き継いだ規定ですが、現行の規定では適用要件が不明確であるため、今回の草案で明確化を図っています。

第九章 緊急事態

【 初見】所謂、「非常事態宣言」と「戒厳令」に関する条項。

【自民党Q&A】
Q39:緊急事態に関する規定を置いたのは、なぜですか?

 8 章の次に 2 条から成る新たな章を設け、「緊急事態」について規定しました。具体的には、有事や大規模災害などが発生したときに、緊急事態の宣言を行い、内閣総理大臣等に一時的に緊急事態に対処するための権限を付与することができることなどを規定しました。  国民の生命、身体、財産の保護は、平常時のみならず、緊急時においても国家の最も重要な役割です。今回の草案では、東日本大震災における政府の対応の反省も踏まえて、緊急事態に対処するための仕組みを、憲法上明確に規定しました。このような規定は、外国の憲法でも、ほとんどの国で盛り込まれているところです。

第98条 (緊急事態の宣言)

現行憲法自民党草案
 
【新設】
(緊急事態の宣言)
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃内乱等による社会秩序の混乱地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

【 初見】

  • 所謂、「非常事態宣言」についての条項
  • 草案第60条2項:「予算案について、参議院で衆議院と異なった議決をした場合において、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算案を受け取った後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。」

第99条 (緊急事態の宣言の効果)

現行憲法自民党草案
 
【新設】
(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

【 初見】

  • 所謂、「戒厳令」についての条項。
  • 「この場合においても、~に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」。尊重されない場合があるということ。つまり、憲法の各条項は、制限を受けることがあるということ。
  • 第2項に記載されている条項のタイトル:草案14条(法の下の平等)、草案18条(身体の拘束及び苦役からの自由)、草案19条(思想及び両親の自由)、草案21条(表現の自由)
  • 第2項に記載されていない主な条項:草案11条(基本的人権の享有)、草案12条(国民の責務、現行憲法では自由及び権利を保持するための努力)、草案13条(人としての尊重等)、草案19条2(個人情報保護)、草案20条(信教の自由)、草案22条(居住、移転及び職業等の自由等)、草案23条(学問の自由)、草案24条(家族、婚姻等に関する基本原則)、草案25条(生存権等)、草案32条(裁判を受ける権利)、第33条(逮捕に関する手続きの保障)、第34条(拘留及び拘禁に関する手続きの保障)、草案35条(住居等の不可侵)、草案36条(拷問及び残虐な刑罰の禁止)。
【自民党Q&A】
Q40:緊急事態宣言に関する制度の概要について、説明してください。

緊急事態の宣言に関する制度として、草案では、98 条で緊急事態の宣言の根拠規定や手続を定め、99 条でその効果を定めています。
 
(緊急事態宣言の要件とその基本的性質)
 まず、98 条 1 項で、内閣総理大臣は、外部からの武力攻撃、内乱等の社会秩序の混乱、大規模な自然災害等が発生したときは、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができることとしました。
 
 ここに掲げられている事態は例示であり、どのような事態が生じたときにどのような要件で緊急事態の宣言を発することができるかは、具体的には法律で規定されます。
 
 緊急事態の宣言の基本的性質として、重要なのは、宣言を発したら内閣総理大臣が何でもできるようになるわけではなく、その効果は次の 99 条に規定されていることに限られるということです。よく「戒厳令ではないか」などと言う人がいますが、決してそのようなことではありません。99 条に規定している効果を持たせたいときに、緊急事態の宣言を行うのです。
 
(緊急事態の宣言の手続)
 緊急事態の宣言の手続について、最も議論されたのは、「宣言を発するのに閣議にかける暇はないのではないか。」ということでした。しかし、内閣総理大臣の専権とするには余りに強大な権限であること、また、次の 99 条に規定されている宣言の効果は 1分 1 秒を争うほどの緊急性を要するものではないことから、閣議にかけることとしました。
 
 例えば「我が国に対してミサイルが発射されたときに、それを迎撃するのに、閣議決定をしていては、間に合わないではないか。」などと質問されますが、そうしたことは9 条の 2 などの別の法制で考えるべきことであり、緊急事態の宣言とは、直接関係はありません。
 
 2 項で、国会による民主的統制の確保の観点から、緊急事態の宣言には、事前又は事後に国会の承認が必要であることを規定しました。当然事前の承認が原則ですが、緊急事態に鑑み、事後になることもあり得ると考えられます。
 
 3 項で、緊急事態の宣言の終了について、規定しました。この規定は、当初の案では、憲法に規定せずに法律事項とする考えでしたが、党内議論の中で、「宣言は内閣総理大臣に対して強大な権限を与えるものであることから、授権の期間をきちんと憲法上規定すべきだ。」という意見があり、その期間を 100 日とする規定を設けたところです。その他、国会が宣言を解除すべきと議決したときにも、宣言は解除されるものと規定しました。
 
 4 項で、緊急事態の宣言の承認の議決及びその継続の承認の議決については、衆議院の議決が優越することを規定しました。宣言の解除の議決については、衆議院の優越はありません。また、参議院の議決期間は、緊急性に鑑み、5 日間としました。
 
(緊急事態の宣言の効果)
 99 条 1 項で、緊急事態の宣言が発せられたときは、内閣は緊急政令を制定し、内閣総理大臣は緊急の財政支出を行い、地方自治体の長に対して指示できることを規定しました。ただし、その具体的内容は法律で規定することになっており、内閣総理大臣が何でもできるようになるわけではありません。
 
 緊急政令は、現行法にも、災害対策基本法と国民保護法(「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」をいう。以下同じ。)に例があります。したがって、必ずしも憲法上の根拠が必要ではありませんが、根拠があることが望ましいと考えたところです。
 
 緊急の財政支出の具体的内容は、法律で規定されます。予備費があれば、先ず予備費で対応するのが原則です。
 
 地方自治体の長に対する指示は、もともと法律の規定を整備すれば憲法上の根拠がなくても可能です。草案の規定は、憲法上の根拠があることが望ましいと考えて、念のために置いた規定です。したがって、この規定を置いたからといって、緊急事態以外では地方自治体の長に対して指示できないというわけではありません。
 
 99 条 2 項で、1 項の緊急政令の制定と緊急の財政支出について、事後に国会の承認を得ることが必要であることを規定しました。なお、緊急政令は、承認が得られなければ直ちに廃止しなければなりませんが、緊急の財政支出は、承認が得られなくても既に支出が行われた部分の効果に影響を与えるものではないと考えます。
 
 ほかに、緊急事態の宣言の効果として、国民保護のための国等の指示に従う義務(99条 3 項)、衆議院の解散の制限や国会議員の任期及び選挙期日の特例(99 条 4 項)を定めています。
【自民党Q&A】
Q41
国等の指示に対する国民の遵守義務(99 条 3 項)を定めたのは、なぜですか?
基本的人権が制限されることもあるのですか?

 99 条 3 項で、緊急事態の宣言が発せられた場合には、国民は、国や地方自治体等が発する国民を保護するための指示に従わなければならないことを規定しました。現行の国民保護法において、こうした憲法上の根拠がないために、国民への要請は全て協力を求めるという形でしか規定できなかったことを踏まえ、法律の定める場合には、国民に対して指示できることとするとともに、それに対する国民の遵守義務を定めたものです。「国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置」という部分は、党内議論の中で、「国民への指示は何のために行われるのか明記すべきだ。」という意見があり、それを受けて規定したものです。
 
 後段の基本的人権の尊重規定は、武力攻撃事態対処法の基本理念の規定(同法 3 条 4項後段)をそのまま援用したものです。党内議論の中で、「緊急事態の特殊性を考えれば、この規定は不要ではないか。」、「せめて『最大限』の文言は削除してはどうか。」などの意見もありましたが、緊急事態においても基本的人権を最大限尊重することは当然のことであるので、原案のとおりとしました。逆に「緊急事態であっても、基本的人権は制限すべきではない。」との意見もありますが、国民の生命、身体及び財産という大きな人権を守るために、そのため必要な範囲でより小さな人権がやむなく制限されることもあり得るものと考えます
【自民党Q&A】
Q42
衆議院解散の制限や国会議員の任期の特例の規定(99 条 4 項)を置いたのは、なぜですか?
また、既に衆議院が解散されている場合に緊急事態の宣言が出されたときは、どう対応するのですか?

 99 条 4 項で、緊急事態の宣言が発せられた場合は、衆議院は解散されず、国会議員の任期の特例や選挙期日の特例を定め得ることを規定しました。東日本大震災の後、被災地の地方議員の任期や統一地方選の選挙期日を、法律で特例を設けて延長したのですが、国会議員の任期や選挙期日は憲法に直接規定されているので、法律でその例外を規定することはできません。そこで、緊急事態の宣言の効果として、国会議員の任期や選挙期日の特例を法律で定め得ることとするとともに、衆議院はその間解散されないこととしました。
 
 党内議論の中で、「衆議院が解散されている場合に緊急事態が生じたときは、前議員の身分を回復させるべきではないか。」という意見もありましたが、衆議院議員は一度解散されればその身分を失うのであり、憲法上参議院の緊急集会も認められているので、その意見は採用しませんでした。それに対し、「いつ総選挙ができるか分からないではないか。」という意見もありましたが、緊急事態下でも総選挙の施行が必要であれば、通常の方法ではできなくとも、期間を短縮するなど何らかの方法で実施することになるものと考えています。なお、参議院議員の通常選挙は、任期満了前に行われるのが原則 であり、参議院議員が大量に欠員になることは通常ありません。

【所感】

  • 「緊急事態宣言の効果」についても、憲法の変更なくても、かなりの部分は対応できるようなので、まずは関連法案の整備を進め、憲法の改正自体は、当面棚上げした方がよいように思います。
  • この規定は重要なので、ごり押しして、ろくに議論せず、憲法変えるよりも、よく議論して、与野党の十分な合意を得て変更する必要があるのではないかと思います。現在の草案ではいろいろ抜けがあるのではないでしょうかね。勉強が足りず、どこどこに問題があるというような指摘は、まだ私にはできませんが、議論が進んでくれば理解できるようになるのではないかと思います。

第十章 改正

第100条 (改正)

現行憲法自民党草案
 
第九十六条  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
(改正)
第百条 この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない。この承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数の賛成を必要とする。
2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、直ちに憲法改正を公布する。

【 初見】

  • 国会での発議は「三分の二以上の賛成」から「過半数の賛成」に変更。
  • 「有効投票の過半数」とすることで、過半数の定義を明確化。
【自民党Q&A】
Q43:憲法改正の発議要件を緩和したのは、なぜですか?

 100 条 1 項で、衆参両院における憲法改正の提案要件を「3 分の 2 以上」から「過半数」に緩和しました。
 
 現行憲法は、両院で 3 分の 2 以上の賛成を得て国民に提案され、国民投票で過半数の賛成を得てはじめて憲法改正が実現することとなっており、世界的に見ても、改正しにくい憲法となっています
 
 憲法改正は、国民投票に付して主権者である国民の意思を直接問うわけですから、国民に提案される前の国会での手続を余りに厳格にするのは、国民が憲法について意思を表明する機会が狭められることになり、かえって主権者である国民の意思を反映しないことになってしまうと考えました。
 
 なお、「過半数では通常の法律案の議決と同じであり、それでは、時の政権に都合のよい憲法改正案が国民に提案されることになって、かえって憲法が不安定になるのではないか。そう考えると、国会の提案要件を両議院の 5 分の 3 以上としてはどうか。」という意見もありました。しかし、3 分の 2 と 5 分の 3 では余り差はなく、法令上議決要件を 5 分の 3 とする前例もないことから、多数の意見を採用して過半数としたところです。

第十一章 最高法規

(現行憲法 第97条 (基本的人権の本質))

現行憲法自民党草案
第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。 【削除】

【 初見】

  • 現行憲法は、規定としては不明確な記述です。
  • また、11条(基本的人権の享有)と類似します。
    • 現行憲法11条:「第十一条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」
    • 草案11条: 「国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。」
  • 11条との重複表現を避け、「基本的人権」が最高規範であることを示すように規定するのもありかも。例えば、以下の通り。
    • 「基本的人権は、神聖にして侵すべからず。」(これじゃダメか(笑)。でも雰囲気はこんな感じ)
  • 調べてみると、憲法成立の過程で重複してしまった経緯があるようですね*4

【追記】 現行憲法第97条の改正案を考えました。

(現行憲法97条改正案)
(憲法の基本理念)
基本的人権の享有及び福利の享受は、この憲法が日本国民に保障し尊重すべき基本理念である。この憲法のいかなる条文及びその解釈においても、この理念は尊重されなければならない。

  • 基本的人権のみならず、前文に記述のある「福利の享受」も追加しました。
  • 解釈改憲が多いので、「その解釈」も追加しました。
  • 憲法の条文に、他の条文を拘束する条文(各条文の上に立つ最高条文)を入れることが可能なのか良く分かりません。但し、「憲法の基本理念」として第11章「最高法規」に入れるのであれば、不自然ではないように思います(少なくとも、現行憲法97条よりは自然です。現行憲法97条は前文に入れた方が素直)。
【自民党Q&A】
Q44:憲法改正草案では、現行憲法11条を改め、97条を削除していますが、天賦人権思想を否定しているのですか?

 人権は、人間であることによって当然に有するものです。我が党の憲法改正草案でも、自然権としての人権は、当然の前提として考えているところです
 
 ただし、そのことを憲法上表すために、人権は神や造物主から「与えられる」というように表現する必要はないと考えます。こうしたことから、我が党の憲法改正草案11 条では、「国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。」と規定し、人権は神から人間に与えられるという西欧の天賦人権思想に基づいたと考えられる表現を改めたところです
 
 さらに、我が党の憲法改正草案では、基本的人権の本質について定める現行憲法 97条を削除しましたが、これは、現行憲法 11 条と内容的に重複している(※)と考えたために削除したものであり、「人権が生まれながらにして当然に有するものである」ことを否定したものではありません。
 
現行憲法の制定過程を見ると、11 条後段と 97 条の重複については、97 条のもととなった総司令部案 10 条が GHQ ホイットニー民政局長の直々の起草によることから、政府案起草者がその削除に躊躇したのが原因であることが明らかになっている。

第101条 (憲法の最高法規性等)

現行憲法自民党草案
 
第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
(憲法の最高法規性等)
第百一条 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

【 初見】実質的な変更なし。

第102条 (憲法尊重擁護義務)

現行憲法自民党草案
 
第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
(憲法尊重擁護義務)
第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。

【 初見】

  • 憲法を尊重し擁護する義務から天皇と摂政を削除。
  • 国民に対する憲法を尊重する義務を追加。
【自民党Q&A】
Q45:国民の憲法尊重義務を規定したのは、なぜですか?

 憲法の制定権者たる国民も憲法を尊重すべきことは当然であることから、102 条 1 項を新設し、「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。 」と規定しました。
 
 これについては、「国民は、『遵守義務』でいいのではないか。」という意見もありましたが、憲法も法であり、遵守するのは余りに当然のことであって、憲法に規定を置く以上、一歩進めて憲法尊重義務を規定したものです。なお、その内容は、「憲法の規定に敬意を払い、その実現に努力する。」といったことです。
 
 この規定は、飽くまで訓示規定であり、具体的な効果があるわけではありません。
 
 なお、公務員に関しては、同条 2 項で憲法擁護義務を定め、国民の憲法尊重義務とは区別しています。すなわち、公務員の場合は、国民としての憲法尊重義務に加えて、「憲法擁護義務」、すなわち、「憲法の規定が守られない事態に対して、積極的に対抗する義務」も求めています。
【自民党Q&A】
Q46:現行憲法の 99 条にある憲法尊重擁護義務の主体として天皇及び摂政が規定されていますが、草案ではなぜ省かれたのですか?

 現行憲法 99 条において、憲法尊重擁護義務の主体として天皇及び摂政が規定されていますが、草案では、政治的権能を有しない天皇及び摂政に憲法擁護義務を課すことはできないと考え、規定しませんでした

【所感】

  • 役職としての天皇には政治的権能はないとしても、天皇も意思を持つ一人の人間なので、憲法を守る義務はあるはずです。草案の考えは、天皇は人間ではなく、ロボットであるという考えに基づくものでしょうか。「今日は二日酔いだから、認証式なんて嫌だよ」と駄々をこねるかもしれません。「この法理は嫌いだから、交付しないよ」とか、「いまは国会を解散する時期ではないでしょ。ちゃんと考えてから解散しなさい」と、内閣に対して意見をいうことが可能となります。なぜなら、天皇には憲法を尊重する義務も、擁護する義務はないから。もちろん、憲法違反ではありますが。
  • 本音は、「天皇は神聖にして侵すべからず」であるので、天皇に義務を課すというのは、不敬にあたるといったところでしょうかね。

3. まとめ

 自民党草案と現行憲法を比較しながら、詳細に読んでみました。

 憲法9条、国防軍の創設や、緊急事態宣言をはじめとして、いろいろ与野党で議論が割れて収集つかないであろう事項が多数あります。 一方、いずれの党でも合意が得られるであろう項目も多数あるように思います。

 合意できそうな条項を、ざっと列挙すると以下のものがあります。

  • 草案第2条6項(天皇の、国・地方自治体などが主催する式典への出席など)
  • 草案第15条4項(有権者を日本国籍に限定)
  • 草案第19条のニ(個人情報の保護)
  • 草案第21条のニ(国政上の行為に関する説明の責務)
  • 草案第25条のニ(環境保全の責務)
  • 草案第25条の三(在外国民の保護)
  • 草案第25条の四(犯罪被害者等への配慮)
  • 草案第26条3項(教育環境の整備)
  • 草案第28条2項(公務員の団結権の制限)
  • 草案第29条2項(知的財産の取り扱い)
  • 草案第44条(議員及び選挙人の資格に「障害の有無」を追加)
  • 草案第53条(臨時国会の召集期限の設定)
  • 草案第56条(表決及び定足数)
  • 草案第63条2項(国会への欠席)
  • 草案第64条(政党)
  • 草案第70条(臨時の総理大臣の規定)
  • 草案第73条(内閣の職務)
  • 草案第79条5項(裁判官報酬の減額)
  • 草案第83条2項(財政の健全性)
  • 草案第86条2項(予算)
  • 草案第90条(決算の承認等)
  • 草案第92条(地方自治の本旨)
  • 草案第93条(地方自治体の種類など)
  • 草案第96条(地方自治体の財政)

 1回でも憲法改正する経験をすると、改正のための心理的なハードルが低くなって、なし崩し的に、多数政党の思惑で憲法をどんどん変更してしまうという懸念はなくはないですが、まずは、合意が得られそうな範囲で議論を進めていくというのが良いのではないかと思います。それでも、すんなりと合意が得られるであろうものは少なく、相当な議論が必要になると思います。

最後に:じっくり読むと、結構、大変でした。

(2016/10/1)

 

*1:ウィキペディア, 「参議院議員通常選挙」, https://ja.wikipedia.org/wiki/参議院議員通常選挙.

*2:ウィキペディア, 「臨時会」, https://ja.wikipedia.org/wiki/臨時会

*3:ウィキペディア, 「郵政解散」, https://ja.wikipedia.org/wiki/郵政解散.

*4:ウィキペディア, 「日本国憲法第97条」, https://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第97条.

自民党憲法草案を読み解く(1):第1章~第3章

 安倍政権では、今度の臨時国会から憲法審査会を開いて憲法改正を推進するようです*1。先日のNHKの日曜討論をみていたら、自民党の憲法改正草案がベースとなる趣旨の自民党の二階幹事長の発言がありました*2。自民党草案をざっと目を通したことはあるのですが、これまで詳細に読んだことはありませんでした。今回は、自民党憲法草案を詳細に読み解いてみようと思います。

1. 自民党憲法改正草案

1.1 自民党草案の入手

 自民党草案は、自民党ホームページから入手できます *3

1.2 草案の変更点

 見ればすぐに分かりますが、基本的に現行憲法の変更です。自民党の党是 *4 は、「自主憲法の制定」と言われているので、草案はゼロから書き上げたものと予想していたのですが、現行憲法をベースとした変更でした。

 まずは、理解を容易にするための変更が全文に亘って行われています。

  • 文語調を口語調へ書き換える。
  • 各条項にタイトルを付ける。
  • 条項を移動などして、項目を整理する。
  • 表現を改める。

そして、本質的な変更として、追加・削除・変更が行われています。

  • 新しい条文を追加する。
  • 現行の条文を削除する。
  • 現行の条文を変更する。

対照表があるので、変更点は比較的分かりやすいですが、条文の移動についてはフォローが大変です。

2. 対照表を見ながら読む

 以下では、新旧の条文を対照しながら、読んでいこうと思います。コメントとして、初見の解釈・感想など、自民党Q&A、Q&Aを読んだ後の所感について述べます。筆者は法律の専門家ではなく、勉強しながらの解釈なので、理解が不十分な部分も多いとかと思いますが、よろしくお願いいたします。

(追記) その後、考えたこと・気が付いたことを【追記】として示しました。

 なお、下線は自民党草案に記載のもの、太字は筆者によるものです。各節の条項の番号・タイトルは、自民党草案に基づいています。


前文

現行憲法自民党草案
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基いて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

【初見】
 現行憲法は、戦争直後に制定されたもので、平和を希求する強い想いを感じます。ある意味、感動的な名文です。また、国政は国民に従属し、福利は国民が享受するという「人類普遍の原理」が明確に示され、各法令はもとより、憲法(の条項)さえも排除するという強い想いがあります。
 これに対して、自民党草案は、国家像と国家のための国民の義務を掲げています。草案の各センテンスを分析します。

  • 第1センテンス:
    • 「日本国は、」
      • 「長い歴史と固有の文化を持ち、」(日本国の特徴)
      • 「国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、」(日本国は、天皇を元首とする)
      • 「国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。」(日本国の統治方法)
  • 第2センテンス:
    • 「我が国は、」
      • 「先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、」(日本国の状況)
      • 「世界の平和と繁栄に貢献する。」(日本国の貢献)
  • 第3センテンス:
    • 「日本国民は、」
      • 「国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、」(国民の義務)
      • 「基本的人権を尊重するとともに、」(国民の義務)
      • 「和を尊び、」(国民の義務)
      • 「家族や社会全体が互いに助け合って」(国民の義務)
      • 「国家を形成する。」(日本国は、日本国民により形成される)
  • 第4センテンス:
    • 「我々は、」
      • 「自由と規律を重んじ、」(国民の義務)
      • 「美しい国土と自然環境を守りつつ、」(国民の義務)
      • 「教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて」(国を成長させるための方法)
      • 「国を成長させる。」(日本国民の目標)
  • 第5センテンス:
    • 「日本国民は、」
      • 「良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、」(憲法制定の目的)
      • 「ここに、この憲法を制定する。」(憲法制定の宣言)

 このように各センテンスを分解して考えると、憲法制定の目的は、「国家を末永く子孫に継承するため」という「国家」を中心とする考えに基づいていることがよく分かります。現行憲法が「国民の福利(国民の幸福と利益)」を中心に据え、その福利を享受することを目的として憲法を制定し、国政は国民に従属するという視点で、自民党草案との違いは明確です。

【自民党Q&A】
Q3:「前文」を改めた理由は何ですか?また、新しい「前文」には、どのようなことが盛り込まれたのですか?

(前文を改めた理由)
 現行憲法の前文は、全体が翻訳調でつづられており、日本語として違和感があります。そして、その内容にも問題があります。
 
 前文は、我が国の歴史・伝統・文化を踏まえた文章であるべきですが、現行憲法の前文には、そうした点が現れていません。
 
 また、前文は、いわば憲法の「顔」として、その基本原理を簡潔に述べるべきものです。現行憲法の前文には、憲法の三大原則のうち「主権在民」と「平和主義」はありますが、「基本的人権の尊重」はありません。
 
 特に問題なのは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分です。これは、ユートピア的発想による自衛権の放棄にほかなりません。
 
 こうしたことを踏まえ、今回、現行憲法の前文を全面的に書き換えることとしました。
 
(前文の内容)
 第一段落では、我が国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であることを明らかにし、また、主権在民の下、三権分立に基づいて統治されることをうたいました。
 
 第二段落では、戦後の歴史に触れた上で、平和主義の下、世界の平和と繁栄のために貢献することをうたいました。
 
 第三段落では、国民は国と郷土を自ら守り、家族や社会が助け合って国家を形成する自助、共助の精神をうたいました。その中で、基本的人権を尊重することを求めました。党内議論の中で「和の精神は、聖徳太子以来の我が国の徳性である。」という意見があり、ここに「和を尊び」という文言を入れました。
 
 第四段落では、自民党の綱領の精神である「自由」を掲げるとともに、自由には規律を伴うものであることを明らかにした上で、国土と環境を守り、教育と科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させることをうたいました。
 
 第五段落では、伝統ある我が国を末永く子孫に継承することをうたい、新憲法を制定することを宣言しました。

【所感】

  • 現行憲法の前文は、細かくいうと問題はあると思いますが、現行憲法と草案では、国家を中心とした憲法と、人を中心とした憲法という点で基本的がポジションが全く異なることには変わりません。筆者は、国家中心主義には違和感を感じます。
  • ユートピア的発想は別に構わないのではないかな。目指す世界観ですから。また、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」が自衛権放棄を意味しているとは読み取れません。
  • 現行憲法には、基本的人権は確かに抜けていますね。第2段落の第1センテンスに挿入することで反映できそうです。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、基本的人権を尊重し、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
【自民党Q&A】
Q4:自民党の憲法改正草案は、立憲主義を否定しているのではないですか?

(立憲主義を否定したものではない)
 自民党の「日本国憲法改正草案」は、人権を保障するために権力を制限するという、立憲主義の考え方を何ら否定するものではありません。
 自民党の草案においては、権力分立の構造は変わりありませんし、「基本的人権の尊重」が、「主権在民」「平和主義」とともに日本国憲法の三大原則の一つであることも全く変わりはありません。むしろ、前文においては、現行憲法で上記三大原則のうち唯一記載の欠けていた「基本的人権の尊重」を明確に盛り込んだところです。
 
(立憲主義は、国民の義務規定を憲法に設けることを否定しない)
 立憲主義の観点からすれば、憲法は権力の行使を制限する「制限規範」が中心となるべきものですが、同時に、立憲主義は、憲法に国民の義務規定を設けることを否定するものではありません。
 実際、現行憲法でも「教育を受けさせる義務」「勤労の義務」「納税の義務」が規定されており、これは、国家・社会を成り立たせるために国民が一定の役割を果たすべき基本的事項については、国民の義務として憲法に規定されるべきであるとの考え方です。
 この点は、他の多くの立憲国家においても、国防義務や憲法擁護義務といったものが国民の義務規定として憲法に盛り込まれていることからも明らかです。 (例:イタリア憲法 52 条 1 項(祖国防衛義務)、同 54 条(共和国への忠誠義務)、ドイツ基本法 12a 条(兵役義務)など)

【所感】

  • 前文を読む限りは、「人権を保障するために権力を制限するという立憲主義の考え方」を否定はしていないのですが、肯定もしていません。
  • 「基本的人権の尊重」は確かに現行憲法で抜けているのですが(問題であれば、現行憲法に追加可)、草案で追加した「基本的の人権の尊重」は、国の義務ではなく、国民の義務であったりします。
  • 国民の義務規定を憲法で設けてもよいことには同意、というか現行憲法でも書いてある。

【追記】

  • 草案前文の第4センテンス「我々は、(中略)、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。」
     日本は少子高齢化のため、企業の成長のためには海外進出が必要となっています。同様に「国を成長させる」ためには、「活力ある経済活動」が必要ですが、これには海外進出が不可欠です。「国を成長させる」という成長主義から脱しないと、国益同士のぶつかり合いの戦場で戦うことが必須となります。過去の歴史からすれば、経済戦争は、実際の戦争へ向かう序章でしょう。「国の成長」を目標に掲げるのではなく、「国民の幸福」「国民の豊かさ」などを目標に据えた方がよいのではないでしょうか。

第一章 天皇

第1条 (天皇)

現行憲法自民党草案
 
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつてこの地位は、主権の存する日本国民の総意に基く
(天皇)
第一条 天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であってその地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく

【初見】

  •  天皇を国家元首とする規定への変更です。そもそも、元首の定義を正確には知らなかったので調べてみると、いろいろあります(ウィキペディア, 「元首」)。スターリンも元首ですし、明治天皇も元首(大日本帝国憲法第4条, 「天皇は、国の元首であって、統治権を総攬し、この憲法の条規により、これを行う」)です。
  •  草案第5条(現行憲法第4条)で、天皇の機能は限定されていますが、明確に「元首」は象徴であることを示すように限定修飾で記載した方が、拡大解釈されないのでよいのではないでしょうか。
  •  この草案条項だけを読むと、「天皇」は「専制君主制国家の元首」のようにも読めます(どのような元首なのかの限定がない)。天皇は、現行憲法では象徴君主制のもとでの元首で、既に「象徴」として定着しているので、わざわざ変更する必要はないように思います。「元首」という言葉に拘る意図が分かりません。明治天皇のような位置づけに変更したいわけではないでしょうし。
【自民党Q&A】
Q5:「日本国憲法改正草案」では、天皇を「元首」と明記していますが、これについてどのような議論があったのですか?

 憲法改正草案では、1 条で、天皇が元首であることを明記しました。
 元首とは、英語では Head of State であり、国の第一人者を意味します。明治憲法には、天皇が元首であるとの規定が存在していました。また、外交儀礼 上でも、天皇は元首として扱われています。
 
 したがって、我が国において、天皇が元首であることは紛れもない事実ですが、それをあえて規定するかどうかという点で、議論がありました。
 
 自民党内の議論では、元首として規定することの賛成論が大多数でした。反対論としては、世俗の地位である「元首」をあえて規定することにより、かえって天皇の地位を軽んずることになるといった意見がありました。反対論にも採るべきものがありましたが、多数の意見を採用して、天皇を元首と規定することとしました。

【所感】明治天皇をイメージしていたのか...。反対意見も「元首」などの俗世の言葉を使うのは不敬だ、というものしかない?
 自民党は昔からこういう政党だったのでしょうか?草案全体の印象からも、民を主とした発想に欠け、国家主義が目立ちます。自民党は、いつから、自民党になたのでしょうか?

第2条 (皇位の継承)

現行憲法自民党草案
 
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
(皇位の継承)
第二条 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

昔から思うのは、天皇家に生まれてしまうのは、幸福なのか不幸なのか?一人の人間として生きるのでなく、国家のために生きる運命を背負ってしまうのですから。

第3条 (国旗及び国歌)

現行憲法自民党草案
 
【新設】
(国旗及び国歌)
第三条 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
2 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

【初見】

  • 日本国民は日の丸・君が代を尊重すべし。日の丸を焼いたりすると、刑法犯罪とするように法整備するのでしょうか。ちなみに、現在でも、外国の国旗を燃やしたりすると、外国国章損壊罪(刑法92条)で処罰される可能性があります。
  • 「君が代」は、実質的に「国歌」として使われているのですが、歌詞があまりにも悪いのですよね。「君が代は、千代に八千代に...」(天皇の治世は、いつまでも続きますように)と天皇統治が長く続くことを願う歌詞になっていて、現行憲法の理念とは相いれません。和を尊ぶ精神からすれば、いっそのこと、「上を向いてあるこう」なんかを国歌にしてしまうのはどうですかね。いい歌だし、海外でも有名。
【自民党Q&A】
Q6:国旗 ・国歌及び元号について規定を置いていますが、これについてどのような議論があったのですか

(国旗・国歌について)
 我が国の国旗及び国歌については、既に「国旗及び国歌に関する法律」によって規定されていますが、国旗・国歌は一般に国家を表象的に示すいわば「シン ボル」であり、また、国旗・国歌をめぐって教育現場で混乱が起きていることを踏まえ、3 条に明文の規定を置くこととしました。
 
 当初案は、国旗及び国歌を「日本国の表象」とし、具体的には法律の規定に委ねることとしていました。しかし、我々がいつも「日の丸」と呼んでいる「日章旗」と「君が代」は不変のものであり、具体的に固有名詞で規定しても良いとの意見が大勢を占めました。
 
 また、3 条 2 項に、国民は国旗及び国歌を尊重しなければならないとの規定を置きましたが、国旗及び国歌を国民が尊重すべきであることは当然のことであり、これによって国民に新たな義務が生ずるものとは考えていません。
 
(元号について)
 さらに、4 条に元号の規定を設けました。この規定については、自民党内でも特に異論がありませんでしたが、現在の「元号法」の規定をほぼそのまま採用したものであり、一世一元の制を明定したものです。

(現行憲法第3条 (国事行為の助言と承認))

現行憲法自民党草案
第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。 【削除】(「第6条(天皇の国事行為等)の4」に移動)

第4条 (元号)

現行憲法自民党草案
【新設】 (元号)
第四条 元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があったときに制定する。

【初見】
 元号は不便なので、公式な暦としては廃止して欲しいです。

 西暦が嫌なら、適当なところを起点にして皇位継承に不変な年号を使うようにするとか。戦前なら、皇紀でしょうけど、いまならどうするのかな。現行憲法が施行された1947年や十七条憲法の604年を起点とする?宇宙世紀なんかもいいかも(笑)。

 日本の「長い歴史」と「良き伝統」を守るという思想からすれば、グレゴリオ暦を廃止し、旧暦を復活させるというのも考えとしてはあるでしょう。しかしながら、グレゴリオ暦という西洋の暦を廃止するという議論が行われないのは、世界中で使われている暦なので便利だからです。

第5条 (天皇の権能)

現行憲法自民党草案
 
第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行、国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
(天皇の権能)
第五条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為を行い、国政に関する権能を有しない。
【削除】(「第6条(天皇の国事行為等)3」に移動)

【初見】
 「のみ」を削除しているので、「この憲法の定める国事に関する行為」以外も行うことができるということです。草案第6条第5項で追加している「国や地方自治体の式典への参加」を可能とさせるための変更でしょうか。

(現行憲法第5条 (摂政))

現行憲法自民党草案
第五条 皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。 【削除】(「第7条(摂政)」に移動)

第6条 (天皇の国事行為等)

現行憲法自民党草案
 
第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
(天皇の国事行為等)
第六条 天皇は、国民のために、国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命し、 内閣の指名に基づいて最高裁判所の長である裁判官を任命する

【初見】実質的な変更なし。

現行憲法自民党草案
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
 
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
2 天皇は、国民のために、次に掲げる国事に関する行為を行う
 
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 衆議院議員の総選挙及び参議院議員の通常選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の国の公務員の任免を認証すること。
 
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 全権委任状並びに大使及び行使の信任状並びに批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行うこと。

【初見】現行憲法の「内閣の助言と承認により」が削除されているのは、現行憲法の第3条(天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ)と重複するためと思われる。現行憲法第3条に相当する条項は草案第6条4に相当する。それ以外は、正確さのための修正(第6条2の四)と各項の整理などで、実質的な変更なし。

現行憲法自民党草案
第四条 (略)
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
 
3 天皇は、法律の定めるところにより、前二項の行為を委任することができる。

【初見】条文整理のための変更。実質的な変更なし。

現行憲法自民党草案
第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ 4 天皇の国事に関する全ての行為には、内閣の進言を必要とし、内閣がその責任を負うただし、衆議院の解散については、内閣総理大臣の進言による。

【初見】

  • 「助言と承認」が「進言」に変更されていますが、単なる言い換えなのか、意図があるのか不明。
  • 衆議院の解散権については、現状では、首相が自分の都合のよいところで、自由に衆議院を解散してしまっていますが、首相に無制限に衆議院の解散権を与えない方が良く、何らかの歯止めが必要でしょう。これにはいろいろ議論がありますので*5、よく議論する必要があるでしょう。
現行憲法自民党草案
【新設】 5 第一項及び第二項に掲げるもののほか、天皇は、国又は地方自治体その他の公共団体が主催する式典への出席その他の公的な行為を行う。

【初見】被災地慰問等がここでいうところの「公的な行為」に該当するのでしょうか。今までは、違憲(憲法第4条違反)だった?

【自民党Q&A】
Q7:その他、天皇に関連して、どのような規定を置いたのですか?

 6 条に天皇の行為に関する規定を置きましたが、現行憲法を一部変更している所があります。
 
(国事行為には内閣の「進言」が必要)
 現行憲法では、天皇の国事行為には内閣の「助言と承認」が必要とされていますが、天皇の行為に対して「承認」とは礼を失することから、「進言」という言葉に統一しました(6 条 4 項)。従来の学説でも、「助言と承認」は一体的に行われるものであり、区別されるものではないという説が有力であり、「進言」に一本化したものです。
 
(天皇の公的行為を明記)
 さらに、6 条 5 項に、現行憲法には規定がなかった「天皇の公的行為」を明記しました。現に、国会の開会式で「おことば」を述べること、国や地方自治体が主催する式典に出席することなど、天皇の行為には公的な性格を持つものがあります。しかし、こうした公的な性格を持つ行為は、現行憲法上何ら位置付けがなされていません。そこで、こうした公的行為について、憲法上明確な規定を設けるべきであると考えました。
 
 一部の政党は、国事行為以外の天皇の行為は違憲であると主張し、天皇の御臨席を仰いで行われる国会の開会式にいまだに出席していません。天皇の公的行為を憲法上明確に規定することにより、こうした議論を結着させることになります。
 
(国事行為の基本に変更なし)
 なお、6 条 2 項では、天皇の国事行為について列記されていますが、規定を分かりやすく若干整理したものの、基本は変えていません。

【所感】

  • 「助言と承認」から「進言」への置き換えは、「天皇に対して承認とは、失礼である」ためとのこと。明示天皇をイメージした元首像、草案第102条で天皇には憲法尊重義務を課さないということなどから、草案では天皇の「神聖化」を進めたいという意図があるようです。天皇を日本版王権神授説として政治利用するのは1000年以上も続く日本の伝統であり、国を統べる立場からすれば、神格化した天皇(但し、時の権力の命令でしか動けないロボット)は使い勝手がよいということは理解できますが、現代において天皇の神聖化を進めるのは如何なものでしょうか。
  • 現行憲法では、「国事行為のみ」と規定されているので、「公的行事」や「国会の開会式の「おことば」」は確かに現行憲法からすれば違憲と思いますが、まあ、目くじら立てるほどのことではないですかね。

第7条 (摂政)

現行憲法自民党草案
 
第五条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふこの場合には、前条第1項の規定を準用する。
(摂政)
第七条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名で、その国事に関する行為を行う
2 第五条及び前条第四項の規定は、摂政について準用する。

【初見】実質的に現行憲法からの変更はなさそうです。但し、草案第6条5項(公的な行為)が抜けているような気がします。

第8条 (皇室への財産の譲渡等の制限)

現行憲法自民党草案
 
第八条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。
(皇室への財産の譲渡等の制限)
第八条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が財産を譲り受け、若しくは賜与するには、法律で定める場合を除き、国会の承認を経なければならない。

【初見】予め法律を作っておけば、毎回毎回の国会承認は不要。

第二章 安全保障

現行憲法自民党草案
第二章 戦争の放棄
第二章 安全保障

第9条 (平和主義)

現行憲法自民党草案
 
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する
(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、用いない
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

【初見】

  • いろいろと議論がある憲法9条です。現行憲法の解釈でも、自衛隊を合憲にするための小難しい憲法論がありますが、ここでは、中学生レベルで分かる文面として、現行憲法を解釈します。つまり、「日本は戦争をしないし、自衛隊は陸海空軍なので持ちません」という字句通りの解釈です。この立場から、変更点を読み解きます。
  • 現行憲法でも草案でも「Aとしては、Bする(Bしない)」という語句が使われています。つまり「A以外は、Bしない(Bする)」という解釈もできます。
    • 現行憲法では、「国際紛争を解決する手段としては、放棄する」のであって、「それ以外の場合(例えば国内治安維持のため)には、放棄しない」と理解できます。
    • 草案でも、「国権の発動としての戦争を放棄」しますが、「国権の発動でない戦争は放棄しない」ということになると思います。
  • また、現行憲法で使われている「たる」について「国権の発動たる戦争」の「国権の発動たる」が「戦争」を限定しているか("国権の発動たる戦争"は、"戦争"という全体集合のうちの"国権を発動する"という部分集合の戦争)、「戦争」を形容しているか(「(全ての)戦争は国権の発動である」を名詞句にしたもの)のいずれかで、第9条の実質的な意味の変更があるのか、変更がないのか分かれます。「たる」は形容しているのだと思いますが、確信がありません。「たる」が形容しているものであるとすると、草案は少しだけ意味が変わってきてます。
    (【追記】英語訳を読むと(war as a sovereing right of the nation)、「たる」は限定修飾で、国権の発動としての戦争は放棄するが、そうでない戦争は放棄しないと理解できます)
  • このような観点から第9条第1項を解釈すると、以下となります。
    • 現行憲法:「全ての戦争・武力による威嚇・武力の行使は、国際紛争を解決するためには放棄するが、国際紛争以外(国内の治安維持など)には放棄しない」
    • 草案:「国権の発動としての戦争は放棄するが、そうでない戦争(例えば、自衛戦争、国際平和のための戦争(多国籍軍による戦争、国連決議に基づく戦争)は放棄しない」「武力による威嚇・武力の行使は、国際紛争を解決するための手段としては用いないが、国際紛争以外(国内治安維持など)には用いる」
  • 領土問題(竹島や尖閣)は、典型的な国際紛争ですので、現行憲法・草案ともに、字面だけを追えば、「武力行使できない」となります(憲法解釈の変更で、領土への侵略行為に対する自衛権の発動ということで、武力行使してもよいということになっていると思いますが)。
  • 草案9条第2項は、第1項の記述では、自衛権があるのかないのか良く分からないので、自衛権がある(自衛戦争できる)ということを明確化するものです。
  • 現行憲法第9条第2項(軍隊の不保持、交戦権の放棄)の削除の意味するところは、「軍隊持って、戦争します」ということ。

【追記】戦争放棄を謳うのであれば、余分な限定修飾を排除し、次のようにすると、シンプル・明解な条文になります。

  • 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、あらゆる戦争、武力による威嚇、武力の行使を永久に放棄する。

第9条2項があることを考えれば、あらゆる戦争・武力行使を遂行する能力がないので、放棄しない戦争・武力行使の余地を残しておく必要は、(少なくとも憲法制定当時は)なかったように思います。現在は、自衛権・自衛のための実力組織は必要という時代ですが。

【自民党Q&A】
Q8:「日本国憲法改正草案」では、9条 1 項の戦争の放棄について、どのように考えているのですか?

 現行憲法 9 条 1 項については、1929 年に発効したパリ不戦条約 1 条を翻案して規定されたものであり、党内議論の中で「もっと分かりやすい表現にすべきである。」という意見もありましたが、日本国憲法の三大原則の一つである平和主義を定めた規定であることから、基本的には変更しないこととしています。
 
 ただし、文章の整理として、「放棄する」は戦争のみに掛け、「国際紛争を解決する手段として」は戦争に至らない「武力による威嚇」及び「武力の行使」にのみに掛ける形としました。19 世紀的な宣戦布告をして行われる「戦争」は国際法上既に一般的に「違法」とされていることを踏まえた上で、法文の意味をより明確にするという趣旨から行った整理です。
 
 このような文章の整理を行っても、9 条 1 項の基本的な意味は、従来と変わりません。新たな 9 条 1 項で全面的に放棄するとしている「戦争」は、国際法上一般的に「違法」とされているところです。また、「戦争」以外の「武力の行使」や「武力による威嚇」が行われるのは、
1 侵略目的の場合
2 自衛権の行使の場合
3 制裁の場合
の 3 つの場合に類型化できますが、9 条 1 項で禁止されているのは、飽くまでも「国際紛争を解決する手段として」の武力行使等に限られます。この意味を1の「侵略目的の場合」に限定する解釈は、パリ不戦条約以来確立しているところです。
 
 したがって、9 条 1 項で禁止されるのは「戦争」及び侵略目的による武力行使(上記1)のみであり、自衛権の行使(上記2)や国際機関による制裁措置(上記3)は、禁止されていないものと考えます。

【所感】
 解説が難しくて、よく理解できませんでした。

  • 草案での「戦争」は、「宣戦布告して行われる戦争」のみに限定されている?
  • 国連決議に基づく制裁措置によるイラク戦争は「戦争」ではない?
     解説文は非常に分かりにくいです。(憲法学的な解釈ではなく)一般的に湾岸戦争は「戦争」と呼ばれます。
     湾岸戦争は、草案における「武力行使」であって、草案における「戦争」ではないとしていると思われます。これは、湾岸戦争が、イラクを「制裁する」のための国連による「武力行使容認決議」に基づく戦争(武力行使)であるからです。やりたい「武力行使」の例を具体例を挙げてもらえるとありがたいです。
  • 「戦争に至らない「武力の行使」」とは何か?
     草案の「戦争」は「宣戦布告して行われる戦争のみ」とすれば、戦争に至らない「武力の行使」は、どういう例を想定しているのか良く分かりませんでした。「武力の行使」をしても、相手国が反撃してこないようなケースでしょうか?

 筆者の理解の範囲では、草案の内容は、

  • 「宣戦布告して行われる戦争」及び「侵略目的による武力行使」は禁止。
  • 「自衛権の行使」(自衛戦争)や「国際機関による制裁措置」(湾岸戦争など)は、してもよい。

 国連による武力行使決議のない制裁(イラク戦争、イスラム国制裁など)は、してもよいのか、悪いのか、理解できませんでした。いずれの場合も、具体例を挙げてもらえると分かりやすいです。

【自民党Q&A】
Q9:戦力の不保持や交戦権の否認を定めた現行 9 条 2 項を削って、新9 条 2 項で自衛権を明記していますが、どのような議論があった のですか? また、集団的自衛権については、どう考えていますか?

 今回、新たな 9 条 2 項として、「自衛権」の規定を追加していますが、これは、従来の政府解釈によっても認められている、主権国家の自然権(当然持っている権利)としての「自衛権」を明示的に規定したものです。この「自衛権」には、国連憲章が認めている個別的自衛権や集団的自衛権が含まれていることは、言うまでもありません。
 
 また、現在、政府は、集団的自衛権について「保持していても行使できない」という解釈をとっていますが、「行使できない」とすることの根拠は「9 条 1 項・2 項の全体」の解釈によるものとされています。このため、その重要な一方の規定である現行 2 項(「戦力の不保持」等を定めた規定)を削除した上で、新 2 項で、改めて「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と規定し、自衛権の行使には、何らの制約もないように規定しました。もっとも、草案では、自衛権の行使について憲法上の制約はなくなりますが、政府が何でもできるわけではなく、法律の根拠が必要です。国家安全保障基本法のような法律を制定して、いかなる場合にどのような要件を満たすときに自衛権が行使できるのか、明確に規定することが必要です。この憲法と法律の役割分担に基づいて、具体的な立法措置がなされていくことになります。

【所感】そういえば、2014年時点では、集団的自衛権は「行使できない」でしたね...。

第9条2 (国防軍)

現行憲法自民党草案
【新設】 (国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

【初見】軍隊の創設。これで自衛隊は日本軍として、大手を振って海外での戦争ができます(地域制限はありません)。

  • 「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」は、PKO活動の他に、多国籍軍への参加も含まれるでしょう。
  • 「公の秩序を維持し」は、国内で内乱が発生した場合には、反乱軍や革命勢力などを軍隊により武力鎮圧できるということ。いわゆる戒厳令下での治安維持活動も行えるのかな。
  • 「国民の生命若しくは自由を守るための活動」はいわゆる邦人保護でしょうね。
  • 「審判所」は、所謂、軍事法廷。
     軍事法廷は必要ですかね?戦争やっている最中に、敵前逃亡したり、上官に従わない軍人、(民間人への)殺人・強盗・強姦など犯罪をする軍人などがいたら困るので、軍の統制と規律を維持するため、ちゃっちゃちゃっちゃと会議にかけて処罰しましょうというものです。敵前逃亡はやはり死刑でしょうか※。なお、現行憲法では、特別裁判所の設置が禁止されているので(憲法第76条第2項)、軍法会議を開くことはできません。上訴権はあるとはいえ、過去の日本軍の歴史からすれば、通常の裁判所での裁判の方が良いと思います。
    ※「多くの国の軍隊では、戦闘放棄し逃げ出した部下を上官がその場で射殺する即決銃殺刑を、部隊の規律と秩序を維持するために認めている。」(ウィキペディア「敵前逃亡」より
  • そういえば、自衛隊がやっている災害派遣がない。国防軍の役務に入っていないのか、「国民の生命を守る」に入るのか、災害派遣はおまけ活動なので憲法に入れる必要がないのか。やはり、おまけ?
     
     蛇足ですが、日本では、既にMinistry of Defense(国防省)が創設されています。自衛隊はJapan Selft-Defense Forcesで、Self-が入っていますが、それがないのです。まあ、これは防衛庁(Japan Defense Agency)の時代からですけど。
【自民党Q&A】
Q10:「自衛隊」を「国防軍」に変えたのは、なぜですか?

 日本国憲法改正草案では、9 条の 2 として、「国防軍」の規定を置きました。その 1 項は、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」と規定しています。世界中を見ても、都市国家のようなものを除き、一定の規模以上の人口を有する国家で軍隊を保持していないのは、日本だけであり、独立国家が、その独立と平和を保ち、国民の安全を確保するため軍隊を保有することは、現代の世界では常識です
 
 この軍の名称について、当初の案では、自衛隊との継続性に配慮して「自衛軍」としていましたが、独立国家としてよりふさわしい名称にするべきなど、様々な意見が出され、最終的に多数の意見を勘案して、「国防軍」としました。
 
 国防軍に対する「文民統制」の原則(注)に関しては、(1)内閣総理大臣を最高指揮官とすること、(2)その具体的な権限行使は、国会が定める法律の規定によるべきことなどを条文に盛り込んでいるところです。
 
 また、9 条の 2 第 3 項には、国防軍が行える活動として、次のとおり規定されています。
1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するための活動(1 項に規定されている国防軍保持の本来目的に係る活動です。)
2 国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動(これについては Q11 で詳述します。)
3 公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動(治安維持や邦人救出、国民保護、災害派遣などの活動です。)
 
(注) 文民が、軍人に対して指揮統制権を持つという原則(シビリアン・コントロールの原則)

【所感】災害派遣は、おまけではなく、2項の「国民の生命を守る」でした。

【自民党Q&A】
Q11:国防軍は、国際平和活動に参加できるのですか?
:参加できます。
 
 9 条の 2 第 3 項において、国防軍は、我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するための任務を遂行する活動のほか、「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」を行えることと規定し、国防軍の国際平和活動への参加を可能にしました。その際、国防軍は、軍隊である以上、法律の規定に基づいて、武力を行使することは可能であると考えています。また、集団安全保障における制裁行動についても、同様に可能であると考えています。

【所感】「集団安全保障における制裁行動」とは何だろう?国連決議による武力制裁とはまた別の概念のようで、米国による武力制裁も含まれそうです。

【自民党Q&A】
Q12:国防軍に審判所を置くのは、なぜですか?

 9 条の 2 第 5 項に、軍事審判所の規定を置き、軍人等が職務の遂行上犯罪を犯したり、軍の秘密を漏洩したときの処罰について、通常の裁判所ではなく、国防軍に置かれる軍事審判所で裁かれるものとしました。審判所とは、いわゆる軍法会議のことです。
 
 軍事上の行為に関する裁判は、軍事機密を保護する必要があり、また、迅速な実施が望まれることに鑑みて、このような審判所の設置を規定しました。具体的なことは法律で定めることになりますが、裁判官や検察、弁護側も、主に軍人の中から選ばれることが想定されます。なお、審判所の審判に対しては、裁判所に上訴することができます。諸外国の軍法会議の例を見ても、原則裁判所へ上訴することができることとされています。この軍事審判を一審制とするのか、二審制とするのかは、立法政策によります。

第9条3 (領土等の保全等)

現行憲法自民党草案
 
【新設】
(領土等の保全等)
第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

【初見】国民はどういう協力する必要があるのだろうか?

【自民党Q&A】
Q13:「領土等の保全等」について規定を置いたのは、なぜですか?国民はどう協力すればいいのですか?

 領土は、主権国家の存立の基礎であり、それゆえ国家が領土を守るのは当然のことです。あわせて、単に領土等を守るだけでなく、資源の確保についても、規定しました。
 
 党内議論の中では、「国民の『国を守る義務』について規定すべきではないか。」という意見が多く出されました。しかし、仮にそうした規定を置いたときに「国を守る義務」の具体的な内容として、徴兵制について問われることになるので、憲法上規定を置くことは困難であると考えました。
 
 そこで、前文において「国を自ら守る」と抽象的に規定するとともに、9 条の 3 として、国が「国民と協力して」領土等を守ることを規定したところです。
 
 領土等を守ることは、単に地理的な国土を保全することだけでなく、我が国の主権と独立を守ること、さらには国民一人一人の生命と財産を守ることにもつながるものなのです。
 
 もちろん、この規定は、軍事的な行動を規定しているのではありません。国が、国境離島において、避難港や灯台などの公共施設を整備することも領土・領海等の保全に関わるものですし、海上で資源探査を行うことも、考えられます。
 
 加えて、「国民との協力」に関連して言えば、国境離島において、生産活動を行う民間の行動も、我が国の安全保障に大きく寄与することになります

【所感】

  • 領土保全における軍隊や民間の役割は、尖閣諸島をイメージすると分かりやすいかも。軍隊が港や灯台を作って、民間で鰹漁をして鰹節工場を操業するとか※。中国と同様に、日本も官民共同で漁船をバンバンだせば、中国としてもやりにくいですね。でも、希望して漁船を出す人はいないので、国民の義務として漁にださせるということかな?あまり強制するわけにもいかないので、まずはごっそりと金を積む?
    ※嘗て、尖閣諸島では、鰹漁や鰹節の製造が行われ、200名程度の住民が居住していました。
  • 国民は領土を守るための義務があるということなので、第9条の三を法令化する段階で、義務を具体的に規定していくのでしょう。

第三章 国民の権利及び義務

第10条 (日本国民)

現行憲法自民党草案
 
第十条 日本国民たる要件は、法律でこれを定める。
(日本国民)
第十条 日本国民の要件は、法律で定める。

【初見】実質的な変更なし。

第11条 (基本的人権の享有)

現行憲法自民党草案
 
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる
(基本的人権の享有)
第十一条 国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である
  • 初見:実質的な変更なし。
     「享有」は、「権利・能力などを、人が生まれながら身につけて持っていること」(デジタル大辞泉)という意味らしい。憲法以外で使っているところを見たことがないです。
【自民党Q&A】
Q14:「日本国憲法改正草案」では、国民の権利義務について、どのような方針で規定したのですか?

 国民の権利義務については、現行憲法が制定されてからの時代の変化に的確に対応するため、国民の権利の保障を充実していくということを考えました。そのため、新しい人権に関する規定を幾つか設けました。
 
 また、権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。例えば、憲法 11 条の「基本的人権は、......現在及び将来の国民に与へられる」という規定は、「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である」と改めました。

【所感】天賦人権説的な表現を変更しているのは、第3章では、例示した第11条の変更だけのようですが...(他にもあるのかな?)。

【自民党Q&A】
Q17:「新しい人権」について、どのような規定を置いたのですか?

 現在の憲法が施行(昭和 22 年 5 月 3 日)されてから 65 年を越え、この間の時代の変化に的確に対応するため、国民の権利保障を一層充実していくことは、望ましいことです。
 
 「法律で保障すればよい」という意見もありますが、憲法に規定を設けることで、法律改正だけでは国民の権利を廃止することができなくなりますので、国民の権利保障はより手厚くなります
 
 日本国憲法改正草案では、「新しい人権」(国家の保障責務の形で規定されているものを含む。)については、次のようなものを規定しています。
(1)個人情報の不当取得の禁止等(19 条の 2)
いわゆるプライバシー権の保障に資するため、個人情報の不当取得等を禁止しました。
(2)国政上の行為に関する国による国民への説明の責務(21 条の 2)
国の情報を、適切に、分かりやすく国民に説明しなければならないという責務を国に負わせ、国民の「知る権利」の保障に資することとしました。
(3)環境保全の責務(25 条の 2)
国は、国民と協力して、環境の保全に努めなければならないこととしました。
(4)犯罪被害者等への配慮(25 条の 4)
国は、犯罪被害者及びその家族の人権及び処遇に配慮しなければならないこととしました。
 
 なお、(2)から(4)までは、国を主語とした人権規定としています。これらの人権は、まだ個人の法律上の権利として主張するには熟していないことから、まず国の側の責務として規定することとしました。

【所感】「新しい人権」の追加については、各党で意見が割れることはなさそうですが、どうかな?

【追記】(1),(2),(3)については、「新しい人権」ではなく、新しい義務ですよね。

  • (1) (国及び国民は)個人情報を不当に取得してはならない(新しい義務)
    また、プライバシー権といわれると違和感があります。
  • (2) 国は、国民への説明をしなければならない(新しい国の義務)
  • (3) 国は、国民と協力して、環境の保全に努めなければならない(新しい義務)
  • 「これらの人権は、まだ個人の法律上の権利として主張するには熟していない」:国民の義務はすぐに熟してしまうのですよね。草案には、「新しい国民の義務」を多数設けています。また、新設した草案第102条により、この憲法のすべての条項に対して、国民は義務を負うことになりました(天皇は除外されたけど)。

第12条 (国民の責務)

現行憲法自民党草案
 
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持なければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ
(国民の責務)
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない

【初見】

  • 現行憲法の第12条を「国民の責務」とすると、非常に違和感を感じます。
    • 現行憲法の第1センテンスは、「自由及び権利が保持されなければならない」ことを規定しているのであって、その努力は、国民にも求められますが、(憲法前文の「人類普遍の原理」からすれば)国政にも求められることは明らかです。
    • 現行憲法の第2センテンスは、国民は、「自由及び権利」を「常に公共の福祉のために利用する責任を負ふ」、つまり、公共の福祉(みんなの幸せ)を目的として、自由及び権利を使うことを求めています。これが主文で、「但し、」この自由及び権利を濫用はしてはいけない、ということで、「濫用の禁止」は但し書き的位置づけでしょう。
    • 一方、草案では、第1センテンスは、ほぼ同一ですが、第2センテンスは、禁止条項(~してはならない)として「自由及び権利」の利用を制限する規定で、「公共の福祉のために利用すべき」という考え方とは異なる考え方です。
    • 現行憲法にタイトルをつけるとすれば、(自由及び権利)や(自由及び権利の保持)でしょう。草案は、それを(国民の責務)へと変更してしまったということです。
  • 「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」
     「公共の福祉」から「公益及び公の秩序」への変更は、いろいろ議論があるところでしょう。最初に読んだ時にも、凄いインパクトがある変更だなと思いました。まず、用語から考えたいと思います。それぞれ難しい言葉ですが、次のように言い換えられるでしょう(憲法学的な解釈ではなく、辞書的な解釈)。
    • 「公共の福祉」は、「みんなの幸せ」
    • 「公益」は、「みんなの利益」
    • 「公の秩序」は、「みんなの秩序」といいたいところですが、これでは意味が分かりません。みんなが形作る集合体である社会、つまり、「社会の秩序」です。
       逆に、「公共の福祉」を「社会の幸せ」とすると、これはこれで変です。なぜか?「幸せ」は、社会に存在するのではなく、人に存在するからです。それに対して、「秩序」は、人に存在するのではなく、社会に存在するので「社会の秩序」となります。「利益」は、人にも、社会にも存在しますので、「公益」は「みんなの利益」でも「社会の利益」でもよいでしょう。
       また、「社会」は、いろいろなセグメントで存在します。例えば、「国」、「地方」、「男」、「女」、「若者」、「老人」などです。「公の秩序」の「公」の場合は、「国」で考えるのが代表的な例でしょうか。また、私益に相反する相手方によっても、「社会」はいろいろ変わるでしょう。
  • 「みんなの幸せ」と「社会の利益と秩序」
    • 上記では、「公益」は「みんなの利益」でも、「社会の利益」でもよいとしましたが、「公益及び公の秩序」の文脈では、「社会の利益」とした方が素直なので、「社会の利益と秩序」としました。
    • 「みんなの幸せ」と「社会の利益と秩序」の違い
      「社会の利益と秩序」が保たれていても、「みんなの幸せ」が必ずしも得られるわけではありません。これは、「みんなの幸せ」の犠牲があって「社会の秩序」が確保される場合があるからです。逆に、「みんなの幸せ」が得られた状態は、「社会の利益と秩序」が保たれている状況でしょう。つまり、我々がより重視すべきものは、「みんなの幸せ」です。また、「社会の利益と秩序」は、「みんなの幸せ」を実現するための手段であって、目的ではありません。
    • 現行憲法12条の場合、「みんなの幸せ」のために「自由と権利」使うことを求めているので、これを「社会の利益と秩序」(公益及び公の秩序)に変更すると、違和感があります。一方、草稿12条は禁止条項なので、この観点からは、「社会の利益と秩序」でも、「みんなの幸せ」でも、違和感はありません。
  • 「社会の利益と秩序」とは何か?
     「公共の福祉」(みんなの幸せ)から「公益及び公の秩序」(社会の利益と秩序)への書き換えが議論を呼んでいます。おそらく、これは、「社会の利益」「社会の秩序」とは何か、誰が決めるのかということから起こる議論でしょう。特に問題となるのが、「社会」を「国」とした場合です。例えば、「国民の自由及び権利は、「国の利益」を犯してはならない」となるからです。これに対して、現行憲法であれば、「国民の自由及び権利は、「みんなの幸せ」を犯してはならない」ので、みんなの幸せは問題毎に検討されるべき問題となります。一方、国の利益は、国を司る政権が決めることになります。もちろん、政権が決めたことが国益か否かの議論の余地はありますが、国益を判断するのは国の専権事項でしょう。ここが論議を呼ぶポイントではないかと思います。
【自民党Q&A】
Q15:「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に変えたのは、なぜですか?

(「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に改めた理由)
 従来の「公共の福祉」という表現は、その意味が曖昧で、分かりにくいものです。そのため、学説上は「公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない」などという解釈が主張されています。しかし、街の美観や性道徳の維持などを人権相互の衝突という点だけで説明するのは困難です。
 
 今回の改正では、このように意味が曖昧である「公共の福祉」という文言を「公益及び公の秩序」と改正することにより、その曖昧さの解消を図るとともに、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにしたものです。
 
(国際人権規約における人権制約の考え方)
 我が国も批准している国際人権規約でも、「国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」といった人権制約原理が明示されているところです。また、諸外国の憲法にも、公共の利益や公の秩序の観点から人権が制約され得ることを定めたものが見られます。
 
(「公の秩序」の意味)
 なお、「公の秩序」と規定したのは、「反国家的な行動を取り締まる」ことを意図したものではありません。「公の秩序」とは「社会秩序」のことであり、平穏な社会生活のことを意味します。個人が人権を主張する場合に、人々の社会生活に迷惑を掛けてはならないのは、当然のことです。そのことをより明示的に規定しただけであり、これにより人権が大きく制約されるものではありません

【所感】

  • 「公共の福祉」の変更は、基本的人権の制約範囲を拡大することを意図したものでした。「公共の福祉」では、「人権相互の衝突の場合」しか制約できないので、「公益及び公の秩序」によって、「基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではない」と制約範囲を拡大すると解説しています。
  • 安保闘争は、「公の秩序」を乱すものと考えられますが、「反国家的な行動」である安保闘争を取り締まらないことを保障する規定になっていません(草案第21条2項で「公の秩序」を害するような結社の自由を禁止しています)。
  • 「街の美観」に関しては、いろいろ条例を作っていると思ったけど、特に現行憲法で対応できないわけでもないでしょう。
  • 現行憲法下でも、「公序良俗」(公の秩序又は善良の風俗)による基本的人権の制約は導かれていると思います。
  • 「性道徳の維持」のために「公の秩序」によって規制する基本的人権はどのようなものを想定しているのだろう?Q&Aでは良く分かりませんでした。

第13条 (人としての尊重等)

現行憲法自民党草案
 
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする
(人としての尊重等)
第十三条 全て国民は、として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で最大限に尊重されなければならない

【初見】「個人」から「人」への書き換えは、表現だけの変更か、意図がある変更なのか良く分かりませんでした。「個人」であれば、「一人の人間」としての尊重という印象が強いですが、「人」だと、「一人の人間」という印象が弱まります。恐らく、意図がある変更で、「個人の権利の主張ばかりをするな」ということでしょうか。

第14条 (法の下の平等)

現行憲法自民党草案
 
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与はいかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
(法の下の平等)
第十四条 全て国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別障害の有無、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、認めない。
 
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

【初見】

  • 法の下の平等に「障害の有無」を追加。
  • 「いかなる特権も伴わない」の削除は、実質的に影響せず、表現上の変更と思いますが、違うのかな?書き換えたということは、やはり、特権を与える?

第15条 (公務員の選定及び罷免に関する権利等)

現行憲法自民党草案
 
第十五条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する
 
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない
(公務員の選定及び罷免に関する権利等)
第十五条 公務員を選定し、及び罷免することは、主権の存する国民の権利である。
2 全て公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選定を選挙により行う場合は日本国籍を有する成年者による普通選挙の方法による
4 選挙における投票の秘密は、侵されない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問われない

【初見】選挙権を日本国籍に限定することを明確化。特に地方自治体における外国人参政権でいろいろ議論があるので、明確化したということでしょう。

第16条 (請願をする権利)

現行憲法自民党草案
 
第十六条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない
(請願をする権利)
第十六条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願をする権利を有する
2 請願をした者は、そのためにいかなる差別待遇も受けない。

【初見】実質的な変更なし。

第17条 (国等に対する損害賠償請求権)

現行憲法自民党草案
 
第十七条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
(国等に対する損害賠償請求権)
第十七条 何人も、公務員の不法行為により損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は地方自治体その他の公共団体に、その賠償を求めることができる。

【初見】実質的な変更なし。

第18条 (身体の拘束及び苦役からの自由)

現行憲法自民党草案
 
第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない
(身体の拘束及び苦役からの自由)
第十八条 何人も、その意に反すると否とにかかわらず社会的又は経済的関係において身体を拘束されない
2 何人も、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない

【初見】現行憲法の「奴隷的拘束」は時代遅れな表現です。この点を変更した草案ですが、「社会的又は経済的関係において」の意味が理解できませんでした。また、「その意に反すると否とにかかわらず」の意味も不明。

【自民党Q&A】
Q16:草案で憲法 18 条の文言を改めたのはなぜですか? このことにより、徴兵制を採ることが可能になるのですか?

(奴隷的拘束」の表現振りの変更)
 自民党の憲法改正草案では、現行憲法 18 条前段の「奴隷的拘束も受けない」を「社会的又は経済的関係において身体を拘束されない」(草案 18 条 1 項)と改めています。「奴隷的拘束」という表現は、歴史的に奴隷制を採っていた国に由来すると考えられるため、我が国の憲法になじむような、分かりやすい表現で言い換えたものです。
 
 「社会的関係」とはカルト宗教団体のようなものを、「経済的関係」とは身売りのようなことを想定しており、こうした不合理な身体拘束が本人の同意があっても認められないことは、現行憲法と同様です。規定の表現が変わったからといって、現行規定の意味が変わるものではありません。
 
(「その意に反する苦役」については、文言を維持)
 現在の政府解釈は、徴兵制を違憲とし、その論拠の一つとして憲法 18 条を挙げていますが、これは、徴兵制度が、現行憲法 18 条後段の「その意に反する苦役」に当たると考えているからです。「その意に反する苦役」という文言は、自民党の憲法改正草案でも、そのままの形で維持しています。文言が変わらない以上、現行憲法と意味が変わらないのは当然であり、徴兵制を採る考えはありません。

【所感】

  • カルト宗教の規制を想定しているのですか。カルト教はたくさんあり、信者も多いのです。メジャーなところだけでも、統一教会・幸福の科学・エホバの証人など。昔は、モルモン教や創価学会もカルト的でした。今でも、多くの国でカルト扱いされています(ウィキペディア,「政府の文書によってセクトと分類された団体一覧」)。
  • 現在、大きくなった教団は、程度の差こそあれ、勢力を拡大する過程の勧誘活動で、かなりの「社会的関係又は経済的関係において身体を拘束」していると思います。
  • 新興宗教は、それまでの既存宗教からすれば異端ですので、差別的な扱いを受けることが多いので、最初は異端な新興宗教であったキリスト教・イスラム教も、相当に迫害されました。信教の自由とカルト規制をどうやって両立させるかは難しいところです。注意深く取り扱わないと、いけないでしょう。
  • 草案20条(信教の自由)では、「宗教団体の政治上の権力行使」を解禁します。現状追認と思いますが、宗教団体の政治活動をどうするかもよくよく検討する必要があると思います。
  • ついでに、カルト教的な会社はたくさんあるので、そういう会社は草案第18条1項で規制できそうです(笑)。
  • それにしても、草案第18条1項の表現は、もう少し練った方がよいでしょう。解説の内容を表現しているとは、とても思えません。

第19条 (思想及び良心の自由)

現行憲法自民党草案
 
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない
(思想及び良心の自由)
第十九条 思想及び良心の自由は、保障する

【初見】実質的な変更なし。

【追記】
 「侵してはならない」から「保障する」の変更に、なんとなく違和感を感じていましたが、次の理由によるもののようです。
 「侵してはならない」「保障する」で暗示されている主体の変更が生じています。

  • 「侵してはならない」:(国も国民も)何人も侵してはならない。つまり、「思想及び良心の自由」は「神聖にして侵すべからず」という印象です。
  • 「保障する」:「国」が保障する。

 受動態から能動態に変更することで、暗示される動作主体を変更し、その基本となる理念を変更しているようです。単なる表現の変更と思われるものでも、注意深く読み解く必要がありますね。

第19条2 (個人情報の不当取得の禁止等)

現行憲法自民党草案
 
【新設】
(個人情報の不当取得の禁止等)
第十九条の二 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。

【初見】

  • 個人情報保護に関する条項。
  • 禁止条項として書くのではなく、第1項は、「個人に関する情報は、保護される」などとして、個人情報の保護を実現するために、第2項の禁止条項があるという位置づけの方がよいでしょう。より重要なのは、禁止することではく、保護することですから、第2項(禁止条項)は第1項(保護条項)の従属項であるべきです。
  • また、第19条(思想及び良心の自由)の第2項に入れるのは変。独立条項の方が素直。
  • まとめると、変更するなら以下のような条項がよいでしょう。

(個人情報の保護)
第X条 全て国民の個人に関する情報は、保護される。
2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。

【自民党Q&A】
Q17:「新しい人権」について、どのような規定を置いたのですか?

(前略)  日本国憲法改正草案では、「新しい人権」(国家の保障責務の形で規定されているものを含む。)については、次のようなものを規定しています。
(1)個人情報の不当取得の禁止等(19 条の 2)
いわゆるプライバシー権の保障に資するため、個人情報の不当取得等を禁止しました。
(後略)

【所感】

 プライバシー権ということであれば、「個人に関する情報」では広すぎるので、「私事に関する情報」に変更しました。「私事に関する情報」は、本人の意に反して知られたくない情報という意味で使っています。プライバシー権全般を保護するのであれば、別の表現をする必要があります。また、公人に関する除外規定は、国会議員の資産公開などが制約を受けないようにすることを明示するための例外規定です。

(私事情報の保護)
第X条 全て国民の私事に関する情報は、保護される。ただし、公人については、公益及び公の秩序に資する場合において、この限りではない。
2 何人も、私事に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。

第20条 (信教の自由)

現行憲法自民党草案
 
第二十条  信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
(信教の自由)
第二十条 信教の自由は、保障する。国は、いかなる宗教団体に対しても、特権を与えてはならない。
 
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及び地方自治体その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。

【初見】

  • 第1項は、主体が変更されていますが、要するに「宗教団体は、政治上の権力を行使してはならない」の削除です。宗教団体が政治上の権力を行使することが可能となります。
  • 現行憲法にはない、「特定の」を付けることで、「特定の」でなければ、国などは、「宗教のための教育そのほかの宗教活動」を行ってもよいということです。「特定の宗教のため」でない宗教活動が何を意味するか不明ですが。
  • 「社会的儀礼...」は、靖国問題などに代表されるさまざまな問題(公人として参拝、玉ぐし料など)を合憲化するものですね。
【自民党Q&A】
Q23:その他、国民の権利義務に関して、どのような規定を置いたのですか?

 国民の権利義務に関しては、これまでに述べたもののほか、次のような規定を置いています。
 
(1)国等による宗教的活動の禁止規定の明確化(20 条 3 項)
 国や地方自治体等による宗教教育の禁止については、特定の宗教の教育が禁止されるものであり、一般教養としての宗教教育を含むものではないという解釈が通説です。そのことを条文上明確にするため、「特定の宗教のための教育」という文言に改めました。
 さらに、最高裁判例を参考にして後段を加え、「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないもの」については、国や地方自治体による宗教的活動の禁止の対象から外しました。これにより、地鎮祭に当たって公費から玉串料を支出するなどの問題が現実に解決されます。
(以下、略)

【所感】

  • 解説文を読むと、「宗教教育」を「特定の宗教のための教育」、「その他いかなる宗教的活動」を「その他の宗教的活動」と変更して、「特定の」は「教育」までに係るようです。
  • 「一般教養としての宗教教育」の意味が分かりませんでした。「宗教に関する一般教養」であれば、意味はわかりますが(キリスト教・イスラム教の歴史とか、仏教の成り立ちなどの一般教養)。
  • 聖書やお経の内容を教材として用いることなのかな?でも、それは宗教教育と呼ぶのか否か。
    • 旧約聖書の「初めに、神が天と地を創造した」を教養として教えるのはよいのか、どうか?進化論を否定する信者にとっては、「教養」として教えてもらっては困るでしょうし。
    • 般若心経の「色即是空、空即是色」は、高校で教えられたことはありますが、それもよいのか悪いのか。
    • クリスチャンの教授による授業で、「ヨブ記」の全文を英語教材で使っていましたが、それがよいのか悪いのか(キリスト教の思想に触れるよい機会でしたが)。
    • ほとんどの日本人は、この程度なら、なんら抵抗ないと思いますが、いろいろな立場・宗派がありますからね。
  • 調べてみたら、1947年制定の教育基本法、現行教育基本法に関連する記述がありました。

【1947年制定時の教育基本法(文部科学省, 「昭和22年教育基本法制定時の条文」, 1947/3/30, http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/a001.htm)】

第九条(宗教教育) 宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。
2 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。

【2006年改正時の教育基本法(e-Gov,「教育基本法」, 2006/12/22, http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H18/H18HO120.html)】

(宗教教育)
第十五条 宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない。
2 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。

 2006年の改正時の議事録*6からすると、「一般教養としての宗教教育」とは、「宗教に関する一般的な教養」のことを指しそうです。

  • また、「特定の」は既に1947年の教育基本法に記載されている内容で、それを憲法にも反映したということでしょうか。「特定の宗教のための宗教教育」から「特定の宗教のための教育」と変更されてはいますが。

  • 草案第20条3項は、係り受けが複雑なので、以下の方がすっきりするかな?

3 国及び地方自治体その他の公共団体は、宗教教育をしてはならない。ただし、宗教に関する一般的な教養を教育することについては、この限りではない。
4 国及び地方自治体その他の公共団体は、宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。

第21条 (表現の自由)

現行憲法自民党草案
 
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
【新設】
 
 
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
(表現の自由)
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
3 検閲は、してはならない。通信の秘密は、侵してはならない。

【初見】沖縄の反基地運動は、「国益に反する」ので、団体運動は禁止される?大規模なデモ活動も「社会の秩序を乱す」ので、運動を主導する団体(SEALDsなど)は禁止される?

【自民党Q&A】
Q18:表現の自由を保障した21条に第2項を追加していますが、この条文は表現の自由を大きく制約するのではないですか?

 自民党の憲法改正草案では集会、結社及び言論、出版その他表現の自由について、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動及びそれを目的とした結社を禁止する規定を設けました。
 
 これは、オウム真理教に対して破壊活動防止法が適用できなかったことの反省などを踏まえ、公益や公の秩序を害する活動やそれを目的とした結社を認めないことにしたのです。内心の自由はどこまでも自由ですが、それを社会的に表現する段階になれば、一定の制限を受けるのは当然です。
 
 21 条 2 項では、他の箇所の「公益や公の秩序に反する」という表現と異なり、「公益や公の秩序を害することを目的とした」という表現を用いて、表現の自由を制限できる範囲を厳しく限定しているところです
 
 かつ、その禁止する対象を「活動」と「結社」に限っています。「活動」とは、公益や公の秩序を害する直接的な行動を意味し、これが禁じられることは、極めて当然のことと考えます。また、そういう活動を行うことを目的として結社することを禁ずるのも、同様に当然のことと考えます。
 
 したがって、この規定をもって、公益や公の秩序を害する直接的な行動及びそれを目的とした結社以外の表現の自由が制限されるわけではありません
 いずれにしても、この規定に伴って、どのような活動や結社が制限されるかについては、具体的な法律によって規定されるものであって、憲法の規定から直接制限されるものではありません。

【所感】

  • オウム真理教には、破壊活動防止法は適用されませんでしたが、適用しようと思った時期は、麻原彰晃をはじめとした危険思想(ポア思想)を持った教団幹部が逮捕されたり、逃走した後でした。残ったオウム真理教は、危険思想を持たない普通の信者の集団で、その時点での「破壊活動防止法」を適用できなかったのは無理もないでしょう。幹部の逮捕後のオウム真理教は、(テロは犯してしまったが破壊活動を目的としない)普通のカルト教団だったのですから。いま思えば、破壊活動防止法を適用すべきだったのは、松本サリン事件のタイミングですね。警察は明後日の方向に捜査をしてしまったのですけど。
    一連の事件後、オウム真理教は、「団体規制法(オウム新法)」(「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」)で規制されています。
  • このため、オウム真理教に破壊活動防止法を適用できなかったことを例示して、解説するのは適当ではないでしょう。
  • 「公益や公の秩序に反する」と「公益や公の秩序を害する」は、ほとんど同じ意味ではないですかね。特に厳しく限定しているようには思えません。制定される法律により、幅広い団体を規制することが可能となります。

第21条2 (国政上の行為に関する説明の責務)

現行憲法自民党草案
【新設】 (国政上の行為に関する説明の責務)
第二十一条の二 国は、国政上の行為につき国民に説明する責務を負う。

【初見】説明責任に関する条項の追加。

第22条 (居住、移転及び職業選択等の自由等)

現行憲法自民党草案
 
第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2  何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない
(居住、移転及び職業選択等の自由等)
第二十二条 何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
 
2 全て国民は、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を有する

【初見】

  • 「公共の福祉に反しない限り」という限定を削除。確かに、この限定は不要ですね。
  • タイトルの(居住、移転及び職業選択等の自由)の2番目の「等」は不要。

第23条 (学問の自由)

現行憲法自民党草案
 
第二十三条 学問の自由は、これを保障する。
(学問の自由)
第二十三条 学問の自由は、保障する。

【初見】実質的な変更なし。

第24条 (家族、婚姻等に関する基本原則)

現行憲法自民党草案
 
【新設】
 
 
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみ基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
(家族、婚姻等に関する基本原則)
第二十四条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。
2 婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
3 家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

【初見】変更点に焦点を当てて考えると、家族は助け合わななければならないのだから、(親兄弟の)扶養は義務だよ、ってことでしょうか。生活保護の受給に影響を与えそう。扶養義務者が扶養しないようなら、憲法違反?

【自民党Q&A】
Q19:家族に関する規定は、どのように変えたのですか?

 家族は、社会の極めて重要な存在ですが、昨今、家族の絆が薄くなってきていると言われています。こうしたことに鑑みて、24 条 1 項に家族の規定を新設し、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」と規定しました。なお、前段については、世界人権宣言 16 条 3 項も参考にしました。
 党内議論では、「親子の扶養義務についても明文の規定を置くべきである。」との意見もありましたが、それは基本的に法律事項であることや、 「家族は、互いに助け合わなければならない」という規定を置いたことから、採用しませんでした。
(参考)世界人権宣言 16 条 3 項
家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。
【自民党Q&A】
Q:現行 24 条について、「家族は、互いに助け合わなければならない」という一文が加えられていますが、そもそも家族の形に、国家が 介入すること自体が危ういのではないですか?

 家族は、社会の極めて重要な存在であるにもかかわらず、昨今、家族の絆が薄くなってきていると言われていることに鑑みて、24 条 1 項に家族の規定を置いたものです。個人と家族を対比して考えようとするものでは、全くありません
 
 また、この規定は、家族の在り方に関する一般論を訓示規定として定めたものであり、家族の形について国が介入しようとするものではありません。
 
 人権保障における家族の重要性は、国際的にも広く受け入れられている観点であり、世界人権宣言 16 条 3 項は「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する」と規定されています。草案の 24 条 1 項前段はこれを参考にしたものです。

【所感】

  • 家族の絆が薄くなっているとしても、憲法で規定したからといって、変わるものではありません。
  • 問題意識としては、家族の絆が薄くなっているので、扶養しない人が多くて困る。だから、「扶養義務を果たせ」ということが趣旨のようです。 介護や生活保護受給にはほぼ確実に影響しそうです(扶養義務者が扶養しなければ、処罰するということかな)。
  • 世界人権宣言の「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり」(定義?)の部分は参考にしていますが、「尊重される」では「社会・国から保護を受ける権利を有する」を反映しているとは言えそうにありません。家族の定義だけを参考にしているということですね。

第25条 (生存権等)

現行憲法自民党草案
 
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
(生存権等)
第二十五条 全て国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、国民生活のあらゆる側面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

【初見】実質的な変更なし。

第25条2 (環境保全の責務)

現行憲法自民党草案
【新設】 (環境保全の責務)
第二十五条の二 国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。

【初見】環境保全についての新条項。

第25条3 (在外国民の保護)

現行憲法自民党草案
【新設】 (在外国民の保護)
第二十五条の三 国は、国外において緊急事態が生じたときは、在外国民の保護に努めなければならない。

【初見】邦人保護の新条項。状況によっては、国防軍が邦人保護のため出動するのかな。

【自民党Q&A】
Q23:その他、国民の権利義務に関して、どのような規定を置いたのですか?
: 国民の権利義務に関しては、これまでに述べたもののほか、次のような規定を置いています。
(中略)
(2)在外国民の保護(25 条の 3)
 グローバル化が進んだ現在、海外にいる日本人の安全を国が担保する責務を憲法に書き込むべきであるとの観点から、規定を置きました。
(以下、略)

【所感】具体的には、いままで通り外務省が動くなどはあるでしょうが、国防軍が邦人保護のため、海外にいく根拠ともなります。海外派兵には、国際的な決議・自衛権の行使などは不必要で日本だけの判断で可能となります。危険地域に行くので、(正当防衛などの理由により)合法的に現地で軍事力を行使できるように法整備をするでしょう。

第25条4 (犯罪被害者等への配慮)

現行憲法自民党草案
【新設】 (犯罪被害者等への配慮)
第二十五条の四 国は、犯罪被害者及びその家族の人権及び処遇に配慮しなければならない。

【初見】犯罪被害者に関する新条項。

第26条 (教育に関する権利及び義務等)

現行憲法自民党草案
 
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
【新設】
(教育に関する権利及び義務等)
第二十六条 全て国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、等しく教育を受ける権利を有する。
2 全て国民は、法律の定めるところにより、その保護するに普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、無償とする。
3 国は、教育が国の未来を切り拓ひらく上で欠くことのできないものであることに鑑み、教育環境の整備に努めなければならない。

【初見】教育環境の整備の義務に関する新条項。

【自民党Q&A】
Q21:教育環境の整備について規定を置いたのは、なぜですか?

 憲法改正草案では、26 条 3 項に国の教育環境の整備義務に関する規定を新設し、「国は、教育が国の未来を切り拓く上で欠くことのできないものであることに鑑み、教育環境の整備に努めなければならない」と規定しました。
 
 この規定は、国民が充実した教育を受けられることを権利と考え、そのことを国の義務として規定したものです。
 
 具体的には、教育関係の施設整備や私学助成などについて、国が積極的な施策を講ずることを考えています。

【所感】

  • 教育環境の整備は重要と思いますが、施設整備、箱物行政ですかぁ...。
  • 大学卒業時点で数百万円の借金を背負ってしまうという奨学金制度の方が、大きな課題だと思います。以下はどうですかね?
第二十六条 3 国は、前二項を保障するため、国民を経済的に支援することに努めなければならない。

第27条 (勤労の権利及び義務等)

現行憲法自民党草案
 
第二十七条  すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ
2  賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3  児童は、これを酷使してはならない。
(勤労の権利及び義務等)
第二十七条 全て国民は、勤労の権利を有し、義務を負う
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律で定める。
3 何人も、児童を酷使してはならない。

【初見】実質的な変更なし。

第28条 (勤労者の団結権等)

現行憲法自民党草案
 
第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
【新設】
(勤労者の団結権等)
第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、保障する。
2 公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。この場合においては、公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない。

【初見】公務員の団結権についての制限を新条項として追加。いろいろと制約がある公務員版労働組合(職員団体)の権利が制限されることを憲法レベルで明文化。

【自民党Q&A】
Q22:公務員の労働基本権の制約について規定を置いたのは、なぜですか?

 憲法改正草案では、28 条 2 項に公務員に関する労働基本権の制限の規定を新設し、「公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。この場合においては、公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない。」と規定しました。
 
 現行憲法下でも、人事院勧告などの代償措置を条件に、公務員の労働基本権は制限されていることから、そのことについて明文の規定を置いたものです

第29条 (財産権)

現行憲法自民党草案
 
第二十九条 財産権は、これを侵してはならない
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
 
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
(財産権)
第二十九条 財産権は、保障する
2 財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める。この場合において、知的財産権については、国民の知的創造力の向上に資するように配慮しなければならない。
3 私有財産は、正当な補償の下に、公共のために用いることができる。

【初見】

  • 「公共の福祉」から「公益及び公の秩序」への変更。
  • 知的財産権に関する新条項の追加。
【自民党Q&A】
Q23:その他、国民の権利義務に関して、どのような規定を置いたのですか?
: 国民の権利義務に関しては、これまでに述べたもののほか、次のような規定を置いています。
(中略)
(3)知的財産権(29 条 2 項)
 29 条 2 項後段に、「知的財産権については、国民の知的創造力の向上に資するように配慮しなければならない」と規定しました。特許権等の保護が過剰になり、かえって経済活動の過度の妨げにならないよう配慮することとしたものです。
(以下、略)

【所感】

  • 「国民の知的想像力の向上に資するように」、発明者や特許権者保有の利益(知的財産権)を保護するものと思っていたら、制限する意図だったのですね。ちょっと驚き。そう読むとは思いもよりませんでした。
  • 具体的には、どういう制限を加えるのでしょうか。ぱっと思いつくところでは、以下のようなものでしょうか。
    • 発明者の権利を制限する(実績補償金に制限を加える)(経済団体が現在要望している)
    • 知的財産権の権利期間の短縮(20年からの短縮)
    • パテント・トロール対策
    • むやみやたらな「商標権」の取得の制限
      最初の二つを制限することは、「国民の知的想像力の向上に資する」ことでないという意見もあるでしょう。

第30条 (納税の義務)

現行憲法自民党草案
 
第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ
(納税の義務)
第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う

【初見】実質的な変更なし。

第31条 (適正手続の保障)

現行憲法自民党草案
 
第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
(適正手続の保障)
第三十一条 何人も、法律の定める適正な手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。

【初見】実質的な変更なし。

第32条 (裁判を受ける権利)

現行憲法自民党草案
 
第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない
(裁判を受ける権利)
第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を有する

【初見】実質的な変更なし。

第33条 (逮捕に関する手続きの保障)

現行憲法自民党草案
 
第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
(逮捕に関する手続きの保障)
第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、裁判官が発し、かつ、理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

【初見】実質的な変更なし。

第34条 (抑留及び拘禁に関する手続きの保障)

現行憲法自民党草案
 
第三十四条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
(抑留及び拘禁に関する手続きの保障)
第三十四条 何人も、正当な理由がなく、若しくは理由を直ちに告げられることなく、又は直ちに弁護人に依頼する権利を与えられることなく、抑留され、又は拘禁されない。
2 拘禁された者は、拘禁の理由を直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示すことを求める権利を有する。

【初見】実質的な変更なし?

第35条 (住居等の不可侵)

現行憲法自民党草案
 
第三十五条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
 
2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ
(住居等の不可侵)
第三十五条 何人も、正当な理由に基づいて発せられ、かつ、捜索する場所及び押収する物を明示する令状によらなければ、住居その他の場所、書類及び所持品について、侵入、捜索又は押収を受けない。ただし、第三十三条の規定により逮捕される場合は、この限りでない。
2 前項本文の規定による捜索又は押収は、裁判官が発する各別の令状によって行う

【初見】実質的な変更なし?

第36条 (拷問及び残虐な刑罰の禁止)

現行憲法自民党草案
 
第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる
(拷問及び残虐な刑罰の禁止)
第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、禁止する

【初見】実質的な変更なし。現行憲法は、強い想いがあるのが分かりますが、条文としてはちょっと感情的、草案の「禁止する」も素っ気ない。「いかなる場合であっても禁止する」ぐらいではどうですかね。

第37条 (刑事被告人の権利)

現行憲法自民党草案
 
第三十七条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
2 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
3 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する
(刑事被告人の権利)
第三十七条 全て刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
2 被告人は、全ての証人に対して審問する機会を十分に与えられる権利及び公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
3 被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを付する

【初見】実質的な変更なし。

第38条 (刑事事件における自白等)

現行憲法自民党草案
 
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない
(刑事事件における自白等)
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2 拷問、脅迫その他の強制による自白又は不当に長く抑留され、若しくは拘禁された後の自白は、証拠とすることができない。
3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされない。

【初見】実質的な変更なし。

第39条 (遡及処罰等の禁止)

現行憲法自民党草案
 
第三十九条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない
(遡及処罰等の禁止)
第三十九条 何人も、実行の時に違法ではなかった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。同一の犯罪については、重ねて刑事上の責任を問われない

【初見】実質的な変更なし。

第40条 (刑事補償を求める権利)

現行憲法自民党草案
 
第四十条 何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。
(刑事補償を求める権利)
第四十条 何人も、抑留され、又は拘禁された後、裁判の結果無罪となったときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。

【初見】実質的な変更なし。

(「第4章~第11章に続く)

(2016/10/1)

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【豊洲市場】地下空洞の水はいずこから

 豊洲市場の問題がニュースを賑わせています。本ブログでも、豊洲市場に関する問題を取り上げます。

 豊洲市場については、さまざまな視点から問題点が指摘されていますが、ここでは、テレビや新聞では、現在調査中のためか、あまり詳細には報道されていない地下空洞の汚染水の由来について考察します。また、汚染対策について検討したいと思います。

1. 地下空洞の水はいずこから

1.1 汚染水の起源に関する諸説のまとめ

 汚染水の起源について調べてみると、本ブログ末尾の参考記事に示すように様々な記事があり、諸説語られています。以下で、個人的な見解を含めて、整理します。

 汚染物質については、強アルカリ性となる原因物質、シアン化合物、六価クロム、ヒ素、ベンゼンについてまとめます。地下空洞の水が強アルカリ性となる原因物質は、水酸化カルシウムCa(OH)2((テクノクリート・施工研究会, 「コンクリートの中性化」.))と思われますが、現在のところ、水質検査の結果に関する記事は見つけられませんでした。以下では、汚染水の水の起源と汚染物質の起源についてまとめます。

 水の起源については、雨水あるいは地下水と言われています。

  • 水の起源
    • 雨水説: 隙間からコンクリート壁を伝って雨水が浸入する。
    • 地下水説: 地下空洞底面の砕石層を通して、地下水が浸入する。

 有害汚染物質については、それぞれの物質ごとに諸説あります。

  • 汚染物質の起源
    • 強アルカリ性となる原因物質
      • コンクリート説(雨水あるいは地下水により水酸化カルシウムが溶出)
      • 地下水説(東京ガスの工場で燃やした石炭の灰)
         汚染水の詳細な成分分析やコンクリートがない別の場所の砕石層における水質検査などを行うことで、コンクリート由来か、地下水由来か識別ができるでしょう。現時点での情報だけではどちらがの由来が判断することは難しいです。
    • 六価クロム(自然界に存在せず)
      • コンクリート説(コンクリートは六価クロムを含有する)
      • 地下水説(汚染土壌により汚染)
         強アルカリ性物質と同様に詳細分析等により判別できるかもしれませんが、検出限界に近い含有量なので、判別は困難でしょう。
    • ヒ素(自然界に存在)
      • 地下水説(自然界レベル)
      • 地下水説(汚染土壌により汚染)
         六価クロムと同様に検出限界に近い含有量なので、判別は困難でしょう。
    • シアン化合物(自然界に存在せず)
      • 地下水説(汚染土壌により汚染)
         自然界には存在しないので、汚染土壌の影響と考えられます。
    • ベンゼン(都心の大気レベル)
      • 大気環境説(自動車やガソリンスタンドなどから排出されるベンゼン)
      • 汚染土壌説(汚染土壌から揮発)
         豊洲市場の施設内のベンゼン濃度は、大気環境と同程度なので、施設内については、大気由来と考えても不自然ではありません。汚染土壌由来もあるかもしれませんが、判別することは困難でしょう。閉鎖空間である地下空洞の場合には、高濃度でベンゼンが検出される可能性がありますが、この場合は、汚染土壌が原因と考えられます。

 地下空洞の水が、雨水・地下水のいずれか一つのみが要因と仮定とすると、汚染の説明としては次のいずれかになるでしょう。

  • 雨水説1: 「地上の雨水が(重機搬入用の開口部など)構造物にある隙間からコンクリート壁を伝って、地下に溜まる。」
     強アルカリ性となる物質・六価クロムは、コンクリート成分が雨水により溶出したと考える。しかし、シアン化合物・ヒ素の検出については、この仮説では説明ができません。
  • 雨水説2: 「雨水が盛り土に浸透し、(コンクリート壁の隙間、あるいは、砕石層経由で)コンクリート構造の地下空間に溜まる。」
     強アルカリ性となる物質はコンクリート成分、六価クロムはコンクリートあるいは"汚染された"盛り土由来。ヒ素は"汚染された"盛り土由来、あるいは、"自然界レベルでヒ素を含有した"盛り土から溶出したと考える。シアン化合物は"汚染された"盛り土由来。
  • 地下水説: 「砕石層よりも下、不透水層の上の帯水層が汚染されている。このため、地下水も汚染され、砕石層を通じて地下空洞に溜まる。」
     強アルカリ性となる物質・六価クロムは、コンクリート成分あるいは汚染土壌に由来する。ヒ素は汚染土壌あるいは"自然界レベルでヒ素を含有した"土壌由来。シアン化合物は汚染土壌由来、

 強アルカリ性物質・六価クロム・ヒ素は、コンクリートに含有されていたり、自然界に存在し、検出量も微量なので、汚染源を特定する決め手には、なりそうにありません。鍵となる有害物質は、シアン化合物でしょうか?

 雨水説1では、シアン化合物の検出が説明できませんので、この説は排除されます。雨水説2の場合は、盛り土が汚染されていると考える必要があります。地下水説では、帯水層の土壌が汚染されていると考えます。

 実際には、雨水と地下水が混合しているのかもしれませんが、シアン化合物の由来については、「盛り土の汚染」か「帯水層土壌の汚染」のいずれかの選択肢しかありません((シアンが構造物などに含有されているのであれば、盛り土汚染や帯水層土壌の汚染以外の可能性もあります。))。

1.2 シアン化合物は、盛り土由来か、帯水層由来か

 東京都発行のパンフレットや技術会議資料では、盛り土は汚染されていない土壌を用い、東京ガスの工場操業時の地盤である帯水層は汚染されていたため、土壌汚染対策工事により浄化したことになっています。東京都発行のパンフレット「豊洲新市場 土壌汚染対策工事の概要」((東京都, 「豊洲新市場 土壌汚染対策工事の概要」.))より「土壌汚染対策の工事の進め方」の説明図を図1に引用します。この図から分かるように、工場操業時の地盤である帯水層は、汚染されていることを前提に、汚染が見つかった場合には浄化処理した後に埋め戻されます。また、盛り土地盤は、「新規購入土」や「他工事の発生土」と、「既に盛ってあった盛り土」によって作られます。

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図1: 土壌汚染対策の工事の進め方(東京都パンフレットより引用)


 豊洲市場の盛り土には、ガス工場操業時の地盤の土壌は含まれておらず、「新規購入土」や「他工事の発生土」も汚染されていなければ、盛り土は汚染されていないと思われるので、「盛り土の汚染」の可能性は少ないのではないかと思います(但し、東京都のパンフレットが信頼できると仮定する)。従って、雨水説2も、可能性が低いのではないかと思います。

 一方、帯水層の土壌は、ガス工場操業時に汚染されているため、除染が必要な土壌と、不必要な土壌に選別され、除染が必要な土壌についてのみ浄化処理します。また、除染が必要な土壌は浄化処理を行った上で、帯水層に埋め戻されます。このため、除染が必要な土壌とそうでない土壌の選別の時に選別誤りが発生する可能性や、浄化処理が十分でなかった可能性が残ります。特に前者では、汚染土壌の見落としが多く発生するのではないかと思います。

 また、地下水浄化も調査点での汚染が確認された場合のみなされるので、調査漏れがあれば、汚染地下水が土壌に残留することになります。

 よって、シアン化合物の由来は、帯水層土壌が汚染されており、汚染地下水が砕石層を経由して、地下空洞のたまり水となった(あるいは、たまり水を汚染した)と考えるのが最も妥当でしょう。

2. 地下水の汚染対策

2.1 そもそも、地下水は汚染されることを想定

 豊洲市場には「地下水管理システム」が設置されています。技術会議資料((第18回豊洲新市場予定地の土壌汚染対策工事に関する技術会議, 「地下水管理システムに関する説明資料」, 2014/11/27.))から引用した図2に示すように、このシステムには「浄化施設」があり、「水質モニタリング機能、浄化機能、自動制御機能」を有して、「自動で水質分析を行い、下水排除基準を超過している場合には必要な浄化を実施」します。

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図2: 地下水管理システムの概要(技術会議資料より引用)


 この浄化施設では、図3に示すように「ベンゼン」や「シアン化合物・重金属等」を分離し、汚染水を浄化します。

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(a)「地下水管理システム」の浄化施設における浄化処理方法(技術会議資料より引用)

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(b) 土壌対策工事における地下水処理プラントの流れ(東京都パンフレットより引用)
図3:地下水管理システムにおける浄化処理方法
注:図2(b)は、土壌汚染対策工事における仮設の「地下水処理プラント」の説明図ですので、恒久的な「地下水管理システムの浄化施設」との違いがあるかもしれませんが、技術会議資料は専門的で分かりにくい説明図のため、東京都パンフレットにある仮設プラントの説明図も引用しました。


 つまり、地下水管理システムにおける浄化施設は、地下水が環境基準以上にベンゼン・シアン化合物をはじめとした各種有害物質に汚染されること(あるいは、汚染される可能性があること)を想定して設計・建設されています。

2.2 地下空洞の汚染対策は必要か?

 現在、地下空洞の水や大気の調査が行われていると思いますが、現時点の調査で有害物質が環境基準以下であればよいかというと、そうとは言えないでしょう。やはり、地下水が汚染されることを想定して地下空洞の汚染対策を施す必要があると思います。

 経時変化や地震の影響などにより、将来的に有害物質が環境基準以上に上昇することを想定しなければなりません。豊洲市場の運用が始まってから、環境基準以上になった場合には、混乱や影響は現在の比ではありません。対策が完了するまで、一旦、市場を休場するというような事態に発展すれば、影響は甚大です。

 また、汚染する可能性が最も高い場所はどこかというと、1,000倍以上の汚染物質を多数の調査点で検出した6街区、つまり、水産仲卸売場棟の真下です(図4)。本来、最も土壌汚染対策がされるべき場所に、土壌汚染対策(盛り土)を行わず、汚染が相対的に少なく除染の必要性が低い建物の周辺に土壌汚染対策を行うというチグハグな状態となっています。

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(a) 高濃度汚染の分布状況((東京都ホームページ, 「豊洲新市場予定地の土壌汚染はどうするの?」.))
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(b) 施設概要((東京都ホームページ, 「豊洲市場について:施設概要」.))
図4: 高濃度汚染された場所と施設の場所(東京都ホームページより引用)

2.3 どういう対策が必要か?

 地下空洞に対してどういう対策をすべきかは、将来的に専門家会議などで議論され、対策案が提示されると思いますが、ここでは、筆者の素人考えを述べます。

 まず、最低限必要なのは、現状、本格稼働していない地下水管理システムを正常に稼働させ、地下水位を制御することです。実は、この地下水管理システムそのものが、正常稼働しない可能性も否定できませんが、ここでは、正常に稼働すると仮定します。

 東京都の技術系職員は、地下空洞を「モニタリング空間」と呼んで設計仕様書にも記載していたようです((TBS News-i, 「豊洲新市場問題、と発注の仕様書に「モニタリング空間」」, 2016/9/24.
朝日新聞Digital, 「豊洲市場、地下は「モニタリング空間」元担当者が証言」, 2016/9/19.))。この「モニタリング空間」により、地下水管理システムが正常に稼働しておらず、地下水汚染をモニタリングすることができたという皮肉な結果となりました。さらに"東京都の風土汚染"もモニタリングすることができました(苦笑)。

 地下水位が正常にコントロールできるのであれば、空洞中に放出されるベンゼンなどの揮発物質の対策を行えばよいでしょう。

2.4 現状のベンゼン濃度

 東京都によれば、豊洲市場施設内のベンゼンを測定しています((東京都, 「豊洲市場に関するさまざまな疑問にお答えします!Q10. 豊洲市場の建物内で、ベンゼンが検出されているが大丈夫なのか。」.))。各施設内のベンゼンの測定結果の平均値は、青果棟(5街区)が1立法メートル当たり1.9μg、水産仲卸売場棟(6街区)が1.2μg、水産卸売場棟(7街区)が0.5μgと、環境基準の年平均3μg以下で、特に問題ないレベルと思います。また、東京都では、いろいろな地点で定期的にベンゼンの大気モニタリングを行っていますが((東京都環境局, 「有害大気汚染物質のモニタリング調査」.))、図5に示すように一般環境で1.1μg、沿道で1.3μgなので、施設内の濃度と大差はありません。なお、大気中のベンゼンの主な排出源はガソリンですので、ガソリンスタンドの近辺よりはずっとベンゼン濃度は低いでしょう。

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図5: ベンゼン年平均濃度(東京都環境局のホームページより引用)


 しかしながら、施設内測定は、比較的開かれた空間での測定と思いますので、地下空洞のような閉鎖空間では高い濃度となる可能性も否定的できません。地下空洞内の雰囲気調査(大気調査)が必要です。

 この調査によってベンゼン濃度が低かったとしても、地下空洞内の空気の汚染物質対策は必要でしょう。なぜならば、地下水は汚染されるという想定があるからです。

2.5 有害揮発物質の対策

 地下水はコントロールされる前提では、地下空洞の有害揮発物質を排出するための排気設備(換気扇と排気ダクトみたいなもの?)をつけて、大気中に放出するだけでよいと個人的には思います。それというのも、ベンゼンが地下水から空気中に出ていくとしても、濃度は非常に低く、換気を常に行っていれば、大気環境と同レベルであろうと推測できるからです。

 また、別の観点からも換気設備は必要と考えられます。地下空洞では酸素が少なくなり、作業者が地下空洞に入ると、酸素欠乏症(や炭酸ガス中毒など)となる可能性があります。これは地下空洞の地下水に微生物を繁殖させる栄養分があれば、微生物が酸素を消費し、炭酸ガスを排出するからです。他にも地下水由来の炭酸ガスやメタンガスが発生するかもしれません。地下は配管のためのパイプスペースになっており、メンテナンスのために作業者が入ることはあるでしょう。酸欠になる恐れがあることは、既に東京都では認識しているので((

「階段を下りていくと泥の臭いがしてきた。「地下ピットに入る場合は原則2名以上とする」。酸欠や閉じ込めへの注意を促す触れ書きを横目にドアをくぐると、青果棟の地下に広大な暗闇が目の前に広がった」
出典:DIAMOND online, 「小池知事が豊洲騒動で見せた巧みな情報操作術とは?」, 2016/9/23

))、作業者を立ち入らせることを想定しているのであれば、労働安全衛生法上も排気設備は必要ではないでしょうか((

(立入禁止等)
第五百八十五条  事業者は、次の場所には、関係者以外の者が立ち入ることを禁止し、かつ、その旨を見やすい箇所に表示しなければならない。
四  炭酸ガス濃度が一・五パーセントを超える場所、酸素濃度が十八パーセントに満たない場所又は硫化水素濃度が百万分の十を超える場所
出典:「労働安全規則」
 
(換気)
第五条 事業者は、酸素欠乏危険作業に労働者を従事させる場合は、当該作業を行う場所の空気中の酸素の濃度を十八パーセント以上(第二種酸素欠乏危険作業に係る場所にあつては、空気中の酸素の濃度を 十八パーセント以上、かつ、硫化水素の濃度を百万分の十以下)に保つように換気しなければならない。ただし、爆発、酸化等を防止するため換気することができない場合又は作業の性質上換気することが著 しく困難な場合は、この限りでない。
出典:「酸素欠乏等防止規則」 ))。

 但し、これだけだと空洞中のベンゼン濃度によっては、環境規制に違反してしまうかもしれません(可能性は低いと思いますが)。その場合には、図3に示すような浄化システムに通す必要があるでしょう(気体だけなので、活性炭フィルタを通せばよい?)。

 さらに対策するのであれば、地下空洞への地下水浸入を抑制するために、底面にコンクリートを打って防水処理を施すのでしょうか。この場合、工期も長く、工事費も増えてしまいますが、このくらいやらないと世間は納得しない状態になっていますかね(この場合、建築基準法などいろいろとクリアしなければならない規制が増えるような気がします)。

3. 最後に

 豊洲市場の地下空洞の汚染水について考察しました。改めて調べてみると、土壌汚染は深刻なものではないという印象です。

 但し、本来、豊洲市場の設備は、地下水が汚染されていることを想定して作られているものであり、そのための対策がなされるべきです。しかし、実際には、最も汚染され、最も対策を講じなければならない施設の直下が、(合理的な理由と正当な手続きなしに)汚染対策されていないということが最も大きな問題なのでしょう。

 次から次へと隠された事実が発覚するなど、不祥事におけるリスクマネジメントとして最低最悪な対応をしている東京都を叩くことはスカッとするし、犯人探しはワイドショー的にも面白いのですが、何千億円も費やしている設備で多くの市場関係者に影響を与える問題なので、冷静な対応も必要ではないかと思います。

 よりよい解決を祈願します。

(2016/9/24)

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