時事随想

時事随想

ニュースや新聞を見て、想ったことを綴った随想・論説集

【内部留保課税】二重課税=ダメ?

二重課税=ダメ?

 内部留保課税に関連し、「二重課税だからダメ」という意見*1を散見するが、本当に「二重課税=ダメ」なのだろうか。

 合理性に欠け、公平公正でない二重課税がダメなだけで、単純に「二重課税=ダメ」というわけではないと筆者は考える。

 確かに、二つの国から所得税が課せられる国際的二重課税などは二重課税がダメな典型例として分かりやすい。生命保険金における相続税と所得税の二重課税の問題も分かりにくいが、理解はできる*2

二重課税の定義として、以下の例がある。

二重課税(Double Taxation)は、「二重税」や「重複課税」とも呼ばれ、同一の課税物件(同一の納税者や取引・事実)に対して、同一または同種の租税が重複して課税されることをいいます。
二重課税とは|金融知識ガイド

 この定義であれば、所得税と住民税の所得割は、同一の課税物件である所得に課される二つの同種の税であるので、二重課税ではないだろうか?その昔、高額所得者の所得税率が75%という時代があったが、高額所得者だからと25%以上の住民税を課すことになれば、著しく理不尽な事態が発生する。まさに、二重課税の弊害である。

 しかしながら、住民税は「二重課税であるからダメ」という意見は聞いたことがない。これは、所得税と住民税は合理性がある課税体系であると認知され、受け入れられているからである。

 利益剰余金に課税する内部留保課税についても、法人税と二重課税であるという理由では、直ちにダメということは言えないだろう*3

内部留保課税は、そもそも二重課税?

 また、利益剰余金に対するフロー課税とストック課税の両方を徴収することを考えたとき、これは、二重課税となるのであろうか?ここで、利益剰余金に対するフロー課税とは、利益剰余金の増分に課す税(実質的には法人税)であり、ストック課税は利益剰余金の保有に課す税、所謂、内部留保税である。

 先に挙げた二重課税の定義を採用した場合、フロー課税とストック課税が同種と見做せば二重課税、同種と見做さなければ二重課税ではない。フロー課税とストック課税は同種の種類の課税だろうか、別種の課税だろうか?

 自動車を何台もストックする場合を考えると、ストックの増分(取得)に対しては自動車取得税が課せられる。また、ストックの保有に対しては、自動車税が課せられる。「自動車取得税と消費税は二重課税」という指摘や、「自動車税と自動車重量税は二重課税」という指摘はあるが、自動車取得税と自動車税が二重課税という指摘は聞いたことがない。フロー課税とストック課税は、別種の課税と考えられているからではなかろうか?

 同様に不動産については、フロー段階で不動産取得税、ストック段階で固定資産税が課せられる。この二つも、一般的には二重課税という指摘を受けることはない*4

 これらの例が二重課税でなく、フロー課税とストック課税は別種の課税と考えられるのであれば、内部留保課税は二重課税ではないと帰結できる。

 いずれにせよ、フロー課税とストック課税が二重課税であるか否かは実は問題ではなく、問題は課税体系の合理性であり、公平公正であるかという点であろう。

(2017/10/24)

関連記事

*1:
産経ニュース,「希望の党公約の内部留保課税は「二重課税」 麻生太郎財務相」, 2017/10/6.
週刊ダイヤモンド編集部,「小池新党「内部留保課税」を課税推進派の財務省さえ見放す理由」, DIAMOND online, 2017/10/17.

*2:
「二重課税」, ウィキペディア.
河野敏鑑, 「相続税と所得税の二重課税が与える波紋」, 2010/7/15.

*3: 例えば、国内法人は、法人税と内部留保税の両方を支払う必要があり、国内で活動する海外法人は、法人税のみでよいということが発生するのであれば、「公平性に欠く課税のため、内部留保課税はダメ」ということは理解できる。しかし、仮に国内法人だけの競争環境であれば、法人税と内部留保課税の徴収が二重課税であっても、直ちにダメとはならないのではないか。

*4:筆者は税制の専門家でないので、詳しいことは分からないが、フロー税(流通税)とストック税(資産税)の考え方については、租税論としては、いろいろ考え方があるらしい。石村耕治, 「二重課税とは何か」, 獨協法学第94号(2014年8月).

民進党のリベラル派が新党を作る必要はあるのか?

 お騒がせな小池劇場ですね。ちょっと一言を言いたくなって、久しぶりにブログを書いています。

 前原民進党では、全員一緒に小池新党・希望の党に合流しましょうと、両院議員総会で全会一致で決議しました。

 小池氏は、小池新党に全員合流するという民進党の方針を受け入れず、リベラル派を排除するとのこと。これはこれで、保守党を作るという小池氏としては当然の意思表明でしょう。

 さて、前原氏のいう通りの全員一緒での参加ができず、小池新党から排除されるメンバがでてくるというのならば、

  • 衆議院議員・公認候補は、全員、民進党を離党する。
  • 民進党を離党した上で、全員一致で小池新党に入党する。

という両院議員総会の決議は反故・リセットしてもよいのでしょう。

 さて、小池新党に参加しない・小池新党から排除される民進党議員は、新党を作るとか、無所属で立候補するというような報道がされていますが、なぜ、そのような話がでてくるか、不思議です。

 単に、民進党を離党せず、そのまま民進党で立候補すればよいのではないでしょうか?できれば、民進党をリベラル的な立場の党として、もともとの党名である民主党に戻して、リベラル派の党として再定義すればよいでしょう。

 リベラル民主党は、嘗ての社会党のような道を歩む可能性も高いですが、このまま、タカ派の保守2党で、リベラル派がいない日本となるのはいかがなものでしょうか。


(蛇足1:選挙予測)

  • 選挙としては、リベラル民主党は共産党他と選挙協力をして、保守2党(自民党・小池新党+維新)とリベラル派の三極で選挙を戦う。
  • 選挙結果は、自公で過半数確保、小池新党の大躍進(旧民進党との比較でも増加)、リベラル派はそこそこ(リベラル民主党は大幅減、共産党の増、その他は変わらず)といったような結果?
    小池新党の純増分の大部分は、自民党の議席を奪い取った形(リベラル民主党は、小さすぎるので奪い取っても大した数にならない)
  • いまのままで、リベラル派の議員が無所属で立候補すれば、比例復活がなくなるので、ごく一部を除いて落選。リベラル派は全部合わせても40議席も得られず、数パーセント(30議席ぐらい?)

(蛇足2: 選挙後の保守勢力)

  • 自公・維新・小池新党が保守。民進党の隠れ保守・ノンポリな人たちが、小池新党で保守転向するので、衆院全体としては9割超が保守となるのでしょう。
  • 公明党が保守かといわれると、ちょっと違うと思うけど、現状では自民党の補完勢力なので、保守扱いです。

(蛇足2:資金)

  • 民進党の資金は、どこに移すのが良いのでしょかね。リベラル派と小池派に分党をしてからならば、資金も素直に分割すればよいのでしょう。
  • しかし、慌てて、集団離党してしまうと、どこに所属するのやら。いまのところ、資金も持っていくようですが、小池派が離党した後で、資金を持っていくことは可能?
  • 一人残る前原氏が調整に当たるというのは、約束を守らず、民進党を実質解体し、リベラル派を排除した、前原氏を党首から解任・除名するということもありそうです。資金はそのまま民進党(リベラル派+参議院議員)にプールされるという筋書きです。

(蛇足3)

  • 蛇足2の筋書きがあるので、民進党所属で希望の党からの立候補という話があったのでしょうかね?

(蛇足4)

  • リベラル派民主党と小池派に分かれると、地方組織や連合はどうなるのやら。選挙結果を受けて、勝ち組(小池新党)につくのでしょうか。

(17/10/1)

予想は大外れし、ドタバタ劇の末、安倍大勝、小池完敗、枝野健闘となりました。結果を見てからの判断ではあるけど、立憲民主党の創設は正しかったようです。選挙後は、与党・共産党を除く勢力が4極(立民・民進・希望・無所属)となりました。立民ができない場合は3極(民進・希望・無所属)で、無所属も民進に戻る道がありましたが、立民では合流しにくい人も多い。4極がリベラル系・保守系の2極に収斂するには時間が掛かりそうです。希望の党は、小池さんがいなくなれば、無所属の保守系の人たちも多少は合流しやすくなるでしょう(どちらも、ほとんど、元民進党だし。逆に元民進党だから理念ではなく、確執のため再合流しにくいという可能性も大ですが)。

(17/10/24)

【NHK】ワンセグ携帯に受信契約の必要あり?ー水戸地裁判決ー

1. 水戸地裁の判決:「携帯」は「設置」に含まれる

ワンセグ付携帯電話についてNHKとの受信契約が必要があるかどうか、水戸地裁で新たな司法判断が下されました*1

2016年8月のさいたま地裁の判決では、受信契約の必要はないということでしたが、今回は必要ありとの判決です。

争点は、基本的には、さいたま地裁の場合と同様で、放送法64条1項の「設置」に「携帯」が含まれるか否かでした。

放送法64条1項では、「協会の放送を受信できる受信設備を設置した者」はNHKと受信契約することを義務付けていますが、「携帯」もこの「設置」に該当するか否かということです。

さいたま地裁の判決では「設置」には「携帯」は含まれないとして、受信契約の必要性はないとの判断でしたが、水戸地裁では、「携帯」の概念も含まれるという解釈で、受信契約の必要はあるという判決でした。

判決理由で河田泰常裁判長は64条の「設置」は「放送を受信することのできる受信設備を使用できる状態におくことをいう」と指摘。「一般的にいう『携帯』の概念をも包含すると解するのが相当」として、男性の主張を退けた。(日経新聞)

2. 判決のポイント

ワンセグ裁判については、さいたま地裁判決の際に記事にまとめましたが、この中で逆転敗訴の可能性について言及しました。

 今回の判決はNHK敗訴でしたが、判決文を読む限りでは、今後のワンセグ裁判で、NHK勝訴となる可能性もありそうです。

 争点となりそうなポイントは、法解釈の安定性です。

●一般的な法解釈として、「設置」の概念に、「携帯」を含むと解釈できること。
●放送法のH21/H22改正で「携帯」の用語が導入されたが、それ以前の放送法64条に基づく放送受信規約では、長年、携帯用受信機も含まれ、ポータブルテレビの時代から契約対象と解釈されていたこと。
●総務大臣及び総務省も、携帯用受信機(ポータブルテレビ・ワンセグ携帯)を受信契約の対象と解釈してきたこと。

 法解釈は安定的であるべきという観点からすれば、H21/H22改正で、放送法2条14号に「携帯」の用語が導入されても、従来通り放送法64条の「設置」の概念には「携帯」が含まれると解釈すべき、という考えもあると思います。
引用:【NHK】ワンセグ携帯で受信契約は必要か?-ワンセグ受信料裁判- - 時事随想

 判決文は手元にありませんが、立花氏の動画*2を見る限りでは、以下のポイントで判決がなされているようです。

  • 「設置」に「移動体」なども含まれる法律もあり、「設置」に「携帯」が含まれるか否かは、一般用語として判断すべきではなく、法律の成立経緯や主旨などを考慮して判断されるべきである。
  • 昭和25年(1950年)放送法制定当時に既に携帯ラジオが存在していたが、「設置」の用語が使われていること。
    放送法の「設置」は戦前の無線電信法に使われている「施設」の置き換えであるが、無線電信法では携帯無線機についても「施設」として取り扱っているため、「設置」には「携帯」の概念が含まれると考えられる。また、放送法制定時の参議院における質疑からも携帯機器を含むことは明らかである。
  • H21/H22の法改正で「携帯」の用語が導入されたが、第64条1項の「設置」については議論されておらず、「設置」が「携帯」を含んだ概念のまま継続していると考えられる。
     (筆者注:H21/H22年法改正で「携帯」の用語が導入された第2条14号は、所謂マルチメディア放送のための条項。マルチメディア放送としては、NOTTVが有名。)

 個人的な感想としては、さいたま地裁の判決よりは、水戸地裁の判決の方が論理的に整合性が取れているように思います。さいたま地裁の判決は、H21/H22の法改正(第2条14号)で「携帯」の用語が導入され、「携帯」と「設置」が区別されたので、(自動的に)第64条1項の「設置」の概念から「携帯」の概念がなくなるという解釈かと思いますが、少し無理があるようです。

3. 今後

 ワンセグ裁判は、これ以外にもいくつもあるようですが、今回の水戸地裁判決がスタンダードな判決になるのではないかと予想しています。

 ワンセグ携帯のテレビは、携帯電話のオマケ機能です。テレビ視聴が目的の地デジ放送と同じ料金体系というのは、納得感がありません(そもそも、NHKを見ない人には、地デジだろうがワンセグだろうがそもそも納得感はありませんが)。放送法の改正でワンセグ携帯の取扱いを明示する、NHK放送受信規約で安い受信料を設定する、ラジオと同様に受信契約免除とするなど、ワンセグ携帯のようなオマケテレビに対する対策は必要ではないでしょうか。

 現行のNHK受信規約が世帯という概念で受信契約が規定されています。テレビや端末を複数所有したり、世帯の在り方も変わっているので、契約単位は世帯単位から視聴端末単位の契約に変更する必要があると思っています。そうすれば、携帯端末単位の課金やB-CASカード単位の課金が可能となります。携帯電話の場合は、NHK受信機能をONにした場合には、受信料を電話料金と一緒に徴収するという仕組みにすれば、変で怖い人たちと顔を合わせなくて済みます(笑)。
 全世帯の契約について一斉に変更することは難しいと思いますが、端末単位の課金は、ワンセグ携帯には導入しやすい制度でしょう。

関連記事

(2017/6/14)

【NHK】ネット同時配信で受信料はどうなるの?

1. NHKのネット同時配信に関する各社報道

 12月26日開催の総務省「第14回放送を巡る諸課題に関する検討会」を受けて、NHKのネット同時配信について新聞各紙で報道されています。

 議事要旨・配布資料が現時点ではアップロードされていないので、詳細は不明ですが、今回の検討会は、民放キー局からのヒアリングで、12月13日のNHKと民放連・新聞協会に引き続くものです。新聞報道の概要をまとめると、以下の通りです。

  • 放送法は、NHKがネットで番組を24時間配信する「常時の同時配信」を認めておらず、実施には法改正が必要(読売)
  • イタリアの事例、テレビ設置の申告制・罰則導入案(産経)
  • ネット視聴の場合の受信料(産経)
  • 民放は批判的な意見(朝日, 読売, 時事) (民放各社の意見は付録参照)

 NHKは、東京オリンピックに向けて2019年までに同時配信を常時化したい意向ですが、民放各社は慎重というか、積極的には進めたくないといった印象です。

  • 注:ネット配信するのは、サービス開始時点では地上波のみ。衛星放送はスポーツ中継が多く放送権の確保等が必要なため、現時点では実施できる環境にはない(12月13日の有識者会議のNHK資料)。

2. ネット配信で受信料はどうなるの?

 一般の視聴者として気になるのは、産経ニュースが報じているように受信料のことですね。以下では、有識者会議の過去の資料に基づいて説明したいと思います。

2.1 受信料の義務化はどうなる?

 産経ニュースが報道しているイタリア公共放送の事例は、テレビ設置状況を申告制にして、申告なき場合にはテレビ設置ありと見なし、電力料金と合わせて受信料を徴収するというものです。また、申告に虚偽があった場合には罰則を科します。詳細については、既に12月13日の検討会で資料が提出されていますので、引用します。

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出典:NHK, 「放送を巡る諸課題に関する検討会議(第13回) ヒアリングご説明資料資料」, 資料13-2, 2016/12/13.


 この資料を見る限りでは、産経ニュースの「NHKが提示した案」というほどの具体性はなく、海外事例紹介の位置づけに留まります。但し、NHKとしては、現状の「受信契約の義務」よりも強い拘束力で受信料支払の義務化をするように法改正をして欲しいという要望を持っています。

 引越したら、NHKの受信料支払から逃れられるということが昔はあったそうですが、資料の13ページを見ると、今は、住民票を取り寄せて、新住所を追跡しているようです。

2.2 スマホ・パソコンの所持で受信料支払の義務はある?

 今のところ、NHKとしてはスマホ・パソコンを持っているだけで、受信料を取るということは考えていないようです(資料の8ページ)。

  • (a)「「適切な負担」については、NHKのテレビ放送の常時同時配信を実際に「視聴しうる環境」を作った人に負担をお願いするのが適当と考える」
  • (b)「単にパソコン・スマートフォン等のネット接続機器を持っているだけで負担をお願いする、ということは考えていない」
  • (c)「テレビを持ち、すでに受信契約を結んでいただいている世帯の構成員には、追加負担なしで常時同時配信をご利用いただくのが妥当と考える」

(a)については、検討会の質疑応答で、NHKは以下のように説明しています。

Q. 「視聴環境を作った人」というのはどういう意味か?
A. パソコンやスマホなどのネット接続機器を持っているだけであり、放送受信のためにもっているわけではないような方にまで負担を求めることは想定していないという意味である。どのような技術的手段をとるのかは検討していないが、ネット上でのなんらかの手続を経た方にのみ負担いただくことを考えている。
出典:放送を巡る諸課題に関する検討会(第13回)議事要旨, 2016/12/13.

2.3 同時配信コストをどうやって調達する?

 まず、(a)のネット配信利用者が負担するという条件を除いて考えると、以下のような資金調達になるでしょう。

 (c)のように追加負担(受信料の値上げ)がないとすれば、増収、つまり、受信契約の増加がないと、ランニングコストの年間数十億円~100億円(資料の9ページ)が支払えないということになります。年間100億円の費用回収が必要とすれば、現状の受信料が月1,260円として逆算すると、約66万件の新規受信契約が必要となります。

  • 必要な新規受信契約 = 100億円÷(1,260円×12) = 約66万件

 2015年度から2017年度までの経営計画によれば、年間61万件の契約数の増加を計画しているので、達成できそうな数値です。また、衛星契約は2,230円程度なので、66万件よりも少ない新規契約でも大丈夫そうです。

2.4 同時配信には、受信料支払義務の強化が必須

 しかし、(a)のネット配信利用者の負担と(c)の追加負担なし(値上げなし)を同時に成り立たせるとなると話は変わってきます。

 (a)によれば、「視聴しうる環境」を作った場合(ネット利用申請した場合)、同時配信コストを負担するため、ネット利用しない人との受信料の差額(ネット利用料)が発生します。一方、(c)によれば、既契約者では追加負担なしでネット利用できるとのことです。従って、ネット利用しないのであれば、既契約者であったとしてもネット利用料を支払う必要はないので、ネット利用料分の受信料を値下げする必要があります。

 つまり、ネット利用者は現状の受信料、ネットを利用しない人には、受信料を値下げしなければなりません。この値下げのための原資には、以下に示すように受信契約を増やす必要があります。

 ネット利用料で同時配信のコスト(100億円)を賄うので、

  • ネット利用料 = 100億円/ネット利用者数

となります。例えば、1000万件のネット契約で年1,000円(月額約83円)の利用料となります。ネット利用料分だけ既契約者の受信料値下げをするとなると、既存契約を約4000万世帯として年1,000円の値下げに必要な原資は400億円、新規契約数換算で260万件の新規契約が必要となります。

 月額83円ならば、とりあえず契約しておくといった世帯も多いと思いますが、約1000万世帯のネット契約が必要で、厳しい目標ではないかと思います。月額166円で500万世帯のネット契約であれば、達成できそうな数字ですが、今度は月額166円の値下げ原資(新規契約換算で520万件)が必要となります。

 受信料の義務化を強化し、現状の契約率80%を契約率90%強に増加すれば、520万件の新規契約は達成できるので、値下げ原資の確保もできます。このため、(a)と(c)を両立させるためには、支払義務の強化が必須と考えられます。

  • 注1:上記の計算には、世帯数や同時配信コスト等が推定値であることの他に、計算モデルにも近似が入っていますので、あくまで概算です。
  • 注2:既存の契約者を全てネット利用者にできれば、前節で説明した66万件程度の新規契約で済みます。(c)を深読みすると、「(利用しないことを申請をしなければ)既存の契約者はすべてネット利用者と見なす」という意味なのかもしれません。

3. まとめ

 有識者会議の現状の議論から分かることは、以下の通りです。

  • NHKは2019年までに常時同時配信を実施したい。そのため、放送法の改正が必要。
  • 同時配信は、NHK受信契約者のみにサービスするのであって、パソコン・スマホを持っているだけで課金するわけではない。
  • ネット配信に掛かる費用は新規契約の増加によって賄うと思われる。
    • NHKの主張通りに、ネット利用者に配信コストを負担させつつ、既存の受信契約者に追加負担をさせないためには、大幅な新規契約が必要で、受信料支払の義務化が必須。

 NHKはリオオリンピックでも同時配信を試験的に行っていますが*1、東京オリンピックの際には、常時化して実運用したいということです。オリンピックまでに実現するか否かは微妙なところで、法改正・システム開発等の問題からリオに引き続き東京でも試験的な位置づけになると個人的には思っています。

(2016/12/27)

付録:民放各社の意見

 報道されている12月26日の有識者会議での民放のコメントは以下の通りです。

  • 多額の投資が必要な配信システム作りのためNHKと民放が共同で進めるべき。
  • ネット配信で広告収入増は見通せない。
  • 民業圧迫。
  • 民放連(木村信哉専務理事)
    • 「NHKは独占的な受信料収入で運営されており、民放への目配りは欠かせない。NHKが業務拡大を続けることにならないようにしなければならない」
  • 日本テレビ(石沢顕常務執行役員)
    • 「強固な財務基盤のNHKに対し、民放はコストを最小限に抑える必要がある」
  • テレビ朝日(藤ノ木正哉専務)
    • 「多額のコストを回収するビジネスモデルに見通しが立たない」
    • 「ローカル局には視聴率の低下などの影響がでるのでは」
  • フジテレビ(大多亮常務)
    • 「テレビの将来のため(同時配信に)チャレンジしなければ(と考えている)」
    • 「民放は受信料を使えるNHKのように赤字を垂れ流せない」
    • 「(配信の)プラットフォーム構築をNHKと民放が一緒にやっていくべきだ」
    • 「ニーズがあるのかという意見もある」
    • 「NHKが先行してルールを決めることを危惧している」
  • テレビ東京
    • 「事業的に成り立つほどニーズがあると判断していない」


働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (8) 税額シミュレータ

 配偶者控除の適用範囲の拡大が自民党・公明党の2017年度与党税制改正大綱*1にて決定しました。内容は表1となっています。また、2016年度の配偶者控除・配偶者特別控除を表2にまとめます。

 複雑なので、税額シミュレータを作ってみました。


■■■ 税額シミュレーション(2017) ■■■

夫の給与所得  社会保険料  その他の控除
妻の給与所得  社会保険料  その他の控除
単位(円)

A. 給与
0円
0円
B. 所得額 (=A-給与所得控除)
0円
0円
C. 配偶者控除額
0円
0円
D. 配偶者控除後の所得額 (=B-C)
0円
0円
E. 基礎・社保料控除後の所得額 (=D-(基礎+社保料))
0円
0円
F. 課税対象所得額 (=E-その他の控除,千円未満切捨)
0円
0円
G. 課税額 (=F×税率)
0円
0円

※:所得額Bは、給与所得控除額(2017)の計算式で算出しているため、所得税法の給与額控除後の金額表の正式値と若干異なる。
※:配偶者控除は、夫・妻のうち、給与額が高い方から控除する。
※:基礎控除額は、38万円。
※:税率は、国税庁のホームページを参照。

表1. 配偶者控除・配偶者特別控除の早見表(2017年度与党税制改正大綱版)。
世帯主の合計所得(給与所得)
900万円以下
(~1120万円)
900万円超950万円以下
(1120万円~1170万円)
950万円超1000万円以下
(1170万円~1220万円)
配偶者の
合計所得
(給与所得)
38万円以下
(~103万円以下)
382613
38万円超85万円以下
(103万円~150万円以下)
382613
85万円超90万円以下
(150万円~155万円以下)
362412
90万円超95万円以下
(155万円~160万円以下)
312111
95万円超100万円以下
(160万円~166.8万円未満)
26189
100万円超105万円以下
(166.8万円~175.2万円未満)
21147
105万円超110万円以下
(175.2万円~183.2万円未満)
16116
110万円超115万円以下
(183.2万円~190.4万円未満)
118 4
115万円超120万円以下
(190.4万円~197.2万円未満)
6 4 2
120万円超123万円以下
(197.2万円~201.6万円未満)
3 2 1
123万円超
(201.6万円~)
0 0 0
出典:与党税制改正大綱(2017), 年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表(所得税法,2016), 給与所得控除額(2017)より作成。世帯主の給与所得は2017改正(給与所得控除の上限額が230万円から220万円)を反映。


表2. 配偶者控除・配偶者特別控除の早見表(2016年度)。
配偶者の合計所得 (給与所得) 控除額
38万円以下 (~103万円以下) 38万円
38万円以上40万円未満(103万円~105万円未満)38万円
40万円以上45万円未満(105万円~110万円未満)36万円
45万円以上50万円未満(110万円~115万円未満)31万円
50万円以上55万円未満(115万円~120万円未満)26万円
55万円以上60万円未満(120万円~125万円未満)21万円
60万円以上65万円未満(125万円~130万円未満)16万円
65万円以上70万円未満(130万円~135万円未満)11万円
70万円以上75万円未満(135万円~140万円未満)6万円
75万円以上76万円未満(140万円~141万円未満)3万円
76万円以上 (141万円~) 0円
出典:国税庁ホームページ(配偶者控除, 配偶者特別控除)


もう少し改良して、2016年度との差を計算しようと思います。

(2016/12/11) 

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働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (7) 私案-給付付き移転的税額基礎控除

 今回は、給付付き税額控除と移転的基礎控除による税制改革についての私案を提案したいと思います。

6. 二重控除問題の解消による働き方に中立な税制

6.1 二重控除とは

 所得税における人的控除には、基礎控除、配偶者控除・配偶者特別控除、扶養控除、勤労学生控除、寡婦控除、寡夫控除、障害者控除などいろいろありますが、配偶者関連では次の三種類の控除がありますが、そのうち、次の2つの控除が非常に類似した控除の概念です。

  • 基礎控除:所得額に対して一律に適用できる控除。38万円。
  • 配偶者控除・扶養控除:配偶者・被扶養者の所得の合計所得金額(給与所得-65万円)に基礎控除を適用したときに0円以下となる場合(課税対象額がない場合)、世帯主所得に適用できる控除。38万円。
  • 配偶者特別控除:配偶者所得が課税対象となった後でも一定金額までなら、世帯主所得に適用できる控除。最大38万円。

 二重控除問題は、配偶者控除の制度の不完全さから発生します。図3.4(a)は配偶者の所得が増えたときの現行制度での世帯主所得に対する控除額、配偶者所得に対する控除額、世帯主と配偶者の控除額の合計を示しています。世帯主所得に対する控除額ばかりに目が行きがちですが、配偶者所得についても、所得額が0円以上(給与所得で65万円以上)で基礎控除が発生しています。世帯主所得に対する控除と配偶者所得に対する控除を合計すると、図6.1(a)の一番したに示すように、配偶者所得0円~76万円(給与所得65万円~141万円)で、二人分の基礎控除額の78万円分を超える部分がでてきます。この部分が控除の二重取りと言われる部分です。給与所得65万円~141万円のときにだけ、控除二重取りの優遇を与える制度となっています。

 選択肢B-1案では、配偶者控除に対する考え方により、例えば、次のような呼び方が考えられます。

 (1) 配偶者控除(38万円)
 (2) 扶養控除(38万円)
 (3) 基礎控除(38万円)

 (1)は従来の名称を継承する呼び名です。(2)は扶養控除も移転的控除の対象とし、所得制限も配偶者控除と同一とすることで、配偶者控除と扶養控除を統一した制度にし、その名称を扶養控除にする場合です。(3)は、(2)の移転的控除において、それぞれ各人が持つ控除を基礎的な人的控除と考えて、基礎控除と呼ぶ場合です。通常、移転的控除では、人的控除を基礎控除と考え、移転的基礎控除と呼ぶことが多いようです。

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図6.1 配偶者控除・配偶者特別控除における二重控除。

 (a)は現行制度、(b)は移転的基礎控除。(a)の二重控除に該当する部分は、配偶者の税率5%が適用されるため、最大で1.9万円と必ずしも税の負担軽減効果が高いわけではない。(b)は移転的基礎控除により、二重控除を行った場合であるが、税の負担軽減効果は、65万円から増加するため、現行制度から(b)の移転的基礎控除に移行した場合、65万円~141万円で増税となる。

6.2 移転的基礎控除による二重控除の解消(案B-1)

 二重控除を解消する方法としては、例えば、移転的基礎控除という控除を導入することで実現できます *1 *2。この制度では、図6.1(b)に示すように、配偶者控除・扶養者控除をなくして、世帯主・配偶者・扶養者に一律に38万円の基礎控除を与え、本人所得で控除できなかった基礎控除額を世帯主に移動できるようにする制度です。この場合の所得税の軽減額を図6.2に示します。所得控除では、所得が多いほど軽減効果が大きいため、配偶者の基礎控除が所得の低い配偶者、つまり、税の軽減効果が低い配偶者に移動するため、基礎控除による税の税負担額は減少します(支払う税金額は増加します)。これは、政府税調の今年9月15日の委員会で財務省が提示した選択肢B-1案です。

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図6.2. 移転的基礎控除を適用した場合の税負担の軽減額。

資料 *3 を参考に作成。政府税調の今年9月15日の委員会で、財務省が示した選択肢B-1案に相当する。配偶者特別控除(最大38万円)を廃止し、配偶者の基礎控除を非課税額の増加に伴い、税率の低い配偶者に移転するため、最大7.6万円の増税となる。

6.3 配偶者控除の拡大と移転的控除による二重控除の解消(案B-1')

 前節で述べた二重控除の解消方法(財務省が示した選択肢B-1案)では、配偶者控除(38万円)・配偶者特別控除(最大38万円)を廃止し、配偶者の基礎控除(38万円)を設け移転的控除を行うために、最大7.6万円の増税となります。

 これに対して、配偶者特別控除(最大38万円)を廃止し、配偶者控除の対象となる給与収入を103万円から141万円に拡大し、移転的控除を併用すれば、増税なしで二重控除の解消が可能です(以下、選択肢B-1'案という)。この移動は、配偶者の給与所得控除額の最低額を65万円から103万円に引き上げることで実現可能です(給与控除の下限は65万円に設定されているが、これを配偶者のみ103万円に引き上げる)。

 しかし、手取り額で考えると、図6.4に示すように給与控除の最低額を103万円にした場合、給与控除の拡大に伴う減税効果によって、従来基準の給与控除額が103万円となる額面給与約283万円までは、現行制度と比べて減税となります。給与控除の最低額を84万円に設定すると、給与85万~136万円までは増税、136万円~220万円で減税となります。

 配偶者の給与控除の額を引き上げることは、非配偶者・非給与所得者との格差を拡大するため、長期的には配偶者に特別な給与控除体系は適正化していくことが必要です。

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図6.3 配偶者控除の拡大と移転的控除を併用し、二重控除を解消した場合。


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図6.4 二重控除解消時の税額。

配偶者の課税額と世帯主の移転分控除の減額に伴う税の増額の和を表示。世帯主の課税率は20%。現行制度(赤)に比べて給与控除を従来通り65万円とした場合(紫)では、増税となるが、給与控除を引き上げることで、増税幅は減少し、103万円としたところで、すべて減税となる。

6.4 税額控除と移転的基礎控除を併用する場合(案B-2)

6.4.1 所得控除の問題点

 所得税では、所得に対して累進税率を適用しています。つまり、高所得な世帯ほど税負担が大きいものとなっています。この制度に所得控除を適用した場合、高所得な世帯ほど、控除による税の負担を軽減できます。

 前節の図6.3に示す所得控除の例では、配偶者収入65万円(あるいは、103万円)までは、世帯全体で15.2万円の税の控除はありますが、それ以降は、9.5万円まで低下します。同じ15.2万円の税控除を受けるためには、(世帯主と同じ税率である)税率20%となる給与水準まで、配偶者の所得を上げる必要があります(筆者の推計では、約585万円の給与収入が必要)。

 また、世帯主の収入の観点からみると、表6.1に示すように、税率が高い高収入な世帯ほど、配偶者収入に対する減額幅が大きく、最大で34.2万円の負担軽減となっていますが、配偶者の労働に伴い、負担軽減額は19.2万まで低減することになり、15.2万円の増税効果となって表れます。世帯主収入が655万円以下(財務省推計*4 )の課税率5%の場合では増税効果が表れないのに比べると、高所得者ほど労働意欲を削ぐ税制となっていることが分かります。

 図6.5は配偶者控除の適用率を表しています。この図に示すように、高収入になるほど配偶者控除を利用する割合が高くなっています。これは、高所得者ではそもそも配偶者は働かなくても構わないのに加えて、税制上も高収入なほど働くことを抑制する制度となっている影響も考えられます。

 逆に、低収入な世帯では、共働きにならざるを得ないため、年収600万円台以下で8割以上が配偶者控除の恩恵に浴することはできません。

表6.1 所得控除で38万円の配偶者控除を行った場合の税負担の軽減額。(単位は万円)
世帯主の適用税率 5% 10% 20% 23% 33% 40% 45%
世帯の税控除額 (配偶者収入103万円) 5.79.5 17.119.3826.9 32.336.1
世帯の税控除額 (配偶者収入141~約380万円)3.85.7 9.5 10.6414.4417.119.0

(世帯の税控除額(配偶者収入103万円)     = 38万円×2×(世帯主税率)+38万円×(配偶者税率:5%)
(世帯の税控除額(配偶者収入141~約380万円) = 38万円×1×(世帯主税率)+38万円×(配偶者税率:5%)

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図6.5 給与収入に対する配偶者控除適用率。

出典:財務省, 「税制調査会(基礎小委②)[所得税関係]」, 税制調査会 第2回基礎問題小委員会, 2014/5/23.
 図では、所得税率等の記載を追加。税率は、資料(財務省, 「財務省説明資料(所得税1)」, 第2回税制調査会, pp.49, 2016/9/15.)に基づき作成。

6.4.2 税額控除制度

 人的な基礎控除を導入する場合の考えとして、最低限の生活水準を保障するという観点からすれば、支払対象となる税金から控除する制度、つまり、税額控除という制度が馴染みます。最低限に必要な生活費から税金を差し引くことはしないということです。

 また、所得税控除による配偶者では、配偶者収入が多くなるほど、増税効果(税負担額軽減が低減する)が表れますが、税額控除の場合には、そのようなこともなくなり、働き方に中立な税制と言えます。

 このため、人的な基礎控除に対しては、所得控除ではなく、税額控除を適用し、さらに移転的基礎控除を用いることで、世帯としての一定の税負担の軽減を行う制度が移転的基礎控除です。この制度は、既にカナダ・デンマーク・アイスランドなど諸外国で導入されています。

 基礎控除額を一定にした場合、図6.6の上段に示すように支払う税金に直接一定額を減じることになるので、現行制度のような配偶者収入が低いときに控除額が減少することはありません。これは、政府税調が示した選択肢B-2案に相当するものです。

 図3.9の下段に基礎控除額を一人当たり7.6万円とした場合の税額控除を従来の所得控除に換算した控除額を示します。配偶者が低所得であるほど、所得控除が大きいという結果になりますが、これは適用税率が低いために、7.6万円となるために必要な控除額が多くなるためです。一方、高所得・高税率となるほど、控除額が低くなります。

 最大で152万円という控除額は、一見高額に見えますが、児童手当の給付額は、年額18万円(0~3才の場合、一人当たり月額1.5万円の給付)となるので*5の給付は、所得控除で換算で360万円の控除。さらに、住宅ローン減税の場合は、最大50万円の税額控除であるので*6、税率5%の場合で1000万円相当の所得控除に相当します。但し、住宅ローン減税は、税額控除で高額な控除額となっているので、実際に控除枠全部を使えるのは、少なくとも約463万円以上の所得がある場合だけです。住宅ローン減税については、5,000万円の住宅ローンを組める富裕層をそもそも税制で優遇する必要があるのかという疑問はあります。

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図6.6 定額の税額控除。

 他の扶養者控除等は、世帯主で控除することを想定。配偶者の税率は、給与所得控除と社会保険料(厚生年金・健康保険)のみを控除。社会保険料は、協会けんぽのデータを用いて40才未満で算出している。

6.4.3 最低賃金に基づいて基礎控除額の決めた場合

 生活保障の観点からすると、最低賃金と生活保護費が、基礎控除額を決めるための基準の一つとなりそうです。生活保護費も最低賃金もともに、最低限の生活を保障するためのものですが、勤労者を前提とするのであれば、最低賃金の方が基準としては適切と思われます。また、生活保護は支給条件や支給額が不規則であるため、取り扱いにくいということもあります。

 ここでは、最低賃金に基づいた基礎控除額について検討したいと思います。最低賃金には地域差がありますが、2016年度の全国平均額は、823円となっています*7。これに、法定労働時間の週40時間*8で1年間(52週)働いたとすると、年間で次の給与収入が得られます。

  • (最低賃金年収) = 40×52×823=171.18万円

基礎控除額を「最低賃金年収で課税額0となる金額」と定めると、次の金額が得られます(但し、社会保険料を考慮せず)。

  • (基礎控除額) = ( (最低賃金年収)-(給与控除) )×(最低税率)
           = (171.18万円-68.4万円)×5%
           = 5.14万円

 夫婦二人の基礎控除額は合計10.28万円となります。年収103万円で扶養控除を適用した場合、現行制度では、表3.7(b)に示すように税率10%までは減税、税率20%以上で増税となります。また、配偶者控除がなくなる141万円以上の配偶者所得の場合は、税率20%以下で減税、税率23%でほぼ同じ、税率33%以上の高収入世帯で増税となります。また、表には示していませんが、単身世帯の場合、税率10%以下で減税、税率20%以上で増税となります。

 ここで示したように最低賃金に基づき基礎控除額を決めた場合でも、現行制度から極端に異なる税額とはならないことが分かります。全体として、増税となるか、減税となるかは、不明ですが、恐らく、減税となるのではないかと思います。その場合には、給与控除を減額(適性化)することで、税源を確保するということも一案でしょう。給与控除額の調整は、配偶者控除を考慮せず、課税税率が最低賃金と同じ最低税率(5割以上の世帯)ならば、次式に示すように影響を受けません。

  • 税額 = ( (給与収入)-(給与控除) )×(適用税率)-( (最低賃金年収)-(給与控除) )×(最低税率)
       = ( (給与収入)-(最低賃金年収) )×(最低税率)

 実際には給与控除額は、必要経費として使うことはなくほぼ全額生活費に回せるという意味では、給与控除額を65万円から0円に減額して、3.4万円(=68.4-65)を必要経費とし、基礎控除額を計算するという考えもあります。

  • (基礎控除額) = (171.18-3.4)×5% = 8.39万円

 基礎控除額を上げると、一見減税になるように見えますが、給与控除額を減額した場合の増税効果が強く影響し、最低税率の場合を除き、前述の基礎控除額に比べて増税となります。表3.7(c)に試算結果をまとめました。給与控除額を一律に65万円削減した場合には、現行制度と比べて、低所得世帯を除き、ほとんどの税率区分で増税となります。但し、低所得世帯は、世帯数で言えば、半数を超えるので、その意味では過半数の世帯は減税となります。また、給与所得者ではない場合には、そもそも給与控除がないので、基礎控除の増額は減税に直結します。

 給与控除額を一律65万円減額する場合、給与控除額の減額による増税効果が大きく影響し、全体としては、増税になるのではないかと推測します。従って、給与所得控除額の増減によって、増税と減税を調整できるので、給与所得控除額をパラメータとして、全体で増減税のバランスをとることが可能となると考えられます。

表6.2 最低賃金から試算した基礎控除額に基づく増減税額。
(太字は現行制度と比べて減税となる場合)
世帯主の税率 5% 10% 20% 23% 33% 40% 45%
(a) 現行制度
 世帯の税控除額A (配偶者:給与103万円) 5.7 9.5 17.1 19.38 26.9 32.3 36.1
 世帯の税控除額B (配偶者;給与141万円以上) 3.8 5.7 9.5 10.64 14.44 17.1 19.0
(b) 最低賃金から試算した基礎控除額
  (給与控除額は現行のまま)
5.14
 世帯の税控除額C(=5.13×2) 10.2810.2810.28 10.28 10.28 10.28 10.28
 増減税額 (=C-A) (配偶者:給与103万円) 4.58 0.78 -6.82 -9.1 -16.62-22.02-25.82
 増減税額 (=C-B)(配偶者:給与141万円以上) 6.48 4.58 0.78 -0.36 -4.16 -6.82 -8.72
(c) 最低賃金から試算した基礎控除額
  (給与控除額を一律65万円削減)
8.39
 世帯の税控除額D (=8.39×2) 16.7816.7816.78 16.7816.7816.7816.78
 給与控除減による増税額P (世帯主分) 3.25 6.5 13.0 14.95 21.45 26.0 29.25
 給与控除減による増税額Q (配偶者分) 3.25 3.25 3.25 3.25 3.25 3.25 3.25
 E=世帯控除額D-(増税額P)-(増税額Q) 10.287.03 0.53 -1.42 -7.92 -12.47-15.72
 増減税額 (E-A) (配偶者:給与103万円) 4.58 -2.47-16.57-20.8 -34.82-44.77-51.82
 増減税額 (E-B) (配偶者:給与141万円以上) 6.48 1.33 -8.97 -12.06-22.36-29.57-34.72

※増減税額が正の場合は減税、負の場合は増税。
※給与控除減額による世帯主の課税税率の上昇については考慮していない。
※配偶者給与141万円以上は、141万円以上~税率5%の上限額(約380万円)まで。

6.5 給付付き税額控除と移転的基礎控除を併用する場合(案D)

6.5.1 給付付き税額控除とは

 給付付き税額控除は、最低限の生活保障という観点から、さらに保障を厚くする方法で、税額控除できなかった税額を納税者に給付するという制度です。例えば、無収入の場合には、基礎控除額全額を給付するというのが最も単純な方法となります。夫婦世帯の場合でも、最も単純な場合であれば、基本的に同じ仕組みなので、ここでは単身の場合について説明します。

 図6.7に給付付き税額控除のイメージ図を示します。ここでは、控除額bは一定額としています。税額yは、課税対象所得xと税率aを用いて、次式で決まります。

  税額  y=ax-b

 ここで、yが負となった場合、給付なしの税額控除であれば、y=0として税の支払がなくなり、非課税となります。

 給付付き税額控除では、納税者は、負の値(y)を納税する、つまり、正の値-yの給付を受けます。

 所得が0であれば、税額控除額bの全額の給付を受けることができます。働かずとも、給付金を貰えることになるため、資産制限を掛けるなどの措置が必要となると考えられるため、制度設計が単純ではなくなります。

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図6.7 給付付き税額控除。
税率はaで一定と仮定する(低収入の場合のみ影響するので、横軸の所得範囲は最低税率の範囲で、a=5%とします)。

6.5.2 最低賃金に基づいた給付付き税額控除の理論的導出

 以下では、最低賃金から導きだした、税額給付付き税額控除の制度について説明します。

 前節では、基礎控除額bを最低賃金Xから設定する方法を示しました。前節の検討では給与所得のみを控除対象としましたが、今回は、最低賃金年収に社会保険料などその他の控除も行った後の「最低賃金所得」に基づき検討したいと思います。(健康で文化的な最低限度の生活を営むために必要な最低賃金に基づく)理想的最低賃金年収X' (但し、X>Xとする)を考えると、理想的基礎控除額b'を以下のように定義します。

  理想的基礎控除額 b' = RX'    基礎控除額を理想的基礎控除額b'で設定した場合、税率aは最低税率Rとして、最低賃金年収Xにおける課税額yは、次式に示すように負の値となります。

  課税額 y = RX-b' = RX-(RX') = R(X-X')<0

 つまり、理想的最低賃金年収が最低賃金年収よりも大きい場合には、課税額は負の値となってしまいます。これは、実際に支払われる最低賃金が、本来あるべき理想的最低賃金よりも低いために発生します。給付の根拠を、「理想的最低賃金から設定された控除益を最低賃金で働く労働者にも付与する」と考えれば、分かりやすいのではないかと思います。

 この論理によれば、賃金が理想的最低賃金に達すれば、給付・課税が0となるように設定します。例えば、図6.8に示すように、賃金0から逓増するように控除額を設定するという制度が導かれます。所得が増えるにつれ徐々に給付額が増え、最低賃金となった場合に給付額が最大となり、理想的最低賃金に達したときに給付はなくなります。

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図6.8 理想的最低賃金に基づく給付付き税額控除。


 この論理によれば、法定の最低賃金Xが理想的な最低賃金X'以上となったとき、給付の根拠を失います。現在は、法定の最低賃金は理想的最低賃金に達していないのではないかと思いますので、給付付き税額控除は妥当であると考えられます。

 但し、この方法でも給付における条件を考える必要があるかもしれません。例えば、得られた賃金が最低賃金で一年間働いた場合と1日で最低賃金年収を稼いで後は悠々自適と暮らしてた場合の二つを同列に扱ってよいかという問題があります。同列に扱ってよいとすれば、話は簡単なのですが、これを区別しようとすると、賃金の内訳、つまり、時給単価と労働時間等に着目した制限を加える必要があります。

 低収入時において、控除額が徐々に増加するという枠組みの税額控除制度は、例えば、米国の勤労税額控除に見られます*9

 なお、これ以外の部分でさらに給付を加える場合は、この根拠とは別の政策的視点(例えば、児童控除、消費税負担軽減のための控除など)による根拠が必要です。

7. 最後に

 配偶者の「壁」や社会保障制度・税制について調べた結果をまとめ、問題を解決するための私案について検討しました。また、調べた範囲では良く分からなかった税額控除における控除額の基準設定や給付付き税額控除の理論的根拠について考察しました。筆者の結論としては、税制に関しては、最低賃金に基づいた給付付き税額控除の制度が、働き方に中立的な税制度として最も妥当な制度となるのではなかと思います。

 いろいろと調べていたら、結構、長い記事になってしまいましたが、また、いろいろと勉強になりました。

 調べた上で思うことは、今回、政府・与党で検討されている配偶者控除の適用範囲を拡大するという税制変更は、働き方に中立な制度から離れる税制改悪であり、改めて選挙対策の単なる減税としか感じられませんでした。

 このような政策ができてしまう背景には、政府・与党・野党など、税制度を検討するためのシステムそのものに問題があるのではないかと思います。各党は税制に関しては政策立案能力がなく、それを補完する外部組織とも連携していないようです。また、政府税調における議論は、事務方(財務省など)が作成した資料に「有識者」がコメントを付けるだけで、その場からは具体的・抜本的な税制改革は生まれる可能性は低いのではないかと思います。少なくとも「働き方に中立的な税制度」に関しては、政府税調のような場では、一つの案に絞るという政策的判断はできないのではないかと思います(逆に政治が介入し政策的判断を行えば、税制度として仕上げていくことはできるのかもしれません)。現状では、政府税調でそれまで行ってきた議論は無駄で、最終的には、与党が決めた方針を追認する機関に成り下がるのでしょう。

 税制度については、実行可能な具体的な制度案をいくつも出してきて、米国大統領選の予備選のように、振り落とし、さらに改良を加えていくというプロセスがあればよいのではないかと思いますが、過ぎた望みですかね。

(2016/12/8)

働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (6) 私案-その他の壁の撤廃

5. その他の「壁」の撤廃など

5.1 配偶者特別控除による「103万円の壁」の撤廃

 配偶者においては、既に配偶者特別控除によって、壁は事実上なくなっています*1。配偶者特別控除によって設定された5万円単位の段差に伴い、僅かな壁が残っているだけです。扶養者側の年収500万円で所得税率を20%とすれば、この壁の高さは、5万円×20%=10,000円と少額です。この差をなくすのであれば、段差をより細かくすることで、壁をなくすことができます。例えば、1万円単位に設定すれば、2000円の段差、1000円単位であれば200円、100円単位であれば20円、10円単位であれば2円です。最終的には1円単位にすれば、段差は完全になくなり、給与額面増に応じて、課税後の所得も増え、103万円の壁は完全になくなります。

 図5.1では、以下の計算式で配偶者特別控除額を設定した場合の現行制度と段差を完全に無くした場合を比較しました。年収100万円から145万円までの配偶者給与と、配偶者控除益を含む手取り給与(課税後の給与に配偶者控除を適用して得られる利益の和)の関係を示しています。世帯主側の所得税率は、5%、20%、33%の場合です。この図からも分かるように、現行では存在している僅かな段差も完全に消失させることができます。

(控除額)= 38万円          (~103万円)
     = 141万円 - (給与所得)   (103万円~141万円)
     = 0円           (141万円~)

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図5.1 配偶者特別控除の段差をなくすことで、103万円の壁は完全に除去される。


 この図からも分かるように、所得税率33%、つまり、世帯主給与水準が大きいほど、控除による減税効果は大きいので、段差は16,500円と多少ありますが、夫も妻も共に低所得者の場合には、ほとんど控除の恩恵を受けないので、現行制度で存在する段差も2,500円と非常に低くなっています。

 この例では、全て増税になるように段差をなくしていますが、計算式を少し修正することで、全体としては増減税なしとすることは容易に可能です。

 政府・与党が提案する103万円を150万円に引き上げる施策は、対象となる約300万世帯を単に減税し、1120万円以上の約100世帯に増税するというもので、「103万円の壁」の撤廃とは無関係です*2。もともと税制による「130万円壁」はほとんど存在せず、残るは多少の段差だけですが、これも、計算方法の微修正で容易になくすことができます。

5.2 配偶者手当による「10?万円の壁」

 配偶者手当による「10?万円の壁」は、事業主が支給している配偶者手当によって発生しています。配偶者手当の基準額が103万円となっていることが多いため「103万円の壁」となる場合が多いですが、130万円であったり、140万円であったりといろいろあります。この壁の撤廃については、事業主へお願いするしかなく、1.1.2節で述べたように政府が行っているように経済団体等を介して、要請するしかないのかもしれません。

 なお、厚生労働省では、「配偶者手当の在り方の検討」と題し、配偶者手当の廃止の際の手引き等を示しています。

 働く意欲のあるすべての人がその能力を十分に発揮できる社会の形成が必要となっている中、パートタイム労働で働く配偶者の就業調整につながる配偶者手当(配偶者の収入要件がある配偶者手当)については、配偶者の働き方に中立的な制度となるよう見直しを進める事が望まれています。
 「女性の活躍促進に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会」を平成27年12月に設置し、平成28年3月にかけて3回開催し取りまとめた報告書や、見直しを行う場合の留意点をまとめた資料等を紹介しています。
出典:厚生労働省, 「配偶者手当の在り方の検討」.

5.3 給与所得控除の適性化による壁の移動

 ここでは、「103万円の壁」一挙に「58万円の壁」に移動する方法について示します。それは、給与所得控除額を下げることです。

 不公平な税として特に目につくのは、給与所得控除です。あり得ない数字が必要経費として控除されます。個人事業者など真面目に納税している場合に比較すると、異常な優遇制度です。

表5.1 給与所得控除。
給与収入 給与所得控除額 控除額の範囲
180万円以下 収入金額×40%
(65万円に満たない場合には65万円)
65万円~72万円
180万円~360万円 収入金額×30%+18万円 72万円~126万円
360万円~660万円 収入金額×20%+54万円 126万円~186万円
660万円~1,000万円 収入金額×20%+54万円 186万円~220万円
1,000万円~1,200万円収入金額×20%+54万円 220万円~230万円
1,200万円~ 230万円(上限) 230万

出典:国税庁, 「No. 1410 給与所得控除」.

 給与所得者に認めている、あり得ない必要経費を適正化することを考えましょう。いろいろなケースがあると思いますが、実際に必要経費と計上できそうなものを、ざっと挙げてみます。

  • 給与所得者の特定支出控除に挙げられた項目
    • 通勤費、転居費、研修費、資格取得費、帰宅旅費、図書費、衣服費、交際費等
  • 通勤のための自動車代(税務署がOKするか不明)
    • 自動車代、ガソリン代、高速料金など
  • 在宅勤務での必要経費
    • パソコン代、電気代、電話代、フロア代、空調設備費
  • 電話代
  • 文具代

 交通費は会社持ちで、パート・アルバイトをやっているのであれば、経費が年間10万円も行くとは思えません。また、サラリーマンでも、ほとんどのケースで20万円以内で収まるのではないかと思います。あるとしたら、実際には必要経費とは認められないような交際費などを積み上げて脱税するといった場合でしょうか。いくらの金額が給与所得控除として適当かは議論があるかと思いますが、例えば、給与収入額によらず、例えば、一律20万円でいいのではないかと思います。必要経費が20万円を超える場合には、確定申告を行って調整すればよいでしょう。

 同時に、家事労働者等の必要経費の特例で認めている65万円の必要経費なども、同様に20万円に減額します。

 給与所得控除(見なし必要経費)を現状の65万円から20万円に減額すると、103万円の壁は、58万円の壁と大幅に移動します。それとともに、増税となります。 給与103万円で110.6万円の収入から、100.75万円の収入になるので、9.85万円の増税です。また、世帯主も、500万円の場合で26.8万円の増税で36.65万円の大増税となります。全体としては数兆円の大幅増税になるのではないかと思います。

 大増税によって得られる税収を減税に回すのか、育児・介護に回すのか等は、いろいろ議論の余地はあるでしょうね。

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図5.2 給与控除を20万円にした場合。

配偶者控除なしは、給与所得控除65万円の場合。給与収入96万円以上は、配偶者特別控除も適用されないため、二重控除は解消される。配偶者控除から外れる給与範囲では所得税率は5%なので、給与所得控除45万円の減額の影響は、45万円×5%=2.25万円の増税にとどまる。赤線は、現行制度(給与控除65万円)で配偶者控除が適用できない場合。

(2016/12/8)

働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (5) 私案-見える化による健保の壁の撤廃

 本章からは、働き方に中立な税制改革と社会保障制度の抜本改革についての私案を提案したいと思います。まず、本章では、社会保険料による壁の撤廃を「見える化」によって撤廃する方法について述べます。

4.3 健康保険による「130万円の壁」

 健康保険についても、年金と同様に「見える化」によって壁を少なくすることができます。但し、健康保険や国民健康保険の保険料は、事業主・地方自治体で様々なので、その点を考慮して「見える化」していく必要があります。

4.3.1 健康保険・国民健康保険の制度の違い

 健康保険や国民健康保険の場合、健康保険組合や自治体の違いによって保険料制度が異なるために、保険料が統一されていません。また、会社の健康保険等と国民健康保険では、次の点が大きく異なります。

  • 健康保険の場合には、扶養者数によらず、被保険者の標準報酬月額で保険料が決まり、国民健康保険では、加入者の人数とその収入の総額によって決まります。

 健康保険も、国民健康保険も、同じ制度・同じ保険料率に一元化するように制度を再設計すれば、その際に、扶養者から外れる際の障壁をなくすような仕組みを導入することは(誰が得する・損するということを言わなければ)容易です。抜本な改革としては、そういうところまで踏み込むべきでしょうが、とりあえず、ここでは、その過渡的な段階として、扶養の適否によって生じるギャップを縮小する方法と残るギャップを縮小するための健保組合間の格差を縮小する方法について検討します。

 健康保険も、国民健康保険とのギャップが生じない程度に、被保険者の扶養する人数に応じた保険料設定を行うことで、年金と同様に「130万円の壁」を低くすることができます。健康保険・国民健康保険に関しては、受益者負担の観点もありますが、共助の観点もあり、扶養者に対する負担額(国民健康保険の「均等割」)をどの程度に設定するかなど議論の余地が大いにあるでしょう。

4.3.2 国民健康保険の保険料

   国民健康保険は各自自体毎、健康保険は健康保険組合毎で保険料が設定されている点も問題を複雑にしています。国民健康保険の保険料は、所得と表3.1に示す料率に基づき決められます。

表4.1 健康保険料の保険料率。
所得割(%)均等割(円/人)平等割(円) 資産割(%)
医療給付分 a1 a2 a3 a4
後期高齢者支援分 b1 b2 b3 b4
介護納付金分 c1 c2 c3 c4

 所得は給与所得130万円のみ、固定資産税0円、加入者1名の場合の計算方法を示します。

  • 医療給付分 = (総所得額等-基礎控除)×所得割
        = ( (給与所得(130万円)-給与所得控除(65万円) )-基礎控除(33万円) )×a1
         +加入者数(1名)×a2+a3+固定資産税(0円)×a4
        =32万円×a1+a2+a3

同様に、後期高齢者支援分、介護給付分も計算できます。

  • 後期高齢者支援分 = 32万円×b1+b2+b3
  • 介護納付金分   = 32万円×c1+c2+c3

 介護納金分は40才以上64才までの方が対象となります。資産割は、多くの自治体ではありませんが、資産割がある自治体もないわけではありません(筆者が住む自治体でも資産割があります)。所得割、均等割、平等割の金額の設定の仕方はまちまちです。同じ保険料になる場合でも、均等割や平等割が高いと低所得者に不利、平等割が高いと単身者に不利、資産割が高いと資産家に不利な税制となります。

 まずは、国民健康保険に130万円の給与収入で加入した場合の保険料を保険料が高いところ、低いところ、それ以外の適当なところについて調べてみました。表3.2にその結果を示します。

表4.2 自治体による健康保険料の違い。
小鹿野町瑞穂町町田市横浜市世田谷区長野市鳥取市広島市嬉野市
40才未満3,501 3,987 5,487 5,475 6,218 6,2707,5538,235 9,965
40才以上4,368 5,483 6,926 7,300 7,848 8,0609,41610,08811,840
※1カ月当たりの保険料(円)。40歳以上は、介護分を含む。小鹿野町には、別途資産割4.2%あり。


 資産割がある小鹿野町(埼玉県)を除いても、瑞穂町(東京都)と嬉野市(佐賀県)では2倍以上の差があります。それぞれの健康保険料率の内訳をみると、以下のようになります。

表4.3 瑞穂町と嬉野市の健康保険料率の違い。(→の前が瑞穂町、後が嬉野市)
医療給付分 所得割(%) 均等割(円/人年) 平等割(円/年)
医療給付分 4.86%→10.50% 22,000→26,100 0→38,600
後期高齢者支援分1.31%→2.4% 6,100→5,400 0→8,200
介護納付金分 1.55%→2.5% 13,000→9,400 0→5,100

 嬉野市の所得割と平等割の高さ、瑞穂町の安さが、保険料の大きな差となって表れているようです。瑞穂町は、病気をしないのか(老人・子供などが少ない)、住民の給与水準が高いのでしょうか、それとも横田基地がある影響でしょうか、いずれにせよ、全国的に見ても保険料が特に安いです。

・小鹿野町:「小鹿野町国民健康保険料税条例」, 2005/10/1.
・瑞穂町 :瑞穂町, 「国民健康保険税」, 2016.
・町田市 :国民健康保険税の税率等/町田市ホームページ
・横浜市 :横浜市, 「平成28年度横浜市国民健康保険料試算ページ」,2016/5/25
・世田谷区:世田谷区, 「保険料の計算方法」, 2016/4/1.
・長野市 :国民健康保険料の計算 - 長野市ホームページ
・鳥取市 :鳥取市公式ウェブサイト:平成28年度国民健康保険料について
・広島市 :広島市 - 保険料の賦課額・計算方法
・嬉野市 :嬉野市|国民健康保険

4.3.3 健康保険の保険料

 健康保険の保険料は、報酬月額に基づき決まります。500万円の給与収入があったときの保険料を保険組合毎に比較してみます。ボーナスなしで、月額500万円/12=41.6万円(27等級)であった場合の保険料(事業主負担額を含む総額)は、以下の通りです。

表4.4 健康保険における健康保険料。
日テレ南部銀テレ朝文科省神奈川県市町村職員パナソニック東京都職員 日本郵政大阪府市町村職員協会けんぽ道府県職員
健康保険料率(%)5.4 6.4 8 8.094 8.651 9 9.011259.58 10.32 9.96 12.046
介護保険料率(%)0.6 1.16 0.96 0.996 1.16 1.37 1.328 1.158 1.12 1.58 1.106
従業員負担率(%)40 32.8 37.5 50 49.705 39 50 50 50 50 50
40才以下 22,14026,24032,80033,18535,469 36,900 36,946 39,278 42,312 40,836 49,389
40才以上 24,60030,99636,73637,26940,225 42,517 42.390 44,024 46,904 47,314 58,458

*従業員負担率は健康保険料の負担率。介護保険の従業員負担率は50%。
・日テレ:日本テレビ放送網健康保険組合, 「保険料月額表」, 2016/3
・南部銀:南部銀行健康保険組合, 「標準報酬月額と保険料一覧表」, 2016/4.
・テレ朝:テレビ朝日健康保険組合, 「テレビ朝日健康保険組合保険料額」, 2016/4.
・文科省:文部科学省共済組合本部, 「平成28年度共済組合負担金率等について」, 2016/3/2.
・神奈川県市町村:神奈川県市町村共済組合, 「掛金(保険料)と負担金」.
・パナソニック:パナソニック健康保険組合, 「保険料について-標準報酬保険料月額表」, 2016/11現在.
・東京都 :東京都職員共済組合, 「財源率について」, 2015/4/1.
・日本郵政:日本郵政共済組合, 「標準報酬等級表(掛金等早見表)」, 2016/9/1.
・大阪府市町村:大阪府市町村職員共済組合, 「標準報酬等級表」.
・協会けんぽ:全国健康保険協会協会けんぽ, 「平成28年10月分(11月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表」(東京都), 2016/10.
・道府県職員(地方職員共済組合):
  ・短期掛金:地方職員共済組合, 「短期給付とは」, 2015/10.
  ・介護掛金:地方職員共済組合, 「~組合員とそのご家族のみなさまへ 平成28年4月から短期給付に係る制度が変わります~」, 2016/4.

 健康保険の料率が各健康組合・共済組合で大きく異なる要因には、加入者の家族構成・傷病率などがありますが、最大の要因は、加入者の給与水準ではないかと思います。仮に、家族構成・傷病率などが同じであれば、必要となる医療給付費等の総額(つまり、保険料総額)が等しくなりますが、次式に示すように、保険料率は給与水準が高ければ低くなります。

  • (保険料総額) = (医療給付費等の総額) = (給与総額)×(保険料率)
      ⇒ (保険料率) = (必要な医療費等の総額)/(給与総額)
    (給与総額が増えれば(給与水準が高ければ)、保険料率は下がる)

 給与水準が高い日本テレビや南部銀行などは保険料率が低く、中小企業の従業員が多く給与水準が低い協会けんぽでは健康保険料率が高くなっていることからも裏付けられます。

4.3.4 事業主負担率・従業員負担率について

 従業員負担率・事業主負担率は、健康保険法161条により、50%と決まっていますが、(厚生労働大臣の認可を受けることが必要な)健康保険組合の規約に定めた場合には、従業員負担率を減らすことができます(法162条)。健康保険料を含めた人件費を一定として事業主側の負担率を上げ、その分、従業員側の給与を減じた場合、事業主側での法人税負担は変わりません。また、従業員側の所得は減じられますが、多くなっても少なくなっても、もともと控除対象であるため、控除後の所得は変わらず、支払う所得税は変わりません。

 保険料を含めた人件費が一定のものとでは、単なる額面給与を変動させるだけなので、増減税はありません。但し、額面給与で徴収額を決めている厚生年金や健康保険の場合、徴収額の調整を行う必要があります(徴収後は、基本的には、支払額の増減はありません。標準報酬額は一定額に丸めているので、それに起因する微小な増減は残ります)。

 事業主負担を設定したり、その負担率を変動させることは、実際に支払っている健康保険料の額を分かりにくくするだけなので、すべて給与額面に反映させる方が「見える化」という観点からはよりよいでしょう。健康保険料の高さを認識することで、健康保険料に対する無駄をできるだけ少なくするように意識付けされるという点でもよいのではないかと思います。

4.3.5 被扶養者を考慮した健康保険制度の改正案

 これまで、健康保険制度の概要と各保険組合・共済組合・自治体における保険料を見てきました。ここでは、130万円の壁を減らすような健康保険制度の筆者の私案について、その概要を述べます。

 健康保険は基本的に被扶養者の数による保険料体系となっていないことがあるので、その点を考慮して料金体系を変更することと、「見える化」によって、大幅に壁を低くすることができます。概要は、以下の通りです。

  • 事業主負担をなくし、全額、従業員負担とする。
    • 事業主の人件費(給与と事業主健康保険料の和)を一定として、従業員負担額の増額分を事業主が全額補填する。従業員の額面給与が全体的に上がるため、その分を補正して、保険料率を再計算する。
    • 額面給与は増額するが、控除額も増額するため、課税対象となる所得は変わらない(増税とならない)。
  • 健康保険料に対して、被扶養者の保険料を考慮した保険料体系にする。
    • 子どもや高齢者の被扶養者については、共助の観点から、被扶養者として加算する保険料に含めず、従来通り、加入者全員で一律に負担する。
    • それ以外の被扶養者(例えば、20才~60才の被扶養者)については、給与130万円で国民健康保険に入ったときに必要となる保険料相当額を(定額で)保険料に上乗せする。
    • 被扶養者加算は、低所得で保険料が低い加入者に過大な負担となるための負担軽減措置を導入する。
      • 例えば、被扶養者がいる加入者において、被扶養者加算を含めた保険料が、被扶養者加算抜きの保険料(単身者の保険料)Ck倍(例えば、k=2)の額を超えた場合には、保険料kCをその額にする。
      • kの値を小さくすることで、より多くの低所得者を救済することになる。
      • 但し、k=1とすると、全員が救済されるので、単身者も被扶養者を持つ加入者も、現行と同じ負担額となる。扶養を反映させるためには、kは1よりも大きくする必要がある。
      • 被扶養者の保険料を上乗せすれば、全体の保険料総額も増えるので、増額分を全体の保険料引き下げに回し、リバランスする。
    • 各自治体の国民保険料には、相当の幅があるので、多くの場合、国民保険に入った方が割安とならない程度の額、例えば、月額5,000円(年60,000円)程度が設定の目安。介護分も加えるとすれば、月1,500円程度上乗せし、40才以上で月6,500円(年78,000円)とする。
    • 被扶養者抜きの保険料は安くなるので、被扶養者が一人(例えば、配偶者のみ)の場合の保険料は、現行より、そのまま5,000円増額されるわけではない。
      • 正確な試算には基礎データが必要だが、有配偶者率が7割前後であることを考えると、月3,000~4,000円程度の負担増で済むと思われる。

 配偶者が扶養から外れた場合の壁の高さは、(国民健康保険の保険料の新規負担分)-6万円(7.8万円)となり、これまでの壁を6万円(7.8万円)程度低くすることができます。どこの自治体に住んでいても壁の高さは従来の半分以下となります。

4.3.6 健康保険組合の間の格差を考慮した保険制度の改正案

 将来的な方向性としては、各医療保険(国保・健保など)で主に給与水準に伴うことに起因する保険料率の違いを平準化する枠組みを構築する必要があるのではないかと思います。後期高齢者支援金も、老人だけでは賄えない保険料を、他の医療保険で賄っているという意味では、保険料を平準化する枠組みです*1。その考えを保険組合毎の格差の平準化にも適用しましょうということです。

 例えば、次のような統合スキームを考えればよいのではないかと思います。

  • 全組合の保険料をプールする全体組合を作る。
  • 全体組合は、全組合の全加入者に応じて、標準料率を決定する。
    • 標準料率を全加入者に適用することにより、必要となる医療給費の総額が得られる。
    • また、医療給付費の総額は、全保険組合の医療給付費の総額から求められる(扶養を考慮した場合には、加入者数と被扶養者数の総数が必要)。
  • 各保険組合は、標準料率を用いたときの加入者の保険料の総額Xを算出する。また、加入者のために必要となる医療給付費等の総額Yを算出する。
  • 次の額を全体組合に授受する(Zが正で拠出、負で受取)。
    • Z = (X - Y)×α
    • Zを授受をした後に、各保険組合で必要となる保険料総額Wから保険料率を再計算する。
      • 必要となる保険料総額 W =Y+Z = Y+(X-Y)×α = (1-α)Y + αX
      • 式の形式から明らかなように、上式は、XとYをαで内挿したものとなる。
        • α=1.0で、全組合の全加入者が同じ標準料率が適用される。
        • α=0.0で、現状のままの保険料率が適用される。
        • 例えば、α=0.5とすれば、標準料率と組合単位の料率を半々を加味したものとなる。
        • 将来的に、α=1.0とする(全体を一つの組合に統合する)か、それ以外で、保険組合の自由度を残すかは、議論が必要。
  • 影響
    • 料率が低い保険組合の加入者(≒給与水準が高い加入者)は、料率が高くなる(値上げとなる)。
    • 料率が高い保険組合の加入者(≒給与水準が低い加入者)は、料率が低くなる(値下げとなる)。

 まずは、国保と健保・共済では、保険料の計算方法が随分と異なるので、健保・共済で一つの全体組合、各自治体の国保で一つの全体組合という形にするのでしょう。しかし、協会けんぽでさえ、地域差*2を付けているので、格差を平準化するというのは、相当な時間、議論を要する問題なのかもしれません。

 格差をつけるというのは受益者負担(コスト負担)を平等にするというの考え方で、格差なしは共助を中心とする考え方です。年金は受益者負担に重きをおき、健康保険については共助を中心とした考えに重きを置くということでよいのではないかと個人的には思います。

 国民健康保険において、自治体格差を縮小すれば、企業の健保組合における被扶養者分の保険料を値上げして(単身者等は値下げ)、壁の高さにより近づけることができますので、さらに壁を低くできます。

(2016/12/8)

働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (4) 私案-見える化による年金の壁の撤廃

 本章からは、働き方に中立な税制改革と社会保障制度の抜本改革についての私案を提案したいと思います。まず、本章では、社会保険料による壁の撤廃を「見える化」によって撤廃する方法について述べます。

4. 「見える化」による社会保険料の壁の撤廃

4.1 「見える化」による壁の撤廃

 本章では、見える化によって、社会保険料によって作られた壁を撤廃する方法について提案します。

 配偶者の年収が130万円以上になると、社会保険料を配偶者が負担することになります。年金は、国民年金第3号被保険者となる条件を満たさなくなり、配偶者自ら国民年金第1号被保険者として、国民年金に加入する必要があります。同様に、健康保険も世帯主の会社の健康保険の被扶養者でなくなり、国民健康保険に加入しなければなりません。同様に、106万円以上の収入などの条件を満たし厚生年金に加入する場合にも、自ら保険料を負担する必要があります。

 年収が130万円以上(あるいは106万円以上)となれば、国民年金・国民健康保険の保険料を自ら負担することになるために、国民年金・国民健康保険の社会保険料を差し引いた後の手取り収入が減ることになります。このため、年収130万円未満となるように就労調整が行われると言われています。

 しかし、被扶養者のときに配偶者分の社会保険料を負担していなかったとしても、誰かがその費用を負担しているわけです。その費用負担の制度は、年金・健保でそれぞれ異なりますが、被扶養者である場合であっても、結局は、巡り巡って、その費用は労働者(世帯主)が負担しています。この巡り巡って負担している費用を見える化(可視化)して、さらに受益と費用負担を一致させることができれば、壁を完全に無くすことができます。

 このような「見える化」の視点から年金・健保の制度を見直してみると、社会保険料によって出来上がってしまった壁を撤廃したり、小さくすることが可能となります。

 次節以降では、年金と健康保険による壁の撤廃について検討します。

4.2 年金による「130万円の壁」

 年金保険料で発生する「130万円の壁」の撤廃については、納得性が高い方法によって実現することできます。

 単純ですが、厚生年金(及び共済年金)の保険料体系を国民年金第3号被保険者の保険料を「見える化」するように改定することです。このためには、次の二つを行えばよいです。

  • 事業主負担をなくし、保険料の全額を従業員が負担する。
  • 従業員の配偶者の負担額を見える化する。

4.2.1 事業主負担をなくし、保険料の全額を従業員が負担する

事業主負担率を変更した場合の影響

 事業主負担を変更した場合、厚生年金の加入義務の有無の境界にいる従業員に対しては、例えば、次のような影響があると思われます。

  • 事業主負担率を100%とした場合、厚生年金の対象者(例えば、106万円給与)の労働者と、厚生年金の非対象者(例えば、105万円給与)の二人の労働者がいた場合、厚生年金対象者を雇用するよりも、非対象者を雇用した方が人件費が安くなるため、従業員に就労制限を行う動機付けとなります(雇用に抑制的)。
     一方、105万円給与の国民年金第1号被保険者が106万円給与となれば、年金保険料の負担がなくなるため、厚生年金に加入する動機付けとなります(労働に促進的)。
     国民年金第3号保険者の場合、105万円でも106万円でも保険料負担はないために労働に中立的となります。
  • 事業主負担率を0%とした場合、事業主は従業員の賃金が105万円でも106万円でも負担はないので、雇用に中立的です。一方、国民年金第1号被保険者は、厚生年金保険料が国民年金保険料と同額であれば労働に中立的、高ければ抑制的、低ければ、促進的に働きます。国民年金第3号被保険者は、新たに保険料負担が発生するので、抑制的に働きます。
  • 事業主負担率を50%とした場合、事業主は雇用に抑制的となります。国民年金第1号被保険者は、106万円給与であれば厚生年金の方が保険料が安くなるため、促進的となります。国民年金第3号被保険者の場合は、負担が増えるため、働き方に抑制的です。

 この関係を表4.1にまとめます。この中で、事業主・国民年金第1号被保険者・国民年金第3号被保険者にとって、中立的あるいはほぼ中立的な制度を設計できるのは、事業主負担を0%とした場合だけです。中立な制度設計については、次節以降に説明します。

表4.1 事業主負担率による労働・雇用に対する中立性。
事業主負担率 100% 50% 0%
事業主 雇用を抑制雇用を抑制 雇用に中立
国民年金第1号被保険者労働を促進労働を促進 保険料に依存(中立・抑制・促進)
国民年金第3号被保険者労働に中立労働を抑制 労働を抑制

事業主負担率0%への移行、事業主負担分は給与に反映

 事業主は、現在、事業主負担分として支払っている保険料を従業員給与に反映し、従業員は増えた給与から全額の保険料を支払います。

 給与明細の額面給与は増えますが、保険料は給与から天引きされるので、結局、手元に入るお金は変わりません。また、社会保険料は全額控除できますので、課税対象所得も変わりません。

 事業主側の人件費も変更ありません(たぶん)。

 年金における事業主負担の意義を筆者はそもそもよく理解できていないので、間違えがあるかもしれません。事業主負担と従業員負担の問題については以下の文献がありましたので、興味のある方は、ご参照ください。
 ● 酒井正, 「事業主負担と被保険者負担」, 日本労働研究雑誌, No. 657, pp.76-77, 2015/4.
 文献では、社会保険料として年金と健康保険料を区別せずに説明していますが、年金の場合には実質的に二つの制度(国民年金と厚生年金)しかなく事業者が直接的に関与できないのに対して、健康保険の場合は、実質的に事業主が運営する健康保険組合があるために、事業者責任を負わせるという考えがあります(例えば、従業員の健康を保つようにすれば、事業主が負担する健康保険料も安くなるため、事業主として健康増進に努める)。このため、同じ社会保険料であっても、その影響は異なる場合があります。健康保険制度における事業主負担については、次の文献がありますので、ご参考まで。
 ● 国会図書館,「社会保険料の事業主負担」, 調査と情報, No. 652, 2009/10/27.
 ● 健康保険組合連合会,「健康保険制度における事業主の役割に関する調査研究報告書」, 2011/3.(概要) (全文)

移行時の影響

 既に雇用している場合には、既存の人件費の付け替えだけです。しかし、新規雇用する場合、従来と同じような額面賃金で従業員を募集する場合がでてくると思われます。つまり、実質賃下げです。長期的に見れば、賃下げは補正されると思いますが、移行時の賃下げをさせないようにする必要があるかもしれません。また、経済状況がよいタイミング、つまり、求人倍率が高い状態で、移行することも必要かもしれません。

 細かい影響としては、額面給与で判断していた年金保険料・健康保険料等は、額面給与の変動に合わせて改定する必要があります。最低賃金なども改定する必要があるでしょう。

4.2.2 配偶者の負担額を見える化する

従業員の保険料は3階建て

 配偶者(国民年金第3号被保険者)の保険料は、厚生年金(あるいは共済年金)が負担しています。この負担額が国民年金第3号被保険者の配偶者がいる従業員とそうでない従業員で均等割りされているために、配偶者が国民年金第3号被保険者から別の年金(国民年金や配偶者が勤める会社の厚生年金)の加入者となったときに、配偶者自らが保険料を支払うようになるため、新たな負担が発生しているように見えてしまいます。

 この問題に対しては、見える化が有効です。

  • まず、従業員は、従業員自身の国民年金第2号被保険者の保険料を支払います。
  • また、第3号被保険者の配偶者がいる従業員は、加えて配偶者の第3号被保険者の保険料を支払います。
  • 加えて、厚生年金の上乗せ分の保険料を支払います。

 つまり、保険料の内訳明細としては、「第2号被保険者の保険料」、「第3号被保険者の保険料」、「上乗せ分の保険料」と3つの構成となります。第3号被保険者の配偶者がいない場合には、当然のことながら、「第3号被保険者の保険料」は支払う必要はありません。

配偶者が第3号被保険者から外れた場合

 図4.1に示すように第3号被保険者の配偶者が加入資格を失った場合、配偶者自らが国民年金分の保険料を支払う必要がありますが、配偶者がパートや会社に就職する場合などは、国民年金第2号被保険者として会社経由で保険料を支払い、(自営業者やブロガー・個人投資家など)そうでない場合には国民年金第1号被保険者として直接日本年金機構に支払います。

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図4.1 厚生年金の見える化。

 このように配偶者の国民年金の保険料負担を「見える化」すれば、国民年金の保険料部分については、世帯主の会社経由で支払うか(第3号被保険者)、配偶者自身の会社経由で支払うか(第2号被保険者)、直接支払いか(第1号被保険者)だけの違いで、これまでの第3号被保険者は保険料を負担しなくて済むという優遇はなくします。

配偶者が第1号被保険者となる場合、壁は完全撤廃

 配偶者が第3号被保険者から第1号被保険者となる場合には、第1号被保険者でも第3号被保険者でも保険料は基本的には変わりませんので、世帯単位で見た場合にも年金の負担額は変わらず、働き方に中立となり、年金保険料による壁は完全になくなります。

 厳密には、第1号被保険者の国民年金は支払い方による値引きがあるため、僅かな保険料の差は発生します。

配偶者が第2号被保険者となる場合の保険料

新しい保険料率
 保険料内訳の「見える化」に伴って、厚生年金では保険料も改定する必要があります。

 ここでは、厚生年金保険料の総額は保ったまま、国民年金分の負担額を第3号被保険者がいる従業員にも付加するように料金改定します。その理論的な計算方法を示します。

 現行の制度で厚生年金保険料の支払総額Tは、従業員の給与総額をS、保険料率をRとして、以下の通りとなります(但し、単純化のため事業主負担は0%とし、給与は標準報酬に丸めるとする)。

 (厚生年金保険料の総額 T) = (従業員の給与総額S)×(保険料率R)
また、
 保険料率 R = \frac{\mbox{厚生年金保険料の総額}T}{\mbox{全従業員の給与総額}S}

 全従業員数をM、そのうち第3号被保険者の配偶者がいる従業員数をNとすると、第2号被保険者の配偶者数もNとなります。一人当たりの国民年金の保険料をKとして、厚生年金総額Tに占めるM名の第2号保険者とN名の第3号保険者の国民年金の総額は (M+N)K となります。「見える化」した制度での新しい保険料率をR'とすると、集めるべき厚生年金保険料の総額Tは変わらないので、以下の式が成り立ちます。

 (厚生年金保険料の総額T) = (従業員の給与総額S)×(新保険料率R')+(M+N)K

新しい保険料率R'は厚生年金の上乗せ分に対応した保険料率となります。また、新保険料率R'は、次式で示すように計算できます。

 新保険料率 R' = \frac{T-(M+N)K}{S} = \frac{T}{S}-\frac{(M+N)K}{S}=R-\frac{(M+N)K}{S}

 ここで、補正料率r=\frac{(M+N)K}{S}とおくと、

 新保険料率 R' = R-r

rは正の値なので、新保険料率R'は従来の保険料率Rよりも小さい料率となります。

各従業員の保険料
 この新保険料率R'を用いて、各従業員の厚生年金の保険料を計算することができます。第3号被保険者の配偶者がいない従業員の保険料をP、その給与をp、第3号被保険者配偶者がいる従業員の保険料をQ、その給与をqとすると、それぞれ、以下の通りとなります。

 第2号被保険者の配偶者がいない従業員の保険料 P = pR'+K
 第2号被保険者の配偶者がいる従業員の保険料  Q = qR'+2K

同じ給与(p=q)であれば、配偶者がいる従業員の保険料は、配偶者がいない場合に比較して配偶者の国民年金の分だけ多くなります。

従来との比較
   次に、従来の保険料と比較します。従来の保険料は給与がpであれば、pRとなります。また、従業員給与pを従業員給与の平均値Hとパラメータ\alphaを用いて、次にように表すとします。

 従業員給与    p = \alpha H
 従業員の平均給与 H = \frac{S}{M}

このとき、配偶者がいない場合の保険料と従来保険料との差額dは、次のようになります。

 差額 d = (pR'+K) -pR = p(R-r)+K-pR = -pr+K = -\alpha Hr +K

 H=\frac{S}{M}, r= \frac{(M+N)K}{S}を代入し、

  d= -\alpha \frac{S}{M}\frac{(M+N)K}{S} + K = -\frac{\alpha(M+N)}{M}K + K = \left(1-\frac{\alpha(M+N)}{M}\right)K

差額dが正で負担増、負で負担減となるので、

  • 負担増:  \alpha \lt \frac{M}{M+N}
  • 負担減:  \alpha \gt \frac{M}{M+N}
  • 増減なし:  \alpha = \frac{M}{M+N}

同様に、配偶者がいる場合の負担の増減は、以下のようになります。

  • 負担増:  \alpha \lt \frac{2M}{M+N}
  • 負担減:  \alpha \gt \frac{2M}{M+N}
  • 増減なし: \alpha = \frac{2M}{M+N}

 低所得者ほど、負担増となるのは、従来制度では低所得者の保険料を高所得者が支払っていた制度であったために発生する現象です。例えば、第3号被保険者を給与0円の従業員と考えると、従来制度は給与0円の従業員の国民年金保険料を他の従業員が肩代わりするように、所得の再分配(保険料の再分配)を行っていると見なせます。社会保険料を受益者負担の原則に則るとすれば、原則から外れた従来制度を適正化するために発生する負担増と考えることもできます。

2014年度の統計を用いた保険料額表の計算
 2014年度の統計を用いて、具体的に保険料額表を計算します。統計データは、次の資料の値を用いています。

 年金加入者数から、負担の増減がない\alphaを計算すると、以下となります。

  • 配偶者がいない場合
    • 負担の増減のない給与(年収):\alpha H = 0.81\times 4,361,575 = 3,543,999
    • 差額d d=(1-1.23\alpha)K (平均給与(\alpha=1)で、年42,217円の負担減)
    • 差額dの最大値(\alpha=0のとき): d=K=15,250\times12=183,000円(年額)
  • 配偶者がいる場合
    • 負担の増減のない給与(年収):\alpha H = 1.62\times 4,361,575 = 7,087,998
    • 差額d d=(2-1.23\alpha)K (平均給与(\alpha=1)で、年140,783円の負担増)
    • 差額dの最大値(\alpha=0のとき): d=2K=2\times15,250\times12=366,000円(年額)

 つまり、最大でも負担増は、国民年金の年金額Kの一人分か、あるいは、二人分です。また、\alpha=0とは無収入ということですが、それでも国民年金分の支払義務はあります(国民年金第1号被保険者と同一基準)。

また、補正料率rを計算すると、給与総額 Sは、 S = MHであるので、

  • 補正料率 r = \frac{(M+N)K}{S} = \frac{(4040+932)\times 15,250 \times 12}{4040\times 4,361,575} = 5.164\%
  • 新保険料率:12.310\%

新しい保険料率R'を用いて、新保険料と、その現行保険料との差額を計算した結果を表4.2、グラフ化した結果を図4.2に示します。

表4.2 新保険料の厚生年金保険料額表。 f:id:toranosuke_blog:20161224195827p:plain:w450

2014年9月の保険料率17.474%と新保険料率R'=12.310%、国民年金保険料K=15,250円に基づいて計算。事業主負担率は0%で計算しているが、労使折半とするのであれば、保険料を半額にすればよい。

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図4.2 新保険料の厚生年金保険料。

「壁」の高さの減少額
 「見える化」した新制度での第3号被保険者の配偶者がパート勤務などで給与wの第2号被保険者に変わる場合の保険料の世帯支払額の差額(壁の高さ)を現行制度でD、新制度でD'と表すと、以下となります。

  • 壁の高さ(旧制度) D  = 0 (世帯主減額分)  +wR (配偶者保険料)  = wR
  • 壁の高さ(新制度) D' = -K (世帯主減額分)  + (wR'+K) (配偶者保険料)  = wR'

従って、壁の高さの減少幅D''は、以下の通りとなります。

  • 壁の高さの減少幅 D'' = D' - D = wR'-wR = w(R-r-R) = -wr

標準報酬毎の壁の減少額を表4.3に示します。「106万円の壁」、「130万円の壁」それぞれの壁のところで見ると、

  • 106万円の壁(88,000円)の高さ(年額) :184,524円 ⇒ 129,996円 (減少額54,528円)
  • 130万円の壁(110,000円)の高さ(年額):230,652円 ⇒ 162,492円 (減少額68,160円)

労使折半すれば、約11万5000円の壁から約8万1000円の壁と、3万4千円ほど壁が低くなります。

表4.3 壁の減少額。
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最小の標準報酬のときに国民年金保険料と同額を支払う場合

 前述のモデルでは、給与0円で国民年金保険料Kを支払うモデルでしたが、図4.2に示すように最小の標準報酬8万8000円で国民年金保険料を支払うモデルで計算すると、配偶者がいない場合には保険料はすべての収入において減額することができます。

 前節と同様に計算すると、最低標準報酬をbとして、補正料率r''と新保険料率R''が計算できます。

  • 新保険料率  R'' = \frac{HMR-K(M+N)}{(H-b)M} = \frac{4,361,575\times\times4040\times0.17474-(4040+932)\times15,250\times12}{(4,361,575-88,000\times12)\times4040}=16.243\%
  • 配偶者がいない従業員の場合
    • 保険料 P = (p-b)R'' + K = (p - 88,000)\times0.16243 + 15,250
    • 収入によらず保険料は減額
  • 配偶者がいる従業員の場合
    • 保険料 Q = (q-b)R'' + 2K = (q - 88,000)\times0.16243 + 15,250\times2
    • 収入によらず保険料は増額
  • 壁の高さ
    • 壁の高さ(旧制度)  D=0 (世帯主減額分)+ wR (配偶者保険料) = wR
    • 壁の高さ(新制度)  D'' = -K (世帯主減額分)+(w-b)R''+K (配偶者保険料)

 2014年度の数値を用いて計算した結果を表4.4の(a)に新保険料額表、(b)に壁の高さを示します。このモデルで配偶者がいない場合には、新モデルでは標準報酬の最低額で国民年金の保険料、旧モデルではそれとほぼ同額となりますので、新モデルとの差はほとんどありません。一方、配偶者がいる場合には、配偶者の国民年金保険料を新たに負担するので、その分の負担増があり、その差額は、常に、国民年金の保険料(15,250円)となります。

 また、報酬の増加に対しては、旧モデルとので、負担は報酬の増加に応じて小さくなります。これは、旧保険料率が17.474%が新保険料率の16.243%よりも料率が高く、報酬が高い従業員がよりほど多く、配偶者の国民年金保険料を負担していたためです。

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(a)旧保険料と新保険料の比較
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(b) 106万円付近の拡大
図4.3 最小の標準報酬のときに国民年基本保険料と同額を支払う場合の保険料。


表4.4 壁の減少額最(小標準報酬のときに国民年金保険料と同額を支払う場合)。 f:id:toranosuke_blog:20161224200653p:plain:w500
(a) 保険料額表。
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(b) 壁の減少。

給付額のシミュレーション
 現行制度でも、「見える化」した制度でも、集めた厚生年金保険料の総額は変わりありませんので、給付は現行制度と同じとなります。但し、現行制度では、インフレ・予定利回り・運用利回り・人口構成、寿命の変化や国庫負担、支払減免、加給など様々な要因から決められているので、複雑です。

 受益者負担の原則に則った理想的なモデルで計算してみます。条件としては、給付は終身ではなく固定の給付期間、保険支払の期間は40年間とします。簡単に言えば、インフレ等のすべての要因を考慮せず、自分が40年掛けて積み立てた保険料を給付期間に年金として払い戻すという最も単純なモデルです。

 ここで、給付期間tを、例えば、国民年金保険の保険料と給付額から概算すると、表4.4のように10年程度で設定されています。給付期間が10年のときは、新保険料の4倍が給付されます(40年で貯めたお金を10年で消費するため)。65才からの給付であれば75才寿命でないと給付原資がなくなります。

表4.4 保険料と給付額の関係。
保険料A(月額)給付額B(年額)(A×12×40)/B
2014年度15,250 772,8009.47年
2015年度15,590 780,10010.00年
2016年度16,260 780,10010.08年

 しかし、平均寿命を考えると、現実的な設定ではありません。65才給付で85才までの20年間給付するとすれば、保険料の2倍が給付額となります。老齢基礎年金(国民年金部分の年金)は、現在、保険料の4倍程度の約6万5000円/月ですが、負担と給付を一致させるのであれば、年金額は半分程度の月額3万2500円でなければなりません。

 現在は、国庫から国民年金へ拠出されていますが、国庫といっても主な収入源は税金(と借金)しかありません。税金の大部分は所得税・法人税として現役世代が支払い、消費税も収入が多い現役世代が多くを支払っていることを考えると、持続可能な制度設計とは言えそうにありません。

 受益と負担を一致させるという条件で、保険料、支払期間、給付期間、給付額についていくつかのモデルケースを示します。

表4.5 支払と給付のモデルケース。
保険料A支払期間B 給付期間C 給付倍率D=B/C給付額E=A×D
ケース115,25040年間(20才~60才)10年間(65才~75才)4倍 61,000
ケース215,25040年間(20才~60才)20年間(65才~85才)2倍 30,500
ケース322,87540年間(20才~60才)20年間(65才~85才)2倍 45,750
ケース422,87545年間(20才~65才)20年間(65才~85才)2.25倍 51,469
ケース522,87545年間(20才~65才)15年間(70才~85才)3倍 68,625

 ケース5の保険料を1.5倍、支払期間を65才までに延長、70才からの支給開始ぐらいの制度改革が必要になりそうです。年金勘定の中でさえも所得の再配分をしないと低所得者は暮らしていくことは難しそうです。

 さらに、現行制度は現役世代が年金世代を支えるという制度となってしまっているので、少子化を考えれば、ケース5の場合でも大幅な原資不足となる時期がくると思われます。

 現実には、国民年金だけではなく、付加的な年金(あるいは貯蓄)をしなければならないことを考えると、現状では第3号被保険者も、付加的な年金制度に加入する必要があります。現状の付加的な公的年金としては、国民年金基金と確定拠出年金がありますが、国民年金第3号被保険者の場合、国民年金基金には加入できず、個人型拠出年金についても、拠出限度額が月額2.3万円と第1号被保険者の月額6.8万円に比べて低く抑えられています((厚生労働省, 「確定拠出年金の対象者・拠出限度額と他の年金制度への加入の関係」))。

(2016/12/8)

働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (3) 自民党・民進党・政府税調の見直し案

 今回の政府与党以外の配偶者控除に関連した制度の見直しの具体的な案について、改めて調べてみました。調べたのは自民党・民進党と民主党政権下の「社会保障と税の一体改革」です。また、安倍政権で復活した政府税制調査会の検討についても説明します。

3. 自民党・民進党・政府税調の制度の見直し案

3.1 民主党政権下の「社会保障と税の一体改革」

 野田内閣のもと、2012年2月17日に閣議決定された「社会保障・税一体改革大綱について」では、冒頭ページにて「社会保障・税一体改革大綱に盛り込まれた具体的な施策については、政府・与党それぞれが、連携・協力しつつ、その実現に取り組む。」としました。

 その後、2012年6月21日に民主党・自民党・公明党のもとで、「社会保障と税の一体改革」に関する合意、所謂、三党合意がなされましたが、「社会保障制度改革国民会議を設置し、その提案をもとに改革を進める」ことが確認されただけで、具体案はこの段階でも提案されていません。「社会保障制度国民会議」は、2013年8月6日に安倍首相に最終報告書*1を提出し、解散しましたが、さまざまな社会保障に関する論点・視点をまとめているもので、具体策については示されていません。

 その後、安倍内閣により事実上「三党合意」は破棄され*2、現在に至っています。

 野田内閣で成立させた社会保障制度改革推進法に基づき進められた「社会保障と税の一体改革」について、「社会保障制度改革推進会議」にて議論が継続されていますが、配偶者控除 ・扶養控除などの税制改革については議論されていないようです*3 (安倍政権で復活した政府税調で議論している)。「社会保障と税の一体改革」のホームページで安倍政権以降に公表されている主な資料である「社会保障・税の一体改革による社会保障の充実に係る実施スケジュール」でも、税制度については消費税値上げしか示されておらず、活動休止状態のようです。

3.2 自民党

 自民党のホームページを検索式「配偶者OR扶養 控除 site:jimin.jp」でGoogle検索すると、例えば、以下のような民主党政権の政策を批判するプロパガンダがほとんどで、政策らいしい政策を見つけることが困難です。

  • 「民主党による「子ども手当の創設で」実は、子供のいない世帯では必ず増税。配偶者控除・扶養控除や児童手当が廃止に。子どものいない、または高校生以上の子どもがいても専業主婦世帯では増税になります」(新聞広告)
  • 「児童手当、配偶者・扶養控除は廃止に」(知っておきたい民主党の政策(6), 2009/7/28.)

 第二次安倍政権以降(2012/12/26-2016/11/30)に制限すると、僅か10件の情報発信しかなく、ほとんど議論されていないことが窺えます。

  • 「配偶者控除や第三号被保険者制度など、女性の活躍促進に大きく関連する税・社会保障制度は、女性の生き方・働き方に中立的なものとなるよう本格的に見直します」(参議院選挙公約2016)
  • 「これらを踏まえ、個人所得課税について、効果的・効率的に子育てを支援する観点、働き方の選択に対して中立的な税制を構築する観点を含め、社会・経済の構造変化に対応するための各種控除や税率構造の一体的な見直しを丁寧に検討する」(自民党・公明党「平成27年度税制改正大綱」(2014/12/30))
    他の改正案は、すぐに法案にできるレベルの具体性がありますが、個人所得税に関しては、項目を挙げているだけです。
  • 「社会保障は、社会保険制度を基本とします。消費税は、全額、社会保障に使います」「税や社会保険料を負担する国民の立場に立って、生活保護法を抜本改正して不公平なバラマキを阻止し、公平な制度を作ります」(自民党政権公約, 2016参議院選挙)

 個人所得税について女性活躍のための観点を含めて検討する、としていますが、特に具体的な内容については、語られていません。

 そして、記者会見での質問に答える形で、自民党政調会長から、今回の見直し案に繋がる発言が初めてありました。 

  • 「税調のスケジュールは決まっているので、それに沿ってやっていくということになると思います。働き方に中立的な税制を作っていくことは、「働き方改革」の大きなテーマの一つです。ここで、最初の壁と言われているのが、パート労働者のいわゆる「103万円の壁」。これを除去する税制改正ということであり、税調の議論を経て、年末には結論を得たいと思っています。」(茂木政調会長記者会見(2016/10/6) )

 自民党内ではほとんど議論した形跡がなく、突然、現れたのが今回の見直し案となります。茂木政調会長の記者会見では、政府税調による結果を受けるとの意図の発言でありますが、茂木政調会長のフライング発言で、自民党は政府税調の議論は反映せず、今回の見直し案を持ち出しています*4*5

3.3 民進党

 民主党・民進党における所得税改正についての主たる主張は、「給付付き税額控除制度」の導入ですが、制度の中身の具体策については、公表されていません。

3.3.1 民主党マニフェスト(2009)

 民主党の2009年の衆議院選挙のマニフェストで「給付付き税額控除制度」を提案しています。

給付付き税額控除制度の導入  相対的に高所得者に有利な所得控除を整理し、必要な人に確実に支援ができる給付付き税額控除制度を導入します。  生活保護などの社会保障制度の見直しと合わせて、①基礎控除に替わり「低所得者に対する生活支援を行う給付付き税額控除」消費税の逆進性緩和対策として、基礎的な消費支出にかかる消費税相当額を一律に税額控除し、控除しきれない部分については給付をする「給付付き消費税額控除」就労への動機付けのため、就労時間の伸びに合わせて「給付付き税額控除」の額を増額させ、就労による収入以上に実収入が大きく伸びる形で「就労を促進する給付付き税額控除」――のいずれかの目的若しくはその組み合わせの形で導入することを検討します。ただし、不正還付・不正受給を防ぐためにも所得の正確な把握が必要であり、納税と社会保障給付に共通の番号制度の導入が前提となります。  なお、税額控除額全額を控除するだけの税額がなく、給付を受けることになる場合は、その給付額はまずは年金や医療等の社会保険料負担分と相殺することを検討します。
出典:民主党, 「第45回衆議院選挙 マニフェスト2009」, 2009.

3.3.2 民進党政策集(2016)

 また、民進党となった現在でも、主要政策の一つとして「給付付き税額控除」を提案しています。

所得税
● 所得再分配の観点、子育て等で負担の大きい給与所得者を支える観点などから、「所得控除から税額控除・給付付き税額控除・手当へ」の流れを進めます。
● その流れの中で、共稼ぎ世帯、ひとり親家庭の増加など世帯の態様の変化や家計の実質的な負担に配慮しつつ、配偶者控除も含め、人的控除全体の見直しを行います。
● 格差是正の観点から消費税の逆進性対策としての給付付き税額控除を早急に導入するとともに、子育て支援、ワーキングプア対策の視点を加味し給付付き税額控除の導入に向けた検討を行います。
出典:民進党政策集2016(税制)

中立的な税制の実現
● 共働き世帯の増加など社会の構造変化に対応し、男女共同参画社会に資する、性やライフスタイルに中立的な税制の実現に取り組みます。
● 年金の第3号被保険者の見直しを検討するとともに、共稼ぎ世帯、ひとり親家庭の増加など世帯の態様の変化や家計の実質的な負担に配慮しつつ、配偶者控除も含め、人的控除全体の見直しを行います。
出典:民進党政策集2016(内閣:男女共同参画・子ども)

3.3.3 国会審議中の「給付付き税額控除の導入」に関する法案

 第190回国会(現在開かれている国会)では、消費税増税の逆進性に伴う軽減措置として、軽減税率に代わり「給付付き税額控除」を行う法案を提出しています。

(給付付き税額控除の導入)
第四条 政府は、消費税の逆進性を緩和するため、次に掲げる方針に従って給付付き税額控除を導入するものとし、このために必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする。
 一 給付付き税額控除において所得税の額から控除する額は、居住者一人当たりの飲食料品の購入に要する費用の額に係る消費税の負担額として家計統計(統計法(平成十九年法律第五十三号)第二条第四項に規定する基幹統計である家計統計をいう。)における食料に係る消費支出の額(酒類及び外食に係るものを除く。)、消費税の収入見込額等を勘案して算定した額の十分の二に相当する額を基礎として計算するものとすること。この場合において、当該控除する額は居住者の所得の額の逓増に応じて逓減するように定めるとともに、一定以上の所得を有する者については給付付き税額控除における控除を行わないものとすること。
 二 給付付き税額控除に関する事務は、別に法律で定めるところにより内閣府の外局として置かれる歳入庁がつかさどるものとすること。
 三 消費税率の引上げと同時に、給付付き税額控除を導入するものとすること。
(消費税の軽減税率制度の廃止)
第五条 政府は、消費税の軽減税率制度を廃止するものとし、このために必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする。
出典:山尾志桜里他, 「消費税率の引上げの期日の延期及び給付付き税額控除の導入等に関する法律案」, 第190回国会提出, 衆法52号.

 この法案は基本法的な位置づけなのでしょうか。この法案を見る限りでは、給付付き税額控除が定義されておらず、控除額(あるいは額の計算方法)や「一定以上の所得」等も示されていないため、これだけでは実行不可能な法案となっています。民進党提案のため可決されることはありませんが、(財務省などの協力なしで)民進党だけでは実行可能性のあるより具体的な制度案を作成することが難しいということでしょうか。

3.4 安倍政権下での政府税制調査会

3.4.1 政府税制調査会における検討

 自民党では、具体的な制度設計については議論された痕跡はなく、実際の検討は、政府税制調査会(政府税調)、特に基礎問題小委員会で検討されています*6。安倍政権下での「働き方の選択に対して中立的な税制・社会保障制度」の改革のために、この基礎問題小委員会は、2014年4月14日に設置されました*7。政府税調の成果(及び他の社会保障制度改革)は、2016年6月2日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2016」の中に次のような形で反映されています。

(3)就業を希望する女性・高齢者の就業促進、非正規雇用労働者の待遇改善等
(略)
 女性が働きやすい税制・社会保障制度・配偶者手当等への見直しについては、働きたい人が働きやすい環境整備の実現に向けた具体的検討を進める。税制については、政府税制調査会が取りまとめたこれまでの論点整理※1を踏まえ、幅広く丁寧な国民的議論を進める。社会保障制度については、年金機能強化法による本年10 月からの大企業における被用者保険の適用拡大に加え、中小企業にも適用拡大の途を開くための制度的措置を講ずるとともに、施行状況、就労実態や企業への影響等を勘案して、更なる適用拡大に向けた検討を着実に進める。その際、就業調整を防ぎ、被用者保険の適用拡大を円滑に進める観点から、短時間労働者の賃金引上げや本人の希望を踏まえて働く時間を延ばすことを通じて、人材確保を図る事業主を支援するキャリアアップ助成金が十分に活用されるよう周知徹底するとともに、人手不足の状況などを注視し、必要に応じて充実・強化する。国家公務員の配偶者に係る扶養手当については、人事院に対し検討を要請しており、その検討結果を踏まえ、速やかに対処する。民間企業における配偶者手当についても、厚生労働省において取りまとめた「配偶者手当の在り方の検討に関し考慮すべき事項」※2について広く周知を図り、労使に対しその在り方の検討を促していく。
※1:「働き方の選択に対して中立的な税制の構築をはじめとする個人所得課税改革に関する論点整理(第一次レポート)」(平成26年11月7日政府税制調査会取りまとめ)及び「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する論点整理」(平成27年11月13日政府税制調査会取りまとめ)
※2:「配偶者手当の在り方の検討に関し考慮すべき事項」(平成28年5月9日付基発0509第1号)
出典:内閣府, 「経済財政運営と改革の基本方針2016 ~600兆円経済への道筋~」, 2016/6/2. PDF

 ここで、引用されている政府税調の二つの報告書が、現在公表されている諮問に対する報告書となっており、最新の報告書は「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告」として、2016年11月14日に発行されています。

 この中間報告書では、本来は二重控除問題の解消や配偶者控除に変わる新たな控除制度について政府税調で検討された議論に基づき、選択肢(A案~C案)が提示されるべきものと思われます。しかしながら、これまでの政府税調では全くと言ってよいほど議論されていなかった「配偶者控除の収入制限の引き上げ」案が突如として現れます。

 中間報告書発行時点では、既に、与党で収入制限の引き上げで意見調整が行われていたと思いますので、政府税調もそれに歩調を合わせて、中間報告書を作成したのではないかと推測できます。

(前略:筆者注:A~C案問題点の提示)
 なお、前述のとおり、配偶者控除に係る「103万円」という水準が企業の配偶者手当の支給基準として援用されていることなどが就業調整という喫緊の課題の一因ではないかとの指摘に 対応する観点から、配偶者控除について、税収中立の 考え方を踏まえつつ、配偶者の収入制限である「103万円」を引き上げることも一案との意見があった。

 この問題は、家族のあり方や働き方に関する国民の価値観に深く関わる問題でもあることから、国民的議論が十分に尽くされることを望みたい。
出典:税制調査会, 「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告」, 2016/11/14.

 このように、これまで議論してきた選択肢に課題があることを上げた上で、ほとんど議論されていなかった「配偶者控除の収入の引き上げ」についての記述が肯定的に加えられ、国民の議論に付すという形で締めくくられています。

 税調で議論された選択肢については後述しますが、働き方に中立な税制案である選択肢B-2は、それまでの税調議論では議論されていなかった実施の困難性が挙げられて、課題があるとされています。

 他方、個人単位課税を基本とする我が国の所得税制において世帯単位で税負担を捉える考え方を導入することをどう考えるか、多数の納税者について控除の移転が行われると考えられる中で配偶者の所得を適時・ 正確に把握して納税者本人に課税を行うことは実務上困難である、といった課題がある。

 しかしながら、実務上困難であるとしている理由が不明です。現状でも、夫婦が誰であるかという名寄せ(世帯統合)はできていると思います。不足している情報は、移転分の控除額だけでしょうか。例えば、一旦、夫婦両方の年末調整(必要に応じて確定申告)を行った後、税務当局により、名寄せ(世帯統合)を行い、移転分の控除額を確定させ、還付させます。いまでも、確定申告により、還付や追加の税支払を行っていますので、容易に実現できるでしょう。特にマイナンバーを活用すれば、効率的に実務が行えます。

 また、世帯単位の税負担を否定するのであれば、既に実施されている配偶者控除も世帯を前提とする世帯単位の概念を含んだ課税体系なので、否定する根拠としては弱いです。配偶者控除の適用範囲の拡大という結論を導くための理由付け以上の意味はないのではないかと思います。

3.4.2 政府税制調査会が中間報告で提示した選択肢

 政府税調で提示された案は、以下の資料で提示されています。

 図3.1にそれぞれの選択肢の概要を示します。

 選択肢Aは、配偶者控除を廃止・制限し、子育て支援を拡充する案です。そのうち選択肢A-1は、配偶者控除を完全に廃止、選択肢A-2は、高所得世帯に限定して廃止するものです。選択肢A-1では、これまで配偶者控除を受けていた世帯の負担が大幅に増加しますが、働き方には中立的です。選択肢A-2では配偶者控除の適用に世帯所得制限をかけますが、所得制限が掛からない大部分の世帯にとっては、働き方に中立的でない制度として残ります。

 選択肢Bは移転的基礎控除を導入し、二重控除問題を解消する案です。選択肢B-1は現行と同じ所得控除として導入する場合と、選択肢B-2は税額控除で導入する場合です。選択肢B-1では、現行で問題となる二重控除を解消しますが、現行制度の働き方に中立的でない制度はそのまま残ってしまいます。選択肢B-2は、税額控除することで、配偶者所得の所得に依存せず、控除額が一定となり、働き方にも中立的な税制度となります。

 選択肢Cは、配偶者控除を廃止し、「夫婦世帯」を対象に新しい制度を作るというものです。仮に図に示すように夫婦控除を所得制限なしに夫婦に与えるものであるとすれば、働き方には中立的です。但し、夫・妻ともに所得制限を掛けない配偶者控除と同じとなり、二重控除を認める制度となります。

 従って、働き方の中立性を保つという観点では、選択肢A-1と選択肢B-2、選択肢Cの三つが、選択肢として残ります。さらに、二重控除を解消するのであれば、選択肢Cは二重控除を認める制度であるため、選択肢A-1と選択肢B-2が残ります。


  • 選択肢A:配偶者控除の廃止・制限し、増税分を子育て支援を拡充する。
    • 選択肢A-1:配偶者控除の廃止する。
    • 選択肢A-2:配偶者控除に所得制限を設ける。
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選択肢A-1
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選択肢A-2

  • 選択肢B:移転的基礎控除の導入を導入し、二重控除問題を解消する。
    • 選択肢B-1:控除できない配偶者の基礎控除を、世帯主に移転する。
    • 選択肢B-2:税額控除のもとで、移転的基礎控除を導入する。
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選択肢B-1
二重控除は解消されるが、配偶者収入の増加こ伴い控除が減額され、働き方に中立的でない問題は解消されない。また、二重控除の恩恵を受けていた世帯が増税となる。

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選択肢B-2
基礎控除を税額控除化。配偶者収入によらず控除額が一定となり、働き方に中立となる。

  • 選択肢C:配偶者控除を廃止し、「夫婦世帯控除」を作る。
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選択肢C
夫婦世帯控除の詳細なし。仮に図の点線のように単純に夫婦控除を世帯主・配偶者の年収に依存せず控除枠を設定するのであれば、配偶者控除の年収制限を撤廃することと等しい(適用対象が大幅に拡大するので、配偶者控除の控除額は減額する必要がある)。
図3.1 政府税調の中間報告における選択肢。

3.5 まとめ

 自民党・民進党・政府税調などの税制の見直し案について調べました。

  • 民主党・民進党では、基本的には給付付き税額控除をこれまで提案し、法案も提出しています。
  • 安倍政権の「働き方に中立な税制」を検討するために、政府税調にて制度案が検討されました。
  • 自民党は、あまり議論されてこなった様子です。

 今回の配偶者控除の適用範囲の拡大という税制改正案はは、政府税調の議論とは特に関係なく、自民党と公明党の短期間の話し合いで決定されました。

 残念ながら、長期的展望に立った税制改革には程遠く、衆院解散・総選挙が噂される中での選挙対策案のように見えてしまいます。

(2016/12/8)

働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (2) 配偶者の壁

 第1章では、政府与党の配偶者控除の見直し案の新聞報道についてまとめました。今回は、女性の社会進出を妨げると言われている配偶者の「壁」について詳しく説明します。

2. 配偶者の「壁」

2.1 現状制度における主要な「壁」

 これまで、税制度・社会保険制度や会社の福利厚生制度では、配偶者への各種優遇制度を整えてきました。例えば、配偶者控除、配偶者特別控除、厚生年金の被扶養者適用(国民健康保険第3号被保険者)、健康保険の被扶養者適用、会社からの配偶者手当などがあります。しかし、これらの制度があるがために、配偶者収入が増えると、優遇策が適用されなくなり、逆に減収するということが発生します。優遇策が段々と適用されなくなるため、「103万円の壁」「106万円の壁」「130万円の壁」と呼ばれる様々な減収段階が発生します*1

 これらの配偶者の収入の増加に伴う減収のイメージ図を図2.1に示します。この図は、政府税調の検討資料から引用していますが、優先すべき課題としては、以下のものがあると筆者は考えています。

  • 年金・健保による130万円の壁
  • 年金・健保による106万円の壁(2016年10月からパート・アルバイトに適用)
  • 配偶者手当による10?万円の壁
     事業主の配偶者手当の支給基準により、「103万円の壁」,「130万円の壁」,「140万円の壁」など。

 税制に関しては、小さな壁があるだけで実質的にはほとんど「壁」は存在しません。このため、優先順位としては低くても構わないとは思いますが、税制は税制で配偶者控除・配偶者特別控除があるために発生する手取り効率の劣化を抑えることが課題となっています。

 これまでに、政府税調などでは、「配偶者控除・配偶者特別控除の廃止」「夫婦控除の導入」「税額控除の導入」「移転的基礎控除の導入」などが「働き方に中立的な税制」として議論されてきました。
 しかし、今回の与党案による税制改革は、これまでの議論とは無関係に、配偶者控除・配偶者特別控除の適用範囲を拡大し、手取り効率が悪くなる収入範囲を47万円シフトさせるというものでした。これにより、就労調整を行っていた範囲が緩和され、(税制上は)今よりも50万円程度収入を増やし易くなりますが、当初目指していた「働き方に中立な税制」とは程遠いものとなってしまいました。また、この与党案によって、第6章で説明する「二重控除」の適用範囲を拡大することになり、「二重控除問題」の解決はより難しくなります。

 以下では、配偶者控除制度による壁と社会保険料による壁について、詳しく説明します。

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図2.1. 配偶者の「壁」。

出典:税制調査会(2014年11月7日) 資料[総12-2] 「働き方の選択に対して中立な税制を中心とした所得税のあり方」(色付き部分は筆者の加筆)。

2.2 配偶者控除制度と103万円の壁

2.2.1 配偶者控除制度

 配偶者を優遇する制度としては、配偶者控除と配偶者特別控除があります。図1.1に示したように配偶者控除は、合計所得収入が38万円以下(給与収入で103万円以下)の場合に世帯主の給与から控除されるものです。また、配偶者特別控除は、合計所得収入が1000万円以下(給与収入で約1230万円以下)の場合に配偶者の収入に応じて段階的に控除額を減額する制度です。

 同様な制度に扶養者控除があり、その要件を比較すると、以下となります。

控除対象配偶者となる人の範囲
控除対象配偶者とは、その年の12月31日の現況で、次の四つの要件の全てに当てはまる人です。

(1) 民法の規定による配偶者であること(内縁関係の人は該当しません。)。
(2) 納税者と生計を一にしていること。
(3) 年間の合計所得金額が38万円以下であること。
 (給与のみの場合は給与収入が103万円以下)
(4) 青色申告者の事業専従者としてその年を通じて一度も給与の支払を受けていないこと又は白色申告者の事業専従者でないこと。
出典:国税庁, 「配偶者控除」, 2016/4/1現在法令等.
扶養親族の対象となる人の範囲
扶養親族とは、その年の12月31日(納税者が年の中途で死亡し又は出国する場合は、その死亡又は出国の時)の現況で、次の四つの要件の全てに当てはまる人です。
(注)出国とは、納税管理人の届出をしないで国内に住所及び居所を有しないこととなることをいいます。

(1) 配偶者以外の親族(6親等内の血族及び3親等内の姻族をいいます。)又は都道府県知事から養育を委託された児童(いわゆる里子)や市町村長から養護を委託された老人であること。
( (2)~(4)は配偶者控除と同一のため、省略)
出典:国税庁, 「扶養控除」, 2016/4/1現在法令等.

 配偶者控除と扶養控除の対象者の条件や、「一般の控除対象配偶者」(配偶者控除)、「一般の控除対象扶養親族」(扶養控除)で共に38万円で同一なので、配偶者控除は、実質的に扶養者控除と同じ制度といってよいでしょう。制度として別の名称がついているのは、過去の経緯によるものです。

 また、配偶者特別控除は、世帯主が1千万円以下であることを条件に配偶者所得が38万円~76万円(給与収入103万円~141万円)の場合に38万円から3万円まで段階的に減らした控除額を設定する制度です。

 配偶者控除と扶養者控除が同じ制度であるにも関わらず、別の名称となっているのには、過去の経緯があります。昭和36年までは配偶者は扶養控除の対象者として取り扱われて、配偶者控除の制度はありませんでした。昭和36年改正で配偶者を他の扶養者よりも優遇するために配偶者控除が設けられ、さらに昭和62年改正で、配偶者控除の適用がなくなったときの急激な収入低下を緩和するため配偶者特別控除の創設されました。その後、平成15年改正で合計所得金額が38万円以下の部分の優遇がなくなり、現在は、内容的には扶養者控除と同一の配偶者控除と、配偶者特別控除の優遇のみが残りました*2

2.2.2 103万円の壁

 配偶者控除の対象は「38万円以下」なのに、一般には「103万円以下」と言われるのは、所得(正確には、合計所得金額)と給与収入の違いによるものです。

 給与収入の場合、給与収入から必要経費(給与所得控除額)が差し引かれた残りが所得と考えます。給与所得控除額は、給与収入が大きくなると増額されますが、収入が低い場合(具体的には161.9万円以下の場合)には、一律に65万円が給与所得控除額となります。また、所得が負となっても、赤字になっているとは考えず、所得が0円であると見なします。

(2) 給与所得控除
 給与所得は、事業所得などのように必要経費を差し引くことができない代わりに所得税法で定めた給与所得控除額を給与等の収入金額から差し引きます。
出典:国税庁, 「給与所得」.

 例えば、給与収入が65万円以下であれば、所得は0円と考えます。また、給与収入が103万円であると、所得は38万円(=103万円-65万円)となります。このため、給与収入が103万円を超えると、所得が38万円を超えるために、配偶者控除の対象から外れます。これが、103万円の壁と言われる所以です。

 但し、103万円の壁は配偶者所得が給与収入のみの場合であって、そうでない場合、例えば、ブログや外国為替証拠金取引(FX)などで収入を得ている人の場合、実際に掛かった必要経費を除いた後の収入が所得となるため、38万円を超えると、配偶者控除の適用はなくなります。必要経費が0円であれば、「38万円の壁」となります。

 配偶者特別控除が適用できない場合、給与収入が103万円を超えると、世帯の総収入としては急減してしまいます。この問題を解決すべく、昭和62年に配偶者特別控除制度が設けられ、段階的に控除額を減じることになりました。配偶者特別控除が適用できる場合には、世帯総収入の急減な減少はなくなり、所謂103万円の壁はほぼ無くなっています。

 但し、世帯主所得が1000万円超の場合には、配偶者控除は利用できますが、配偶者特別控除が利用できません。このため、配偶者収入が103万円を超えると世帯収入は急減しますので、現在でも103万円の壁は残っています。

なお、給与所得103万円の場合、残った38万円に配偶者本人の基礎控除を適用すると、所得税の対象金額が0円となり、課税対象から外れます。また、夫婦全体でみると、二人分の基礎控除38万円×2と、配偶者控除の38万円で最大114万円の控除が受けられることになります。この問題が「二重控除問題」と言われ、公平性に問題があると言われています*2 。例えば、単身ブロガ(必要経費0円とする)と比べると、二重控除(38万円)と給与所得控除(65万円)があるため、103万円収入の場合で、103万円×5%=5.1万円の税制上の優遇があると言えます(但し、ブロガでも青色申告すれば、青色申告特別控除の65万円を減じることができるので、給与所得控除と同じ額の控除は可能です)。
 給与所得控除問題については第5章、二重控除問題については第6章で詳しく説明します。

2.3 社会保険料の「壁」

2.3.1 年金の「130万円の壁」

 厚生年金・共済組合に加入している世帯主の場合、その配偶者は国民年金の第3号被保険者として保険料の負担なく国民年金に加入できます。このときの年収制限が130万円のため、「130万円の壁」ができてしまいます。

第3号被保険者
国民年金の加入者のうち、厚生年金、共済組合に加入している第2号被保険者に扶養されている20歳以上60歳未満の配偶者(年収が130万円未満の人)を第3号被保険者といいます。保険料は、配偶者が加入している厚生年金や共済組合が一括して負担しますので、個別に納める必要はありません。第3号被保険者に該当する場合は、事業主に届け出る必要があります。
出典:日本年金機構, 「第3号被保険者」

2.3.2 健康保険の「130万円の壁」

 同様に、健康保険(会社の健康保険組合などの健康保険)では、被扶養者の条件は年金と同様に130万円に設定されています。このため、被扶養者であるうちは、世帯主の健康保険料で、健康保険が受けられますが、130万円以上となると、配偶者が、会社の健康保険組合や国民健康保険に加入し、保険料を負担する必要が発生します。

認定対象者の年間収入が130万円未満(中略)であって、かつ、被保険者の年間収入の2分の1未満である場合は被扶養者となります。
出典:全国健康保険協会, 「被扶養者とは?」, 2016/10/1.

2.3.3 パート・アルバイトの「106万円の壁」

 2016年10月から、パートタイム労働やアルバイトであっても、月額88,000円以上、週20時間以上等の要件を満たした場合、配偶者が勤める会社の厚生年金保険・健康保険に加入する必要があります。これらの保険料は、配偶者本人が負担する必要があります*3。月額88,000を年額に換算すると1,056,000円となることから、「106万円の壁」と言われます。

 国民年金では、無加入者が発生しやすいので、会社経由で保険に加入することで、年金加入を促進し、無保険となる人を減らすとともに、年金の給付額を増やすということか導入主旨の一つとしてあるようです。

2.4 配偶者手当による10?万円の壁

 税制や社会保障制度のような法律に基づく制度以外にも、各事業主が行う家族手当(配偶者手当や扶養手当など)の手当を行っている場合があります。この手当を実施している事業主は、約7割に及んでいます。そのうち、表2.1に示すように配偶者の収入によって支給の制限が行われています。配偶者手当の収入制限が、就労調整を行うための壁となっています。約8割が103万円や130万円となっています。このため、103万円の壁と呼ばれたり、130万円の壁と呼ばれたりもしています。なお、収入制限がない場合には、特に壁になることはありません。

表2.1 配偶者手当の収入制限。
配偶者の収入103万円130万円その他の収入制限収入制限なし
割合 58.4% 21.9% 4.6% 15.1%

厚生労働省, 「女性の活躍促進に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会 報告書」, 2016/4に基づき筆者作成。

2.5 配偶者特有の優遇制度

 これまでに挙げた制度はおおむね配偶者に留まらず、親子・兄弟姉妹などを扶養している場合には、それらの被扶養者にも適用される制度です。例外は、配偶者特別控除と国民年金第3号被保険者です。

 配偶者特別控除は、配偶者だけを他の被扶養者とは個別に扱い優遇する制度ですが、控除対象でなくなった場合の激変緩和措置として導入されているものです。逆にいえば、それ以外の被扶養者については、激変します。

 国民年金第3号被保険者の制度は、昭和61年4月から導入された制度ですが、専業主婦の場合、それまで任意加入だったので、無年金となることを避けつつ、負担増をあまり意識しないように済むために導入された制度ではないかと思います。但し、実際には、配偶者が加入している厚生年金や共済年金が保険料を負担するので、配偶者がいない被保険者が、余計に保険料を負担するという制度となっています。

2.6 まとめ

 配偶者の「壁」についてまとめました。壁には、次のものがあります。

  • 税制による103万円の壁(但し、世帯主収入1000万円超の場合のみ)
  • 社会保険料(年金・健保)による130万円の壁
  • 社会保険料(年金・健保)による106万円の壁(2016年10月からパート・アルバイトに適用)
  • 配偶者手当による10?万円の壁

 これらの壁を低くしていき、働き方に中立な制度を作っていくことが必要です。次節以降では、このための制度についてまとめます。

(2016/12/8)

働き方に中立な税制・社会保障制度の改革 (1) 政府与党の配偶者控除の見直し案

 政府・与党による配偶者控除の改正案が報道されています*1。女性の社会進出を推進するという名目での税制改革が検討されてきましたが、どうも抜本改革とは程遠いもののようです。

 今回は、パート労働者などの就業調整の原因となっている所謂、103万円の壁と130万円の壁について税制や社会保障制度の面から考えたいと思います。

1. 政府与党の配偶者控除の見直し案

1.1 背景

 女性活躍のための税と社会保障制度の見直しは、安倍政権の一億総活躍プランの「女性の活躍促進」のための政策の一つとして、パート労働などの就業調整の原因となっている税制度(所謂、103万円の壁)、社会保障制度(所謂、130万円の壁)などの対応を検討するとしていることに端を発しています。

■女性・若者・高齢者・障害者等の活躍促進
○就労促進の観点から、いわゆる 103 万円、130 万円の壁の原因となっている税・社会保険、配偶者手当の制度の在り方に関し、国民の間の公平性等を踏まえた対応方針を検討する。
出典:一億総活躍国民会議, 「一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策 - 成長と分配の好循環の形成に向けて - 」, 2015/11/26.

1.2 政府・与党の見直し案

 今回、政府・与党として、見直すことを検討しているは、次の2点です。

  • 配偶者控除の対象の拡大
  • 配偶者手当の廃止・削減

 配偶者控除については所得税法等の改正、配偶者手当については国家公務員の手当見直しや経済界への要請によって実現を試みています。

 (追記) 12月8日に自民党・公明党名で平成29年度税制改正大綱が発表されました。この中で具体的な改正内容が示されています。

1.1.1 配偶者控除の拡大

 政府・与党が提出予定の所得税法等の改正案の要旨は、図1.1に示すように配偶者控除を変更し、従来の103万円の壁を150万円の壁に変更し、配偶者優遇を強化するという施策です。

  • 配偶者収入105万円~201万円の世帯を配偶者控除の対象に拡大する。
     所得税により設けられた「103万円の壁」が「150万円の壁」に変更となりますが、年金・健康保険により設けられた「130万円の壁」はそのまま残ります。
  • 1120万円以上の高所得世帯に年収制限を設ける

また、130万円の壁(国民年金第3号被保険の問題)については、何も手を付けないようです。

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図1.1 配偶者控除の改正案。

1.1.2 配偶者手当の廃止・削減

 配偶者手当がある国家公務員や約7割の民間事業所で支給されている配偶者手当の基準として、配偶者控除対象と同じ「103万円」や、社会保険料の「130万円」で設定しています。この配偶者手当による「103万円の壁」「130万円の壁」が、強固な壁として存在します。配偶者特別控除が適用できる場合、「103万円の壁」はほとんど平坦化されるため、それほど高い壁は残っておらず、実質的にないといっても構いませんので、「103万円の壁」として残っているのは、配偶者手当による壁です。

 国家公務員については、配偶者手当(扶養手当)の基準を130万円に設定して、配偶者手当を支給しています*2。この手当を2017年度から段階的に削減する方向です*3

人事院勧告 配偶者手当、18年度に半減 給与3年連続増
 人事院は8日、国家公務員の扶養手当を見直し、月額1万3000円の配偶者手当を2018年度に半減するよう国会と内閣に勧告した。本省課長級は20年度に廃止する。子どもに対する手当を増額し、扶養手当の総額は維持する。16年度に一般職の月給、ボーナスを引き上げ、いずれも3年連続のプラスとすることも盛り込んだ。扶養手当の見直しは女性の就労を後押ししつつ、子育て支援を充実させる狙い。地方公務員の給与制度に波及する可能性もある。
出典:毎日新聞, 「人事院勧告 配偶者手当、18年度に半減 給与3年連続増」, 2016/8/8.

   また、民間の配偶者手当を廃止・削減することを、経済界へ要請しています。

配偶者手当の廃止や削減、経団連が要請へ
 経団連は16日、来春闘で企業が社員に支払う配偶者手当の廃止や削減を、会員企業に呼びかける方針を明らかにした。
(中略)
 働く女性を後押しするため、経団連は、配偶者手当の見直しで浮いた原資を子ども手当などに振り向けて、子育て世代の支援にあてるように呼びかけることを検討している。来春闘で経営側の指針となる経団連の「経営労働政策特別委員会報告」に盛り込まれる見通しだ。
出典:朝日新聞DIGITAL, 「配偶者手当の廃止や削減、経団連が要請へ」, 2016/11/16.

1.3 新聞各紙の論調

 この改正案に対して、新聞各紙は「場当たり的」「抜本改革に程遠い」など批判的です。

  • 東京新聞社説(2016/11/23)

    配偶者控除 女性活躍の理念どこに
     おかしな議論である。「女性活躍」という本来の目的は選挙対策の前にどこかへ消え、おまけに家計にとって貴重な配偶者手当までなくされそうだ。何のための働き方改革なのか。
     安倍晋三首相は「女性が就業調整を意識せずに働くことができる仕組み」を標榜(ひょうぼう)してきたのではなかったか。
     当初、政府与党は二〇一七年度税制改正で所得税の配偶者控除について「女性の就業調整につながっているとして廃止」の方向で議論を進めた。だが、廃止すると専業主婦世帯などが広く増税となり、取りざたされる年明けの衆院解散-総選挙で不利になりかねないとして廃止論を封印した。
    (中略)
     「女性活躍推進」などというのは所詮(しょせん)、その程度のものなのか。現実には子育てや家族の介護などで働きたくても働けない人が少なくない。保育所や介護施設のサービスさえ不十分なのにどうやって働けというのか。結局は「もっと働け、もっと税金や保険料を納めろ」というのが本音ではないか。

  • 読売新聞社説(2016/11/28)

    配偶者控除 今の見直し代案では不十分だ
    税制面から女性の社会進出を促す狙いは、どこへ行ったのか。場当たり的な見直し案では、弊害も無視できない。
    (中略)
    夫婦控除のほか、所得税の各種控除を高所得者に有利な所得控除から、所得にかかわらず一律の金額を軽減する税額控除に変更することなどが検討課題となろう。

  • 日経新聞社説(2016/11/27)

    小手先の配偶者控除見直しで止めるな
     人口が減り、人手不足が広がる日本経済を活性化するには、パートで働く人にもっと活躍してもらう必要がある。そのために時代遅れとなっている税制を変えなくてはならない。
     2017年度税制改正に向けた政府・与党の検討状況をみると、税制の抜本改革にはほど遠く、小手先の見直しで終わるのではないか、と心配だ。

1.4 所感

 正直、記事を見て、いったい何を考えているのだろう?と耳を疑いました。不公平と言われる配偶者控除の適用を拡大し、パート層を中心に減税するという単なる選挙対策です。税制をよく知らなかった筆者ですら、抜本改革とはほど遠い内容であることは、直ぐに理解できました。

 次章以降では、「壁」に関わる税制度・社会保障制度について調べて、検討した結果についてまとめます。

(2016/12/8)

【NHK】テレビ付き賃貸住宅で受信契約は必要か?-レオパレス受信料裁判-

 今年の10月27日にレオパレスのテレビ付き賃貸住宅について、利用者にはNHKとの受信契約の義務はないとの判決が東京地裁で下され、NHKは敗訴しました。

 この裁判は、立花孝志氏の支援による裁判ですが、立花氏はこれ以外にも、レオパレス関連の裁判を行っており、今回の記事では、立花孝志氏のYouTube投稿を中心に裁判の経緯をまとめます。今回の裁判もNHKは控訴し、東京高等裁判所で控訴審で争われていますので、記事も順次更新していきたいと思います。

目次はこちら

1. テレビ付き賃貸住宅の受信契約

1.1 受信料支払義務の根拠

 NHKとレオパレスは、レオパレスの賃貸住宅では、入居者がNHKとの受信契約を結ぶ必要があるとしています。

 レオパレス21のホームページによれば、NHKの受信料は入居者者負担としています。

Q. NHKの受信料はどうしたらいいですか?
A. NHKの受信料につきましては、ご契約形態を問わず、ご入居者様のご負担となります。
出典:レオパレス21「よくあるご質問」

 その根拠は、レオパレスの利用約款と放送法64条です。

 レオパレスの利用規約では、以下のように定められています。

第2条3項 NHK放送受信料別途乙または入居者の負担とし、直接請求先に対して支払うものとする。
出典:立花孝志, 「レオパレスとの契約は公序良俗違反なので無効でです NHK受信料」, 2016/10/27.
 
第2条3項 賃料(以下「利用料金」という)は、本契約書表記の通りとする。但し、乙が各自使用する水道、電気、ガス、NHK放送受信料、電話料等は、別途乙の負担とする。
出典:消費者支援機構関西, 2008/2/1.
(筆者注:規約の文面に違いは、個人用・法人用や作成時期などの違いによると思われる。前者はレオパレスとの契約者(乙)と入居者を分けているので法人用、後者は個人用と考えられる)

 また、放送法64条1項には、次の規定があります。

第六十四条  協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備(略)のみを設置した者については、この限りでない。
出典:放送法

 実際、立花氏がNHK営業センターに問合せたところ、NHKは入居者を「受信設備の設置者」とみなし、入居者が受信料を負担とするとしています(付録A参照)。

1.2 レオパレス利用者の契約実態

 レオパレスの「マンスリープラン」・「短期プラン」では、家具・家電付物件のみであるため、基本的にはテレビ付き物件となります。

 マンスリー契約の「マンスリープラン」、「短期プラン」では、家具・家電の揃ったお部屋のみご紹介の対象になります。
出典:レオパレス「設置されている代表的な家具・家電」

 また、レオパレスの利用規約および放送法64条を根拠に、NHKはNHK集金人の戸別訪問により、入居者との契約を結ぶようにしています。レオパレスにはテレビがあると分かっているので、新規入居者が入る度に、集金人は受信契約とりにいくことができ、NHKからの委託手数料を効率よく得られることになります。

 私が現役時でも、必ず担当エリアに「レオパレス」が何棟かあり、スタッフ間ではある意味この集合住宅は鴨扱いするほどで狙われやすく、契約が取れない日は「レオパレス」へ的な感じで回ってました!
 
 ナビタンに契約登録が有れば、普通はスルーしますが、「レオパレス」では、数ヶ月の滞在って方が非常に多いため、入居者の入れ替わりがないか確認のために必ず1件1件叩きます(ピンポンします)。
 
 普段、「テレビがない!」と断られることが多いですが、レオパレスならばテレビは最初から設置されている事を地域スタッフ(集金人)は知ってますから客(視聴者)は「テレビがない!」とは言い訳できないから1番狙われやすいのです。
出典:レオパレス21狙われやすい家具付き賃貸物件|元NHK地域スタッフが語る受信料について

1.3 NHKとレオパレスの交渉

 NHKは、レオパレスと受信契約交渉を行っています。この協議において、レオパレスは、レオパレスの利用規約において、「NHK受信料は入居者の負担とする」という条項を提示、NHKはレオパレスとの契約を断念し、入居者に受信契約を行うようにしたようです。

 かつて、NHKとレオパレス側は受信契約についての協議を行いました。
 結果的に「入居者が居ない時期の受信料免除」がNHK側に受け入れられなかったことから受信契約を行わないこととしました。
レオパレス側は「テレビは使用目的を定めずに入居者に貸し出すためにそこに置いてあるだけ」とし、いわゆる「協会の放送を受信できる設備の設置者」ではないと主張、レオパレス規約に「NHK受信料は入居者負担とする」という一文を入れることでその後の訴訟に対応できる体制を整えました。
NHK側はレオパレスと明確に合意したわけではありませんが、事実上その主張を認めているようです。
出典:第五章 レオパレスにおけるNHK受信契約 - Yahoo!知恵袋
 
「NHKとレオパレス受信契約協議」(レオパレスの内部文書)
f:id:toranosuke_blog:20161122124716p:plain

出典:立花孝志, 「レオパレスとの契約は公序良俗違反なので無効でです NHK受信料」, 2016/10/27.

2. レオパレスたつの事件 (東京地裁判決の事件)

 レオパレス利用者とNHKとの間の裁判については、立花孝志氏が多数の訴訟を支援しています。その中の一つが10月27日に東京地裁で判決が下ったレオパレスたつの事件です(付録B参照)。

 10月27日の東京地裁(佐久間健吉裁判長)の判決文*1や関連報道*2 から、裁判の概要をまとめます。

2.1 事件の概要

 福岡市在住の男性が勤務先指定で兵庫県たつの市のマンスリーマンション・レオパレス21に短期プラン(30-100日)で33日間宿泊した。入居は、2015年10月19日。

 2015年10月28日午後7時頃にNHK集金人が訪問し、執拗に契約締結を迫った。このマンションは宿泊施設であるし、テレビの設置者はレオパレスであるので、受信契約はないと男性は主張したが、集金人は契約を迫り続けたので、仕方なく署名の上契約し、2カ月分の受信料2620円を支払った。

 男性は、2015年11月20日退去した。

 男性は「自分がテレビを設置したわけではないのに、不当に受信契約を結ばされ、受信料を支払わされた」として、NHKに2か月分の受信料2620円の返還を求めてNHKを提訴した。

 (NHKは、提訴後の2016年8月23日に男性に11月分の受信料1310円を返還したが、残る10月分1310円は返還しなかった)

2.2 裁判の争点

  • 争点1:入居者が「受信設備を設置した者」(放送法64条1項)に該当するか?
  • 争点2:NHKとの受信契約が公序に反し、無効であるか?

 裁判当初、原告は、主位的主張として「脅迫による契約であるので、契約は取消すべき」とし、予備的主張として「レオパレスがテレビの設置者であるので、契約は不必要」としていたが、主位的主張は、事実認定が難しく裁判が長期化する恐れがあるため、主位的主張を取下げ、予備的主張を争点とするように裁判方針を変更した。予備的主張は、法律審であるため、裁判は短期で終わる。

2.3 原告(入居者)の主張

  • テレビを設置したのは、入居者ではなく、オーナーであるから、放送法64条1項の「受信設備を設置した者」に当たらない。従って、NHKとの間で受信契約を締結する義務はなく、受信料の支払義務もない。
  • 放送法64条1項は、当事者間でこれと異なる合意をすることを禁止する強行規定であり、入居者とNHKとの間の受信契約は、強行規定に反する契約で、公序に反しているから、民法90条により無効である。

2.4 被告(NHK)の主張

  • NHKの放送を実際に受信し視聴することができるテレビを「現実に占有・管理する者」が「受信設備を設置した者」に当たる。
    • 受信料は、NHKを視聴する受益者が負担する受益者負担金である。
    • レオパレスのウェブサイトで「受信料は入居者負担となること」や「家賃に受信料が含まれていないこと」を明示している。

2.5 裁判所の判断

 争点1:入居者は、「受信設備を設置した者」ではない

  • 受信料は、NHKが担う高い公共性を有する事業を維持し運営するために、法律で特別に定められた特殊な負担金であり、受益者負担金ではない。
  • 「受信設備の設置」は、NHKの放送を受信し視聴している者が誰か、受益者は誰かということは無関係で、「物理的・客観的にNHKの放送を受信することができる状態を作出した行為者」である。
  • テレビを「設置した者」はオーナー又はレオパレスと推認でき、入居者ではないことは明らか。

 争点2:受信契約は無効である

  • 放送法64条1項は、当事者間で異なる合意をすることを禁止する強行規定である。
  • 「受信設備を設置した者」ではない入居者との間の契約は、強行規定である放送法64条1項に違反し、公序に反する法律行為であり、無効である。

2.6 判決

  • NHKは、入居者に対し、1310円を支払え。

3. 地裁判決後の影響

3.1 NHKの対応

 NHKは、「契約を締結する義務が居住者側にあることを引き続き2審でも訴えていきます」として、控訴しました。

3.2 レオパレスの反応

 レオパレスは、裁判の推移を見守るとしています。

レオパレス21は、「テレビはほぼすべての物件に設置しています。判決は昨日(10月27日)下りたばかりですし、また当社への判決でもありませんが、今後については何らかの対応が求められる可能性はあるかもしれません。(NHKが控訴することから)今のところ、今後の裁判の成り行きを見守るしかありません」と話している。
出典:J-CASTニュース, 「NHK受信料、マンスリーマンションの死角 ホテルのテレビとどう違う」, 2016/10/28.

3.3 レオパレスの経営への影響

 レオパレスは、約56万件の物件を抱え、そのほとんどで、マンスリー契約を利用できることから、ほとんどがテレビ付き物件と考えられます。

アパート・マンションなどの建築・賃貸管理大手のレオパレス21によると、同社が取り扱っている物件は現在、全体で約56万戸にのぼり、「そのほとんどでマンスリー契約を利用できます」という。
出典:J-CASTニュース, 「NHK受信料、マンスリーマンションの死角 ホテルのテレビとどう違う」, 2016/10/28.

 仮に地上波契約、年払いとして、年間で次の受信料を支払うことが必要となります。

  13,990円×56万件 = 約80億円

 全てに事業所割引で半額を適用できたとしても約40億円の受信料となります。実際には、全てに事業所割引が適用できるわけではないので、40億円~80億円の間の受信料を支払うことが必要となります。レオパレス21は年間200億円程度の営業利益ですから*3、数十億円のNHK受信料支払が経営に与える影響は少なくありません。

 また、NHKがレオパレスを提訴し、レオパレスが敗訴すれば、過去の未契約分の受信料も支払う必要がでてくる可能性があります。このため、レオパレスは数百億円規模の特別損失の計上により、赤字転落しそうです。

 NHKは、放送法64条2項により、(予め総務大臣の認可を受けた基準に基づかなければ)レオパレスの受信料を免除できません。従って、NHKは過去に遡っての受信料全てを請求しなければなりません。未契約の場合は、これまでの個人世帯に対する判例から言って、5年時効の適用等もできず、レオパレスはテレビの設置日からの受信料全額を請求されることになります。但し、東横インやドーミーインの裁判では、請求額から逆算すると1~2年程度の受信料なので、必ずしも全額を請求しているわけではないようです*4

3.4 誰が得をするのか?

 今回の判決は、レオパレス利用者がNHKに支払った受信料はNHKから返金して貰えるという内容です。過去にNHK受信料を支払った他のレオパレス利用者も、裁判をして受信料返還を求めることができますが、ほとんどの人は裁判をすることはないでしょう。

 この判決内容が上級審で確定すれば、今度は、NHKが、レオパレスに(過去に遡及して)受信料支払を請求するでしょう。

 レオパレスは、利用規約に基づき、レオパレス利用者に受信料を請求する可能性はありますが、実際には、レオパレス利用者がNHKに受信料を支払ったか否かを把握できず、受信料を請求することは困難でしょう。

 レオパレスの利用規約が、レオパレスが受信料支払を回避するために定めた不当な条項で無効と裁判等で判断されれば、この観点からも、レオパレス利用者は受信料支払は不要となります。

 以上のことからすると、NHKは、過去のレオパレス利用者の受信料を返金せずに済み、レオパレスからは過去に遡及して受信料を徴収することができるので、二重に受信料を得ることができそうです。

 結局、得をするのは、NHKと、受信料を支払わなかったレオパレス利用者と、受信料を返還させたレオパレス利用者となります。レオパレスは、過去の受信料を取られ、それをレオパレス利用者にも転嫁できないので、大損となります。

 それでも、NHKが大儲けすれば受信料の値下げ、レオパレスは利用料の値上げということで、時間が経てば、帳尻はあうのかもしれません。

4. 今後の裁判の展開

 裁判は、NHKの控訴により、東京高等裁判所に舞台を移しました。また、立花氏は、レオパレス居住者を募って、新規の裁判を行うようです。

 また、たつの事件以前にも付録Cに示す裁判を起こしていますが、多くは、原告の都合等により、途中で裁判が終結したようです。

5. 最後に

 レオパレス利用者とNHKとの間の裁判についてまとめました。今回の判決内容は、妥当なものだと思いますが、もともとのトラブルの遠因としては、空室時のNHK受信料も支払わなければならないということに問題があるのでしょう。東横インの裁判にしても、稼働率が低い状態でNHK受信料を全て払うといのは、個人世帯の視聴時間と比較すれば、高すぎるという印象です。放送受信規約を改定して、リーズナブルな価格設定にする必要があるのかもしれません。

(2016/11/23)

関連記事

関連動画

目次

付録A. NHKの見解

付録B. たつの事件(兵庫県)

【事件の概要】
 福岡市の男性が勤務先指定の兵庫県たつの市のマンションに宿泊。2015年10月28日に集金人がやってきて、受信契約の締結を迫った。ここは、宿泊施設であるし、テレビの設置者はレオパレスであるので、受信契約の必要はないと言ったが、集金人は契約を迫り続けたので、仕方なく契約した。テレビの設置者はレオパレスなので、視聴者には契約の義務はないので、契約の取消を求める訴訟。

  • 東京簡易裁判所
    • 2015/11/6提訴。
    • NHK弁護士から東京地裁への移送を希望。
  • 東京地方裁判所(佐久間健吉裁判長)
    • 2016/3/19公開 (原告インタビュー)
    • 2016/4/26公開 (2回目の弁論期日, 裁判所前)
      • レオパレスの裁判の解説 - YouTube (37:51)
        • 訴状の説明。
          • 2015年11月6日付で提訴した。主位的主張は、脅迫による契約で取消、予備的主張は、レオパレスが設置者であるので契約は不必要。
        • NHK「レオパレスに関しては、占有者である入居者が払う。」
        • 東京高裁判決で、放送法64条は憲法19条違反ではない、テレビを設置するか否かの自由はある。最高裁も支持。
        • レオパレスの別の裁判は3件とも原告が下りてしまった。岡山・千葉など3件あったが、本人訴訟のためか裁判をやめた。今回は弁護士を立てる。
        • レオパレスに返金の集団訴訟を起こそう。
        • 次回は、6月9日。
    • 2016/6/15公開 (裁判解説)
    • 2016/7/9公開 (7/14に裁判)
    • 2016/8/29公開 (結審、裁判所前)
      • NHK受信料裁判 レオパレス結審 判決は10月27日13時15分~東京地裁522号法定 - YouTube (12:40)
        • 判決は、10月27日。
        • 理屈は勝っているが、裁判長の顔色・雰囲気からすると、敗訴するかもしれない。
        • 憲法19条と放送法については、高裁判決・最高裁判決がある。NHKと契約しない自由がないと、憲法19条違反となるが、テレビを設置しないという自由が保たれているので、放送法は憲法違反とはならない。敗訴した場合には、この判例を元に、判決はおかしいと訴えることを考えている。
    • 2016/10/26公開 (判決直前、裁判所前)
    • 2016/10/26公開 (勝訴、裁判所前)
    • 2016/10/27公開 (判決結果の解説)
    • 2016/10/27公開 (NHKとレオパレスの協議書)
      • レオパレスとの契約は公序良俗違反なので無効です NHK受信料 - YouTube (13:55)
        • レオパレスは56万世帯。地上契約として、年89億円の受信料。
        • 「NHKとレオパレス受信契約協議」の内部文書(レオパレス21/レオパレスセンター鹿児島店)
          「テレビは使用目的を定めずに入居者に貸し出す為」
          「レオパレス21はNHKの放送を受信できる設備の設置者ではない。」
          設置者:「設置者とは受益者である占有者」
          例えるなら、テレビの所有者はレオパレス21、占有者は賃借人。
          民放181条 指図による占有移転
          占有代理人(直接占有者)によって占有権を有する者(間接占有者)が自己の占有を第3者へ移転する場合に占有代理人大して以後はその第3者の為に占有すべき旨を命じることによって間接占有を移転する方法である。
          こういうトラブルがないように弊社規約にて
          第2条3項「NHK放送受信料は別途乙または入居者の負担とし、直接請求先に対して支払うものとする」と明記しております。
          これに同意頂き入居頂いている事は「借り受けた受信機の設置者である事を確認・承諾している」
  • 東京高等裁判所

付録C. その他のレオパレス裁判

C.1 富岡事件(群馬県)

【事件の概要】
 レオパレスで受信契約をしてしまったが、レオパレスのため契約義務はないと解約を口頭で申し出て、集金人は了解した。その後も、NHKからの受信料が届き、受信料不払いとなって、NHKから提訴された事件。

  • 前橋地方裁判所高崎支部
  • 2013/10/3公開 (11/13裁判)
    • NHKのレオパレスの裁判 - YouTube (11:21)
      • 群馬富岡簡易裁判所から前橋地裁に移送。
      • 11/13に裁判。
      • 準備書面に対する反論。
        • NHK「H17年5月頃解約を集金人に口頭で届け出た、という事実はない」→
          • 「H17年5月から支払わず。解約を届け出たと考えるのが自然である」
          • 「レオパレスだから、契約の義務は無いと言ったら集金人は了解した」
        • 求釈明
          • 「NHKは、設置者は、所有者、占有者といずれと考えるのか?」
          • 「空部屋の期間は、レオパレスに受信料を請求するのか?」
  • (筆者注:裁判は終結した模様)

C.2 岡山事件(岡山県)

【事件の概要】
 レオパレスに住む岡山市の30才男性。2015年6月8日に入居、2015年6月14日午後3時頃、NHK集金人が突然「自宅」を戸別訪問して来た。集金人は放送法64条1項の義務があるので、放送受信契約の締結と、2015年6月分と7月分の放送受信料2,620円を支払うよう要求して来た。放送受信料債務不存在確認請求事件。

  • 岡山簡易裁判所
    • 2015/6/21公開 (訴状)
      • NHK受信料裁判 レオパレス 編 - YouTube (9:10)
        • コメント欄に訴状あり。6月20日付で提訴。
        • 放送法64条1項は、「テレビ」の利用者に契約義務を課しているのではなく、「テレビ」の設置者に契約義務を課している。
  • (筆者注:裁判は終結した模様)
訴  状     平成27年6月20日

岡山簡易裁判所 御中
住所(送達場所も同じ)
〒703-8208
岡山市j〇区〇〇
レオパレス〇ー〇-601
原告 〇〇 〇
電 話 090-〇〇〇〇-〇〇〇〇
FAX なし

〒150-8001
東京都渋谷区神南二丁目2番1号
被告 日本放送協会
代表者会長 籾井 勝人

放送受信料債務不存在確認請求事件

訴訟物の価額  2,620円
貼用印紙額   1,000円

請求の趣旨
1 原告と被告との間において、原告の現住所における被告に対する、平成27年6月及び7月分の放送受信料2,620円の債務が存在しないことを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする
との判決を求める。


請求の原因
第1 当事者
1 原告は、現住所の家具や家電付きの賃貸マンション(以下「原告自宅」と言う。)に平成27年6月8日に入居し、現在も「原告自宅」に居住している。
2 一方被告は、俗にNHKと呼ばれ、放送法16条によって設立された法人である。

第2 本件提訴に至る事情
1 平成27年6月14日午後3時頃、被告担当者を名乗る〇〇〇(以下「集金人」と言う。)が突然「原告自宅」を戸別訪問して来た。
2 「集金人」は原告に対し、放送法64条1項の義務があるので、放送受信契約の締結と、平成27年6月分と7月分の放送受信料2,620円を支払うよう要求して来た。

第3 放送法64条1項の解釈について
1 放送法64条1項は、『協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であって、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第百二十六条第一項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。』と定められている。
2 たしかに、「原告自宅」には、協会の放送を受信することのできる受信設備(以下「テレビ」という)は設置されているが、原告は「テレビ」を設置した者ではない。
3 被告が放送受信料を請求する相手は「原告自宅」に「テレビ」を設置した「原告自宅」の所有者である。
4 放送法64条1項は、「テレビ」の利用者に契約義務を課しているのではなく、「テレビ」の設置者に契約義務を課している。
5 もし仮に被告の主張が正しいとすれば、「原告自宅」の場合、入居者がいない状態(空き家状態)の時は、「テレビ」が設置されていても放送受信料を支払う義務が無くなってしまう。
6 また、被告はホテルなどの宿泊施設においては、「テレビ」の設置者であるホテル所有者に放送受信料を請求し、「テレビ」の利用者である宿泊客に放送受信料を請求していない。

第4 結語
よって、請求の趣旨記載の判決を求める。

付属書類

1 法人登記簿謄本 1通

C.3 市原事件(千葉県)

【事件の概要】
 レオパレス住人に対する脅迫による受信契約の不当利得返還と慰謝料を集金下請け会社に請求する訴訟。

  • 千葉簡易裁判所
    • 2015/9/14公開 (9/30裁判)
      • レオパレスに住んでるのにNHKと契約? NHK下請け会社を訴えています千葉簡裁 - YouTube (10:53)
        • クルーガーグループを提訴。
        • 訴状の説明。
          • 2015年8月5日に、集金人が会社指定のレオパレスに訪問してきた。過去の受信料は免除するので、契約してくださいと集金人が契約を求めてきた。放送法を確認するので、退去を願ったが、何度も何度も契約を迫ってきた。放送法でテレビを設置したものは、受信契約を求めてきた。あなたに義務があると、言ってきた。あまりにもしつこいので、止むをえず、契約書に受信機の設置の日を記載せず、契約した。
          • 翌日、NHK営業センターに連絡したが、レオパレスの約款に書いてあるとい理由で、受信契約を取り消さなかった。
          • 放送法は、受信契約の義務者を受信機を設置した者に限定している。2620円は返金されるべき。
          • クルーガーグループに対して、受信料の2620円と、慰謝料5万円を請求。
  • (筆者注:裁判は終結した模様)

C.4 朝霞事件(千葉県)

【事件の概要】
 レオパレスの入居者が支払った受信料を返還を求める訴訟。

  • さいたま簡易裁判所
  • 2015/9/14公開 (訴状)
    • レオパレスで支払った受信料返せ裁判中 さいたま簡裁 - YouTube (5:40)
      • 朝霞市在住の視聴者。
      • 訴状の説明。
        • 2014年5月頃、集金人が訪問し、「レオパレス入居者には受信契約をする義務がある」と説明を受け、受信契約をした。
        • 放送法64条は「設置者」に設置義務がある。
        • レオパレス利用規約に、NHKに受信料を支払う旨が書かれていたとしても、強行法規である放送法64条に反し、無効。
  • (筆者注:裁判は終結した模様)

C.5 広島事件

【事件の概要】
レオパレス利用者がによる4カ月分のNHK受信料の返還請求事件。2016年8月4日にNHK集金人が訪問し、「法律違反になりますよ」と言われ契約し、その後4カ月分の受信料をた。

付録D. その他の関連動画

D.1 視聴者からの電話相談

  • 2014/6/18 (視聴者からの電話)

D.2 集金人の訪問動画

 

【NHK】ワンセグ携帯で受信契約は必要か?-ワンセグ受信料裁判-

 今年の8月26日にワンセグ携帯電話しか持っていない場合に、NHK受信料を支払う義務があるかが争われた裁判で、さいたま地裁は、「契約の義務はない」とする判決を下しました*1。今回の記事では、この裁判を中心にワンセグ携帯における受信契約の必要性について検討したいと思います。

 裁判の原告は、NHKから国民を守る党の大橋昌信議員で、党代表の立花孝志氏とともに、この裁判を争いました。8月の判決は、地方裁判所のものでしたが、NHKが控訴したため、現在、東京高等裁判所で控訴審が争われていますので、記事も順次更新していきたいと思います。

目次はこちら

1. ワンセグ携帯電話の受信契約

1.1 受信料支払義務の根拠

 NHKは、ワンセグ携帯電話は、NHKの受信契約を結ぶ必要があるとしています。

Q. パソコンや携帯電話(ワンセグ含む)で放送を見る場合の受信料は必要か
A. NHKのテレビの視聴が可能なパソコン、あるいはテレビ付携帯電話についても、放送法第64条によって規定されている「協会の放送を受信することのできる受信設備」であり、受信契約の対象となります。NHKのワンセグが受信できる機器についても同様です。
出典:NHK, 「受信料について、よくある質問」

 この根拠となる法規は、放送法64条とNHK放送受信規約です。

 放送法64条1項と3項には次の規定があります。

第六十四条  協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備(略)のみを設置した者については、この限りでない。
3  協会は、第一項の契約の条項については、あらかじめ、総務大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。
出典:放送法

 放送法64条3項に従って、総務大臣が認可した契約条項が、NHKが作成した放送受信規約です。NHK放送受信規約第1条で、契約対象は次のように規定されています。

第1条 2 受信機(家庭用受信機、携帯用受信機、自動車用受信機、共同受信用受信機等で、NHKのテレビジョン放送を受信することのできる受信設備をいう。以下同じ。)のうち、地上系によるテレビジョン放送のみを受信できるテレビジョン受信機を設置使用できる状態におくことをいう。以下同じ。)した者は地上契約(略)を締結しなければならない。(以下、略)
出典:日本放送協会放送受信規約

 このため、NHKは、「ワンセグ携帯を持っている者」を「携帯用受信機を使用できる状態においた者」と解釈して、受信契約を締結することをワンセグ携帯電話の所持者に対して求めています。

1.2 ワンセグ携帯の契約実態

1.2.1 法人は契約せず

 NHKを所管する総務省、その他の官公庁、最高裁を始めとした裁判所、自治体、ほとんどの法人は、ワンセグ携帯でNHKと受信契約をしていません。

 今、総務省に対して質問書を送るようにしています。経済産業省であっても、警察庁・検察庁であっても、外務省であっても、農林水産省であっても、どこもNHKとちゃんと契約していないので、ワンセグで金払っていないことは裏付けとっています。全国の都道府県、ほとんどがワンセグ契約していませんから、もし負けたら、そっち側に対して、おまえら受信料払えよ、過去に遡って払えよ、ということを各市区町村や国の官僚に向かって、やっていくだけ。それこそ裁判所もちゃんと払っていない、最高裁もちゃんと契約していない。情報公開取っています。
出典:ワンセグ受信料裁判控訴審 東京高等裁判所 報告 - YouTube (15:32/18:30), 2016/10/14公開.

 一般にワンセグ携帯で契約が必要とされていることについては、国民の大部分には知られていません。テレビ朝日の「ハナタカ」は、国民の3割程度にしか知られていない情報を発信する番組ですが、2016年5月22日の放送で「NHKに受信料を支払わなければいけません」という放送をしています。

 「ハナタカ」を放送したテレビ朝日もまたワンセグで受信契約をしていません。「NHKを契約する必要がありますと、NHKは言っています」と放送した後に、「国も、裁判所も、国会議員も、自治体も、NHKとは契約していません。実は、テレビ朝日でも契約していないのです」と放送すれば、国民のほとんどが知らない豆知識として鼻高々と自慢できる内容となったでしょう(笑)。

 立花氏らは、十分な取材をせず、NHKホームページのみの情報から、あたかもNHKの主張が正しいかの如く放送したことは、放送法の趣旨に照らし合わせて不適当であると判断し、テレビ朝日を提訴しています(付録A参照)。

1.2.2 NHK被害者は数十万人?

 さて、大部分の人はワンセグ携帯での契約の必要性は知らず、そもそも、NHKを見る目的で、ワンセグ携帯・ワンセグスマホを持っている人はいませんので、たまたまNHK集金人が来ても、大部分の方は、契約拒否をしていると思います。

 現状は、NHK集金人に契約を強要された気の弱い人・NHKの言うことに疑問を持たない人が、止むをえず契約しているのが実態ではないかと思います。

 それでも、学生や若い人を中心に数十万人規模の契約者がいるのではないかと推察できます。今回の判決からすれば、NHKの不当な法解釈による被害者が数十万人もいるということになります。今後もNHKはワンセグで契約させる方針ですので、NHK被害者は今後も増加すると思われます。

 ワンセグ裁判の判決後でも、既に、NHK集金人に「判決はでていても、総務大臣がワンセグで契約が必要だと言っている」と言われて、無理やり契約させられた事例もでており、訴訟に発展しています。

2. ワンセグ携帯における契約の必要性

2.1 契約の条件

 仮に、ワンセグで契約が必要としても、視聴条件などによって契約の必要性がないと思われるものも多数あります。視聴者が納得できない場合は、例えば、以下のものでしょうか。

 (1) ワンセグ携帯で、テレビを見ていない。
 (2) ワンセグ携帯は、携帯電話として使っている。
 (3) ワンセグ放送が、自宅では映らない。
 (4) ワンセグ放送が、映らない地域に住んでいる。
 (5) 会社のワンセグ携帯で、契約させられた。
 (6) 二つ住居を持っていて、本宅で既に世帯契約を結んでいるにも関わらず、テレビの無い別宅でも、ワンセグ携帯を持っているために契約させられた。

2.2 NHKの見解

 一般にNHK集金人は、契約が取りたいので、いずれの場合でも、契約が必要という場合が多いようです。(1)、(2)については、NHKのどこに問合せても、契約が必要と回答すると思いますが、(3)~(6)については、NHKの問合せ先によって、回答が分かれるようです。以下のビデオでは、NHK正職員の見解として、(3)の自宅で映らない場合には、契約の必要性はないとしています。その見解を得るまでには、数人のNHK側担当者に問合せなければならないようですが、NHKの正職員は基本的に(3),(4)については妥当な判断を下すようです。(5),(6)についても、契約前であれば、妥当な判断を下すのではないかと思います。

 家の中で映らなくても契約が必要か?家の中で映らなければ、契約不要
出典:NHK船橋営業センター職員との電話, ワンセグ契約 NHK正職員の見解 - YouTube (38:12), 2014/8/10公開.

 また、後述のワンセグ裁判でのNHK側の弁護士の主張としては、(3)「自宅では映らない」場合であっても、契約は必要としています。

・ ワンセグ携帯は持っていれば、自宅で映らなくても、契約は必要。
・ 自宅では映らないものであったとしても、ワンセグ携帯が「協会の放送を受信することができる受信設備」であることには変わりはない。
出典:ワンセグ裁判2回目口頭弁論, ワンセグだけでNHKと契約する必要があるのか?裁判 - YouTube (13:29), 2015/10/21公開.

2.3 一般人の判断

 一般の方の感覚では、(1)~(6)のいずれの場合でも、契約は不必要です。梓澤弁護士や立花氏は、次のような見解を出しています。

 ワンセグスマホでは「放送の受信を目的としている」わけではないので、放送法64条第1項但し書きに該当し、契約の必要はない。
出典:梓澤弁護士との対談, NHKと携帯電話持ってるだけで契約する義務はない 弁護士 梓澤和幸さん - YouTube (23:00), 2014/2/1公開.
・ワンセグ携帯は、放送法64条からすれば、契約の必要はありません。
・携帯電話は「設置」しないので「受信設備を設置した者」ではなく、契約義務はない。
・家の中で映らないのであれば、NHKも解約に応じる。家で映ると、解約には応じない。
出典:ワンセグ携帯でNHKと契約する義務があるのか? - YouTube (3:44), 2014/1/13公開.

2.4 放送法64条との関係

 前記の(1)~(6)の放送法64条との関係について検討します。

(a) ワンセグ携帯は、「設置」するものではない。
 放送法64条では、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」が契約をする必要があります。そもそも、携帯電話は設置するものではなく、携帯したり、所持したりするものです。後述のさいたま地裁の判決も「設置」という概念には、「携帯」は含まないと判断しています。このため、(1)~(6)のいずれであっても、受信契約は必要ありません。フルセグ受信できるタブレットやモバイルPCも、携帯して使用するものですので、受信契約は必要ないでしょう。

(b) ワンセグ携帯は、「放送の受信を目的としない受信設備」である。
 携帯電話やスマホは、「放送の受信を目的としない受信設備」であり、電話であったり、インタネット接続する目的のための端末です。従って、(1)、(2)の場合、放送法64条但し書きが適用できます。但し、テレビを見るのであれば、「放送の受信を目的とする受信設備」で受信契約が必要であると解釈することが可能です(判例はありません)。

(c) ワンセグ放送が映らなければ、「放送を受信することのできる受信設備」ではない。
 ワンセグ放送が受信できなければ、「協会の放送を受信することのできる受信設備」ではありません。ワンセグ携帯は、設置して使用するものではなく、携帯して使用するものであるため、ワンセグ放送が映ることができる場所に移動できますが、主たる利用場所で使用できないのであれば、「協会の放送を受信することのできる受信設備」ではないと言えるので、(3)(4)は契約不要と考えるべきです。NHK弁護士は「受信可能な設備」であるために、契約が必要としていますが、そうであれば、離島のワンセグが映らない場所でも、受信契約が必要ということになります。NHK正職員であれば、主たる利用場所で使用できない場合には、契約不要と判断する場合が多いようです。

(d) 携帯電話の「設置者は」だれ?「設置場所」はどこ?
 携帯を設置の概念に含めた場合、「設置した者」は誰か、「設置した場所」はどこか、という曖昧性を生じさせます。(5)の法人契約の携帯電話の場合、「設置者」が、「所有者・携帯電話の契約者(会社)」なのか、「携帯して使用した者(個人)」なのか、不明確です。会社契約の携帯電話であれば、個人には契約の必要性はないと個人的には思いますが、「設置」が「携帯」を含むのであれば、個人にも契約の必要性が発生します。(6)の場合、「設置した場所」が本宅であるとすれば、別宅では契約不要です。このような曖昧な場合については、放送法でも受信規約でも明確にされていません。強行法規である放送法に基づく契約は一意的に決められるべきですが、この点からも、さいたま地裁判決による「設置」の解釈が妥当で、「携帯」も含まれると拡大解釈すべきではありません。

3. ワンセグ裁判

3.1 朝霞事件 (朝霞市議の大橋議員による裁判)

 「NHKから国民を守る党」代表の立花孝志氏(元船橋市議、元東京都知事候補)は、受信料不払いの訴訟、集金人の不法行為に関する訴訟、時効を争う訴訟、イラネッチケーの訴訟など数多くのNHK裁判を行っています。ワンセグ裁判も、これら一連の訴訟のうちの一つです。

 さいたま地裁が判決が下した訴訟は、複数のワンセグ訴訟の中でも、初期に提訴された裁判で「NHKから国民を守る党」の朝霞市議会議員の大橋昌信氏が原告となりNHKを提訴しています。

3.2 提訴の背景

 大橋氏は、朝霞市議への立候補に伴って、朝霞市に単身赴任の形で転居しましたが、テレビを持たず、ワンセグスマホ(以下、ワンセグ携帯)のみを所持していました。NHKにワンセグ携帯の所持により、NHKとの契約が必要か問合せたところ、契約の必要があるという回答であったため、契約の必要はないのではないか、ということで、放送受信契約の締結の必要がないことの確認を求めるとして、NHKを提訴しています。裁判経緯については、付録Bにまとめますので、ご参照ください。

3.3 主な争点と裁判所の判断

 2016年8月26日のさいたま地裁(大野和明裁判長)の判決の要旨は、以下の通りです。

原告の主張

  • (主位的主張) ワンセグ携帯を設置しておらず、携帯しているだけである。従って、放送法64条の「設置した者」に当たらない。
  • (予備的主張) 大橋氏のワンセグ携帯は、携帯電話として使用するものであって、放送法64条但し書きの「放送の受信を目的としない受信設備」に当たる。ワンセグ放送も視聴したことがない。

 上記の理由により、大橋氏のワンセグ携帯では、受信契約は必要ない。

NHKの主張

  • 放送法64条の「設置」は、「使用できる状態におくこと」(受信規約第1条)である。
  • 放送法147条の「有料放送」の定義をはじめ、他の法規でも、「設置」に「携帯」が含まれると考えられる場合がある。
  • 放送法64条の但し書きの「放送の受信を目的としない受信設備」であるか否かは、客観的・外形的に明らかであるかによって判断されるべきで、視聴者の主観によりその目的を有するか否かは関係ない。

裁判所の判断

  • 他の放送法の定義中で用いられている文言からすれば、「設置」とは「携帯」を含むと解釈することは、一般的な法解釈としてはあり得る。
  • しかし、課税要件明確主義から、「設置」が「携帯」を含むと解すべきとは言えない。
  • 「設置」が「使用できる状態に置く」と解することはできず、携帯を含まないので、「設置した者」に当たらない。

 原告の主位的主張(「設置した者」に当たらない)を認め、契約義務はないと判断できたので、予備的主張である放送法64条但書の「放送の受信を目的としない」点については、判決では判断を下していません。

判決

  • ワンセグ携帯で、受信契約する必要はない。

3.4 逆転敗訴の可能性

 今回の判決はNHK敗訴でしたが、判決文を読む限りでは、今後のワンセグ裁判で、NHK勝訴となる可能性もありそうです。

 争点となりそうなポイントは、法解釈の安定性です。

  • 一般的な法解釈として、「設置」の概念に、「携帯」を含むと解釈できること。
  • 放送法のH21/H22改正で「携帯」の用語が導入されたが、それ以前の放送法64条に基づく放送受信規約では、長年、携帯用受信機も含まれ、ポータブルテレビの時代から契約対象と解釈されていたこと。
  • 総務大臣及び総務省も、携帯用受信機(ポータブルテレビ・ワンセグ携帯)を受信契約の対象と解釈してきたこと。

 法解釈は安定的であるべきという観点からすれば、H21/H22改正で、放送法2条14号に「携帯」の用語が導入されても、従来通り放送法64条の「設置」の概念には「携帯」が含まれると解釈すべき、という考えもあると思います。

 但し、放送法64条の「設置」の概念に、「携帯」が含まれるか、否かの司法判断は、今回が初めてですので、従来の行政による法解釈を踏襲する必要は必ずしもないと考えられます。

(追記:2017/6/14) 同様のワンセグ裁判では、水戸地裁は受信契約の義務ありと判決を下しました。
【NHK】ワンセグ携帯に受信契約の必要あり?ー水戸地裁判決ー - 時事随想

4. 地裁判決後の影響

4.1 NHKの対応

 NHKは、今後も、ワンセグ携帯で受信契約の締結と受信料の支払を求める旨の声明を出し、控訴しています*2

4.2 総務省の対応

 判決後の9月2日の記者会見で、高市総務相が、「総務省として、受信設備を「設置する」ということの意味を、「使用できる状態におくこと」と規定した日本放送協会放送受信規約を昭和37年3月30日に認可していますから、従来から、ワンセグ付きの携帯など携帯用の受信機も受信契約締結義務の対象であると考えています」と述べています*3

 9月6日には、総務省がNHKに対してワンセグ携帯の契約の実態調査を行うと報道されています*4。ワンセグ契約の受信契約の変更に繋がるかは不明ですが、何らかの見直しがある可能性もあります。

 例えば、ワンセグ携帯に課金するとしても、月々1000円の通信料金のワンセグ携帯に月々1310円のNHK受信料が上乗せされてはたまったものではありませんので、ワンセグ契約については料金が変更されることも予想されます。

4.3 ワンセグ裁判の状況

 立花氏によるワンセグ裁判の解説や今後の展望については、付録Cにまとめました。今後も、NHK被害者による裁判を行うことで、判例を積み重ねる方針のようです。また、テレビ朝日や総務省の提訴も行う予定です。

 さいたま地裁の朝霞事件は、NHK控訴により、東京高等裁判所における控訴審となっています(付録D参照)。法律の解釈を行う法律審であるため、1回結審で、2017年3月頃に、判決が下されると見込まれています。

 また、朝霞事件以外に、少なくとも5件の新しいワンセグ裁判が立花氏により提訴されています(付録E参照)。

5. 最後に

 ワンセグ携帯の契約は、NHK集金人によって半ば強要によって、一般視聴者、特に、異議を言えない弱い視聴者に行われています。今回の判決からすれば、これらの契約者は、NHKの不当な法解釈によって契約をさせられた、NHK被害者です。

 また、ワンセグ携帯の受信契約は、総務省をはじめとする官公庁、裁判所、自治体などの法人契約はほとんどありません。NHKを監督し、「ワンセグ携帯で契約が必要」といっている総務省自らがワンセグ携帯で契約をしていないということは許されざる事実です。

 最高裁判決を待つのではなく、NHK被害者をこれまで以上に増やさない施策や、既契約者の被害額を増加させないような施策を早急に進める必要があるのではないかと思います。少なくとも、最高裁判決での敗訴・受信料返金を想定し、ワンセグ契約の状況を把握しておくことは最低限必要でしょう*5

(2016/11/20)
(2016/12/15:最終更新日)
NHKワンセグ受信料裁判【新件】 - YouTube (2016/12/14公開) を反映

関連記事

関連動画

目次

付録A. テレビ朝日「ハナタカ」事件

A.1 事件概要

 テレビ朝日の「ハナタカ」にて、ワンセグ携帯で受信料支払の義務があると間違った情報を放送した。これにより、立花氏らが「NHKから国民を守る党」を原告として損害賠償を請求した事件。

A.2 裁判の経緯

  • 2016/5/23公開 (テレビ朝日「ハナタカ」)
  • 2016/9/28公開 (訴状の説明)
    • テレビ朝日のウソ番組を提訴しました NHKから国民を守る党 - YouTube (21:12)
      • 原告を「NHKから国民を守る党」とした損害賠償請求事件。
      • 訴状
        • 原告には、大橋議員・多田議員がいる。立花も東京都知事選に立候補。
        • 「ハナタカ」で「ワンセグ携帯で受信料支払義務がある」と放送した。原告に問合せ電話が殺到。
        • 大橋議員が、放送内容が事実と異なる。どのような取材をしたのかと聞いたところ、NHKホームページで調べたとのこと。
        • 訂正放送してほしいと求めたが、しない。
        • 放送法4条に抵触する。
        • 被害:
          • 原告はワンセグ携帯では契約不要と政治活動し、今後もする。
          • 被告の放送によって、多くの視聴者に間違った情報を与えたがため、原告の主張があたかも誤っているかと理解された。
          • 原告の政治活動に被害をもたらした。
          • 被害額は10万円を下らない。訴額10万円。
      • 山本早苗(高市早苗)総務大臣から、情報公開の開示決定が来た。総務省の受信契約状況に関する資料は、近々に開示される。
  • 2017/01/23公開(東京地裁前,第1回口頭弁論)

付録B. 朝霞事件のさいたま地裁における裁判経緯

付録C. さいたま地裁判決に対する立花氏の解説など

付録D. 朝霞事件の控訴審(東京高等裁判所)

  • 2016/10/14公開 (弁論準備、裁判所前で報告)
    • ワンセグ受信料裁判控訴審 東京高等裁判所 報告 - YouTube (18:31)
      • 進行協議(11/25), 弁論期日(1/23), 1回結審。2017年3月頃、判決。
      • 裁判所からのNHKの指示:他のワンセグ裁判を報告して下さい。
        • 東京地裁×2、水戸地裁、千葉地裁松戸支部、大阪地裁、神戸地裁(いずれも、立花支援)
      • 逆転敗訴だったら、総務省はじめ各省庁、自治体に契約を求めればよい。
  • 2016/10/27公開 (控訴理由書解説)
    • ワンセグ受信料2審裁判 途中経過 - YouTube (13:21)
      • NHKの控訴理由書
        • 「設置」は「使用できる状態におくこと」とするべき。
        • ラジオ・ポータブルテレビで課金していた時代があり、そのときは、課金の対象であった。
      • 総務省の受信契約書を公開請求
        • 受信機数が変動しているが、4月1日付で一括で契約しており、契約日・解約日・受信機数の記載がない。
        • ほとんどの自治体でワンセグで契約していない。
      • 勝訴でも敗訴でも、勝ち。
  • 2017/01/24公開 (裁判所前)


付録E. ワンセグ判決後の受信料返還請求訴訟

E.1 その他のワンセグ裁判の状況報告

  • 2016/8/26公開 (ワンセグで返金請求訴訟をする。その他の裁判状況報告)
    • ワンセグ裁判でNHKに勝訴したので今後の活動を紹介させて頂きます - YouTube (13:49)
      • NHKは控訴。今後もワンセグ携帯での徴収は継続する。
      • 新規に立花自身で支払った受信料でNHKに返金提訴をする。
      • 多くの返金裁判の勝訴で、高裁・最高裁での逆転できないようにしたい。
      • ワンセグ以外。
        • 厚木市の視聴者。設置日を覚えていないので、どうすればよいか?をNHKに内容証明郵便で問合せ。
        • 8/30:レオパレス裁判(結審)
        • 9/7:イラネッチケー裁判(弁論準備)
        • 9/7:女性を脅して契約の慰謝料請求訴訟(結審)
        • 9/14:大阪地裁。時効20年の裁判。

E.2 立花(田中ひろし)事件

【事件概要】
 立花氏自身のワンセグ契約によるワンセグ裁判。放送受信料不当利得返還請求事件。

  • 東京地方裁判所
    • 2016/9/28公開 (立花もワンセグ裁判)
      • 立花孝志本人がワンセグ受信料裁判をNHKに仕掛けました - YouTube (21:58)
        • 新規のワンセグ裁判:水戸地裁、東京地裁、千葉地裁松戸支部、大阪地裁、東京地裁(立花)
        • H21(2009)年3月末、未収件数は243万件、未収金額442億円。
        • 訴状の説明。
          • テレビがなくても、ワンセグ携帯でも契約の必要があると説明を受け、NHKと田中ひろし名儀(立花氏のペンネーム)で契約した(4年前)。
          • H24年7月分1345円の支払い。設置日は記載させず、免除すると説明。
          • 東京地裁の判決では、「携帯」では受信契約は必要なし。
          • 契約は無効:民法90条に基づく強硬法規に反する契約で無効、民法95条の錯誤に基づく契約で無効、民法94条1項の通謀虚偽表示により無効
          • 民法704条に基づき、不当利得を返還せよ。
    • 2016/12/14公開 (第1回口頭弁論,裁判所前)

E.3 松戸事件

【事件概要】
 千葉県松戸市在住の視聴者。居住地以外に別宅を持っており、別宅でもワンセグ携帯を持っていれば、契約が必要と言われて、2015年12月に契約させられた事件。 民法90条に基づき、公序良俗に反する契約として、NHKは不当に根拠なく請求したとして、NHKに返金を求める裁判。

E.4 大阪事件

【事件の概要】
 原告男性(50才)は、親の代からNHKと契約していが、今年2月22日に羽曳野市から大阪市内に引っ越した。引っ越しの際にテレビは不要のため、会社の同僚にあげたので、NHKに電話したが、ワンセグ携帯を持っていると解約を拒否。契約解除を求めて、NHKを提訴。

  • 大阪地方裁判所
    • 2016/12/2 (第1回口頭弁論、裁判所前)
      • ワンセグ受信料裁判 大阪地裁第1回目報告 - YouTube (18:08)
        • 原告視聴者へのインタビュー。
          • 訴状朗読。
          • NHKからの質問「他のテレビはないか?」「携帯電話の機種は?」(ソニーのXperia(ワンセグスマホ) )
          • 次回は、2/2。訴状提出は9月2日。
          • 事実審ではなく、法律審なので、早い。
          • ワンセグでは負けない。裁判所も大阪市役所も払っていない。
          • テレ朝系の朝日放送から取材があった。
          • テレビ撤去不要でも、ワンセグで解約できない人に意義のある裁判。
          • 弁護士を付けると高い。NHKに弁護士法違反で刑事告発された。

付録F. 関連裁判

新潟事件

 立花氏により一番最初に提訴されたワンセグ裁判と思われるが、その後の報告がない。原告の事情等により提訴が取下げられたものと思われる。

  • 2015/8/5公開 (NHKを提訴、訴状の解説)
    • ワンセグ受信料・裁判提訴しました (7:36)
    • 新潟県南魚沼市の視聴者。ワンセグ携帯しか持っていない視聴者に受信契約がないことを確認する訴訟。
    • 携帯電話は設置するものではなく、携帯するもの。
    • 放送の受信を目的としていない。
    • 事実審ではなく、法律審。法律の解釈を問う裁判


*1:
日経新聞, 「ワンセグ携帯、NHK受信料不要 地裁判決 」, 2016/8/26.
J-CASTニュース, 「ワンセグは「NHK契約の義務なし」 NHKは「解釈を誤ったもの」と判決を批判」, 2016/8/26.

*2:NHK, 「ワンセグ機能付き携帯電話での受信契約に関わるさいたま地裁判決について」, 2016/8/26.

*3:
時事通信, 「ワンセグもNHK受信料義務=高市総務相」, 2016/9/2.
朝日新聞DIGITAL, 「ワンセグ携帯にも「NHK受信契約の義務」 高市総務相」, 2016/9/2.
ハフィントンポスト, 「NHK受信料は「ワンセグ携帯も対象」 高市早苗・総務相、地裁判決に反論」, 2016/9/2.

*4:
朝日新聞DIGITAL, 「ワンセグ受信料、総務省がNHK聴取へ 見直し要求か」, 2016/9/7.
ハフィントンポスト, 「NHKを総務省が聴取へ ワンセグ受信料の見直し要請も」, 2016/9/7.
産経ニュース, 「ワンセグ携帯での受信契約、総務省がNHKに実態調査へ 「契約不要」の地裁判決受け」, 2016/9/7.

*5: (2018/1/19:追記)
NHKは、2017年6月から受信機の種類(ワンセグ携帯を含む)を書くように受信契約書の様式を変更しました。これ以降に新規契約したワンセグ契約者については状況把握できそうです。最高裁で敗訴すれば、ワンセグ契約者への解約・返金のお知らせを通知できるようになりますが、NHKなのでどうするのやら。
NHK, 「ワンセグ受信機のみのご契約者への取り組みについて」, 2017/6/30.

【天皇】天皇退位の判断基準

 天皇の「お気持ち」の表明以来、生前退位の議論が具体的になっています。「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」という何とも長い名前の会議体ですが、菅官房長官によれば、来年の通常国会には法案を提出したいとのこと*1。今の天皇のみの特例法となりそうですが、今回は、天皇の退位の判断基準について検討したいと思います。

1. 生前退位の判断基準の設定

 生前退位の恒久法を考えた場合、いろいろな要素を考えなければならなず、意外と難しい問題かもしれません。

 生前退位の制度設計の重要な要素の一つは、どこのタイミングで退位する・退位させるかという判断基準を作るということでしょう。現在のように死去に伴う退位であれば、医学的判断だけで済みますが、それに代わって新しい判断基準を作らなければなりません。また、退位の承認プロセスも考えなければなりません。

2. 想定される退位の状況

 退位を考えるに当たって検討すべきこととして、退位するか、退位させるかという問題があります。「退位する」は、本人の希望によるもの、「退位させる」は本人の意思に寄らないものです。

 その中にはいくつものケースが考えられるでしょう。例えば、さっと思いつくだけでも以下のような場合があります。

  • 本人の意思により退位する場合
    • 政治的意図がない場合
      • 老衰による場合(今回の場合)
      • 傷病による場合
         例えば、(雅子妃の)適応障害のような場合
      • (皇室離脱し)普通の生活を過ごすため
      • 本人のわがままによる場合
      • 本人の不祥事に伴う謝罪の念による場合
    • 政治的意図がある場合
      • 政権に抗議するため。
         例えば、戦争開始に当たって政府に抗議するため
      • 退位後、(皇室離脱し)政治的活動を行うため
  • 本人の意思に寄らず退位させる場合
     本人意思には退位を希望する場合と希望しない場合がある。
    • 政治的意図がない場合
      • 老衰による場合
      • 傷病による場合
      • 天皇としての適性・品位に欠ける場合
        • 麻薬使用、女性スキャンダルなど
        • 犯罪を犯した場合
    • 政治的意図がある場合
      • 特定の政治思想を持つ天皇を退位させるため
         例えば、以下のような場合。
        • 平和主義の天皇を退位させるため
        • 戦争賛美の天皇を退位させるため
      • 統治者の権力を示威するため

 他にもたくさんのケースが考えられそうです。制度設計の場合にはあらゆる場面を考える必要があるでしょう。

3. 客観的事実に基づく判断基準

 基本的には政治的意図がある退位を回避するように制度設計しなければなりません。これは絶対的な条件でしょう。

 政治的意図のある退位を回避するためには、客観的事実に基づく判断基準を設けることが考えられます。例えば、次のような基準です。

  • 年齢に基づく基準
    • 定年を設ける。例えば、70歳で退位する。
  • 医学的判断に基づく基準
    • 身体疾患の場合
    • 精神疾患の場合
  • 犯罪に基づく基準
    • 殺人など重大な刑法犯罪を犯した場合など

 他にも客観的な事実に基づく判断基準は設けられるかもしれません。

 身体疾患や精神疾患については、既に摂政を置く規定で示されていますので、天皇の退位についても、これを適用することになるのでしょうか。

第十六条 2 天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。
出典: 皇室典範

 摂政を置く基準の一つである第16条2項を廃止し、天皇を退位させるというように変更するのでよいかもしれません。皇室典範によれば、皇室会議で摂政を置くことができますが、天皇退位では国会承認なども必要でしょう。

 しかし、この医学的判断の場合でも、皇室会議が恣意的な判断をする(医師にさせる)可能性があるので、それをどうやって防止するかも重要です。犯罪を起こす可能性はゼロではありませんが、犯罪に基づく基準は検討から除外してもよいですかね。他国の例も参考にして、いろいろと議論をする必要があるでしょう。

 個人的に考える基準は、以下のものです。

  • 年齢に基づく基準の導入:
     死去退位の制度は廃止し、定年に達した場合に退位する(定年制の導入)
     国王に定年制を導入した国は、聞いたことがなく、反対意見も多くでそうです。
  • 医学的判断の導入:
     意識回復が見込めない身体状態になった場合(脳疾患等により意識回復しない場合を想定)

 認知症や末期癌の場合は、どうしましょう?想定しなければならないケースですが、認知症や癌は徐々に進行するので、境目の判断が難しいです。適性・品位に欠けるような場合は、退位させたくとも、退位させる客観的基準を設けることが難しいです。最低限の公務のみをさせて、あとは表に出さないようにする?

4. 退位後の処遇

 退位後は、他の皇室と同様に公務を行うことになるのでしょう。但し、退位後でも、その発言力・発信力は大きいと考えなければなりません。天皇と同じように政治的自由を与えないことが必要です。つまり、皇室離脱をさせず、天皇と同様に発言や行動の制限を継続させる必要があります。人道的とは言えないかもしれませんが、天皇制を廃止しない限り、このような制限は必須でしょう。

 今の天皇は、上皇となることを想定しているようですが、退位した天皇がすべて上皇となる制度というのも考えさせられます。皇室の中のお爺ちゃんという位置づけで、公式な地位としの「上皇」は設定しない方がよいと個人的には思います。ここも議論となりそうな点です。

5. 最後に

 天皇の生前退位について考察しました。政治的意図を排除することが絶対的条件と思いますが、国民全体が納得する基準を設けることは難しく、今回の特例法では、特に明確な判断基準は設けないと思います。特例法が成立した後は、皇室典範の改正に及ぶ本格的な議論は先送りにされ、議論が深まることはないでしょう。

(2016/11/16)

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